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22話 「変態的で変質的な変人」

「急に来るなんてファルベ君もつれないなあ。もうちょっと早く言ってくれれば、もてなしの準備ぐらいはできたのに」


「とか言って、結構準備万端じゃねえか」


 ファルベが視線を向けるのは男性の正面にある長机の上。そこには二つのティーカップとお茶請けの菓子類が並べられていた。

 ティーカップに入っている紅茶はホカホカと湯気を立て、ついさっき淹れたものだとわかる。


 これで準備不足だと言うのなら、時間が有れば何を用意する気だったのか気になりはするが、わざわざ聞くほどのことでもない。


「さて、今日は何の用かな。君だから時間を取っているが、僕もそれなりに忙しい身だ。そんな僕に会いにきたのなら相応に聞く価値があるものだと期待しているんだけどね」


「なら、お前の期待通りだろうぜ。何せ今回持ち込んだ案件は魔物に関して、だからな」


「魔物……? へえ、君がね」


「意外か?」


「意外……うん、意外と言うべきだろうね。君の魔物嫌いはよく知っているしね」


 二人の間で、当然のように会話が進んでいるが、それを間近にしているルナは理解できていないことがあった。


 まずどうして、魔物に関する情報が期待通りなのか。期待通りということは彼はファルベからその情報が提供されることを望んでいたということで、それがどうしてなのか理由が分からない。


