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3話 「少年の記憶と罪の始まり」

 そこは賑やかな場所だった。もう夜も更けて、多くの人は明日の仕事に備えて寝静まっているものだが、そこはいつも賑やかだった。

 あちこちで顔を赤くした大人たちが、酒を酌み交わし自分の冒険の話を肴に馬鹿騒ぎ。


 そんな大人たちから少し離れて、比較的人の少ない場所でこの場に相応しくないほどの真剣な顔つきの二人が向かい合って座っていた。


 片方は、赤毛を少し伸ばした青年だ。恰幅がいいわけでも、痩せぎすであるともいえない体を、豪勢な装飾の付いた服で覆い隠している。そして彼の髪と同じく鮮やかな赤の瞳が正面に座る相手をじっくりと見つめている。

 彼の視線の先にいるのは、彼とは正反対の少年。栄養がしっかり行き届いているのか不確かなほど痩せた細い体にくすんだ黒髪。瞳の色はこちらも髪色と同じ黒。それに合わせるように薄汚れたボロボロの服を着ており、赤髪の男とは比べものにならないほど地味である。


 互いに話すことを躊躇うかのように静寂を保っている。


 そうしてしばらくの時がたった後、赤毛の男の方からそれを破った。


「ファルベ君。悪いが今日この場を持って僕のパーティーから抜けてくれないか」


 その言葉を突きつけられたのはファルベが齢十歳を迎えた年のことだった。



 *



「……え?」


 目の前に座る彼――当時のファルベが所属していたパーティーのリーダーである男から言われた言葉は全く理解のできないものであった。


 パーティーというのは、冒険者が複数人集まることで作られる団体のことである。それが作られる過程は様々だが、基本的にはスキルが強力でない者が多い。


 スキルは強力なものとそうでないものの間に極端な差があり、強いスキルはそれ単体で地形や天候すら変えることができるものもある。そして、冒険者に求められている素質はそう言った大規模かつ強力なものである。

 その理由は、冒険者の仕事にある。冒険者は魔物という人ならざる獣を討滅することを目的とし、魔物はごく一部の例外を除いて群れで行動している。

 まとめると、群れなす魔物を殲滅するためには広範囲を攻撃できるスキルが必要とされているため冒険者として仕事をしている人間はそれを満たすことができる者が多い。


 この実情が強いスキル持ちがパーティーを組まない理由につながる。というのも、大規模なスキルは当然、魔物のみならず周りの人間にも被害をもたらす。

 自分以外のパーティーメンバーに被害を出さないように意識を向けると、自身の能力を十全に発揮することができない。

 では、強力なスキル持ちが複数人でパーティーを作ればいいかというと、そうとも言えない。何故なら強力なスキル同士で相殺しあってしまい、十分な効果が出ないからだ。

 更に、パーティーではスキルの差による嫉妬や差別からの不和、報酬の取り分での不満など、個人であれば気にする必要もない事柄で頭を悩ませないといけなくなる。

 故に突出した力を持つ者は「強力な個」であることを望み、実際にそちらの方が成果を出せるのだ。


 しかし、突出した能力がなくとも、個として優秀でなくとも冒険者を志す者は多い。

 そう言った者たちが自身では決して埋められない差をパーティーという形で縮めようとする。


 ファルベの入っていたパーティーのメンバーもそうだった。彼らは互いに弱点を補い合えるよう五人ほどでパーティーを組んでいた。

 支援、火力、索敵、献策、指揮。それぞれが役割をもって実にバランスの良いパーティーになっていると言えるだろう。

 そんな中でファルベという少年の立ち位置は給仕であった。有り体に行ってしまえば、彼は体のいい雑用係。乱雑な扱いでも文句なく働く、都合の良い駒。少なくとも、ファルベはパーティーの全員にそう思われているという認識だった。


 それでも彼は一度の不満も不平も不実もなく働いていた。別に全くの不満もなかったというわけではないが、それ以上に自分の役割があって、存在意義のある生活が手放せなかっただけだ。


