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ボルトがジグの頭部目掛けて放たれる。
回避はできない。取れる行動は防御か攻撃の二つ。
ジグが選んだのは、その両方だった。
「っ!」
ボルトが射出されるのと同時、ジグは腰のナイフを抜き放ちざまに下手投げ。
頭部に迫るボルトを左腕で受け止める。
魔術による強化がないのは事前に嗅ぎとっていたため、腕ごと頭部を貫通することはない。
それでも引き絞られた弦の生み出す力は強力で、人間用と思われる短めのボルトはジグの左腕に深く突き刺さった。
衝撃と共にボルトが肉を貫き、刺さった所から血が流れ出る。
左腕に侵入した異物感と、遅れてやってくる鋭い痛みにジグが顔を顰めた。
「ぐわぁ!?」
声一つ上げないジグとは対照的に、射かけてきた男の悲鳴が上がった。
咄嗟にジグが投げたナイフはクロスボウの弦を切断し、男の左肩に深く刺さっていた。首を狙ったのだが、焦って狙いが逸れたようだ。
それでも飛び道具を封じられたのは大きい。
男は反射的に引き抜こうとしたが、ナイフの背にある鋸状の刃に傷口をさらに深く抉られて悲鳴を上げて手を放す。
そこまでが一呼吸の間に起きた出来事。
ようやく事態を理解した若いギルド職員や、なりたての冒険者たちから悲鳴が上がる。
荒事に慣れた冒険者たちはジグが机を蹴り上げた時点で身構え、襲撃者の狙いがジグ一人だと理解した時点で既に射線から逃れるように退避し始めていた。動きの早い者に至っては防護術を展開し流れ弾対策までしている。
古株の職員たちは若手を受付のカウンター下へ引きずり倒して自らは状況の把握に努める。
受付の方へ退避した冒険者たちに押されて身動きのとれないシアーシャがちらりと見えた。
「人間の敵ぃ! 大罪と交わる人非人!!」
相手が何やら叫んでいるが、彼の関心はそこにはない。彼女の無事を確認したジグがテーブルの端から一瞬顔を出して敵を見る。
すぐに顔を戻すと後を追うように第二射が放たれた。
確認した敵の数は六人、先ほど仕留め損なったのが一人。
武装は全員クロスボウで一応剣も腰に下げている。距離は十五メートル。
ジグであれば一息と半で詰められる距離だが、如何に速く走ろうとも向こうが撃つ方が早い。
これが他の冒険者であれば強化すらされていないボルトなど防御術を展開してどうにでもできたのだろうが、ジグは簡単な魔術すら使うことができない。
叩き落としながら距離を詰めるにしても屋内で六人は多すぎる。
(厄介だな)
ジグの明確な弱点である数と飛び道具。その両方を的確に突いた布陣。
他の冒険者たちは我関せずと傍観に徹するようだ。
相手は距離を活かすために詰めてはこないが、ジワリと展開しているのを感じる。
横に広がった飛び道具相手ではテーブルを盾に突進しても分が悪い。
「ならば……!」
床を蹴って盾にしていたテーブルから飛び出る。
すぐにクロスボウが後を追うように向けられるが、横に移動するジグを捉えるには男たちの技量は足りない。
三射を躱し、遅れて放たれるもう三射を別のテーブルを掴み寄せて受ける。
その間に初めの三人は装填を始めているので走り寄るほどの時間は無い。
(それだけあれば十分だ)
テーブルのふちを持つ右手に力を籠める。
魔力を吸って育つ頑丈な木でできたテーブルに、みしりと音を立ててジグの五指がめり込んだ。
六人は楽に掛けられるテーブルが右腕一本で持ち上がり、振りかぶられた。
「ふん!」
寒気のするような風切り音を立てて振りかぶると、ジグを中心に一回転したテーブルが男たち目掛けて投げつけられる。
「う、うわあぁあ!?」
フリスビーのように回転しながら迫る丸テーブルはボルトを装填していた男たちに直撃。三人を撒き込んでなお止まらぬ投擲の勢いに壁際まで吹き飛ばされていった。
ついでに傍観していた冒険者も何人か巻き込まれていたが、死んでいないので良し。
「おのれっ、異教徒がぁ!」
呆気にとられた襲撃者たちであったが、意外にも立ち直りは早い。
憤怒と共に残る三人がジグへ向けてボルトを放つ。
だが、半分にまで減った制圧力ではジグを止めることは叶わない。
躱し、受けて、弾く。
一射目を避けながら双刃剣を抜いたジグが続く二射を叩き落とす。
踏み込んだ床が軋むのに合わせてジグが駆けた。
接近するジグを見て相手も近接戦闘に切り替えようとするが、遅い。
クロスボウを捨て、剣に持ち替えようと腰に手を伸ばした男の胸を刺し貫く。
苦悶の声を上げる男を振り払う間もなく次の敵へ。男をぶら下げたまま逆の刃で首を刎ねる。
