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7.白い少女はその大罪を知らず


「最初に言っておくと、私は何度も転生しているわ」


「それはそうだろうな」


 魂とは輪廻を巡る物だ。

 輪廻にある限り一つの場所に永劫に留まることは通常あり得ない。

 永遠に生きる命は無く、永遠に近しい地獄はあれどいずれ必ず現世を巡る。

 白い少女とて例外ではない。


 魂が永劫に留まり続ける例外として極楽浄土があるが、そこはそもそも輪廻の外側だ。


 何を当り前な事を言っているのだ、と鬼は呆れる。



「少なくとも、賽の河原は十回以上回ったかしら」



 しかしその一言で眉間に皺が増えた。


「待て。前世以前を覚えているのか」


「覚えているわ。物心がつくまで生きていた回数だけどれど。流石に赤ちゃんの時に死んだら、生きた自覚も死んだ自覚もないからわからないけれど」


 通常、魂に染み付いた記憶は地獄で洗い流される。

 前世や死後の記憶を持ったまま転生するなどということは原理上あり得ない。



「妄言でなければ大騒ぎだな」


「あら。鬼さんの長老や閻魔大王、さっきの地蔵菩薩も知っているはずよ」


 鬼は考える。

 一人の獄卒にすぎない長老なら兎も角、閻魔大王と地蔵菩薩が絡んでいるのなら、長老よりも立場の低い自分が口出しする案件では無い、と。

 そもそもあの方々が黙認しているのならば、問題にはならないのだろう。


 だから鬼は自分の興味を優先させた。


「……なぁ。前世の記憶を持って生まれた生っつうのはどうなんだ。一度死んだ記憶があるんだろ?」


 今生しか知らない人間にとって、その生での死は断絶だ。

 唯一無二の生であるからこそ、生きた人間は大なり小なり死から遠ざかろうとする。


 だが前世の死を知っている人間はどうだろう。

 転生の存在を確信し、一つの人生を捨てるように生きたり、あるいは前世の記憶を活用して成り上がろうなどと考えるのだろうか。


 少女は質問の意図を理解し、小さく笑って首を振った。


「残念ながら、鬼さんの思ってるような便利なものじゃないわ。鬼さんは走馬灯ってわかるかしら」


「人間が死に際に見るという夢の話か」


「そう。人って本当に死ぬ間際になった時、一瞬で頭の中を色んな映像が駆け巡るの。凄いのよ、丸一日ぐらいある映画を鑑賞した気分なのにほんの数秒しか経ってないの」


「それがどうした」



「私は走馬灯で前世を見ているの」



 成程。と鬼は思う。

 この少女が特殊なのは死に際から死後だけ。

 つまり生きている間は本当にただの人と同じ条件なのだ。


「そりゃ役に立たんな」


「ええまったく役に立たないわ。前世の人格とか知識とかあれば、きっともっと長生き出来るはずなのにね」


「? いや。そうはならんだろう。例え前世の記憶を持っていたところでどうにもならない死はあるはずだ」


 事故死や災害、病死など。現世には例え未来予測が可能でも回避困難である死因は山ほどある。

 前世の人格や記憶を継続していたとしても、長生き出来る保証などどこにもない。

 現世とはそういう所であり、死の可能性は必ず隣にいる。絶対に回避できる術はあり得ない。


「そうね。でも直近の生前で思い出していれば、きっと賽の河原にはいなかったはずよ。死因は餓死だったから、あの親に閉じ込められたところから逃げ出す知恵があれば少なくともその時には死ななかったわ」


「それは残念だったな。次の転生ではまともな家庭に……」


「無いわ」


 暗い瞳で対岸を見つめる少女は言う。


「この先、私が幸福な人生を送ることは絶対に無いそうよ」


「何を根拠に言ってんだ?」


「憎たらしい事に地蔵菩薩の言葉ね。運命が有るなんて考えたくもないけど、私はこれ以上死にたくないわ。さっき言ったわよね。賽の河原は何度も巡ってるって」


 言った。

 それを意味するところは。



「私は意図的に、十を数える前に殺される人たちのところに転生するの。大抵は凄惨な人生を送って死体を見た人が吐き気を催すような死に方をするわね」



 彼女は笑みを絶やさない。

 幾年月を幼子の身で過ごし、その身に似合わぬ地獄を歩いた人間の目は鬼に向く。



「ねぇ、鬼さんにはわかるかしら。何度も何度も何度も藻掻いて凍えて腐り果てるような死に方をしているのに、絶対に避けられない死に際になってようやく前世を思い出すの。もう少し早くに思い出していれば生き永らえたかもしれないのにって後悔するのはいっつも死後。次こそはと転生しても無知な私は無垢なまま、死に向かって歩いていく。それをこの先、この輪廻が消えるまで延々と繰り返されることを理不尽に宣告される絶望を」



