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3.鬼は獄卒であり、少女は亡者である

前の話とこの話の間ぐらいにプロローグのやり取りがありました。(多分


「ねぇねぇ鬼さん。現世には鬼の昔話や創作があるのだけれど、そういう現世に居る鬼と死後の世界にいる獄卒って違うのかしら」


 鬼が賽の河原に通い始めて早数日。

 もはや従来の獄卒と亡者の関係など無視した風に白い少女が話題を振った。


「現世に居る鬼なんぞ知らん」


 彼女の亡者らしからぬ振る舞いには数日で慣れ、雑談に応じてやった方がこの亡者は石を積むことを学んだ鬼は、しかし冷たくあしらった。

 単純に興味も湧かず、本当に知らないからだ。


「私が見たことないだけかも知れないけれど、もしかしてお肌が真っ赤っかな鬼さんや真っ青な鬼さんもいるのかしら」


「お前の知ってる獄卒は随分奇抜だな」


「まっ黄色なお肌の鬼さんもいたわね。せっかく鬼さんが実在するところにいるのだもの、三色三人で並んだ可愛いい小鬼達が名乗りを上げるところとか実際に見てみたいわ」


「小鬼? 餓鬼の事か?」


「あらいるの。赤青黄色の小鬼さん」


「地獄の刑罰に、どんなに腹を空かせていても食物を食べることができない、または汚物を食わねば飢餓が収まらぬ餓鬼という化物に転生させる罰がある。それを指して小鬼と呼ぶものもいるな」


「……ちなみにそれはずんぐりむっくりな体形に巻貝みたいな小さな角が生えてて、三色三人でトーテムポールみたいになったり組体操しながら名乗りを上げる可愛らしい生き物かしら」


「常に汚物で塗れて腐敗した肌に手足が妙に細いくせして腹だけが玉のように膨らんだ亡者の成れ果てに何を望んだのかは知らないが、そんな珍妙な生き物はいない」


 石を崩す。

 塔と少女の期待はむなしく崩れる。


「天国なのに残酷ね」


「地獄だからな」


「所詮創作物ってことね。鬼さん達にはがっかりだわ」


「言いがかりも甚だしい」


 薄い笑みの下で器用にむくれつつも手は止まらず、次の塔を積み始める。



「がっかりついでに言えば、女の子の鬼さんもいないわよね」


「奪衣婆は女じゃないか」


「そういえば、意地悪な姑みたいな鬼さんだったわね。でも奪衣婆さん以外で女子の鬼さんを見たことないわ」


「非力な女子に鬼の仕事が務まらんからじゃないか」


「あら。力がないことと仕事が務まらないことを同じにしてはいけないわ。例えば生前に女の人を見下してた方なんかが女の鬼さんにこき下ろされたりねじ伏せられたら、屈辱で何度も憤死を繰り返すんじゃないかしら。逆に生前、女の人にひどいトラウマを持ってる方は女の鬼さんに追いかけられることをとっても嫌がると思うわ」


「お前の想像力は俺より遥かに獄卒向きだな」


「あら嬉しい。鬼さんのお手伝いならいつでも引き受けるわよ」


「獄卒に転生出来たのならこき使ってやる」


「今すぐに獄卒にはなれないのかしら」


「そもそも人の魂が獄卒になり得ることは無いからな」


「意地悪ね。だったら私が転生したって獄卒になれないじゃない」


「なれてたまるか。てか普通に考えりゃ獄卒に転生するより現世の人間として転生する方がよほど幸せだろうが」


 また塔を崩す。

 力を入れすぎた所為か、石くれはすこし遠くに転がっていった。


「……そうね。ここの子供たちはきっと、それが一番幸せなのでしょうね」


 石ころが河に落ちる様を眼で追って、彼女はポツリと呟く。

 その声色は彼女らしからず、そして亡者らしく、諦めと悲観に満ちていた。

 訝しんだ鬼が彼女に視線を戻しても、白い少女はやはり薄い笑みを湛えたままだった。





 逃げ出した亡者を獄卒達の中心に飛ばす。

 もはや慣れた所業。助けを求めてくる腕を薙ぎ払い、許しを叫ぶ喉を潰し、のたうち回る物を蹴り飛ばす。

 半自動で行われる作業だ。

 彼は獄卒らしからぬ鬼ではあるが、やはりその本質は獄卒の域を出ない。


 彼は獄卒の仕事を嫌悪しようとも、どうしようもなく獄卒なのである。


 無感情に亡者を嬲る。

 延々と繰り返していると、いつも鬼は自我が崩れるような錯覚に見舞われる。

 他の獄卒と同様に、自分もこの拷問に享楽を感じているのではないか?

