2話 「師匠と弟子」
「あ、ファルべさん。いつもお疲れ様ですー」
追っていた冒険者を捕らえた後に、冒険者たちの集う「ギルド」と呼ばれる施設へ入った時に、受付の女性にそんな声をかけられた。
「ありがとう。ところでさっき捕まえた男の身柄は?」
「ほんの少し前に王国騎士団の方に回収していただきました。いつも通りに」
受け付けの女性は慣れた様子で報告する。その後、それにしてもと話を繋げて、
「あのハイスさんを捕まえるなんて、『冒険者狩り』の二つ名は伊達じゃないです」
「ハイス……ああ、さっきの人の名前だったな」
「何でもうすでに忘れかけてるんですか…。ハイスさんはちょっと言い方は悪いですけど、厄介なスキルもちの方でしたから、方々で悪さをしてはどこぞへ逃げ去ってしまうので、苦情やら慨嘆の声が多くて大変だったんですよー」
ギルドには冒険者が集うため、良くも悪くも世間の評判がそのまま入ってくる。特に悪い評価は声が大きいこともあり、彼女もそれの影響を受けたのだろう。
本来なら、ギルドは冒険者たちの交流の場を提供することを主とするのでその意見をここへ向けるのは正しいとはいえないのだが、今となっては冒険者たちとその他の人間との窓口という認識が強くなっているため、批判等が届いてしまうのも仕方がない。
「それにしても、何で騎士団の方々はファルべさんの捕まえた犯罪者を王城まで運んでるんですかね?」
「何でまた急に……」
「いや、いつも思ってるんですけどもね。ふつうに隔離施設かなんか作って入れとけばいいのにって。ファルべさんならやっぱりそういうとこも知ってるんじゃないですか?」
女性は大人びた顔つきではあるが、その表情は子供のような好奇心で爛々と輝いていた。
ファルベという少年は、王城の人間から仕事を受けている。つまりは王城にいる、国内でも上層の人間と繋がりがあるのだ。そこから何か情報を得ていると考えるのは自然な流れと言える。
「――。」
「ファルべさん?」
「いや、俺は何も聞かされてないよ。本当にただ国から言われた仕事をこなしているだけだから。そんなことより、他に何か依頼があったりするのか?」
ファルべはフードを目深にかぶっているためどういう表情になっているのかはわからないが、何かを躊躇うかのようにわずかに身動ぎをした。
それも束の間、すぐに切り替えて次の仕事へ焦点を向ける。
「ちょっと待ってくださいね……うん、今日は特になさそうですね。暇でしたら愛しのあの子と一緒にいてあげればいいと思いますよ!」
「愛しのって……何だよその前置詞。あいつに対してそんな感情はないよ。それにどうせ家に戻ればいるんだから一緒にいるしか選択肢が――」
その後に続く筈だった言葉は、別の声によって遮られることになる。ファルべの真後ろから音を立てて駆け寄る影がそれの発生源だ。ファルべは背後を振り向くことなく何かを察したように溜息をつく。
その影の正体とは、
「ししょー!会いに来ましたよー!」
背中へ猛ダッシュして来た勢いを殺さずに、むしろ衝突する相手を殺すかのようにタックルする一人の少女であった。
ファルべとお揃いの外套に身を包んではいるが、彼とは違い、フードは被っておらず、その容姿を衆目に晒している。年齢は、冒険者の中でも最年少に近いファルベよりもさらに幼い。十二歳ほどだろうか、身長もそれにふさわしいと言える小ささだ。短めに切り揃えられた黒髪を激しく揺らし、コバルトブルーの双眸をファルべに向けている。明るい言葉と活発そうな見た目も相まって少女らしい愛らしさが見える。
「おまっ…ルナ! 何でこんなところまでっ…家で待ってろって言っただろ!」
まさかここで遭遇するとは思っていなかったであろうファルベは動揺を隠せないように言う。
「いやー家にいても暇ですしー。そろそろ仕事を終えてギルドで報告してるところかなと思いまして」
ルナと呼ばれた少女は、なんとも間の抜けた声でここまで来た経緯を説明する。
まだ声変わりも来ていない彼女の高い声がギルド内に響き渡ると同時に、ファルベは周囲の人間の視線を集めていることを感じる。実際には、ボロボロの外套を羽織ってここへ来た時点で好奇の目で見られてはいたのだが、気づかなかっただけ、というより意識的に気づかないようにしていた側面が強かった。
それも一度気になってしまっては止めようがなく、少女の手を引くと、
「分かった、取り敢えず戻ろう。ここじゃあまりに目立ちすぎる」
言って、ギルドの外へ歩を進める。冒険者は歳を重ねた大人たちが多く、中には老年の人物もいるが、彼らのような年少の人間はいない。
ファルベの意図を知ってか知らずか、頷くと手を引かれるままに連れ出されて行った。
*
外はいつもの如く活気で満ち溢れる光景が見える。右にも左にも人が忙しなく移動し、雑多の声が行き交っている。けれども騒がしいという風には感じず、賑やかと表現されるような印象を受ける。
黒に赤に青に桃にと様々な髪色の人間が存在しているがやはりここでも古ぼけた外套は異色を放っている。しかし、先程より周囲の人数が多くなったことで人混みに紛れることができ、結果的に人目につきにくくなった。
「はぁ……暇だからって下手に外を出歩くなよ。襲われるかも……いやそんな心配はいらなかったな」
「そうですよー。なんならルナはししょーよりも強いですから!」
「そうはっきり言われると凹むな。事実だし否定はしないけど」
凹むなどと口に出してはいるが、全くそんな様子は窺えない。何故なら彼の言葉にある通り、それが覆しようのない事実であるためだ。
「まー今日、ギルドまで行ったのは暇だからってだけじゃないんですけれども。ししょーについてですね、気になったことがありまして」
不意に聞こえたその言葉に、ファルベは疑問を覚える。彼女が自分について何かを聞き出そうとしたことが今までになかったからだ。
「取り敢えず聞きはするけど、答えるかどうかは質問次第」
ぶっきらぼうに答える。それが予想の通りだったのか少女は微笑むと、
「一年前から一緒にいて、今まで聞けてなかったことですよ。聞いていいのかどうか、わからなくて」
言葉を紡ぐほどに、話が進むごとに、彼女の聞きたいことがなんとなく察せた。
「ししょーはどうして、冒険者を辞めてしまったんですか?」
――やっぱり、それか。
ファルベは今でこそ冒険者狩りなどと呼ばれているが、かつては冒険者の一人であった。けれどその事実を話した人間は数少なく、それこそ片手で数えるくらいしかいない。
どうしてそれを言いたくなかったのかは、冒険者であったときの記憶は彼にとって哀しくて、忌まわしくて、憎らしくて、恨めしくて、悍ましかったから。
それはきっと、一生消えることのない彼の傷跡――