 絶望と死の経験で擦切られた暗い瞳を鬼は見る。

 だから理解した。彼女がこの場所を天国だと頑なに言い張る訳を。


「お前にとっては現世こそが地獄か」


「あそこが地獄なのだから、死後は天国であるべきだわ」


 帽子を被るような気軽さで先ほどまでの陰りを隠し、いつもの薄い笑みに戻る。


「人生を複数も跨ぐような罰を下すのは聞いたことがないな」


「その辺の事情は知らないわ。……教えられても絶対に受け入れないからどうでもいいけれどね」


「地蔵菩薩は救いの手と言っていたが」


「永遠に報われない人生を何度も送ることを宣言しておいてそれを救済と言い張るのだから理解不能ね」


 死後の世界に人間の価値観ほど無為な物もないでしょうけれど。と彼女は肩をすくめる。


 けれどこれには鬼もわからない。運命を予め決定されている人間はいるにはいる。

 現世に対して、良くも悪くも大きな影響を与える者が該当する。

 それは無作為に与えられるもの理不尽だが公平なものだが、同じ人間に同種の運命を当てはめることは無い。


 そこまで重い罪を背負っていたのだろうか。否、どこまで重い罰でも最下層の地獄を超える罰は考えられない。


 果たして人生を何度も無残に終わらせられる程の罪を彼女は背負っているのだろうか。



「だから私は二度と転生しないわ。どうせ十年もしないでここに戻ってくるのだもの。地蔵菩薩も転生させる手間が無くなって良いと思うのに、本当に押しつけがましくて参っちゃうわ」


「永遠にこの場所に留まるつもりか」


「もちろん。私が留まれるところで、ここほど理想的な所もないわ」


「地蔵菩薩が幾度も来るぞ」


「次に来た時は石を投げるわ。その次は落とし穴でも作ってみようかしら」


「罰が当たるぞ」


「それでここに留まれるなら喜んで」


 永遠に続く地獄は無い。いつか魂は無垢となり、再び現世に戻される。


 ならば無垢な魂が地獄に留まり続けたら、どうなるのだろう。

 地蔵菩薩が連れて行こうとしたのだから、彼女はもうとっくに無垢な魂であるはずだ。

 もし、本当にこの地獄で、永遠とも取れる時間過ごしたら。


 それはこの少女にとって幸福たりえるのか。


 なぜか鬼はそんなことを思った。



「やめてやれ。あの方はそれなりに苦労人だ」


「あら。じゃあ鬼さんが守ってくれたりするのかしら」



「いいぞ」



 不思議と即答した。

 特に何も考えず、けれど確固たる意志を以って。


「……あら? 守ってくれるの?」


「元より見かけたならば見咎めるのが獄卒だ」


「鬼さん以前の鬼さん達は無関心だった時もあったわ。目の前で子供たちを連れていかれてたのに」


「俺は仕事熱心だからな」


 そう言うと少女は小さく笑った。薄っぺらな笑みより少しだけ喜色が滲んでいた。


「まぁ。とっても頼もしいわね。じゃあ約束ね」


「俺が河原に勤めている間だけな」


「ええ、ええ、もちろんそれで構わないわ。少なくともその間、私は転生しないのだもの。でもそうね、出来るだけ期間を引き延ばしてね」


「強欲だな」


「我がままぐらい許されるべきだわ。だって地獄を巡った後なのだもの」


「……あぁ。約束するさ。お前を地獄に戻さない」


 なぜ鬼がその約束をしたのか。

 鬼自身その疑問に明白な答えは持たない。


 ただ。


(輪廻において、どの地点に居ても地獄だというのは、あまりにも理不尽ではなかろうか)




「それはそうと石を積む仕草ぐらいしてろ」


「お仕事熱心ねぇ……」

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