5話 「冒険者狩りの仕事」
翌朝。ファルベはいつものようにギルドへ立ち寄っていた。
ギルドに来ている多くの冒険者たちは掲示板に貼られている魔物退治の依頼の報酬と難易度を見比べて、自分にどれだけ利益が出るかを熱心に計算している。
そんな彼らを横目に、ファルベは一直線に受け付けのものへ向かう。
受け付けに立っているのは見慣れた女性だ。ギルド指定の緑色の帽子から覗く桃の巻毛を軽く揺らし、笑顔で会釈をする。
「おはようございます。ファルベさん……と、いえ何でもないです」
「……?おはよう。今日は何の仕事が届いてる?」
国から依頼される仕事はいつもギルドの受け付けの人間に届けられる。そのためファルベはこうして毎朝ギルドへ通って、間接的に仕事を請け負っている。
因みに、掲示板に貼ってあるのは街の住人たちからの依頼やギルドからの依頼である。
「本日も一件、冒険者の捕縛依頼が届いています。詳細はこちらの依頼書に書かれていますのでご確認ください」
女性はそう言って、一枚の紙切れを手渡した。これに捕える対象の情報が書かれている。名前やどこに住んでいるか。加えてスキルの効果なども表記されている。
今回の依頼書の内容は、この街――アイナハル王国城下町から離れた集落に居を構える下級冒険者で、ゲインという名前の大男。武器は持たず素手。依頼を出されるに至った犯行は暴行による一般人の殺害。それ以前にも暴力行為は行っていたらしく、集落の人間からとても嫌われていたようだ。
彼のスキルの効果は――「筋力増加」。大男という事前情報にふさわしい能力と言える。
「なるほど。この筋力増加の限界がどこまでなのかにもよるけど、まあ俺一人で十分だろうな」
「ええ! ルナは要らないんですか!?」
「いつからいたんだよお前は! 全然気づかなかったわ!」
情報を分析している最中に聞こえた、よく知っている声に驚くファルベ。
家を出るときにはいなかったため、まだ寝ているものだと判断しておいてきたが、どうやらついてきたらしい。
というか、さっき挨拶した時に受け付けの女性が何か言いかけていたのはもしかしなくてもルナのことだったのか。
「いつからとは失礼な。最初からいましたよ!ししょーの後ろをこそこそついて行ってました」
「ともかく、この仕事なら、ルナの力は必要ない。よほどの事態にならない限り対応はできるだろうし」
一応補足しておくが、ファルベは決して捕縛対象を侮っているわけではない。彼は冒険者狩りなどと呼ばれるようになってからも、自身の能力が優れていると思ったことは一度もないため、ほぼ全ての冒険者は階級関係なしに格上だと考えている。
だが、基本的に冒険者は魔物と戦うことを生業としている以上、対冒険者への知識はほとんど無い。比べてファルベは専門家であるので、その知識の差がある。
そこから自身の力量を加味した対策や対処法を考え、必要なら一にも二にもなくルナの力も頼るつもりだったが、今回はそれの必要がないと判断したのだ。
「それに、相手が下級冒険者なんだから、ルナも参戦するとなると……恐らく、いや確実に話ができない」
「いいじゃないですか〜ちょっとぐらい」
まだ抗議を続ける彼女を抑えつつ、思案する。
出来る限り必要のない戦力は持っていきたくはないが、それでも万一の事態は起こりうる。その可能性がある以上、彼女を保険として確実性を取るのもありなのかもしれない。
「じゃあ、そうだな……。ついてきてもいいや。ただし、ルナは絶対に手を出すなよ。何があっても、絶対にだ」
念押しするように言うと、ルナは少し驚いた様子を見せて、それぐらいならと了承の意を示した。
「最初は取り敢えず話し合いのつもりで行くからな。なるべくなら、穏便に済ませたい」
彼自身もわかっていることだが、今の言葉は綺麗事だ。それが実際にできるとは微塵も思っていない。きっと話し合いにもならず強硬手段が必要となるだろう。
何故ならば、話し合い程度で解決できる相手であればそもそもこんな犯罪は犯さないからだ。
けれど、穏便に済ませたいと言うのが確かな本音なのも事実。だからこそ、言葉にするのだ。どんな相手であれ話し合いの余地はあるのだと、許されざる過ちを犯した者であれ意思の疎通は可能なのだと。
