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18話 「戦いの結末」

「で、ここに戻ってきたんだから、何か勝算はあるんだよな? 流石に無策で来たなんてことではないよな」


 一瞬にして立ち位置の変化したファルベに困惑するように動かずにいる魔物を視界に収めながら、質問する。


 シャルロットは中級冒険者だ。だから、人並み以上に魔物を討伐した実績は持っているし、それこそ経験値だけでいうなら彼女の方が今の状況ではベテランなのだ。

 そのシャルロットが戻ってきたのであれば、何か策があるに違いない。そんな縋るような気持ちで淡い期待を口にする。


「別に、勝算がなかったとしても私はキミを助けようとするよ。今回は勝算込みで助けに来たわけだけど」


 ファルベの期待に応えるように彼女はそう返答する。


「なら、聞かせてくれ。ちょっと自分でも情けないけど、勝ち筋が見えねえ」


「それも仕方がないと思うよ。ファルベ君も私も、物理的に強力なスキルってわけじゃない。対して相手は極端な物理攻撃特化だ。半端な搦手では多少翻弄はできるだろうけど、最終的には単純な攻撃で粉砕されるだろうね」


 ファルベの困っているところはまさにそこだ。固い皮膚に凶悪な爪。圧倒的な威圧感を放つ体躯。そんな、「単純に強い」相手にはファルベの小細工と相性が悪い。

 相手も何か策を弄するのであれば、その裏をかいて敵を追い詰めることができるが、肉体の強度で優っている相手を倒すには、それ以上の力を持った者を用意しないといけない。


 こちらの準備が万全で、罠や作戦がいくつも用意できたのなら話は別だが、突発的な出会いでそれほど都合のいい状況はあり得ない。


「そんなこと、分かってる。分かってるから、勝ち目が見えてないんだよ。お前は、どうしたら良いと思う」


「簡単なことさ。私たちも、奴に負けないくらい強力な攻撃で倒せば良いのさ」


 シャルロットは当たり前のように話しているが、それは明らかにおかしい。

 そもそも、今彼らがこの状況に陥っている原因は、魔物に対する決定打が無いことだ。一撃で、或いは短時間で倒せるような力があればこんなことにはなっていない。


 ならば、考えられる可能性は、


「もしかして、ルナか?」


 彼女であれば、必ず現状を強引に打破できる。どれほど硬い皮膚も、強靭な肉体も関係なく、全てを押しつぶして崩壊させる。

 ファルベの考えうる限り、最大の戦力だ。しかし、


「……? どうしてルナちゃんの名前を? 彼女のような女の子をこんな魔物の近くまで連れてはこれないよ。ちょうど私が森を抜けたところで会って、城下町までの案内役を買って出てくれたから、任せてきたよ」


 言われてみれば、シャルロットが護衛として城下町まで連れて行くように言っておいて、いやに帰りが早かったことは気になっていた。彼女は途中で役目を託し、その足でこっちまで戻ってきたわけか。


 そして、シャルロットは今日ルナと初めて会ったのだから、ルナの異常なほどの強さを知らなくても何らおかしくない。

 それでもルナはおびただしいほどの魔力を身に纏っている。熟達した者であれば、その魔力の総量のおかしさに気付いて、只者ではないと感じるのだが、そこに気づけないのはシャルロットがまだそこまでの領域ではないだけなのか、その辺りのことにはずぼらなのか。


「そうか。でもそうなってくると本格的に分からないな。どうやって倒すつもりなんだ?」


「倒すための手段は、これだ」


 言って、シャルロットが取り出したのは、腰の辺りに隠れるように備えてあった木の枝のようなものだ。


 細長く、先端へ近づいていくほど更に細くなっていく。何か装飾や目立った意匠もなく、そこらで拾った枝だと言われても納得してしまいそうな出で立ちだ。

 それはお世辞にも頼りがいがあると言えず、両手で持って折り曲げてしまえば、簡単に折れてしまいそうなほどにか弱い枝だ。


「何だそれ。ゴミにしか見えねえけど。ここに来るまでに拾ってきたのか?」


「いきなり失礼だね!? これはれっきとした武器だよ」


「武器?」


 そう言われて、もう一度よく見るがそこにあるのは、変わらず木の枝のような何かだ。特別な力があるようには見えない。


 訝しむファルベに、ため息をつくと、


「魔道具だよ。ファルベ君も持ってるだろう?」


 魔道具――それは文字通り魔力を扱うための道具だ。主にスキルの使えない人間にスキルを使用できるようにするために作られたものだ。


 この世界には二種類の人間がいる。それは、スキルの使える人間と使えない人間だ。

 全ての人間に魔力は備わっているのだが、全員が全員スキルを使用できるわけではない。

 そこにどんな違いがあるのか、それは生まれ持った才能の差だと言える。この世界で生を受けた人間は、その半数が異能力に適応した肉体を持っている。それがスキルを使える者に当たる。


