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31話 「彼女の意思」

 ――理解が追いつかない。今のルナの状況はまさにそれだった。目の前にいる彼女はなんと言った。そうだ、師匠のことを、「殺人鬼」と呼んだのだ。


 おかしな話だ。ルナは心底からそう思う。あれほど殺人を忌避し、殺人を許さなかった彼に、よりにもよってそんな言葉を使うなんて。


 有り得ない。師匠が殺人鬼だったなど信じられるわけがない。ルナと一緒にいた期間はまだ一年程度であるが、そんな人間じゃないと理解している。


「貴方には色々聞かなきゃいけないし、話さないといけないから、私についてきて」


 それが聞こえてすぐに、ルナの小さな体は女性によって抱えられる。

 そして女性はファルベと反対方向、彼女の来た道を戻り始めた。


 このまま師匠と離れてしまえば、彼の傷を治す者がいなくなってしまう。


 咄嗟に、ルナは自身に纏う強大な魔力を放って強引に彼女を引き剥がそうとするが、


「や、めろ……」


 震える弱々しい声で、立つのもままならない彼は、ルナのその行為を望んではいなかった。

 師匠の射抜くような視線に動きを封じられたルナは、女性抱えられたまま、遠ざかる彼を見ていることしか出来なかった。


 願わくば、苦しむ誰かを見逃せないような、正義感のある人間が、彼を助けてくれるように。


 それだけを、祈っていた。



 *



 彼女に連れられて、辿り着いた場所は、馬車の寄り合い場だった。

 その受け付けに声をかけて、何か話している。内容は聞こえないが、場所からして聞かなくても容易に想像できる。


 馬車を借りたいのだろう。それしかここに来る用事はない。結果は望み通りになったようで、そう時間の経たないうちに、高そうな様相の馬車がやってくる。


 そして、


「付いてきて」


 短く、それだけ言う。それが当然の流れであるかのように。


「さっきまではともかく、あなたから離れられた今、あなたに付いていく理由はありませんよね」


 さっきまでの抱きかかえられた状態ではなくなったので、相手に付いて行く理由はなくなった。

 このまま師匠の元へ戻ってもいい。というより、戻りたいという気持ちが強い。


 だって、師匠は、あれだけの苦しみを見せたのだ。心配にならないわけがない。


「ここで引き返して、あんな奴のところへ戻るの? 貴方にかけた全ての言葉は嘘よ。本当のことなんて何一つない。貴方は、私があいつを殺人鬼って言った時に驚いていたけど、それはあいつの本性を知らなかったからよ。あいつの頭の中には、どうやって人を殺すか、それしかないの」


 酷く侮蔑する目線で遠くを見つめる彼女は、言葉一つ一つに憎しみを込めるようにそう言った。

 彼女の怨みはルナには想像もできなかったし、どうして師匠がそれほどの罵詈雑言を浴びせられなければならないのか、全く理解できなかった。


「どうして、そんなことを言うんですか……? ししょーは、だって……」


 いつだって、ぶっきらぼうだけど、優しく語りかけてくれて。人を殺す人間を嫌って、誰よりそれを忌避していた。

 そんな師匠だから、彼女の言葉に同意できない。きっとルナの方が、彼のことをよく知っているから。よく、見ていたから。


「その師匠って言うのやめて。どうせあいつがそう呼ばせてるんだろうから、貴方が悪い訳じゃないけど。それで、あいつのことをここまで言うのが納得いかないって話?」


「そうですよ! ししょーは、そんな人間じゃ…」


「そんな人間だから、そう言ってるの。あいつはそう言われても仕方ない、最低な人間なんだから」


 ルナが言い返せば言い返すほど、彼女の怨み憎しみが増加して、語気が強くなる。


 しかし、これ以上言い重ねても平行線にしかならないと彼女も理解したのか、


「……でも、貴方があいつを心配しているのはよく分かったわ。だから、貴方に免じて一つ言っておくと、あいつは死なないわ。ナイフは刺したけど、急所じゃないし、出血死するような傷でもない。近くに大きな店もあったようだし、通りがかった誰かが今頃あいつを救助してるんじゃないかしら。あんな隙だらけなあいつの姿だったら、刺し殺すことも出来たでしょうけど――すぐに殺したら、意味がないから」


