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21話 「大部屋の主」

 城下町の大通りはいつもの如く人で溢れ、雑多の声が入り混じっていた。

 その中を車輪の回る音を立てながら走るのは、この世界共通の交通手段である馬車だ。


 後ろに木造の箱のようなものがあり、それを馬が引くことで進む仕組みになっているのだが、箱の中はそこそこ広くはあるものの、密閉空間で少々息苦しさを感じる。


 あるものといえば、小窓が二つほどだけだ。あとは、御者との連絡口ぐらいのものだ。

 少し汗が滲み出す程度に暑さを感じ、小窓を開ける。馬車が爽快に駆ける風がそこから流れ込んでくる。

 中に溜まっていた熱気が外部の新鮮な空気に入れ替えられ、気持ちのいい冷たさに調整される。


「何だか、緊張しますね……」


 箱の中で、不意にそんな声が聞こえる。それは言葉の通りに緊張感で少し声が震えているように感じる。

 それを発したのは小柄な少女だ。短い黒髪に澄んだ青い瞳。薄らと朱色の混じる健康的な肌。いつもは活発なその少女は、別人のように足を揃えてお淑やかに座席に座り、足の上で手を合わせている。


「緊張するって…お前そんなこと言うんだな」


 少女の向かいに座る少年が、彼女に言葉を返す。少女とお揃いの焦げ茶色の外套を被り、容姿を認識するのが難しい。

 けれど、声でどこか呆れたような感情が見て取れる。


「一年前か、それより昔のルナだったら、そうだったかもしれないですけど……今は、って感じですかね」


「そうだな。ていうかお前、だいぶ変わったよな」


「ルナも自分でそう思います。我ながら変わったな〜って」


 懐かしむように、思い出すかのように天井を見上げる。

 そこには木目しか映らないはずだが、彼女はまるで違う何かが見えているかのようだ。

 しばらく、遠くを見つめて、


「……とまあ、適当な話題で緊張をほぐしたわけですけど……まだ着かないんですか」


「もうちょいかな。やっぱり家が遠いと、こういう時不便だな」


 でも王城の御膝下って建物も売り物も何もかも高えんだよなあ……と愚痴りつつ、小窓を覗き込んで景色を窺う。

 大通りを抜けたとはいえ、周囲はやはり人が多く行き交い賑わっている。


 それが目に見えて減り始めたのは、馬車に乗ってから一時間ほど経ってからだ。

 遠くに見えた王城が、次第にその巨大さを主張し始め、存在感の大きさに目を奪われる。


「着きましたよ」


 馬車が徐々に制動をかけて、完全に停止してから、声をかけられる。

 それは連絡口に顔を向ける御者の声だった。


 箱の側面に付いた扉が外部からの力によってゆっくりと開かれる。

 馬車の両脇には、黒の紳士服に身を包み清潔感のある男性二人が立っていた。彼らが馬車の横扉を開けたのだろう。


 男性に誘導されるように馬車から外に出て、意外と強い日差しに目を覆う。


「ここから先が王城になるんですか……?」


 ルナが目の前にそびえるそれを眺めながら、ボソリと呟く。

 彼女が大きく目を見開いて見つめているのは、城門である。

 銀色に輝く門が日の光を反射して、その輝きが一層増している。神々しいとも言える


「正確にはこの門の先にある庭園を超えたところが王城なんだけど、敷地内って意味ならその通りだな」


 大層な装飾で飾り付けられた大扉が、重々しく開かれる。先程二人を馬車から下ろす際に扉を引いて誘導する配慮を見せた男性がそれを行なっているのだが、その体格はさほど大きくないというのに、背丈の倍近くある扉を押し開く様を見ていると、中々力持ちなんだという感想を抱く。


 門の先にはファルベの言っていた通り、庭園と呼ぶべき景色が広がっていた。


 赤、青、黄、緑、紫、桃、白、黒。様々な種類の草花が咲き誇り、華美な花壇の中で丁寧に整えられている。

 その真ん中に一本の道が舗装されていて、それが一番奥に王城の玄関に繋がる階段まで続いている。


「わぁ……すごいですね……」


「そうだな」


 呑み込まれそうなほど幻想的な光景が広がるそこで、ルナが感嘆の声を上げる。

 彼女のその反応は理解できるものだったが、ファルベはいつものように表情を変えないまま、先を歩く執事に着いていく。


「ししょー、反応悪いですねー。もうちょっと、なんていうかこう、ないんですか?」


 具体的な言葉が思いつかなかったのか、曖昧で抽象的な疑問を口にする。

 かくいうファルベも、何一つ感情が動かないというわけではなく、きちんと綺麗なものは綺麗だと感じてはいるのだが、いかんせんルナほど王城に入る機会が少ないわけではない。そのため、見慣れてしまっているだけなのだ。