 つまり、そうでない者は今後一切、自分自身の力でスキルを使用することはできないということだ。


 だが、それで終わらせてしまっては不平等だ。誰もが「他人と違う自分」という個を確立させられるわけではない。それが、世界に少なからず影響を与える超能力なのだから、余計に。

 その不平や不満がいずれスキルが使える者たちに向かい、争いや諍いに発展する可能性が高いのは火を見るより明らかだ。


 それを未然に防ぐために作られたのが、魔道具だ。「付与」のスキル持ちの人間が、冒険者のスキルを無機物へ付与させ、一般の人達に流通させている。


 シャルロットが持っている木の枝のような細い棒もその魔道具らしい。


「いや、俺は持ってない。何せ、高いからな」


 付与のスキルを持っている者はそれほど多くない。そんな人が作った魔道具も当然稀少性が高く、単価が高いのだ。


「そうだね。特に戦闘に応用できる魔道具はやたらと高いからね。私もなるべく安く済ませようと、こんな耐久性の低い素材で作って貰うことにしたぐらいだし」


 そう言って、手に持つ棒をふらふらと揺らす。あからさまに粗悪な素材に見えたのは、見たまま粗悪な物で作ってもらったからのようで、少し安心する。


 魔道具を手に入れるには二種類方法があり、一つは製作者から直接買い取る方法。付与能力者が付与するスキルに合った、質の良い素材を選んで作った商品を買うというものだ。

 ただし、素材からスキル付与から全てを能力者任せにするため、料金は高い。


 もう一つは、素材を持ち込んでそれにスキルを付与して貰う方法。持ち込む素材は基本なんでもよく、さっきファルベが言ったようなそこいらで拾った枝でも良いし、道端に転がる小石でも良い。

 素材の値段は自分で決められることから、払う料金はスキル付与代のみになり、結果的に安く買える。

 しかし、あまり粗悪な物を選ぶとすぐに破損したり、ろくにスキルが発動できなかったりと不具合も生じる。


 そして、当然ではあるが、付与スキルも万能ではない。魔道具として道具にスキルを付与したとして、そのスキルを持っていた本来の持ち主より出力は劣ってしまう。

 誰でも簡単に強力なスキルを扱えるなんて都合のいい話はないわけだ。


 ともかく、シャルロットの所有する魔道具は二つの方法の内、後者によって手に入れた物だということが分かった。


「それで? シャルロットのその魔道具であいつを倒せるのか?」


「この魔道具は杖の先から電撃を放つ物だからね、皮膚の硬さや肉体の丈夫さは関係なく攻撃できるはずだよ。それでも、元になったスキルに比べれば威力は二割程度って話だから、心臓か頭部に近い位置で当てないと致命傷にはならないかもしれない」


「この際威力は置いといて、お前のスキルで時間を止めたら急所を狙うのは簡単だろ?」


「言っても私の魔力保持量を考えれば、止められる時間は良くて五秒くらいだから、その時間で接近して急所を狙ってというのは……少し厳しい」


 彼女は時間停止を考慮しなければ、ただの女性にすぎない。だから、普通の女性にできないことは彼女も同様に出来ない。


 巨大な魔物の心臓も頭部もその身長の高さに合わせて高くなっており、普通にジャンプしただけでは届かない。

 先程ファルベが魔物の眼球へ長剣を突き立てた時も、魔物の腕を足場に駆け上ったからできたことであり、踏み台もなしだと彼でも届かない。


「分かった。俺があいつの注意を引いて、隙ができるまであしらうから、大きい隙ができたらそこを狙って魔道具を発動させてくれ」


「大丈夫かい? 奴は相当頭に血を昇らせているようだけど」


 ふと視線を戻すと、健在の右目を血走らせてこちらを睨みつけていた。

 ファルベ達が話していた時間を狙わなかったのは、恐らく一瞬にして移動した現象の原理を把握できず、迂闊に攻撃を仕掛けたとて、また同じような手段で逃げられて延々といたちごっこさせられてしまうことを警戒していたのだろう。


