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プロローグ


「ここは天国ね」


 小石を積み上げながら少女は言った。

 肌も髪も病的なまでに白く、血が通っているのかも怪しいほどに真っ白な少女だった。さらに彼女の着ている真っ白な装束が、一層[白]という印象を強くする。

 年端も行かぬ彼女は、その体躯に似合わぬ薄ら笑みを浮かべながら無造作に河原の石を取っては器用に積み上げている。

 その手つきは年不相応に手馴れており、あっと言う間に小さな石の塔を築きあげた。

 コツコツと子気味の良い音を響かせながら、まだ高くするつもりの少女に声が降ってくる。


「ここは地獄だ」


 作りかけの石の塔を金棒で小突きながら男は言った。

 少女の築いた物は呆気なく崩れ落ち、石の塔はただの無数の石くれへと戻っていった。

 少女は薄らと浮かべた笑みを崩さぬまま、自身の作業を徒労にした張本人を見上げる。その表情はどこか嬉しそうな気配すら窺えた。


 男は、怒気を孕んだような強面を持ち、肌や髪はまるで炎で炙られたように黒かった。

 焼き付いた血と灰の臭いを周囲に振りまき、頭部に生えている捻じ曲がった角は彼が人間ではない存在、鬼であることを表していた。


「あら。鬼さんは案外贅沢なのね。こんなにも居心地のいいところを私は知らないわ」


「お前は割かし悪趣味だな。泣き声と悲鳴が聞こえないのか?」


 少女が周りを見渡せば、同年代か、それより幼い子供たちが彼女同様、河原の石で石の塔を築こうと四苦八苦している。そして時折、ひび割れた指を休め、空を見上げてはすすり泣く。

 耳を澄ませば、炎が燃え盛る轟音と、この世を割らんばかりの悲鳴の残響が耳に届いてくる。

 穏やかな河原に聞こえてくる音としては異質であると言えた。


「もちろん聞こえているわ。でもその苦痛は私の物じゃないから、私は辛くも悲しくもないわね。ちょっと耳障りだけれど、耳栓が欲しいとまでは思わないわ」


「そうか、お前は薄情なんだな」


「そんなこと無いわ。だって私は鬼さんのことをいつだって想っているのだもの」


「やめろ気色悪い」


「あらひどい。女の子には優しく接するものでしょ」


「鬼に情を求めるな」


 鬼は金棒を振るい、周囲一帯にあった作りかけの塔を全て徒労の残骸にした。

 子供たちはその所業を怒るでも癇癪をおこすでもなく、さめざめと泣き、また石の塔を作り始める。

 そこには悲しみと懺悔しかない。そういう風に感情を奪われたからだ。

 石の塔を積み上げ、壊され、また積み上げる。抵抗する意思すら奪われ、半ば本能的にその終わりの見えない作業を延々と繰り返す、徒労の地獄。

 親より先に死んだ子供が、親不孝の罪で送られる罰。

 [賽の河原]と名付けられたそこはそういう地獄だった。


 その中で白い少女はひと際変わった亡者だ。

 負の感情しか残されていないはずのこの地獄で、笑みを浮かべ、鬼と談笑し、あまつさえこの場を天国だと宣う。


「……お前はどうして笑っていられるんだ」


「そんなの当り前じゃない。ここは天国なのよ」


「悲嘆の声が聞こえる天国があってたまるか」


「時に悲劇も娯楽の一つよ」


「お前は鬼か」


「鬼はあなたよ」


 クスクスと白色は笑う。

 彼女からは真っ当な答えを得られないと察した鬼はせめて職務に忠実であろう。と、会話中から少女が積み上げていた塔に金棒を振った。

 しかし鬼の金棒が石の塔に到達する前に、塔は音を立てて崩れ落ちた。

 虚しく空を切る金棒を横目に、鬼は塔を崩した張本人を見やる。


「ふふふ。ざぁんねんでした」




 人差し指をピンと伸ばした白い彼女は、心底楽しそうに笑っていた。







 賽の河原にて、鬼は白い少女と出会った。

週一投稿

頑張れ未来の私

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