「ない。慣れたからな」


「そんなはっきり言うんですね! これが無粋の極みってやつですか……」


「真面目な顔して何言ってんだお前。ていうかそんな言葉どこで覚えてきたんだよ」


「いや、ししょーがお仕事に行ってる時にルナは別行動で城下町にいたことあったじゃないですか」


「ああ…? そんな事あったっけか」


「ありましたよ! 丁度一昨日です!」


 一昨日……? その日に何があったか、と思い出すように顎に指先を添える。


 そういえば、その日は「魔力吸収」のスキルを所有している下級冒険者を捕らえた日だった。あの時はファルベとルナが別々に行動していて、ルナは暫く城下町を彷徨いたあと、人気の少ない郊外へと足を運んでいたのだった。

 そこでファルベの依頼対象と接触し、色々と被害(不可抗力というのを加味した上で)を出した日だ。


「最近は衝撃的な出来事が連続してたから、頭ん中ごちゃついてるな。すぐに思い出せなかった。それで?その時に何があったんだ?」


「えーとですね…『こ、こここれが、無粋の極みという事ですな……!』『せ、拙者も同じ意見でござる……!』っていう会話を聞きまして…」


「何話してたか気になるな、それ!」


 やたら癖の強い話し方の人物同士での会話、一体どういう経緯でそんな流れになったのか。少々、いや大分興味が出ているが、その反面関わりになりたくない気持ちが鬩ぎ合っている。


「素敵なお話に花を咲かせていらっしゃる最中に大変失礼します」


 ――と、その時。二人の会話に割り込んでくる声があった。それは彼らを先導する執事の内の一人だ。

 いつのまにかこちらに振り返り、深く腰を折っている。


「今の話を素敵って……まあ建前か。それより、なんだ?」


「正面をご覧ください」


 ファルベが目の前を見ると、そこには華美な扉があった。

 どうやら、適当な世間話をしている間に庭園を抜けて、王城の玄関まで辿り着いたらしい。止めなければそのまま玄関前で会話を続ける可能性を危惧したのか。その配慮はありがたいのではあるが、流石にもう少しで会話も打ち止めだっただろうからその心配は早計だったと言える。


「着いたって事だな。ありがとう」


「いえ、これが私達の仕事ですので」


 まるで仮面でも被っているかのような無表情で返答する。

 そして、二人してもう一度頭を深く下げる。それを見届ける事なく、ファルベは城内へと歩を進める。その後ろからルナが着いていく。



 *



 城内はより一層豪勢に飾り付けられていた。床に敷かれたカーペットも、天井から吊り下げられた照明も、壁に掛けられた絵画も、全てが明らかに高価なもので取り揃えられており、それに慣れないルナが一瞬息を呑む。


 世間話で緩んでいた緊張感が、再燃してきているのを感じる。そんなルナの心境をよそにファルベは一つも動揺を見せる様子もなく、サクサク進んでいく。


 真っ直ぐ行くと、二階に続いているだろう階段があり、そこの付近には警備役らしき人間が多く配置されているため、二階には重要な何かがあるのかもしれないが、ファルベはそちらへ一瞥もくれず、玄関から入って右横の方向へ歩く。


 縦にも横にも広すぎるそこを歩き続け、幾つもの絵画を横切って行ってから、目的の場所まで到達した。


「ししょー、ここなんですか?」


 そこは、部屋だった。だが、単なる個室というわけではなく、何部屋か連結されているかのような大きさの部屋だ。


 やはり、王城というだけあって一つの部屋でも並外れた、常識外れなサイズのようだ。


「ああ、ここだよ」


 そして、「開けるぞ」という声をかけた後、綺麗に磨き上げられたドアノブを握り、押し開ける。


 そこにいたのは――


「やあ、ファルベ君。君が来るのを待っていたよ」


 眼鏡をかけた、優しげに微笑む男性だった。



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