血晶纏竜の双刃剣は切れ味も良いようで、引き千切るのではなくしっかりと切断できていた。
綺麗な切断面を晒す首を見てジグが口の端をわずかに吊り上げる。
「化け物がぁあああ!」
残った最後の一人が叫びながら斬りかかってくる。
ジグは膝をつく首なし死体の胸ぐらを掴むと突っ込んでくる男に投げつけた。
人ひとりの質量を正面からぶつけられて動きの止まった敵を、首なし死体ごと赤黒い刃が貫いた。
「がっ!?」
人間三人を一纏めに貫いた双刃剣。流れ出る大量の血が、赤黒い刃を尚紅く彩る。
最後の男は腹部を貫いたためまだ息があった。
「ぎっ、貴様ぁ……人の皮を被った、ばけモノ……必ず、かひゅっ! むくいが……!」
彼は血走った目で藻掻きながらジグへ呪詛を投げかける。
しかし悲しいかな、彼の前には串刺しにされた二つの具が挟まっていたためにジグの耳へはくぐもった呻き声しか届いていなかった。
ジグは一番手前の死体に足を掛けると、焼き鳥を串からバラすように一気に引き抜く。折り重なった死体がドミノ倒しのように床に転がった。
「……真昼間から、それもギルドで仕掛けてくるとはな。俺も嫌われたものだ」
やれやれと肩を竦めるジグの元へ人の波をかき分けてシアーシャが駆けつける。
「ジグさん! 大丈夫ですか?」
「大した怪我ではない。治療を頼めるか」
「っ……すぐに。それで、コレは一体……?」
そのまま引き抜くと鏃の返しが肉を抉って傷を深くしてしまう。
ジグは左腕に刺さったボルトの背を叩いて貫通させると、羽根部分を切り落として抜き取る。
抜いたことで出血が酷くなる前に、シアーシャが止血しながら回復術をかけた。
暖かな感覚と共に鈍くなっていく痛みにようやくジグが一息をついた。
「知らん顔だな。まあ、想像は付くが」
襲撃者たちが叫んでいた異教徒、大罪と交わる……これだけ聞けば彼らがどういう立ち位置なのかは誰でも分かる。冒険者たちもそれを理解していたからこそ傍観に徹していたのだろう。
そうして治療していると、ギルドの職員が近づいて来た。
髪を後ろに撫でつけて眼鏡を掛けた中年の男だ。意識を失っていたジグは知らぬことだが、彼が以前負傷したときに治療を施したギルド職員であった。
「私はカーク=ライト。ハリアンギルドの副頭取をやっている者だ。治療中すまないが、話を聞かせてもらえるかね?」
「ジグ=クレイン。傭兵をやっている」
その男、カークは几帳面そうな顔でこちらを見た。
「ほう、傭兵」
見るからに事務職一辺倒といった風貌のカークはジグを前にしても微塵も動じない。
どう見ても戦う者ではないはずだが、凄惨な死体がすぐ脇に転がっているというのに眉一つ動かさないあたり相当場慣れしているようだ。ギルドで副頭取を務めているだけはある。
カークは床に落ちていた首を拾うとジグの方へ向けた。
まだ血の滴る生首の、見開いた目と目が合う。
「これと君の関係は?」
「皆無だ」
「襲われる心当たりは?」
「無いな」
これは嘘だ。心当たりどころかほぼ確信に近い。
しかしわざわざそれを言って疑われるのも面倒なので知らないで通す。直接関わりがあるわけでもないので知らなかったで十分誤魔化せる。
ジグの返答を聞いたカークは生首を死体の上に放ると無言で眼鏡の位置を直した。
「なるほど……少し、上で話せないか? もう少し、実りのある話が出来そうだ」
「悪くない提案だが……生憎と、決定権は俺になくてな」
どうやらこの程度の嘘は見抜かれているらしい。この類の手合いならそれぐらいはやってのけるので特に驚くこともない。
場所を変えようというカークの誘いに肩を竦めてシアーシャへ視線を向けると、治療の済んだ腕を確かめながら武器の血を死体の服で拭って手入れを始める。
話を終えて武器の手入れを始めてしまったジグをしばらく見ていたカークだったが、彼にそれ以上応える気がないことを悟るとシアーシャに声をかける。
「シアーシャ君だったな。君の噂は聞いているよ。とても優秀な冒険者になれそうだと、ね。この後、二人の話を聞かせてくれないか?」
彼女は少し上を向いて考えた後、にこりと笑った。
周りを魅了する美しい表情だが、その蒼い瞳は少しも笑っていない。
「その将来有望な冒険者の時間を取るだけのお話……興味がありますね?」
「……全額とはいかないが、今日君が稼ぐであろう分の報酬は払おう。それでどうだ?」
少しだけ重くなったカークの声に十分です、と満足気に答えるシアーシャ。
シアーシャも強かになった。
刀身に布を巻き付けながらジグはしんみりと彼女の成長を感じていた。




