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171話 「砂漠の町」

 馬車の停留地に戻ると、もう出発の準備はできているようだった。居残ったメンバーの中からリーダー的な人間が進んで指揮を取り、いつでも出発できるようにしていたらしい。


「おかえりなさい、ししょー」


 笑顔で出迎えてきたルナ。その顔にはファルベが負けるかもという不安は一切なかった。


「ありがとな、ルナ。ちょっと待たせたか?」


「寧ろ、予想より早いおかえりでしたよ。ししょーは流石です」


 褒められると悪い気はしない。ファルベはルナの頭を撫でる。


「本当、ファルベとルナちゃんって仲良いわよね。何があったらそこまで仲良くなれるんだか」


 メルトが呆れたように呟く。確かに、ルナと出会って一年ちょっと。それだけの期間でここまで仲良くなれたのは奇跡に近い。


「それが気になるんなら、この作戦が終わったら俺とルナの出会いくらい話すよ」


「別にいいわよ。興味ないし」


「否定が速すぎる」


 聞いておいて秒で拒否するのはあまりにもあんまりではないか。


「そんなことより、ファルベに用があるって人がいたわよ」


「誰のことだ?」


「うーん、私たちが苦手な人……かな」


 メルトがそう言った直後、その人物が現れる。


「ファルベよ、よくやりましたわね。褒めて差し上げますわ」


「うげぇ……なんだよマリナかよ」


「姫様を前に『なんだよ』とは……いくらマリナ様のお気に入りとはいえ限度をわきまえて……」


「わきまえるのは騎士様の方ですわよ」


「自分ですか!?」


 突然流れ弾が飛んできたクルーガーが驚く。慌てふためくクルーガーを横目に、ファルベはマリナに聞く。


「で、結局お前はなんの用なんだよ」


「ん……そういえばファルベに会おうとしていたのは私様でしたわね」


 思い出したかのように話すマリナ。手をファルベの胸に当てて、上目遣いになる。


「私様は騎士様と賭け事をしていましたの。ファルベの決闘がいつ終わるのかを。ちょうど五分。私様が予想した時間ピッタリで帰ってきたのです。そのことを褒めて差し上げてますのよ」


「知らねえよ。お前らの事情なんて……」


 知らないところで勝手に賭け事をしていて、それに関して褒められたとしても特に嬉しくはない。

 

「褒美を取らせましょう。騎士様を自由に使える権利を差し上げますわ」


「いらん」


「いくらなんでも即刻否定されるのは傷付きますね……」


 それにしてもマリナは自分の騎士の扱いが悪すぎないか? もしかしたらクルーガーの反応を見て楽しんでいるだけかもしれないが。


 そんなやりとりをしていると、決闘直前にラルフが演説を行った場所、壇上から再び声がする。


「準備は整ったみたいだし、今度こそ出発しよう! 皆んな、馬車に乗り込んでくれ!」


 馬車の数や人数の確認を終えたらしい。ラルフが大声で言うと、集まった冒険者たちがそれぞれの馬車に乗る。

 最初は迎撃部隊に配置された人達から。その次に主力部隊だ。ファルベも続いて馬車に乗る。


「まさかヴォーキンとも一緒の馬車だったとはな」


「我も主力部隊の一員だからな。意外でもあるまい」


 迎撃部隊は基本的に広範囲かつ高威力を出せるスキル持ちが選ばれやすい。

 その点、ヴォーキンは不死身の肉体を持っているとはいえ多勢を相手取るのが得意なわけではない。だから主力部隊に選ばれたのだろう。


 ファルベと同じ馬車にはルナやメルト、ユリアもいる。


「魔界ってどのくらいの時間かかるんですかね」


「さあな。分かるのは、今日ではないってことくらいか」


 一旦西の砂漠で宿を取り、朝を待ってから国境壁を超え、魔界へ向かう。休んでいる間に装備の整備や道具の補充を済ませ、万全の態勢で挑む。


「西の砂漠を経由しますしね……」


 ルナは憂鬱そうだ。言いたいことは分かるが、魔界へ向かうために必要不可欠なことだ。


「城下町から補給なしに魔界に向かうと万全にはできねえし……なにより人員に疲労が溜まる。最悪武器くらいはなくてもスキルが使えるけど、身体が壊れれまえば何もできなくなる。だから、仕方ねえよ」


