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20話 「目指す場所」

 ――暗い。昏い。溟い。目の前が真っ黒で覆われた闇の中。体の前に置いた掌すら見ることの叶わない暗闇。しかし、そんな環境の中でも()には全て見えていた。


 何のことはない、慣れ親しんだ闇の中だ。自分の身体が見えなくても、感覚で分かる。どこにどうやって動かせばどう動くのかとてもよく、わかっている。


 だから、身体が動くままに、本能の赴くままに行動すればいい。


 何も考える必要はない。考えてしまえば、醜く歪んだ自身の魂に気付いてしまう。省みてしまえば、己が行いの過ちに気付いてしまう。鑑みてしまえば、酷く歪な心が正常を保てなくなる。慮ってしまえば、自分を見る他人の目に気付いてしまう。


 それは駄目だ。それをしてしまえば、全ての前提が崩れてしまう。自分は正しい筈なのだ。誰より、誰より、誰よりも。


 目を開けて、「それ」を視界に捉える。思考が動き始める前に、行動を終わらせる。

 一つ目が終われば、二つ目に移る。二つ目が終わると、三つ目に移る。三つ目が終われば、四つ目。五つ目、六つ目、七つ目、八つ目、九つ目――


 そうやって、何度も何度も何度も何度も何度も何度も、――し続けた。


 精神がひび割れて、脳が受け入れることを拒否しても尚、彼はそれを続けた。

 否、続けるしかなかった。一度始めたそれを途中で止めることなど出来なかった。

 元より赦されることではない。誰にも認められることではない。


 だから、自分のそれに終わりが迎えられるまで、進み続けるしかなかった。

 前しか向かず、後ろを決して振り向かず、自分の足跡から目を背け続けて、生きるしかなかったのだ



 *



 いつものように昼の日差しが目蓋を焼き、それが意識の覚醒の手助けをする。

 暗い世界に光が差し込み、その光に従ってゆっくりと目を開けると、木製の天井が視界に飛び込んでくる。


 上体を起こして周りを見回す。ファルベが寝転んでいたのは、玄関から入ってすぐにある一室。その中心、木造の机を挟むように配置されている長椅子を寝床として使用していた。


 元々二階にあったファルベの部屋は、今はルナに明け渡している。それが理由で、この部屋を寝室がわりに使っているのだ。


「背中……痛ってぇ……」


 硬い椅子に何も敷かずに寝転んでいたのだから当然だが、背部に痛みを感じる。


 普段は布団を敷いて床で寝ているが、昨日は大分遅い時間に帰ってきたこともあり、布団を敷くのを面倒くさがってそのまま椅子で寝落ちしてしまったのが良くなかった。


 背中から腰までの辺りを摩りながら、大きく伸びをして眠気を覚ます。


 すると、


「あ、ししょー。ようやく起きたんですね」


 一階と二階を繋ぐ階段を降りる音と共に、そんな声が聞こえてきた。


 声の発生源には短く整えられた黒髪を揺らす元気な少女――ルナの姿があった。


「今日も誰かと会う感じですよね。もうこんな時間ですけど、大丈夫なんですか?」


「ん? ……あー、大丈夫だ。あいつはそんなに時間は気にしないから」


「そうなんですか……っていうか会いに行く人って誰なんですか?」


「それは会ってから、ってことで。説明とか……まあ、見たら分かる」


 はぐらかすような話し方のファルベに一瞬、訝しむような表情になるがそれもすぐに消える。

 もう一度聞いても同じような答えなるのだということを悟ったのだろう。


「そこまで言われるとルナも気になるので、早く行きましょうよ……何で布団を敷き出すんですか」


 いそいそと床に布団を敷くファルベにそう聞く。大体「ようやく起きたんですね」と言った辺りから布団がしまってある箪笥を何やら手探りしていたのでなんとなく察してはいるのだが、