 これは仕事の範疇か? 自身の嗜好が混じっていないか?

 本当に、自分は拷問を嫌悪しているのか?


 小さく頭を振る。

 賽の河原の仕事を知ってしまった後だと尚更酷くなった、と鬼は思う。

 それほどまでに河原の仕事が気に入ってしまっていたらしい。あるいは白い少女との雑談で己が揺らいでしまったか。こうも毎日雑談することなど今までになかった。日に日に少女の価値観に触れると、どうしても獄卒としての自分が揺らいでしまいそうになる。


 何にしても、鬼は現状ただの代理だ。後任の獄卒が当てられれば、鬼は河原に行く前の日々を送らなければならない。


 鬼はため息を吐いた。


 この日常に慣れてはいけない。


 鬼はそう決意するけれども、もう手遅れだ。

 賽の河原に派遣する後任が決まって、河原に行かなくてもよいと長老に言われてしまえば、きっと鬼は落胆してしまう。

 獄卒の日常に失望し、そう長くない期間で彼の自我は他の獄卒との境界を失ってしまうだろう。


 鬼自身、そのことに気づいてはいない。




 しかし獄卒の統括たる長老は、そんな鬼の変化に気づいていた。

 

 鬼が獄卒として良からぬものを支えにしてしまったと気づいたが、新人獄卒の教育にかまけていたせいで対応し損ね、それはたった数日で鬼にとって掛け替えのない存在になっていた。

 仕事を任せるついでに優秀な鬼に期間限定の珍しい物を見せておこう、という軽い魂胆で送り出したのに、いつの間にかそれに毒された上、中毒にされて戻ってきた心境だ。


 賽の河原にいる白い亡者は決して害のある存在ではない。

 特殊ではあるが、居ても居なくても輪廻には影響しない。

 本当に珍しいだけでただの亡者なのだ。

 何がどう鬼の中で巡って賽の河原か、白い亡者か、どちらかは判断付かないが拠り所にしてしまったのか。老いた彼には想像が出来なかった。


 後悔してもし足りないが、長老に出来るのは現状維持だけ。

 あんなになっても千年近く生まれて来なかった自我と理性を持った鬼を容易にダメに出来るほど、ぞんざいな存在ではないのだ。


 なんとも悩ましい、と長老はため息を吐く。



 遠く、ほぼ同時にため息を吐いた二体の獄卒の内、若い鬼の方は強烈な違和感に気が付く。


 白色がある。

 轟々と燃え盛る炎の合間と合間。いつ炎が燃え移ってもおかしくないその場所に不自然なほど真っ白な色がある。


 赤の光と黒の大地に支配された世界で、迷子の如く寂しげな目をして。

 煤で汚れる装束を気にしたそぶりもなく、賽の河原に居るはずの白い少女は地獄にいた。



 おもむろに彼女はしゃがみ込む。

 目線の先には亡者が居た。

 匍匐前進で進む男の亡者だ。

 炎で目隠しされていて鬼でも気づかぬうちに遠くまで逃げられている。

 だが這っている都合上、地面から立ち上る炎を防げておらず、肌の大部分がすでに炭化していた。


 男は白い少女に炭色の手を伸ばす。


「…………」


 何か、言っていた。喉が焼かれている所為で言葉は作れていない。

 白い少女は何も言わない。

 伸ばされる手を見つめ、掴まれて煤ける装束を気にも留めず。ただただ男の亡者を、寂し気な目で見つめていた。


(あぁなんだ。あいつはやはり亡者なんだな)


 諦観、達観、悲観。鈍色が浮かぶ白く透明な目を見て、鬼は思う。

 結局彼女も亡者なのだ。

 薄らとした笑みで表情を隠し、亡者らしからぬ言動を取っていようが、その本質である亡者の域を出ない。


 亡者であるならば、己の相応しい地獄にいるべきだ。



「何してやがるこの阿呆」


 炭色の亡者を粉々に砕く。

 少女の装束を掴む腕から先に砕いたのは、なんとなくだ。

 炭化した人間を砕く感触は、少しだけ石の塔を崩す感触と似ていた。




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