タンスの中の大捜索会
優太くんのタンスの中は、ひっちゃかめっちゃかです。たたんだ洗濯物を、ママがいつもきれいに分けてタンスの中に入れてくれるのですが、優太くんがめちゃくちゃに取り出すので、すぐにごちゃごちゃになるのでした。それに、野球の練習からどろんこになって帰ってきたあと、服をぬぎちらかしてお風呂に入るので、ママはもう大変なのでした。でも、ママだけじゃなくて、お洋服たちも大変なのです。どうしてかというと……。
「あいぼうが、どこかに行っちゃったよ……」
優太くんのお気に入りの、アニメ『四番でサウスポー』のキャラクターがプリントされたくつ下が、気落ちした声でつぶやきました。
「くつ下くん、どうしたの?」
野球の練習で、優太くんがいつも着ているユニフォームのズボンが、心配そうにたずねました。
「ぼくのあいぼうが、左足のあいぼうが、どこかに行っちゃったんだ。どうしよう、片っぽだけだと、ぼく、ママに捨てられちゃうよ……」
くつ下はもぞもぞと動いて、タンスの中を探し回ります。
「あいぼーう! おーい、あいぼーう!」
「なんだなんだ、どうしたんだ?」
「あっ、給食ぶくろのおじさん!」
くつ下が探し回るので、タンスの奥のほうで眠っていた、給食ぶくろがのっそり起きあがりました。
「さわがしいと思ったら、くつ下のぼうずじゃないか。いったいどうしたんだ?」
「あのね、ぼくのあいぼうの、左足のくつ下が、どこかに行っちゃったんだよ。おじさん、どこかで見なかった?」
「はて……。待てよ、そういえば、タンスの底のほうで、お前さんと同じように、なんか探し回っとるやつがおったのぉ」
給食ぶくろの言葉に、くつ下は布をよじってうれしがりました。
「ホントに? ありがとうおじさん!」
くつ下はもぞもぞと動いて、タンスの底のほうへもぐっていきました。
「あいぼーう、ぼくだよ、あいぼーう!」
「どうしたの、くつ下くん?」
またしても声をかけられて、くつ下はもぐるのをやめて声のしたほうへ布をよじりました。ハンカチが心配そうにくつ下を見ています。
「あれ、ハンカチちゃんじゃないか。久しぶりだね、最近見なかったけど、どうしてたの?」
「わたしね、優太くんに、忘れられちゃってるのよ。優太くんったら、学校の持ち物検査で、ハンカチとティッシュチェックされるのに、いつもわたしのこと忘れていって……。だからちょっとこらしめてやろうと思って、タンスの下のほうにかくれてたのよ」
「ハンカチちゃん、ダメだよそんなことしちゃ。優太くんが怒られちゃうじゃないか。それにもしかして、ママがハンカチなくなったっていって、新しいの買ってきちゃうかもしれないよ」
くつ下の言葉に、緑色のハンカチの色が、青く変わっていきました。
「やだやだ、そんなのやだ! 新しいの買われちゃったら、お古のわたし、捨てられちゃうわ! 早くタンスのの上に行って、優太くんに見つけてもらわないと!」
ハンカチはあわててタンスの上のほうへズリズリと進んでいきました。くつ下はあははと苦笑いしながら、さらにタンスの底のほうへ進んでいきます。
「あいぼーう! あいぼーう! ぼくだよ、あいぼーう!」
ようやくくつ下はタンスの底にたどり着きました。さらに声をはりあげて、左足のくつ下を探します。すると、誰かの声が聞こえてきたのです。
「お姉ちゃーん、お姉ちゃーん!」
「えっ、誰?」
「お姉ちゃん? ……あ、ちがったのね……」
タンスの底には、あたたかそうな毛糸の手ぶくろがしまわれていたのでした。そして、手ぶくろのとなりには……。
「あっ、あいぼう! こんなところにいたんだね!」
ようやく左足のくつ下と再会して、右足のくつ下はホッとしたように布をのばしました。
「さぁ、タンスの上のほうへ帰ろうよ。ぼくたちがいないと、優太くんがっかりするだろうしさ」
「あいぼう、わりぃ。でもおれ、この子のお姉ちゃんを探してやらないと」
あいぼうが、さっきの手ぶくろを布でなでながらいいました。
「えっ、もしかしてその子も、もう片方のあいぼうがなくなっちゃったの?」
よく見ると、手ぶくろは左手だけしかありませんでした。かわいそうに、手ぶくろは赤い毛糸をふるわせて、泣き出してしまったのです。
「ひっく、わたしのお姉ちゃん、右手の手ぶくろのお姉ちゃんが、見つからないの。うぅ……ずっと探してるのに、ひっく、見つからないの……」
しゃくりあげる左手の手ぶくろを、左足のくつ下はよしよしとなでてあげました。
「すまねぇ、あいぼう。おれ、この子がお姉ちゃんいなくなっちまったって聞いて、いてもたってもいられなくってよ、それでずっと探し回ってたんだ。そのうちにお前ともはぐれちまって、悪かったぜ」
「いや、それは気にしないでよ。それよりぼくも探すよ。そうだ、タンスの中にいる、他の仲間たちにも声をかけようよ。みんなでこの子のお姉ちゃんを探してあげよう!」
右足のくつ下の提案に、左足のくつ下は大賛成です。すぐにくつ下たちは、他の洋服たちに声をかけてまわったのでした。
「なぁ、毛糸の手ぶくろ見なかったか?」
「赤い毛糸で、この子のお姉ちゃんなんだけど、見なかった?」
くつ下たちの声かけは、他の衣服たちにも伝わっていきました。先ほどの給食ぶくろも、タンスの上のほうへ移動したハンカチも、みんな探し回って、洋服ダンスは大わらわです。でも、どうしても右手の手ぶくろは見つかりませんでした。
「はぁ、はぁ、こんなに探したのに、どうして見つからないんだ?」
「まさか、捨てられちゃったんじゃ……」
「バカッ!」
左足のくつ下が、あわてて右足のくつ下の口をふさぎました。さいわい手ぶくろには聞こえなかったようです。しかし、本当にどこに行ったのでしょうか。と、突然タンスが引き出されたので、みんなあわてて元の位置へ戻りました。
「あら、またこんなにごちゃごちゃにして……。優太ったら」
ママの顔が、タンスの中をじっと見つめています。みんな緊張してその顔を見あげています。
「ホントに困ったものよね。手ぶくろも、いくら野球の練習しながら登校するっていったって、片っぽだけつけていったら、そろわなくなっちゃうじゃないの」
ぶつぶついいながら、ママは洗剤のいいにおいがする、右手の手ぶくろをタンスの中へ入れたのです。タンスが閉められると同時に、左手の手ぶくろが急いで右手の手ぶくろへとかけよりました。
「お姉ちゃん! よかった、無事だったのね!」
「左手ちゃん! ごめんね、さびしい思いさせて」
姉妹の再会に、他の衣服たちも喜びを爆発させます。お祭り騒ぎになる衣服たちでしたが、ふと、くつ下たちが右手の手ぶくろにたずねたのです。
「でも、どうして君だけが優太くんにつけられていたんだい?」
「優太くん、右利きでしょう。だから学校行くとき、左手にグローブつけて登校してるのよ。で、右手だけ寒いからって、わたしのことだけつけて行ってたのよ」
「そうだったのか」
納得したようにくつ下たちは布をのばすのでした。