「二度寝。昨日は遅かったしな……あと少しぐらいは……」


「魔力ぶっ放しますよ?」


「ふざけんなよ!? 気軽に更地を増やそうとすんな!」


 殺意MAXのツッコミが二度寝を目論んだファルベを襲う。

 更地にするなんて言葉にすれば現実味がないが、彼女にはそれをできるだけの実力があるから、もしかするとやってしまいそうなのが恐ろしい。


「流石にな……いや、やりかねねぇ…」


「やらないですよ失礼な! ともかく、しないといけないことはちゃっちゃと終わらせましょうよ」


「分かった分かった」


 ファルベは正直気が乗らないこともあって、二度寝することで逃避しようとしていたのだが、ルナの正論を食らってしまい、観念する。


 布団と薄い掛け布団と枕、寝具三神器を完璧に配置していたのを泣く泣く押し入れにしまうと、同じ場所からいつもの外套を取り出す。


 焦げ茶で使い古したそれを頭から被る姿を見て思い出したかのようにルナが、


「あっ! ルナ、部屋に外套忘れて来ちゃいました。まあ大丈夫ですよね」


「え? いや大丈夫じゃないから、さっさと取ってこいよ」


「でもでも、ししょー。あれ着てると動きづらいんですよねー。それにフード被ると視界も悪いですし、暑いし」


 ファルベと行動を共にするようになってからずっと着ている――いや、着させられている外套の嫌な点を上げ連ねるが、


「いいから、取ってこいって。なにもこれは嫌がらせしたくて言ってるってわけじゃない。それがルナのためだから言ってるんだ」


「ル……ルナのため、ですか…」


 彼の意外な台詞に驚き半分照れ半分といった様子で口籠る。


「分かりました。着てきますね」


 言って、駆け足気味に二階へ戻るルナ。それを尻目に、ファルベは壁に立て掛けた長剣を手に取る。


 外套と同じく使い古された剣だ。鞘や柄、グリップには何やら黒ずんだ汚れがこびりついている。薄ら見えるだけで、それほど目立つ汚れではないが、違和感があるのは否めない。


 鞘から引き抜くと、その刀身が顔を出す。少し赤みがかっているように見えるそれは腕一本分程度の長さに伸びている。


「――こいつも長い付き合いになってきたな」


 一つ息を吐いて、そう呟く。

 この剣を見ていると、かつての出来事を思い出す。正直、思い出したいものではないが、決して忘れてはいけない記憶だ。

 彼の心に住みつくそれに対して祈りを捧げるかのように暫し瞑目する。


 彼のその行為は、


「ししょー! 着てきましたよ。さあ行きましょ……ってなんで目を瞑っているんですか?」


 その元気な声によって破られる。不思議そうにファルベの顔を覗き込んでくるルナが、可愛らしい表情で彼に問いかける。


「ああ、何でもない」


 ゆっくりと目を開けながら答えると、眺めていた長剣を鞘に納めながら、


「行こうか」


 言って、玄関の扉を開ける。その後ろからルナがフードで顔を隠しながら付いて行った。



 *



「それで、ししょーが会いに行く人ってどこにいらっしゃるんですか?」


 視界の中で多くの人間が横切っているのを眺めつつ、ルナが聞く。


 ここは、馬車の停留所でファルベたちが住んでいる建物からそう離れていない。

 馬車の停留所にいるということは、当然馬車を使うということで、それ即ち比較的遠方に住む人間だという想像はできるが、ファルベの交友関係というか人間関係には詳しくないので、誰と会うのか、それともどこにいるのかといった情報は心当たりがない。


「ルナもよく知っている場所だ。いや、ルナだけじゃないな。この国に住んでいるなら誰でも知っている場所だよ」


 と、ファルベは言うが、誰でも知っている場所なんてそう多いわけではない。

 例えば、観光名所だっていっても誰でも知っていると言い切るには難しい。世俗の情報に疎い人間(この場合、ルナもそれに含まれるが)は知らない場合もある。

 著名な人間の住んでいる場所というのでもそうだ。


 確実に全員知っているような場所なんてそうそうない。…というより、もはや一つしかないのではないか。


「ししょー……それって、もしかして……」


 それは確信に至らないただの推測だが、それしかないと言える結論である。


「――王城、ですか」


「正解」


 アイナハル王国のシンボル、ここに住んでいる民なら確実に誰でも知っていて、知らないことなどあり得ない――王城。

 そこに初めて入城することが決定されたのだった。



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