ただ祈るように。
*
「はあ?自首しろだと? くっ…ふはははは! お前頭おかしいんじゃねぇか?」
知ってた。可能性としては、というかほぼ確実にこの答えが返ってくるのは分かっていた。分かってはいたのだが、
「ほんの少しでも期待した俺が馬鹿だったってわけだ」
面白い冗談でも聞いたように爆笑する大男をよそ目に呟く。
今、ファルベとルナは依頼書に書かれていた集落にきている。そして住民の話を聞きながら狙いの人物――ゲインという名の冒険者にコンタクトを取った。結果は先の発言の通りだったが。
男はひとしきり笑い終えた様子で、
「はあ…大体てめえは何なんだ。この俺に指図できるほど偉いってのか。それともあれか?上級冒険者様ってやつか」
「上級でもないし冒険者でもないよ。それに立場だって高いわけじゃない」
「ぷっ…はははは! ……ってことはてめえ、冒険者にもなれないような雑魚のくせにこの俺に口を出しにきてるってことか!」
男はファルベの言葉に再び笑い転げる。
「いやあ……てめえ、俺を笑い時にさせる気か?そんな真剣な顔で冗句言われたら、ぷっ……ふひひ」
笑いが止まらないと言う様子で、おかしくてたまらないという様子でひたすらに笑みを浮かべる。
しばらく経っても収まる気配がなかったので痺れを切らしたファルベが、
「もういいや。このまま大人しく投降する気はないんだな?だったら、少し手荒に捕らえさてもらうが」
「まだいってんのか。てめえみたいな雑魚がどうやったらこの俺を捕まえれるんだ?」
「どうやったら、じゃない。あんたぐらいならどうやったって捕まえられるんだ」
その瞬間、彼らのいる場所の空気が変わった。先ほどまでの笑いはどこえやら、その表情には別の感情が浮かび上がっていた。
額に青筋を浮かべるほどの、猛烈な怒りが。
「てめえ、今なんつった?」
「あんたなら、俺が何をしても捕まえられるって言ったんだよ。でも出来る限り強硬手段には出たくないからさ。自首してくれよ」
「……今泣いて謝って撤回するなら、このまま見逃してやってもいいんだぜ」
「撤回はしない。俺からの要求は変わらない。自首しろ。抵抗したって時間の無駄にしかならない」
男の怒りはこのやりとりで頂点にまで達したのだろう。頭に血が上ると言う言葉を体現するように、顔を真っ赤に染めて、
「舐めてんじゃねえ!」
直後、突進を始めた。それと同時に振りかぶった右腕が急速に膨張を開始する。とてつもない量の筋肉が浮かび、およそ人のものとは思えないほどに膨らんだそれが空気を裂きながら迫ってくる。
これが彼のスキル――「筋力増加」の恩恵だろう。人の身でありながら人ならざる膂力を手に入れる。なるほど、確かに思い上がり、自身の能力を過信するには十分すぎるスキルだ。
しかし、
「そんな大振りで、当たるわけがないだろ」
直撃する紙一重のタイミングでうまく体をずらして回避する。
大振りとファルベは表現したが、それでも普通の人間なら回避ができないほどに速度はあった。だが、彼の反応速度に比べると、それはあまりに遅かった。
ファルベは男の見せた大きな隙を見逃さず肥大化した右腕の腱に向けて、腰に下げていた剣で抜きざまに斬りつける。が、
「な……!?」
鋼で作られた刃は、隆起した筋肉によって弾かれた。
ファルベが大きく目を見開く。当然だ。いかに筋肉が盛り上がっていたとしても、刃物を弾けるほどの硬度になるはずがない。――普通なら。
ファルベの常識を外れた筋肉の防御は、彼に動揺を与えるには十分な出来事で、
「うらぁ!」
野太い掛け声とともに、男の右腕が急速に収縮していき、今度は右足が丸太のように太くなった。その足で地面を抉り、地表の下にある岩を蹴り上げる。
拳大の岩がまるで散弾のように飛翔する。それの矛先にはファルベの右腕が存在していて――直後に聞こえたのは何かの液体が噴出する音。それは彼の肩のあたりから発生した、鮮やかな赤色のもので。
ファルベの肩からは右腕が消失していた。
次回から一話の分量が少し多くなります。