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またしても説明会になってしまう……

折り重なった襲撃者たちの死体が運ばれていき、床を汚した血が拭われる。

そうして片付けが済んでしまえば先ほどまでの凄惨な現場などまるで嘘のようにいつものギルドに戻っていた。ついでに何人か巻き込まれた冒険者たちも掃除を手伝っている。

カークは職員たちに死体の撤去と生き残った者の拘束を指示すると、二階へ足を向ける。


「こっちだ」


規則正しい歩幅でスタスタと進むカークの後に二人が続く。

テーブルに巻き込まれて青痣を作った冒険者達が恨みがましく見てくるが、カークの一睨みに慌ててモップを動かす作業に集中する。


(……後で詫びを入れておくか)


その様子を横目で見ながら先を行くカークへ声を掛ける。


「生き残りはどうするんだ?」

「憲兵に突き出す。ウチの息がかかったものに背後関係を洗わせるが……まあ、何も出ないだろうな」


さして残念そうな素振りも見せずに淡々と事実のみを述べると、階段を上がった先の一室へ通された。

応接間らしきその部屋に入ると、カークが壁に掛かっている筒のような物に触れると魔力を流す。


さびた鉄のような匂いと共に部屋の空気がわずかにこもったように変化する。


「防音の魔具だ。この部屋での会話は魔術や耳の良い種族でも聞き取れはしない」

「ほほう……」



匂いの系統から防御系の術を応用したのだろうか。

珍しい魔具にシアーシャが目を光らせるが、今はそれよりも優先すべきことが山積みだ。

カークはジグたちへ座るよう勧めると自らも腰を下ろして前のめりに組んだ手の上に顎を乗せる。



「さて、何から聞いたものか……まず一つはっきりさせておきたいのが君たち……いや、ジグ君。君は澄人教と本当に関係があるのか否かだ」

「ない」

「だが襲われる心当たりはある……違うかね?」


ジグの即答にすぐさま次の言葉を被せてくる。

眼鏡越しの彼の眼光は全ての嘘を見通すかのように不気味な光を宿している。


「心当たりはある」

「ほう? 随分素直に答えるじゃないか。どのような心変わりだ?」



しかし今のジグにそれは不要だ。

先程とは違う答えがすぐに返ってきたことにカークが目を細めて探るような視線を見せた。

ジグはその目を見返し淡々と答える。


「あんたはこの問答に金を払うと言って、俺に金を払う依頼主はそれに応じた。ならばそれは、仕事の話だ。この件に関して嘘偽りを言うつもりはない」

「……そうか」


カークはその真意を探るべく思考を巡らせたが、結局は聞かねば分からぬことと割り切った。


「その前に確認ですが、ギルドも今回のことは澄人教絡みという認識をしているんですね」

「当然だろう。あんな金にもならぬ馬鹿をやるのは奴らをおいて他にいまい」


ギルド側の認識を確認するシアーシャにあっさりと返すカーク。口調こそ平坦ながらもその表情には隠すつもりもない嫌悪がある。

その受け答えだけで彼の澄人教への姿勢が見て取れるというものだ。


「で、その心当たりとは?」

「ここの冒険者、ウルバス達と関わっていたことだろう」


この前彼らと食事をしていたことが澄人教の癇に障ったのではないか。

そう話すジグに、しかしカークは首を振った。


「違うのか?」

「奴らは狂っているが、その教義には奴らなりのルールがある。関わった、食事をしたくらいで攻撃対象認定をしていたらキリがない」


カークは教義やウルバス達とはまた違った、実利としての澄人教をジグたちに説明してくれた。


「そういう所もない訳ではないが、そこまで過激なことをしていると民衆の理解を得られにくい。彼らの様な異種族は同じ人間と比べて安い賃金で働かせられるからな。安価な労働力を頭ごなしに否定できるほど世の人間に余裕はない。奴らの教義的に言うと、“過去の大罪を償わせている”らしい。そういった都合のいい教義も広く伝わっている所以だろうな」

「過去の罪を償わせている、か」


成程うまいことを考えたものだ。

異種族を否定しつつも彼らを使うことは否定せず、それでいて常に意識の下に置くよう誘導している。敵国を攻め滅ぼすことを主眼に置いて極端な教義を説いていたジグたちの大陸とは運用思想からして違う。


しかしそうなると、今度こそ本当に心当たりがない。



「他に何かないか?」

「そう言われてもな……」

「何か……例えば彼ら個人ではなく、その種を肯定するような言動をしていないか?」

「俺もウルバスと会ったのはあれが二回目なんだ。鱗人うろこびとについてそこまで詳しいわけでは……」

「それだ」


ジグの言葉を遮って指を差すカーク。

どこがそれなのか分からずジグは怪訝そうに首を傾げているが、彼は全てに合点がいったようで眉間に手を当てて項垂れている。


「そうか……君たちは随分田舎から出てきたのだったな。それでは知らないのも無理はないか」


一人で納得しているカークだが、ジグとシアーシャはなにが“それ”なのか未だに理解をしていない。


「どれのことだ?」

「その前に聞きたいんだが、鱗人うろこびととは、彼らの種族名かね?」

「そうだが……」


答えながらジグはその問いにおかしなものを感じた。

知識も情報も豊富なギルドの副頭取が、なぜ彼らの種族名すら満足に知らないのだろうか。


「まず大前提だが、彼らは“亜人”という種族名ではない。私たち人間が勝手に名付け、自分たち以外をそう呼んでいるに過ぎない。私自身、忘れそうになるがね」


つまりはそれだけ古くから亜人という名が定着していたのだろう。

ジグがそれに気づけたのはそもそも住んでいた大陸が違うためだ。あちらでは国や地方によって肌の色や話す言語が違い、呼び方も何々人など国名を冠したものがあった。


あれだけ見た目が違うのならば、当然それに応じた呼び方があるものと考えたのは自然の成り行きだろう。


「最初はきっと、一々覚えていられないというものぐさな理由から始まった呼び方だったのだろうな。人間が増え、この大陸で最も多く繁栄した種族となった頃からその名は蔑称へと変わっていった。生まれた時からその言葉を覚えて育った純粋な子供は、亜人を人間より下のものとして意識へ刷り込まれる。そうした人間が寄り集まって出来たのが……」


