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ウルバスとの食事から数日後。
頼んでいたジグの武器がようやく完成したという連絡が届いたので、引き取るために鍛冶屋へ来ていた。
「お待たせ。これ、頼まれていたモノ」
ジグの前に台車で運ばれてきたそれは、傍目から見ると人の武器には見えなかった。
血のように赤黒い刀身は流線型を描く両刃で、蒼双兜のものよりも少し細く見える。しかしそれは錯覚で、長さが増した分そう見えるだけだ。持ち手の幅は以前と同じ程度で、刀身だけわずかに伸ばした形になる。
ジグは凶悪な攻撃色のそれを手に持つ。
常人では持ち上げるのでやっとのそれを片腕で保持すると、その刀身を見た。
赤黒いそれは得も言われぬ魅力を放っている。
「血晶纏竜の頭角を加工した刀身だよ」
「……竜?」
「大丈夫、今度こそ本物の竜だよ」
それを聞いたジグが安心したように息をついた。シャコと竜の勘違いは彼の心に小さな影を落としていた。
素振りや重心を確かめておきたいが、ガントが説明したそうに髭をもさつかせているので先に聞くことにする。少年のように目を輝かせた彼は咳払いをすると語り始めた。
「血晶纏竜は三等級相当の亜竜で、その生態から綺晶蜥蜴の祖先か何かじゃないかって言われてる」
綺晶蜥蜴は以前にシアーシャと倒したことがある魔獣だ。結晶を自在に操りその身を強化していた面白い魔獣だった。
「確かあの結晶は魔力を流して生成しているからこういう武器には向かないんじゃなかったか?」
壊れても再生できる武器として興味を持ったが、魔力が必要な上にサーベルや片手剣程度ならともかく重量武器には向かないと知って断念したのだった。
「そこは流石に竜だからね。ちょっと強い蜥蜴程度とはモノが違う。血晶纏竜の身に纏っているのは長い歳月をかけた特別製。その中でも一番頑丈な雄の頭角は物質的に安定しているから、武器として非常にいい素材になるんだ」
持ち手を見てとガントが促す。
「その結晶はただ頭部についているんじゃない。頭蓋骨と一体になっていてほとんど体の一部とさえいえる程強固に癒着している。持ち手の部分は血晶纏竜の頭骨を削り出して金属と加工したものなんだ」
「……つまり、丈夫さには問題ないという訳か」
ガントの説明に少しついていけていないジグが重要な部分のみ聞いて頷く。
しかしその理解では彼は不服なようだ。武器を構えたジグに詰め寄ると抗議する。
「酷い! この傑作を頑丈の一言で済ませないでっ!」
「……分かった、悪かった。ちゃんと聞くから、離れてくれ」
武器に構わず詰め寄るガントに危うく刺さりそうになった剣先を逸らす。
「ガントさん、落ち着いて」
脇に控えていたシェスカが頭髪を引っ張って戻す。
そんな雑な扱いにもめげずにガントは武器の性能について語った
「いいかい? その刀身は長年魔力を注ぎ続けて生成した非常に安定している物質なんだ。だから、不安定な魔力程度なら散らすことができる」
「不安定な魔力?」
「つまり、それなり程度の魔術程度ならそれで切れる」
ガントの言った言葉にジグは驚きを隠せない。
「それは本当か? まるで蒼金剛じゃないか」
身を乗り出すジグにガントは首を振ってそれを否定する。
「そこまでの対魔力性能はないよ。言ったでしょ? 散らすだけって。蒼金剛みたいに分解する能力はないし、そんなサイズの蒼金剛使ったら十倍じゃきかない費用になっちゃうよ」
分解するのではなく、散らす。
火に水を掛けるのではなく、息を吹きかけるようなものだ。
規模の小さい術ならそのぐらいでも消せるが、注がれる魔力や術が大きくなるほどその意味は薄れていく。
「魔力濃度が高くても小さければ弾けるんだけど、大きい火球とかは切ってもそのまま当たるから気を付けてね」
「了解だ。金は事前の話通り四百万でいいのか? 随分いい性能に聞こえるが」
事前に伝えた予算は四百万だが、多少変動する旨を伝えられていた。