 だから、それを失わないよう必死になった。ただひたすらに居場所を取られないように、与えられた役割を取られないように。


 故にこそファルベは、先の赤毛の男に言われた言葉が信じられなかった。

 役に立った筈だ。誰より努力した筈だ。みんなは自分を有用だと思ってくれていた筈だ。その自負があって、その自信があった。だというのに、今の言葉はなんだ。どうして、そんなことを言われるのだ。


 言葉にならない感情が、心の中で溢れかえり、それを口に出す前に、


「急で悪いが、君のやってた雑用業務は他の人が引き継ぐからもう君はいなくなっても大丈夫なんだ」


 彼は悪びれた様子なくそう言った。けど、ファルベが聞きたかった言葉はそれじゃない。


「いや……そうじゃ、なくって……」


「ん?」


 頭が真っ白になって思考がまとまらないまま口に出たものをリーダーの男は心底不思議そうな顔で首を傾げる。


「なんで、そんなことに…? 僕はこれまで…っ!」


 苦しそうに、哀しそうに、絞り出すようにファルベは聞きたいことを伝える。何も具体的なことは言えなかったがファルベの意図は伝わったようで、質問を引き継ぐように、


「君が今まで僕たちに尽くしていたのは知ってるよ。それこそ僕が君を雇った時から」


 そうだ。そもそも、このパーティーへ誘ってきたのはリーダーの方からなのだ。


 小さな頃から孤児だった彼は孤児院でいつものように時間を消費していた。何もすることなく、作業的に、義務的に時が過ぎるのを見続けていた。自分は存在する意味はない。自分は誰にも必要とはされていない。自分はこの世界における役割はない。

 そんな時だった。リーダーが孤児院を訪れたのは。彼は孤児院の管理人と何やら話したのちに、ファルベをパーティーに迎えた。


『今日から君は僕のパーティーの一員だ。――君に役目を与えるよ』


 その言葉が印象的だった。…パーティーの一員などと言えるような扱いだったかは、敢えて書かないことにするが。

 ともかく彼の言葉はファルベにとって魅力的で、元より冒険者という職業には興味もあったため、一にも二にもなく了承して今に至る。


「だけど、君も知っている通り、最近になってようやく僕のパーティーも『中級』になった。それでギルドから雑用を任せられる人材をこっちに回してくれるって言われてね。昔はそれこそ資金がなかったから、孤児を保護するという名目で君をパーティーに入れて雑用係にするしか選択肢がなかったんだけど、今では君と違って、戦闘にも参加できる大人を正規の手段で雇える」


 今までファルベは雑用は散々行ってきたが、戦闘には一切参加してこなかった。その理由は、まず子供であること。十歳の少年には純粋な筋力といった力も、多様な状況に対応する機転も、献策を支援するだけの頭脳も、何もかもが足りない。


 さらに、彼の役割が給仕であることもそれを助長させた。足りない力は時間を使って練習するなり知識を深めるなり、手段はあるのだが、ただでさえ忙しなく働く給仕でそれも複数人のサポートを一人で行うのだから時間を作ることもままならない。


 そして、それらの事情を踏まえても、より大きい問題があった。それは彼のスキルに関係している。


 以上の根拠を知っていながらも、それでもパーティーに置いてくれているから、戦えないことも他の部分でカバーできていると思っていた。実際は他の人材が見つかったらすぐさま手放せるものだったようだが。


「なら、僕も手伝いますから…っ! 戦闘でも、雑用も今まで以上に…」


 それを言い切る前に食い気味に発せられた言葉によって遮られる。


「君が戦闘で? どうやって?」


 鋭い目で、言葉で、ファルベを問い詰める。ファルベは言葉に詰まって何も言えなかった。


 何故なら、リーダーの反応が当然で、当たり前で、誰も疑う余地もないほど正論だったから。


「だって君のスキルは――」


 聞きたくない言葉が発せられる。戦闘に参加せず見ないように聞かないようにしていた事実が言及される。


 だって、彼のスキルは――




「――『物体に色を付ける』だけなんだから」



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