「何とかするさ。俺は戦闘経験だけはあるからな」


「キミの場合、人相手限定だけどね」


 ファルベの言葉に即座にツッコミを入れてくれるところに少しの安心感を感じつつ、


「じゃ、そういうことで。いつでも魔道具を発動させられるよう準備だけはしておいてくれ」



 *



 隙を作る、とシャルロットに格好つけて言ったが、それは想像以上に困難だった。

 怒りに支配された魔物は、動きが格段に違い先ほどまでの感覚で避けようとしても間に合わない。

 そして、今までは片腕を振りきってからもう片方の腕を振るっていたため、攻撃と攻撃の間には一定の時間、空きがありそこを突いて反撃ができたのだが、今度はそうもいかないようで。間髪入れず繰り出される凶悪な爪は、隙など見せていなかった。


 時には躱し、時には受け流し相手の攻撃を捌くがそれではジリ貧だ。


「なら……」


 考えうる手段を、手当たり次第で試すしかない。方針が決まれば行動は早い。


 豪腕が音を立てて空気を切り裂く。それを何とか避けて、後方へ向かって走る。

 続けて魔物もそれの後を追う。足が地面を踏み砕き、走るだけで発生するその衝撃がファルベにも感じられる。


 魔物はついに、ファルベの背中を捉えると、そこに向かって腕を振り上げ、直後目の前に大木が現れる。

 否、大木が突如出現したのではなく、ファルベが木の裏に隠れただけだ。


 ファルベの作戦、木を盾にする。ファルベの長剣でも耐えきれない一撃を防げるとは微塵も思っていないが、少しの時間でも耐えてくれれば、十分利用価値がある。しかし、


 ――失敗。ほんの少しの時間すら耐え切ること叶わず、まるで紙を切るかのような容易さで粉々に砕け散る大木を見て、そう判断する。


「チッ……」


 頭では理解していても、希望があっさり破られてしまうと落胆の気持ちは起きるもので、思わず舌打ちをしてしまう。


「いや、待てよ……」


 先の結果から、一つ思いついたことを実行に移すため、彼はスキルを使用する。


 またしても暗闇に溶けるように消えたファルベを探して、視線を巡らせる。だが、視界から消える相手を探すのに視覚を使うのは無駄でしかない。魔物は次に、嗅覚による索敵を行う。


 すると、獲物の匂いを感じる。それは確かに、ファルベのもので、発生源はまたしても木の裏。

 今度も簡単に壊せるだろうと、丸太のように太い腕を振り下ろす。実際に、大木は数秒も耐えることができずに破壊される。


 ――ここで、魔物が姿を消えたファルベを探すのに必要な感覚器官とは何か。


 まずは、聴覚だろう。ファルベの足音や小さな衣擦れでもはっきり聞こえる聴力をもって居場所を特定すればいい。だが、今は大木を折った直後だ。木を折ると、騒音が発生する。それは、人より遥かに耳が良い魔物にとっては被害が大きい。


 ならば、嗅覚。確かに、ファルベの匂いは木の裏から発生していた。それは間違い無いし、疑いの余地もない。

 しかし、匂いは人体からしか発生するというわけではない。その人に近くにある物にもそれは移る。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 崩れる大木の裏。――そこに、無残に引き裂かれた彼の外套だけが宙を舞っていた。


 魔物がそれに気づいた時には、もう遅い。右足の膝の裏に創傷が出来ていた。


「どれだけ皮膚が硬かろうと、その硬度が関係しない部位は、別に眼球だけじゃないだろ?」


 生物が無闇矢鱈に全身を硬く出来るはずがない。絶対に柔らかいままの部位は存在する。その一つが、関節だ。

 関節が刃を通さないほど硬いのであれば、その生物は歩くことができない。しかし、この魔物はファルベを殺すために、探し回って、走り回って、暴れ回った。

 それが、関節になら刃が通る証拠になる。


 片足が役目を放棄し、自身の重量を支えきれなくなった体は崩れ落ち、地面と距離が近くなり――


「――今だ!」


 その声が合図だったかのように、一人の人影が、別の木の裏から飛び出てくる。


 その人影は、現れると一瞬で魔物の体に肉迫すると、左手で持つ杖の先を心臓付近へ突きつける。そして――



 目の前が、白で埋め尽くされる。夜の暗闇を塗り替えるほどに目を覆う、白の光。その光を引き起こした張本人も、近くにいたファルベも、思わず目を瞑る。

 直後に訪れる、轟音。耳を塞いでも鼓膜を破壊されるのかと思わせるほどの大音量が、この森全土に振動を巻き起こす。


 少しして、恐々と目を開ける。彼らの眼前に映ったものは、


「何が元になったスキルに比べれば威力は二割程度だよ!影も形も残ってねえじゃねえか!」


 もはや肉は一片すら残らず、魔物の肉体は、ただの灰と化していた。



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