澄人教すみびときょう

純粋な人間に刷り込まれた、無意識の悪意。



「ふっ、ふふふ……これはまた、中々いいネーミングセンスですね」


シアーシャが堪えきれずに嗤いをこぼした。

生まれた経緯と、付けられた名前の皮肉さ。そのあまりの滑稽さに運命すら感じてしまう。


蒼い目は愉快そうに弧を描き、黒髪を揺らして嗤う。

美しくも酷薄な表情を浮かべる彼女にカークがわずかに怯んだ。血に塗れたジグ相手に一歩も退かなかった彼の額を冷たい汗が伝った。


目の前にいる年若い女性と、その顔に浮かべた表情が物語る年月に著しい乖離を感じる。


「つまり……」


ジグの言葉が蒼い瞳に引き込まれていたカークの意識を戻す。


「奴らは俺がウルバスたちの事を鱗人と呼んだことが気に食わなかった……そういうことか?」


ジグは自分でそれを口にしつつも、どうにも現実感に欠けていた。

種族の呼び名一つで命を取りにくるなど、正気の沙汰ではない。それが戦うための口実というのならまだ分かる。しかしカークの口ぶりから言ってそうという訳でもない。


実利を、金のために戦うジグには彼らの思想が理解できなかった。


「奴らが消したかったのは君だけではない。彼らを示す言葉さ」

「言葉……?」


そう言って立ち上がったカークは戸棚にあるティーセットを取り出す。

先にポットとカップを温め慣れた手つきで茶葉を計り、魔具を使ってお湯を注ぐ。

お盆ごと持ってきて座ると、蒸らしている間に彼は続きを語る。


「彼らを一つの種と認めない、彼らを自分たちと同じ段階に立たせない。そのために彼らを示す言葉を消したいんだ。他種族という概念を消す。亜人は亜人という一括り。罪を犯しその魂が淀んだ人間であり、澄んだ人間とは違う……とね。鱗人、という一つの種を示す言葉など認めるわけにはいかないのさ」


これと同じだよ。そう言ってティーポットを二回だけかき混ぜるとカップに紅茶を注ぐ。

きっかり三分蒸らした赤茶色の液体がカップに満ちて、芳醇な香りが部屋に広がる。


「これに名など必要ない。茶を淹れる、その機能さえあれば色や形はどうでもいい……無粋の極みだがね」


最後の一滴まで注いだそれをジグたちへ差し出す。

まずは香りを楽しむシアーシャと、すぐに口をつけるジグ。対照的な二人はカークの目にどう映ったのか。


飲んだ紅茶の味にジグが無言で目を丸くすると、味わうように少しずつカップを傾ける。


「襲ってきた理由は分かった。それで、ギルドはどう動く?」

「奴らは馬鹿で狂っているが、間抜けではない。生き残りを調べたところで何も出てはこないだろうさ」

「だろうな」


これですぐに尻尾を出すような組織だったのならとっくに潰れている。


「襲われた君には悪いが、ギルドは動かない。掃除の費用を請求するのが精々だろう」

「随分弱腰なんだな。白昼堂々ギルドで襲撃騒ぎを放置とは」

「襲われたのがギルド関係者だったのなら、我々も黙ってはいない。だが君は違う」


カークの言う通りだった。

ジグはギルド関係者ではない。あくまでも毎回シアーシャについている同行者だ。


「そして一般人という訳でもない。恨みを買うようなこともしてきた、違うかね?」


それもまた、事実。

今回が偶々違っただけで仕事の関係上ジグが襲われることがあっても不思議ではない。


「ギルド側に被害が出ていない以上、うちが動くことはない。ギルドで二度目をやらせるつもりもないがね」

「そうか」


ジグもそれ以上は言わず、会話を終わらせる。


「いいんですかジグさん?」

「カークの言う通り、ほとんど俺個人の問題のようだからな」

「むぅ……」


不満気なシアーシャだったが、当の本人がそう言っているのだからと我慢する。

だがカークがそこに待ったを掛けた。


「待ちたまえ」


席を立とうとした二人がまだ何かあるのかとそちらを向いた。

二人の視線を浴びた彼は深く呼吸をした後、衝撃的な言葉を口にする。


「ジグ=クレイン。君は当面、ギルドの立ち入りを禁止する」


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― 新着の感想 ―
ナラティブぐるみ封滅しようとはまあ業が深いですねえ
案の定ゴリゴリに向こう派だったw いじめは傍観してる奴らが一番悪いって論があるが、正にそれだな。
澄人教とアグリェーシャの薬物、落伍者が縋る点で繋がりやすいよなとか思った。 上層部までガッツリ結びついてくれてれば潰す口実として都合がいいのに
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