9話 「一方、その頃」
すみません。やっぱり分量を元に戻しました。
ルナが依頼対象と接触する一時間ほど前。ファルベは対象の自宅に向かっていた。
「取り敢えずそれっぽい街には着いたけど、さすが城下町。パッと見じゃどれが目的の家なのか分からないな」
王城に最も近い街なのだから当然ではあるが、とにかく建物が多い。
周りを見回しながら歩くが、人の波と幾多の建造物で視界が埋め尽くされているため、たった一件の家を見つけることすら容易ではない
ただ、依頼書によれば平家でなおかつ緑屋根という特徴が記されているだけまだマシであるが。
ファルベは速足気味に歩を進める。その歩きは言葉と裏腹に迷いがなく、一直線にとある場所に向かっている。
彼が目指した場所はそれほど時間のかかるところではなかった。この街に着いてからせいぜい十分といったところで、ファルベは自分の目的とする場所に到着した。
「よっ」
片手を上げてフランクに挨拶する。あまりに軽すぎるそれを受けた相手は、
「あ、あなたはファルベ様。いつもお世話になっております」
全身に甲冑を着込み、背丈ほどの長槍を片手で支えた兵士がお辞儀をする。
「それはいいから、ちょっとひとつ頼まれてくれないか」
「はい。何なりとお申し付けください。殺人の依頼ですか?」
「発想が怖えよ!? つーかそれ冗談でも冗談にならねえって…」
「すみません。特にファルベ様には、ですね。迂闊が過ぎました」
「いや、本当に気を付けろよ? ……そんなことより、頼みごとな。この高台をちょっと登らせてもらいたいんだ」
言って、兵士の背後にそびえる建造物を指差す。そこにあるのは塔のような天を突くように縦に伸びた物体。
ファルベも言ったように、これは高台と呼ばれているもので、その用途は主に監視のためだ。高台の頂上からは街全体を見下ろすことができ、何か異変があればすぐに発見することができる。
高台は一つの街に最低でも一棟は建てられており、いついかなる場合でも必ず一人は常駐している。
ただ、国が運営する監視塔であるため、一般人が易々と入ることはできない。
「ファルベ様がそうおっしゃるのでしたら、喜んで。ささ、どうぞどうぞ」
入ることはできない、のだが例外はいる。ファルベを一般人と言っても良いのかどうかは怪しいものだが。
体を横に引いて、道を譲る兵士を横目に高台の入り口に足をかける。
内部は螺旋状に作られた階段のみが存在し、それ以外の無駄が一切排除されている。石造りの長い階段の横には手すりが設置されていて、落下防止の措置も一応用意されている。
均等な高さの階段を一段ずつ確かめるように登っていく。
その階段の終わりが訪れるときには、ファルベは地上から随分と遠く離れてしまっていた。
内部にはほとんど窓がなく、薄暗い中でしばらく歩いていたのとは一変して、頂上は外周に柵が敷かれているだけで開放的なものだった。
先ほどまで見上げていた家々を見下ろすことになったファルベは爽やかなそよ風を全身で受けながら、細身の柵に手を置く。
覗き込むようにして下を見る。すると、当たり前だが建物の上部側を見ることになるので、つまりは屋根を見下ろすことになる。
ファルベは静かに目を走らせる。自分の目的のものを探して。そうやって少し時間をかけてから、
「あれか……」
ようやく、目当てのものを見つける。茶色い瓦が重なって作られた屋根の中でひとつだけ異質感を醸し出す、それを。
理解した瞬間、ファルベは頂上での見張りを止めて場所を譲っていた兵士に軽く会釈してから駆け下りる。
螺旋状の階段を飛ぶように下りて、登った時より遥かに早く戻ってきたファルベを見て、
「お早い戻りですね。御目当てのものは見つかりましたか?」
入り口で見張りをしていた兵士にそう声をかけられた。
前へ前へと進み続ける足を止めることなく彼へ顔を向けると、
「ああ、見つかったよ。分かりやすくて助かった」
*
今度こそ本来の目的地へ到達した。少しばかり遠回りにはなったが、人混みに紛れて迷うよりは少しだけ時間をかけてでも一直線に向かったほうが結果的には速くなる。