「……はい。そうですね」


 理解はしてくれている。その上で気が乗らないルナ。ルナの気持ちを分かっていながらファルベは仕方ないと言う他なかった。





 砂漠に着いたのは夜も更けた頃合。馬車が停止し、ファルベ達も外に出る。乾いた風が流れてくる。足元は砂ばかりで一歩踏み出すたびに足が沈み込んでいく感覚。

 この辺りは魔物の出現が多く、畑も森もあらゆるものが踏み倒され、なぎ倒され。不毛の土地と化している。故に生活に困窮している人が多く、国もなんとかしようと試みているが、魔物を全滅さえないことにはいつまで経っても生活が変わらない。


 そんな状態の町で補給するのは心苦しいが、魔物を倒せば土地の復興もできるだろうし、未来への投資と思ってもらうしかない。


「こんな町があったのね……」


 馬車から降りたメルトが呟く。アイナハル王国に来てからそれほど時間が経っていないメルトには新鮮な光景だろう。かくいうファルベも、一度来たことがある程度で、見慣れているわけではない。


 続々と降りてくる面々。その中でルナは外套のフードを深く被っていた。普段のファルベと同じように。


「……」


 顔が見えないが、緊張しているのは伝わってくる。安心させるようにルナの手を握ったファルベ。


「大丈夫だ。俺が付いてる」


「……ありがとうございます」


 ルナの体温が掌に伝わってくる。そして、小刻みに震える振動も。


「どうした、少年少女よ。予定されている宿は少し歩かねばならぬぞ」


 動かないファルベ達に疑問を浮かべるヴォ―キン。いつまでもこうして立ち止まっているわけにはいかない。

 ヴォ―キンに続くように歩き出したファルベ達。砂漠に体力を奪われるが、なんとかたどり着くと、予約を取ってあった部屋に入る。


 質素な部屋だった。ベッドとクローゼット以外には物がほとんどない。荷物を適当に置き、くつろいでいたところ、部屋に宿の従業員が入ってくる。


「お客様。食事の用意ができましたらお呼びいたしますのでそれまでごゆっくり……と、そちらの方はファルベ様では?」


 店員から声を掛けられ、ファルベが反応する。その顔には見覚えがなかったが、向こうはファルベのことを知っているらしい。


「そうですけど」


「やはり! いつぞやの『魔物の子』の件では大変お世話になりました。この町の皆、あなたに感謝しておりますよ」


「……でも、まだ魔物の進行は止んでないところを見ると、申し訳ない気持ちですけどね」


「いえいえ、不安の種が一つ消えただけでも気持ちが全然違います。今日はファルベ様のために、特別豪華な食事を用意させて頂きますね」


 そこまではしなくていいと断ろうとするも、ファルベが口を開いた直後に店員は出ていく。一連の流れを見ていたメルトがファルベの方に顔を向ける。


「さっき言ってた、『魔物の子』って……なんのこと?」


「今は関係ない。昔の話だよ」


 はぐらかされたメルトが不満そうに視線を送ってくる。だけど、この場でその話を掘り返す気にはどうしてもなれなかった。


 再び店員がやってきて、ファルベ達は食堂に向かう。豪華な食事、と言ってもこの町での基準だ。城下町で外食をする程度の量。それでももてなそうとしてくる店員に感謝し、全て平らげる。


 部屋に集まった一同は明日に向けて就寝することにした。部屋が暗くなり、誰の声も聞こえない中で、隣に寝転ぶルナが、小さく話す。


「ししょー。今回の魔界遠征、成功しますかね」


「さあな。だけど……やるしかねえ。それだけだ」


 それ以降は何も話さなかった。ファルベも目を瞑って、眠気が訪れるのを待つ。


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