143話 「あり得ない邂逅」
霧。ファルベたちが取り逃した幹部のスキルだ。一度使われたからその厄介さは身に染みて分かっている。だが、対策手段を用意することはできなかった。
せいぜいできるとすれば、
「シエロ! 手を!」
「分かった」
霧で位置が分からなくならないように、シエロの腕を握る。
「ファルベ君、痛いよ」
「霧の効果範囲では五感がおかしくなるんだから、強めに握っといた方がいいだろ! 我慢できないならお前のスキルで痛みだけ反射しろ」
「まあ反転するほどの痛みじゃないから我慢するよ。それより、敵を見つける手段はある?」
「一応、なくはない」
「あれ、ないと思って聞いたのに予想外。あるんだね」
全くないと言えば嘘になる。だが、これが最適解とも言い切れない。
「色々と賭けの要素が多すぎる内容だけど――乗るか?」
「選択肢はないでしょ。ボクも、君も」
「ああ、そうだったな」
できるかできないか。そんなことを考えていて打開できる状況じゃない。
「やるしかねえな。シエロ、耳を貸してくれ」
「なになに――なるほど、そういうことか」
シエロに耳打ちして作戦を伝える。それを聞いたシエロは納得したように頷く。
「単純だろ?」
「そうだね。単純だし、力技だ。だけど、ボクじゃ思いつかない作戦だよ」
やることが決まれば、早速行動に移す。シエロは片足を後ろに下げ、思い切りキックをする。シエロの渾身の一撃は、ジャンプをしていたファルベの靴底を捉える。
足の裏にキックを受ける形になったファルベはシエロを足場に、さらに高くジャンプする。シエロはファルベの靴を蹴った瞬間にスキルを発動し、自分に返ってくる衝撃をファルベに「反転」させていた。
シエロのスキルを含めたキックを推進剤に、高く飛んだファルベの身体は霧を越える。
「――見えた!」
宙に浮いて周囲を見渡すと、眼下にアクトの姿が見える。
今回の作戦はシンプルだが、リスクの多いものだった。まず第一にファルベが宙に浮くこと。それが最大のリスクだ。空中で移動するスキルを持っていないファルベにとって、宙に浮くというのは無防備になるということだ。
そこを狙われて攻撃されれば、なすすべなくやられていただろう。
第二に、「霧」の影響下にあるということだ。シエロはファルベの脚という小さな的に思い切りキックを当てなければいけないし、ファルベはキックが当たった瞬間に、シエロの足を足場にして、全力でジャンプしなければならない。
霧がなかったとしてもお互いのタイミングがぴったり合わなければ成功しないのに、霧によって五感が弱くなっている状態で成功させるのはほとんど不可能に近い。
そんな、難易度も高ければリスクも高い作戦だったが、成功させることができた。
落下軌道に入るファルベは長剣に擬似透明化を付与し、アクトに向けて投げつける。
アクトはまだファルベを視認できていないようだ。それ故、死角から飛んできた長剣を捉えることができず、ファルベの狙い通り、腕を胴体を貫通して大量に出血する。
胸部から血を吹き出し、倒れるアクト。その直後だった。
「ファルベ君、霧が晴れた!」
空気中に満ちていた霧が霧散していく。ファルベは着地すると同時にアクトのいる方向に走る。
自分で投げた長剣を回収し、そのまま倒れたアクトにトドメを刺そうとする。もう一度霧を放たれると厄介だし、さっきの作戦がもう一度成功するとも限らない。
ファルベは長剣を振り下ろして、その刃がアクトの首を刎ねる瞬間。
「――なっ!?」
ファルベの攻撃は空振りに終わった。長剣が当たる寸前でアクトの姿が消えたのだ。
一瞬、アクトがスキルを使って霧の分身を作ったせいでトドメを刺しそびれたのかと考えるが、すぐに否定する。以前、アクトの作った分身を斬った時、分身は霧散するように消えていった。アクトの分身は壊した瞬間の霧が発生するはずなのに、今は全く出てきていない。つまり、アクト自身が作った分身ではない。
ならば瞬間移動でもしたのかと思うが、そもそもアクトの姿が見えない。辺りを見渡しても、無骨な岩ばかりの風景しか見えない――はずなのに。
「どこだ……ここは……」
いつの間にかファルベの周りは花畑で囲まれていた。色とりどりの花々。そこでは鳥たちのさえずりが聞こえてくる。幻想的な風景だが、さっきまでと景色が違いすぎて戸惑いしかない。
「シエロ! どこにいった! 聞こえてるなら返事してくれ!」
何度も叫ぶが、返事はない。近くにシエロはいないようだ。
「なにが起きてるんだ……」
アクトのスキルも、ボスのスキルも、移動させるような能力じゃない。だとすれば、一体誰の、なんの能力が作用しているのか。全く予想できないファルベは、当てもなく彷徨う。
花畑の中で、一つの人影を見つける。
「……なんで、お前が」
その人物を見つけた瞬間、ファルベの頭に疑問が浮かぶ。絶対にあり得ない状況だったから。その人物がファルベの前に現れることなんて、あってはいけなかったから。
だけど確かに、その人物はそこにいる。光を反射して輝く白の髪をたなびかせて、たたずむ一人の女性。ファルベより年上で、身長も高い。髪色と同じ白の装束で身を包んでいて、肌も白いから、目を離すとすぐに消えてしまいそうなほど儚い。
花畑の真ん中に立つと、まるで絵画でも見ているかの如く美しく、ファルベは思わず目を引かれる。
「あり得ない……だって、お前は……」
信じられなかった。確かに、ファルベだってその人物がここにいて欲しいとは思っていた。だけど、それは起きないからと諦めていた。諦めることに納得していた。
「だって、お前は――俺の目の前で死んでたじゃないか! シャル!」
絶対にそこにいないはずの人物の名前を呼ぶ。シャルは確かに死んでいた。脈も見た。心臓の音も聞いた。それで確かに死んでると判断した。それに、シャルはラルフたちによって馬車で運ばれ、戦線離脱をしている。
だからファルベの目の前に立っている状況なんて、物理的に不可能なのだ。
生きていてくれればなにより嬉しい。だけど、シャルはもう死んでいる。死んだ人間を生き返らせることなんてできないし、そんなことできちゃいけない。
だから、
「なんでお前は、そこにいるんだよ!?」
本当に、意味不明だった。分からない。なにも理解できない。
どうやってここまできたのか。そもそもどうやって生き延びたのか。聞きたいことはたくさんあった。だけど、困惑するファルベを全く意に介していないように、彼女は微笑む。
「そんなに慌ててどうしたんだい? ファルベ君」
声が、聞こえる。もう二度と聞けないはずの声。それが、ファルベの耳に届く。
確かに、そこにいるのは彼女だった。もはや本人としか思えない。顔も、声も、仕草も雰囲気も、笑顔も。彼女本人のものだったからだ。
――本物の、シャルロットが、そこにいた。