だから無駄だとは言わないが、それでも最初から直接向かおうとしなかったことに一抹の悔しさを感じながらファルベはその家の扉を叩く。
手の甲に確かな硬さを感じて、ファルベはこの音が確かに家の中まで響いたという確信を得る。
「……居留守か?」
待ってみても全く反応がないことに、そう結論づけそうになる。ただ、常に家にいるとも限らない。依頼書にはほとんど仕事を行っていないと書かれていたが、依頼の対象は曲がりなりにも冒険者だ。何か用事を頼まれて、外出している可能性だって大いにある。
また、趣味や食事などの買い出しといった必要不可欠な要因で外に出ているかもしれない。
それでも、一応居留守しているだけだった場合に備えて、家のそばで待機する。
そうしてただ待っていても、家には何も変化はない。きた時と同じで、誰も帰ってくる様子もなければ中から何かの音が聞こえてくるわけでもない。生活音なども鳴らないため、完全に留守であると結論を決める。
「でもなぁ……目を離した隙に帰ってきても面倒だからな……」
家の監視から離れて、直接対象を探しに行こうかと考え始めた思考にストップをかける。
もしここから移動して、入れ違いになってしまい時間を無駄にするのは避けたい。
今ファルベにできることは、対象が帰ってくることを信じて待つのみだ。それが待ちぼうけだったなどとならないよう、信じながら。
家の裏側で身を隠しつつ、空を見上げる。それは全く別の場所でルナも同じことを同じタイミングでしていることなど、ファルベには知る由もなかった。
どれだけ時が経ったのか。いつしか太陽の位置が最初に見たときと反対になっていた。
その時だ。
「……ん? なんだ」
ファルベは隠れていた場所から出て、外に目を向ける。何かざわざわと声が聞こえる。どうやらさまざまな人間が話し合っているようだ。
急な状況の変化に戸惑うファルベはとりあえずその原因である、一番人の集まっている場所に向かう。
そこはどうやら掲示板の前であるようだ。何やら張り紙もされている掲示板の前に人だかりができていた。
その紙に何が書かれているのか見ようとしてみたが、ファルベの身長では覗けるほどの高さはない。人混みをかき分けて最前列まで行くことができれば見られるのかもしれないが、それより手っ取り早い方法がある。
「おい、あんた。これは一体どういうことだ」
ファルベの一番近くにいた大人の背中を突いて気を引き、そう問いかける。
「ん? なんだお前、知らねえのか?」
ファルベの問われたことで彼の存在に気づいたのか、背の高い男はファルベに逆に問うと、
「どうやら、こっから離れた郊外の町でよ、規模のでけえ破壊行為があったみてえなんだ。土地も建物も、全部ぶっ壊されて綺麗な更地になっているんだと」
「なんだよ……それ。誰がやったんだ」
「さあな。んなこた知らねえが、そんな真似ができるなんて、よほど腕の立つ冒険者なんだろうな。幸いにも死傷者は出てねえみたいだが、これからもっと詳しい情報が出てくるだろうからそれを見るまでは安心できねえな」
そう言って、男はもう一度掲示板へ目を向ける。それで満足したのか、男は踵を返すときた道を引き返して行った。
だが、そんな男の行動を気にも止めなくなるほど、彼の心中は穏やかではなかった。
まだ、今日の依頼対象すらまともに目にしていないというのに、新しい問題が浮上してきた。
「ったく、誰がこんな面倒な事態にしてんだよ……」
切実な思いと、恨み節の篭った声で一言呟くと、彼はその現場へ向かうことを決める。
詳しい場所は掲示板にあったが、見えないことには変わらないので、また別の人間に話を聞いて、情報を集めてから、馬車を借りるために走る。
ただ、そんな時でもファルベの心には気になることがあった。
理由はわからないし、特にこれといった根拠もないが、とてつもない「嫌な予感」を感じていたことだ。
結果的に言うと、ファルベの嫌な予感はものの見事に的中していたのだが、その具体的な内容とは――
――俺のいない間にまたあの馬鹿がやらかしたんじゃないのか、だった。
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