41話 「歓談の終わり」
――処刑。その単語が意味するのは、犯した罪に対する制裁であり、断罪されるべき悪人の生を終わらせる行為だ。
その種類は多岐に渡るが、そもそも処刑なんて行為自体が随分と昔の文化であるため、今となってはその多様な方法を見ることも、聞くこともなくなっていた。
だから、
「――処刑、ですか」
聞き慣れないその言葉に、ルナは現実味が湧かなかったのだと思う。
まさか、自身の師である少年が処刑を言い渡されていたなんて。いや、冷静に考えてみればそれも当然だった。
何せ彼は五十人もの冒険者を殺した人間だ。拘束や懲役程度でその罪を償えるはずもない。
犯した罪と同じだけの罰が下されるのだとすれば、国の意向も間違っていないと言える。
しかし、
「でも、それは実際に行われてないですよね」
「へえ。どうしてそう思ったんだい?」
「だって、ししょーは今も生きていますから。二年前に処刑されていたのなら、ルナはししょーと出会えていません」
一年程度行動を共にしていた彼は確かに生きていた。幽霊といった実態のない怪物でもなく、普通の人間だった。ならば、彼が過去に処刑されているという事実と食い違う。
つまり、彼は処刑と判決は下されたが、何らかの事情によりそれを免れたと考えるべきだろう。
「でも、どうしてししょーは処刑から逃れられたのでしょうか。普通、騎士団の方達が決定したことは変えられないですよね」
「そうさね。普通の人間には騎士団の、それも上層部の決定は覆せない。だけどね、それはあくまで普通の人間にはって前提があっての話だ」
「つまり、ししょーを助けた人は何らかの権力を持ってるってことですか?」
当然の結論だ。一般人ができないという話であれば、一般的でない人間なら可能だということになる。
一般的じゃない、普通という概念から外れた人間のもつ能力で真っ先に頭に浮かぶのは、権力だ。
それさえあれば、よほどの事態でない限り、裏から手を回してもみ消せるだろう。そうゆうことなら、ファルベが生き残れたことにも筋が通る。
だから、ルナは最初にその単語を挙げたのだが、ラウラはどうにも悩ましいといった表情で、
「ま、権力があるといっても間違いじゃあないんだけどねえ。正しく言うなら、そいつは国の上層部よりもっと上。国王にも顔が利くって話さね」
*
「国王……ですか」
ラウラが言った言葉を反芻して、口の中で咀嚼する。衝撃的で、信じがたいそれは頭の中で理解するのに少しだけ時間がかかった。
国王とは、文字通り国の主を指す言葉だ。要は国を治めるだけの力を持つ者で、国内という枠組みの中では誰より高い立場の人間だ。
国の運営に関して口を挟むこともできるし、ある程度なら自身の思うような政策を打ち出せる。とはいえ、それも限界はあるからなんでもできるという話ではないが。
そんな人間と知り合えるというだけで相当なものなのだが、ラウラの話では知り合いってだけではないようだ。彼女は顔が利く、と言っていた。
つまりは話を通せるだけの力を持っているか、親密な関係を持っているかのどちらかだろう。
ということは、ルナの言った「権力を持つ者」もあながち間違いではない。
「その人物が誰かは……」
「アタシは知ってる。けど、名前までは出せないねえ」
「どうして、ですか?」
思わず上体を前のめりにして、聞き出そうとしてしまう。自分でも意外なほどに食いついてしまっているが、それに気づかないほどにルナは興味を持っていた。
国王と繋がりを持てるほどで、ファルベに対して処刑を取り消してしまうほどに思い入れがある。それほどの人物でありながら、ファルベから少しも話題に出なかった誰か。ルナがあったこともない筈の誰か。
それに興味を持たないなんてできるはずもなく。実際にルナは生殺しのような気分を味わっていた。
そもそもルナはファルベという人間について詳しく知れるという話に釣られてこんなところまでやってきてしまった。
目の前に餌をぶら下げられてお預けを食らっているような感覚になってしまっても仕方がないというものだ。
「流石に本人のいないところでそこまで突っ込んだ話はできないってのが一番かねえ。今までファルベのやつに関して色々話してきたから今更っていえば今更なわけだけど、本人が立ち会わず、同意も得ずベラベラ話すっていうのは褒められたもんじゃないよ。どうしても気になるってんなら、本人から直接聞き出すしかない」
「それはそう……ですけど……」
ラウラの言葉も、もっともだ。ファルベのような自身の過去を詮索されたくない人間に限らず、他人の経歴に関して無闇矢鱈に調べるのはあまり歓迎される行為ではない。
確かに今更感はあるが、ラウラの言い分は正しく、それを言われてしまえば引き下がるしかない。
「ファルベのやつがあんたに過去を話したがらないってことは、まだあんたがあいつの信頼を得られていないってことだ。だから、まずはあいつの心を開かないといけないね」
優しい声色で諭すように話すラウラの言葉が、この話の終わりを示していた。
例え、ラウラの知るファルベの情報の一部だとしても聞けたことがありがたいことだと自分を納得させ、食い下がろうとする心を沈める。
「はい……分かりました」
なんとかそれだけ言葉を発すると、
「それより、あんた。この後どうするつもりなんだい? あんたの師匠のもとに帰るにしたって、隣国とはいえかなりの時間がかかる。今からだとちょっと厳しいから少なくとも一泊はしないといけないだろう。とは言ってもね、この村に宿って言える場所はないし、急に人を泊められるくらい部屋の空きがあるような家もないしねえ」
ラウラが心配するようにルナに話しかける。窓から外を見ると、夕日が地平線より下へ沈みこんでいこうとしていた。
この世界における国と国とを渡る馬車の使用に関して、夜は禁止とされている。
国から外に出れば、魔物が馬車に襲われる危険があるためだ。
夜は魔物も活発に行動しないと言われているが、それでも全く動かないわけではないし、ある程度行動が制限されている程度だ。
加えるなら、夜になると行動に制限がかかるのは魔物だけじゃなく、人間側も同じだ。暗闇のせいで視界が安定しない、就寝すべき時間にそれをしない為、集中力が持続しない。
国を渡る場合、馬車には必ず中級冒険者か、騎士が一緒に付いていくという決まりがある。
だが、先述の通り、騎士も冒険者も夜の中においては万全の態勢で臨めない。万全でないなら、万一の出来事が起こりかねない。
だから、夜間の国外移動は禁止とされているのだ。
現在、その夜が迫ってきている。つまりは明日の朝以降でないと馬車による移動ができないわけで、最低でも一晩はこの村で過ごさないといけないだろう。
それを理解していたラウラは、ルナが宿泊する場所について心配してくれていて、
「なんなら、アタシの家に泊まっていくかい? 冒険者狩りを捕まえた英雄だなんだと言って、この村の人達からこんな広い屋敷を渡されたんだけどねえ、一人で使うには部屋が多すぎて、持て余していたんだ」
「できるなら、お願いしたいところではありますが、一度、メルトさんと合流しようと思います。何の挨拶もなしにここに泊まってはメルトさんもルナがどこへ行ったのか困惑されるかもしれないので」
「やっぱり、あんたはその年に見合わないくらい、いろんなところに頭が回るねえ。この村の子供達にも見習って欲しいもんだ。……あんたの言い分はわかった。メルトと話したあと、ここに戻ってきな。アタシもそれまでに準備しておくとするよ」
そして、ルナは座椅子から立ち上がり、ラウラに一度深くお辞儀をすると、「失礼します」と言って、部屋から出て行った。




