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43話 「やらないといけない事」

 メルトと別れ、再びラウラの屋敷へ辿り着く頃には辺りは真っ暗になっていた。

 出来ることなら、視界が完全に暗くなってしまう前に、ラウラの屋敷の中へ入っておきたいが、


「その前に、やるべきことをやらなきゃ」


 まだ、やらないといけないことが残っている。幸いにも、ラウラの屋敷は目と鼻の先。最悪、視界が完全に暗闇で覆われてしまってもなんとかなるだろうと楽観的に構え、脇の茂みに入る。


 そして、ルナは懐から小さな円形の物体を取り出した。懐中時計のような形をしたそれの外開きの蓋を開けると、中に薄い水晶がはめ込まれていた。

 一度、指先で軽く水晶に触れると、青白く発光し、水晶の中に映像が映し出される。


 そこにいたのは、


『連絡、思ったより早かったな。今お前はどこにいる?』


「カリアナ王国ってところらしいですよ? それより、ルナとしては、そっちの方が気になりますよ。ね、ししょー」


 しばらく離れていた、ルナの師匠――ファルベだった。



 *



『カリアナ王国……か……』


 長距離間での連絡を可能にする魔道具によって映し出されたファルベは、どこか含むことがあるように、呟いた。

 彼が何に引っかかっているのか、もう散々聞いてきたことなので言われなくても分かる。


「もっと詳しく言うなら、カリアナ王国の中にある辺境の村ですね。ししょーを刺した人――メルトさんという方から連れてこられた場所なんですけど、どうにもししょーと繋がりのある所みたいで」


『――』


 返事は聞こえない。だが、先を促すような視線をこちらに向けてきている。

 頭の回転が速いファルベのことだ、あらかた察してはいるのだろうな、とそう思いながらルナは、


「ししょーが……いいえ、『冒険者狩り』が殺した人の遺族が集まってできている村、ということらしいです」


 直後、魔道具の向こうに見えるファルベから、緊迫した雰囲気が醸し出された。

 いつもはフードを目深にかぶっていて、表情がよく見えないが、今は違う。見慣れた焦げ茶の外套はなく、ファルベの沈痛な面持ちがはっきりと見える。


『ルナは……お前は、どこまで聞いた?』


 誰のことを、と聞くまでもない。ファルベが知りたい事実は明確で、


「恐らく、ししょーが話したがらなかったことのほとんど……だと思います」


『――』


 再びの沈黙。ファルベは何から話せばいいのか、どう話しかけたらいいのか、考えあぐねている。


「ししょーに内緒で詮索するような真似したことは、悪いと思っています。でも――」


 ルナがそこまで言いかけて、


『なんか勘違いしてるみたいだけどな』


 ファルベの声が割り込む。どこか呆れたような、いつも通りのぶっきらぼうな口調で、


『別に、俺の過去を知ろうとしたことを悪く思う必要はねえよ。それに、どんだけ隠したところでいずれはバレるだろうって思ってたからな』


 水晶の向こうで、頭を掻き呟く。そこに糾弾する意思は見えず、言葉通り彼も最初からわかっていたらしい。


『それよりルナは、俺の過去を知ってどう思ったんだ。軽蔑したか? いや、するよな。何せ一年半で五十人殺した犯罪者だ。この世で一番のクズだ。軽蔑されて当然の人間なんだよ。だから、ルナも――』


 きっと、ファルベの中では、ルナも彼を見放し、責め立てるものだとばかり思っているのだろう。

 実際のところ、その考えは正しい。普通の人間からすれば、人殺しの過去を持っている者など恐怖の対象か、軽蔑の対象かでしかない。


 ルナの表情に恐怖心が見えないことからして、ファルベの結論は一つだけになっている。


 彼の言った言葉は全て正しく、何一つとして過言はなかった。

 軽蔑されて当然、それはそうだろう。それほどのことをしたのだから。

 この世で一番のクズ、それもそうだろう。この世界で、たった一年半程度の期間で五十人を殺すような人間はいないのだから。そもそも、五十人という数を記録した個人の殺人など、少なくともルナの聞いた限りだと前例がない。


 だから、本来ならルナも彼の言う通り、軽蔑して罵倒して、見放すべきなのだ。


 ――しかし、その問答はルナの中で、とっくに終わっていた。


「――信じてますよ、ルナは。ルナを連れ出してくれたあの日にかけてくれた言葉も、これまで見てきたししょーの姿も。それに、ルナはししょーの過去の姿を直接見たことはありませんし、ルナがついていきたいと思ったのは、ししょーであって、『冒険者狩り』ではないですから」


 ルナの視線は真っ直ぐに、ファルベに向かっていた。


 被害者の方には悪いと思う部分もあるが、ルナの見ている彼は、犯罪者を捕らえ、苦しんでいる人を見逃せない、そんな人物だ。決して人を殺し、悪意を振りまく人間ではない。

 実際に過去の姿を見ていないから、又聞きの情報だけでは現実味を感じていないだけかもしれないが。


「だから、信じています。きっと、今の仕事も最後には色んな人のためになるんですよね」


 大きな青色の瞳を煌めかせて、ファルベの顔を覗き込む。いや、水晶越しに覗き込むような姿勢で見つめると言った方が正しいか。


 ルナの明るい視線とは正反対に、これまで見たことがないほどに暗い顔で、


『……なるよ。それがいつになるかは、分からないけど。アレさえ防げたら……きっと……』


「アレ?」


『――』


 うっかり聞き返してしまって、直後、ファルベが黙り込んでしまう。

 その瞬間、ルナは詮索してはいけない部類の話だったのだと理解したが時すでに遅し。口を固く閉ざして、話の終わりを何も言わずに示していた。


「すみません、つい。……ルナからの報告は異常です。ししょーからほかに連絡することはありますか?」


『俺からは……ないな』


「なら、ここまでですね。通信を切りますよ」


 そう言って、水晶に映るファルベが小さく首肯したことを見届けてから通信を切断しようと魔道具を持つ手と反対の手を持ち上げて、それに触れる――直前。


『――ごめんな』


 小さく、聴き間違えたのかと錯覚するほどに小さくそんな言葉が確かに聞こえた。

 けれど、それの意味を脳が理解する前に、ルナの指先は水晶に触れ、魔道具からの映像が途絶えた。


 ファルベの最後の言葉はどう言う意味だったのか。どうして、ルナに謝る必要があったのか。考えてはみるが、それが答えの出ないものだと分かっていた。


 だから、


「……いつか話してくれますよね」


 そうなる未来を信じて、手に握る魔道具を胸まで持っていき、抱きとめる。


 それから、少しだけ微笑んで、ラウラの屋敷に向かって行った。



 *



 ルナがラウラの屋敷付近の茂みから離れて暫くして。誰もいなくなった筈のその空間から、ガサリと音がした。

 体に草の欠片が引っ付いているのも気にせず出てきたその人物は、背の高い男だった。


 鋭く尖らせたつり目をより一層尖らせて、


「『冒険者狩り』……あのガキ、確かにそう言ってたよな……あいつと話していた奴がそうだってのか……?」


 ひどく不愉快そうに茂みへ唾を吐き掛け、呟く。そして男は、ズボンのポケットに両手を突っ込み、ラウラの屋敷の方向と反対方向へ歩いていった。



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