4話 「スキルの使い道」
気づくと、ファルベは街の外で呆然と立ち尽くしていた。逃げ出したのだ。あの場所から。
先程リーダーから自分の役目を、存在を否定される言葉を叩きつけられた瞬間からの記憶はあまり残っていない。
あの言葉の後、残りのパーティーメンバーが集まってきて、リーダーに何かを話していたが、何も覚えていない。そしてファルベを見て何かを言っていたが何も覚えていない。謝辞か、罵声か、それすらも覚えていない。
ただ、確かなことは「自分は居場所を失った」ということだけだ。もとより力はなく、さらに居場所さえも無くなった。その変えようのない事実が少年の心を苛む。
「あ……ああぁぁ」
言葉にならない叫びを発する。枯らした喉で、流し尽くした涙で、言語化のできない思いを表現する。
ふらつく足取りであてもなく歩く。元いた孤児院からは遠く離れており徒歩で帰るのは不可能。宿を借りる金はない。本当に、この世界から居場所はなくなったのだ。いや、そんなものは最初からなかったのかもしれない。数年間パーティーに入れたことがそもそもおかしかったのかもしれない。
自虐へ走る心を抑える理性も、なくなっていた。
いつのまにか、深い森の中まで来ていた。そういえば聞いたことがある。ここは魔物が多く生息する群生地だった筈だ。リーダーが出来る限り近づくなと言っていた危険地帯。
戦闘能力のないファルベには入ってはいけない場所だった。しかし、
「もう……どうでも、いい……」
何もかもどうでも良かった。どうせこのまま生きていても、誰かの保護を受けずに生きていけるわけがない。ならば、無駄に生きながらえようと足掻くより、このまま魔物の餌にでもなった方が有意義なのではないか。
やけになって、自棄になって、捨鉢になって、そうしてファルベという少年の冒険者人生は終わりを迎えた。
それから、酷く恐ろしい罪を背負い、師匠と呼べる人物に拾われたり、「ししょー」と呼んでくれる少女と出会ったりしたが、それはまた別のお話。
*
「ししょー? おーい」
その声で、我にかえった。気づくと、目の前には黒髪の少女の顔。どこか遠くを見ているかのようなファルベを心配する表情でこちらを覗き込んでいる。
「ああ、悪い。なんの話ししてたっけ?」
「ししょーがどうして冒険者をやめたのかって話ですけど……言いたくなければ、言わなくても……」
こちらを気遣うように上目遣いで話す。
「いや、大丈夫。単に当時は俺の能力だと冒険者やってくにはきついかなって思ってたからやめただけだ」
嘘というほど間違ってはいないが、あっているともいえない言葉ではぐらかす。詳細な過去までは教えないし教えたくない。何故そう思うのかはファルベ自身にもよく分かっていないのだが。
「そーですねー。ししょーの能力って明らかに戦闘向きではないですし。なんだったらルナもなんであんなことできるのか分かってないですよ」
「ええ……一回教えただろ…」
一年の付き合いの中で一度だけ説明したことがあったが、忘れているのか、聞いていなかったのか。
見ると、いつのまにか自分の家の前まで来ていた。
「じゃあ、ちょうどいいし家の中でもっかい教えるよ。今日はもう仕事がないし」
「らじゃー!」
あまりに適当な返事の彼女を無視して家に入って行った。
*
「えーと、背景とか環境に溶け込むよう自分の体に色を塗って透明になったように見せている。以上」
「なんか簡単そうですねー」
ファルベの能力を応用した擬似透明化の説明を聞いたルナの感想はそんなものだった。
「言うのは簡単だけどな、案外これが難しいんだよ。背景に溶け込むために自分の体に限りなく現実に近い絵を描いてるようなもんで、しかもそれを戦闘行動と並行してやらないといけないから」
更に付け加えるなら、背景が動けばその都度自分に描いた色を変化させなければならない。
例えば草原にいたとして、そよ風が吹いた場合揺れ動く草花ひとつひとつの動きに合わせて違和感を生じないように描く必要がある。
この技術で最も厄介なのが、相手の視界から自分がどう見えているのかを考えないといけないところだ。相手と自分の立ち位置を常に把握して、背景の変化に臨機応変に対応しなくてはいけない。
「そうだな……実際に見たほうがわかりやすいだろうから、例題としてひとつ実演してみると」
そう言って、直後彼の体が白い壁に溶け込むように消えた。そこに人がいるなどと言われても信じられないほどの完璧な擬態。だが彼の立っていたはずの場所から微かに聞こえる衣擦れの音が、彼が確かに存在しているのだと主張していた。
「こんな感じかな。じゃあ次は失敗例、というか背景にうまく合わせられなかった場合だ」
その言葉の後、彼のいた場所にまたしても変化が訪れる。その変化は先程の全く違和感のないものではなく、明らかにおかしいと感じる点があった。それは、
「白すぎる…」
白い壁、というが本当の意味で純粋な白壁というのは存在しない。色が見えるのは光の反射があるからで、光が入ってきているならそれによって必ず影ができる。また、ある程度時間がたった物は埃がついたり、変色したり、シミが付着する。それら全てが普段なら気にすることもなく、意識の片隅にも浮かばない程度のものだが、こうしていざ目の当たりにするとそれはっきりと感じられる。
自然では作り得ない純度の白色が、人型を形どって浮かび上がっている、その異様さは。
「もう分かったと思うけどただ色を合わせようとしても完璧な擬態はできない」
言って、すぐにファルベが姿を表す。そして、どこか自嘲的な笑みを浮かべると、
「でもま、俺の能力だとここまで出来ても透明化の劣化でしかないんだけどな」
「劣化……ですか」
聞くだけなら景色や他の色に同化する行為は透明化とそう大きな違いはないように感じるが、彼にとってはあくまで劣化らしい。
「そりゃ劣化だよ。だって同化…簡単に言えば保護色みたいなもんだ。見えにくいってだけで、透明なのと違って全く見えないって訳じゃない。どれだけ相手の目を欺こうとしても近くで目を凝らされると、ほんの小さな違和感から気づかれる恐れがある。それに、背景と同化するにはその景色をよく理解してる必要があるんだ。つまり知らない土地では使えない」
自分の能力の欠点をつらつらと羅列する。だが、
「でもししょーのことだからそんな分かりやすい欠点ぐらい対処済みでしょ?」
ルナは当たり前のように、そう言った。
「まあ、な。要は使い方だよ。向き不向きは確かにあるが、どんな能力でも使い方を誤れば強くならないし、俺みたいな能力でも冒険者を捕まえるぐらいはできるようになる。それに――」
ファルベは視線をルナの方へ移し、彼女の大きく開いた瞳と目を合わせると、
「今の『冒険者狩り』の仕事は一人でやってるわけじゃない。誰かと組んでより強く使えるなら、それも使い方の一つだ。さっき俺が言った欠点の対策にルナ、お前も入ってるんだぞ?」