 それに、そもそも王城に自分の個室を所有するこの人物はどういった立場にあるのか。


「あの、すみません。ししょー、この方は一体?」


 おずおずと自信なさげに手を挙げて問いかける。相手の立場次第では話し方や対応の仕方に差が出てくる。

 王城の人間な時点で位が高いのはなんとなく分かっているのだが。


 そんな、ファルベにかけた質問は、


「そうだね。僕から挨拶しておこうか。僕はラルフ。魔物の研究家で、こう見えても王様から評価を受ける大物なんだぜ?」


 直後に目の前の男性によって解消される。


「そうなんですね…」


「君は、ルナちゃんだね。はじめまして」


「はい! はじめまして…あれ?ルナってまだ名乗ってませんでしたよね?」


「僕の情報網もなかなかのものだろ? 他にも知識は多岐に渡っているんだよ。情報源に関しては……企業秘密と言わせて頂こうかな」


「うぜえ……最後の方滅茶苦茶ドヤ顔で言ってるのがよりうぜえ……」


 ラルフの表情の周りにはキラキラとした演出でも入っているかのように感じる。それほどまでに完璧で完全なるドヤ顔。シンプルにうざい。


「……って、話逸れすぎなんだよ。そんな話しに来たわけじゃないし、お前、こんな茶番できるなら大分暇だろ」


「暇じゃないよ。僕は趣味の散歩もしないといけないしね」


「老後か! つーか、散歩が趣味とか初めて聞いたぞ」


「……最近できたからね」


 本来の話に戻そうとした筈が、また横道へ逸れてしまう。

 ラルフという男性はマイペースが故にこうしたことが往々にして起こる。それでも、不快に感じるわけではないのが不思議なところだ。


「じゃなくて、魔物の話な。ここから東にずっと行くと森があったろ?そこに魔物が出たんだ」


「そりゃいるでしょうよ。理由は不明だけど、昔からそういった報告は出ているんだから」


 そう、あの森に魔物が生息していること自体はおかしくない。

 いや本来、国内に魔物がいるのがおかしいのはそうなのだが、原因はともかくこの国ではいるのが普通なのだから、いて当然ということだ。


「問題は出たことじゃない。そこにいたのがこれまでの報告にない、巨大な魔物だったことだ」


 その言葉を聞いた瞬間、場の空気が変わった。もっと正確にいうと、目の前の男の空気が変わった。


「それって――」


 自身を落ち着かせるように、深呼吸してから、


「それって具体的にどんな大きさだったのかな!? ヒトの平均身長ぐらいってことかい? いや、それだと巨大を強調して話すなんてことはないだろうから、それ以上は確実ってことで大体家ぐらいだったのかな! どんな風貌をしてたかも聞かせてもらえないか! 最近の魔物は動物と似たような体格、骨格、輪郭をしていることが多いからね、ファルベ君が見たのもそれに近いものだったんだと予想するけど、もしかしたら、いや魔物という生き物の神秘とも言える生物なんだから全く新しい形の種類がいてもおかしくないよね! そう、おかしくないんだとも! 他にも気になることといえば、やっぱり攻撃手段だよね! 毒や罠をといった搦手を使うのもいるけど、破壊力の高い物理的な攻撃手段とかあると萌えるよね、あ、間違えた燃えるよね! ともかく、今言った要素のどれか……いいや、全部教えてもらいたい。あ! 今思い出したからこれも答えて欲しいんだけど、森の中の具体的な位置だね。あそこは僕も行ったことがあるし、随分長い間魔物の発見例があったにも関わらず、これまで見つけてあげられなかったなんて、正直に言って滅茶苦茶悔しい……そんな言葉じゃ片付けられないほどの後悔があるよ。だから、どこにどういった経緯で出会って、どうゆう形をしていたのかを報告してほしいな!」


 そう言って、彼は無邪気に笑顔を浮かべる。子供のように純粋な好奇心を隠す気もない様子で。

 それは発言の内容を聞いていなければ好感すら持てるだろう態度だが、あくまで発言の内容を聞いていなければ、だ。


「……はは、は。ししょー?ちょっと良いですか」


「言いたいことは何となく分かるが、一応聞いとく。どうした?」


「何て言えばいいんですかね……ちょっと、なんかこう……面白い方ですね!」


 彼のあまりに熱量の篭った発言に対して何重にもオブラートで包んだ発言をするルナ。最早包みすぎるぐらいに包んでいるが、それでも包み切れていない辺り、彼の性格が常軌を逸しているといえる。


「もっと分かりやすく、変態って言っていいんだぞ。俺もそう呼んでるし。魔物愛好家が高じて魔物研究の専門家になった奴だからな」


「そうそう、魔物が好きで好きで……って、ファルベ君は僕のことを変態って呼んでたんだね!? 初耳なんだけど!?」


「初耳も何も、それ以外に表現する方法がないだろう」


 実際、冗談でも何でもなく、彼の性格はその言葉以外の表現方法はない。

 この世界における魔物は人類の脅威という認識で、事実として魔物に殺された人間も少なくない。故に恐れ憎む人間はいれど、好む人間は彼以外いない。


 人によっては不謹慎と取られかねない彼の嗜好の理由は、


「だって、魔物は何故ヒトを襲うのかが分かっていない生物なんだよ? 奴らは別にヒトを食料として見ているってわけでもないし、ヒト殺しに楽しみを見いだしているわけでもない。奴らにとってヒトを襲うことに全く意味はないんだ。だから、だからこそ! 僕は魔物が好きなんだ! むしろ、好きで当然なんだよ! 未知を知りたいと、無知を克服したいと思うのはヒトとして当たり前の考えで、神秘を感じてしまっても、興味を惹かれても何らおかしくないのさ!」