ジグの疑問にシェスカはにこりと笑うと頷いた。
「問題ありません。ジグ様にはいつもご利用いただいているので、それくらいはサービスです。これからも当店をよろしくお願いいたします」
「……ああ」
終始笑顔を振りまくシェスカが礼をして精算のため下がる。
その背を見るジグをガントが肘で突いた。
「……言っておくけど、金蔓に向ける笑顔だよ?」
「阿呆、分かっている。しかし、俺より高い買い物をする客はいるだろうに」
ガントの揶揄をバッサリ切りながらジグは首を傾げる。
不思議そうにするジグに、なんだそんなことかとガントが笑った。
「冒険者の装備って、高い分性能がいいんだよ。つまり、壊れにくい」
「ふむ、当然だな」
「だからジグ君みたいにバカバカ壊す回転率のいい人は貴重なんだよ」
「……そうか」
少しだけ微妙な表情でジグが頷いた。
装備が丈夫ならばそれだけ壊れにくく、買い替えまでの時期は長くなる。単価が高くとも回転率は落ちるのだ。
最高額ではなくとも単価の高い装備を次々に壊し、本人が無事でなおかつ支払い能力のあるジグは非常に良客なのであった。
「……僕はせっかく作った武器を壊して欲しくないけど、ジグ君が新しい武器買うと生活が豊かになるんだよね……」
どうすればいい?
矜持と現金の間で揺れているガントに、知るかとばかりに背を向けるジグであった。
新しい武器を購入したので金がない。
今まで仕事で溜めていた金額に加えて、エルシアの武器を質に入れその権利書を本人に売り払ったことで得られた二百万はかなり目減りしていた。
今日明日どうにかなるということはないが、もう一度防具を壊すと少し苦しいことになる。
「シアーシャ、仕事に行くぞっ」
「おぉ……ジグさんがかつてないほどやる気に満ちています」
金欠という最大の敵に立ち向かうため二人はギルドへ向かう。
朝はシアーシャは用事があり、ジグは武器を受取っていたためいつもより少し遅めのギルドだ。
早朝ほどではないが人はそれなりにいて受付や掲示板に群がっている。
いつものようにシアーシャが依頼を取りに行く間、座り慣れた端にある丸テーブルで待つ。
「……」
普段と少し違うのは見られていることだ。
視線を受けること自体は珍しくない。シアーシャは容姿もギルドでの評判もいいためよく周囲の視線を集めている。
だが今視線を向けられているのはジグだ。
それもまあ、ないことはない。
体格といい、冒険者相手にちょくちょく騒ぎを起こしていることといい、色々と話題に事欠かない人物だからだ。
だからジグがそれを気にしたのはほとんど勘の様なものだ。
なんとなく、いつもと比べてその視線に粘度を感じた。
だからこそ、彼は深く腰掛けずにわずかに踵を浮かせたまま座った。
何気なく視線を動かし、こちらを見ているであろう冒険者へ。
意外なことに彼らもジグの視線に気づいた。
「……」
腕のいい冒険者だ。
彼らの物腰を見てそう判断する。恐らくアランやウルバス達と同格の実力者。
背中の双刃剣を意識する。
敵意、というほどのものではない。それでも彼らの実力はジグにそうさせるに足るものだった。
ジグと目が合った彼らは粘度のこもった視線をそのままに、口の端をいびつに歪めた。
後方、ギルドの扉が開く。
誰かがまたギルドを訪れたようだ。
その人物がとった行動に周囲の人間が声を上げた。
ジグの視線が入口へと向かう。
その瞬間、ジグの頭部目掛け横合いからクロスボウが放たれた。
ジグの体がかしぐ。
クロスボウは椅子ごと後ろに倒れこむジグのこめかみを掠めて背後の壁に突き刺さった。
後ろに倒れこむ勢いのまま丸テーブルを蹴り上げると横倒しにしたそれの背後に身を隠す。
直後、カカカカッという音とともに複数のクロスボウがダーツの様に突き刺さる。
初撃を凌いで一息つく間もなく、殺気。
テーブルに隠れるジグへ向けて入り口から入った男がクロスボウを向けていた。
避けられる体勢ではなく、手甲も嵌めていない。
男が手に持つクロスボウの引き金を引くのが、やけにゆっくりと見えた。