 嫌々、という単語が顔にひっついているような、不機嫌な表情で、ルナの心配を解消しようとする。ただそれも、最後の不穏な言葉でぶち壊しになっているのだが。


「それに、貴方も気になるんじゃないの? あいつが過去に何をしたのか。貴方の知らない、あいつの本性」


 少し口角を上げて、こちらを試すように言う。


 彼女の言葉を信用するなら、すぐに師匠の身に危険が起こることはない。しかし、師匠を刺した人間を信用できるのか。


 信用できるはずがない。でも、自分でも不思議なほどに、彼女の言葉に嘘はないと感じる。


 それに、彼女の言葉自体を信用しなくても、師匠の刺された場所が、あの武器屋からそう離れていないのは事実だ。

 あそこに出入りする人間の中には騎士もいた。騎士の人間が通りがかれば騎士団と関係を持つ師匠を見捨てることはないと思う。


 だから、彼女について行くかどうかは、師匠の傷云々ではなく、ルナ自身の問題だ。

 彼のことを知りたいか、知りたくないか。ルナが決めるべき選択だ。



 ――その答えは、既に決まっていた。


「連れて行って下さい。そして、聞かせてください。ししょーのことを」


 彼の本性とやらが、彼女の言う通り、ルナが想像もできないような恐ろしいものだとしても、それを聴きたいのだと、そう思った。



 *



 ゴロゴロと、車輪が音を立てて石塊を飛ばし、土を踏みつけ、地面を駆ける。


 午後の日差しが照りつける中、全身を草原に投げ出して日向ぼっこでもすれば心地よく寝られるだろう爽やかな天候だが、そこはそんな外の様子など微塵も感じさせない、重苦しい雰囲気で包まれていた。


 例えるならば、互いが銃を突きつけ合って、どちらがいつ引き金を引いてもおかしくない、そんな緊張感だ。

 だが、この場は銃を突きつけるような事態になってはいないし、そもそも銃なんてこの世界にはない。


 唯一、突きつけ合っているものといえば、互いの視線のみだ。


 突き刺さるような目で見つめ合う二人は、どう話を切り出そうか迷うような、そんな感じだ。


「あいつの詳しい話を始める前に、まず言っておかないといけないことなんだけど」


 中々話をしづらい空気を先に壊したのはルナの目の前に座る彼女だった。


「自己紹介がまだだったよね。私は、メルト。年は……丁度二十歳になったところ。そんなに特徴と言えるものはないんだけど、強いて言うなら特徴がないのが特徴…なんちゃって」


 なるべく柔らかい雰囲気を出したいのか、冗談まじりの自己紹介で場を和ませようとする。


 彼女は地雷となるワードさえ引かなければ、普通に気を遣えるいい人なのだろう。


「ルナと言います。取り敢えず、よろしくお願いします」


 友好的に挨拶されては、こちらもそれに返すしかない。


「あはは、それは知ってる。自分で言っちゃってたしね。それと、聞いておかないといけないことがあるんだけど、今この馬車が走ってるここ、どこかわかる?」


 そんなこと本当に聞いておかなければいけないことなのか。

 ここはアイナハル王国。結構な時間走っているため、城下町からは随分と離れているだろうが、その事実は変わらない筈だ。


「ここはアイナハル王国国内――そう思ってるんじゃない?」


「そう思うも何も、それが事実で……」


「うん。そう思っちゃうのも仕方ないと思うわ。だから、その窓から外を見てごらん」


 言われるがままにルナは窓を開ける。爽やかな風が未だ重苦しさを残す雰囲気を完全に吹き飛ばし、広がった視界の先に、それを映し出していた。



 ――広く、大きく、どこまでも伸びて、天を貫くほど高くそびえ立つ、巨大な壁を。



 この世界では、国境の代わりに領土に沿って壁を建造している。それが国外の魔物から国を守る防衛機構も兼ねているからだ。


 今、ルナの目に映る壁はまさにそれだ。つまり、ルナは、


「王国から、出たんだ……」


 初めての体験――その筈なのに、どうしてか懐かしさすら覚える感覚。

 その違和感も広大な世界を目にしてすぐに消え去る。


「そう、あいつがどうしようもない程の『罪』を背負ったのは、アイナハル王国じゃなくて、その隣国。私の地元、カリアナ王国でのことだったの」


 言って、一度瞑目してから、ゆっくりと目を開いて、


「そこで、あいつが何をしたのか。話してあげる。罪の内容も――『冒険者狩り』の本当の意味も」



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