 そういうことらしい。全く理解できない考えと言い切ることはできないが、それでも彼の思考は異質だ。

 自分の身を脅かすモノに戦略的な意味合い以外での興味を持つのは難しいものだし、その上好意を示せるのは普通ではない。


「うわあ……」


「あ、遂に言葉を選ばなくなったな」


 むしろ彼の変態性を知って一言目にこれを言わなかった時点で、ルナの努力を評価したいところではあるが。


「お前そんなんだからシャルロットも会いたがらねえんだよ。今日も本来ならあいつも同伴しないといけないけど、割と真面目に拒否してたから連れてこなかったんだぞ」


「なんでさ!? あの子そんなに僕のこと嫌いだったの!? だからちょっと前から顔を出さないのか」


 気づくの遅いだろ、と言いたくなるのを堪える。さっきまでの流れなら言ってしまっても良いのだろうが、ファルベには理由があった。というのも、


「つーかさ、そんなことどうでもいいんだけど、一つ言わせて貰っていいか?」


「ん、急にどうしたんだい? 話に割り込むみたいに話しかけてくるなんて君らしくもない」


「とにかく、一言言わせてもらうとだな…」


 そう言って、深く呼吸し息を整えると、



「お前本筋から脱線した方向に盛り上がりすぎなんだよ!いつまで経っても本題の話が進まねえ!」



 *



「……なるほど。ファルベ君の遭遇した事態と魔物の特異性は理解したよ。非常に、非常に興味を唆られるから、その辺りを深掘りしたい所だけど、それをするとまた怒られるだろうから自重しておくよ」


 横道に逸れるなんて程度じゃないぐらいに方向性の変わった話をぶった切って、無理やり本題に戻したあと、ラルフはそう言った。


 ファルベが伝えた情報は、人間の身長の倍近くある背丈で、全身を黒い毛で覆っていること。それと具体的な出現位置、そして、シャルロットの魔道具によって灰塵と帰してしまったことなどだ。


 ただ、彼が伝えたのはあくまで魔物の生態と最期の出来事のみで、あえて伝えていないものもあった。

 それは、森の中にあった謎の建物のことについてだ。魔物の生息する森に建てられている不自然さから報告しておくべきかとも思ったが、何か嫌な予感がして、言い淀んでしまった。


「それで、報告は以上かな。ああ、そうそう。最近君の捕まえたアソルブ君だったかな。あの『魔力吸収』スキルを持ってる彼ね、そっちも中々興味深かったよ」


「あれ? なんでラルフさんがその人を知ってるんですか?」


「その答えなら簡単だよ。ファルベ君が捕まえた冒険者は僕の元へ届けられるからね」


 その瞬間、ルナの脳に衝撃が走り、思わず息を呑む。

 そういえば、ファルベが捕らえた者たちは一様に騎士団によって引き取られ、王城に身柄を移されている。

 ただ捕まえるだけではなく、わざわざ王城まで運ぶ必要があったのは、彼に届けるためなのか。


「でも……それだとおかしくないですか?」


「僕は魔物専門だから、かな」


「……はい」


 彼は自分で話していた通り、魔物に特化した研究者だ。そんな彼が何故犯罪を犯した冒険者の身柄を求めるのか。


「ルナちゃんの疑問も当然だろうね。だから、僕もきちんと答えるけど、これも魔物の研究の一環なんだ。というのも、犯罪をした冒険者達の動機や経緯、それに至るまでの考え方などを調査した結果、それが魔物の思考パターンとほとんど一致することが分かったんだ。なら、犯罪者を何らかの手段によって強制的に更生させられる道具か施設を作ることができたら、魔物も更生させ、共存が可能になるかもしれないんだ」


 魔物を、更生させる。そんな研究が行われていることに驚く。

 それもそうだろう。ルナは、いやルナ以外の誰もが魔物は倒すべき対象で、憎むべき目標であると信じて疑わないのだから。


 だが、目の前にいるラルフという男は、人間と魔物を殺し殺される関係以外での共存方法を模索しているというのだ。それが魔物好き故の発想なのだろうか。


「とまあ、そういうわけで僕は犯罪者を蒐集しているんだ」


 普通では思いつきもしない、仮に思いついたとしてそれを実行しようとはしない筈の思考を現実にしようと行動している彼は、それにしてはあっけらかんとした態度で話す。


「あ、それと、ファルベ君。君に一つ言い残したことがあるんだけどさ」


「なんだよ」


「――例の件について、新しい情報が手に入ったんだ」



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