133話 「その人物」
二人目。ただでさえ元「中級」相手にするのは楽ではない。それが二人。
さらに、ファルベにはもっと大きな不安要素があった。
「全滅させたっつったか……お前」
「全滅はちょっと言いすぎだったかも。でも馬車三つはぶっ壊して中身も殺したから、全滅みたいなもんだろ」
彼女の言い分を信じるなら、完全に全員が殺された訳ではなさそうだ。討伐隊は五つの馬車に分かれてここに来た。その三つが壊されたのなら残るはあと一つのみだ。
とはいえ、勢力が半分以上消されたのは痛手だ。
「三つ? 全部で五つに分かれてきてなかったっけ。あと一つはどうなってんの?」
「知らね。あたしの担当じゃねえから知る気もねえよ」
担当を分けているということは、やはりこちらの情報は随分前から筒抜けだったようだ。誰が裏切ったのか心当たりもないし、優秀すぎるスパイだ。
ファルベは頭に血が上りそうになるのを、舌打ちだけで抑え、敵を睨みつける。
「お前ら……ぜってえ捕まえてやるからな」
「あれ、冒険者狩りって捕まえるとか甘えたことやろうとしてるのかよ。あたしらは殺したくてしかたがないんだからさ、冒険者狩りもあたしらを殺しにきなよ。じゃなきゃ張り合いがないって」
敵の話は聞いているだけで気分が悪くなってくる。張り合いも何も、ファルベはもちろん、討伐隊の全員そんなところで競ってない。
「張り合いなんて知るかよ。さっさと倒されろ!」
ファルベの背後に立つ女に、長剣を振るう。鋭い切っ先が女の体を捉えて、その体に吸い込まれていく。だが、
「敵は一人じゃないからね。オレも忘れてもらっちゃ困るぜ」
「霧」を扱う敵――アクトと呼ばれていた男がファルベの体を蹴る。不意に訪れた衝撃に踏ん張りがきかず、ファルベの小柄な体は宙に浮く。
「いっ、てぇ……なあ!」
空中で体を制御し、受け身を取るとすぐさま長剣を構えなおして突撃する。速攻で反撃を始めるファルベの速度に敵は追いついていない。避けることもできず、腕を奪う……はずが。
アクトの腕を切った瞬間、彼の全身が霧散する。文字通り、霧状になって。
「なん、だと」
「それは霧で作った分身。オレはこっちだよ」
霧の中から出てきたアクトが、ファルベの体を吹き飛ばす。岩盤にたたきつけられた衝撃がファルベの全身を貫く。
早く動き出さないと、格好の的になってしまう。それは分かっているのに。
「く、ぅ……」
ファルベの頭に激痛が走る。先ほど吹き飛ばされた時の痛みではない。これは、
「こんな時にも、『呪い』かよ……」
メルトの残した呪いだった。カリアナ王国に行く前よりは多少マシになったとはいえ、ファルベの行動を阻害するには十分な痛みだ。
思考がままならない痛みに、倒れ込みそうになるのをギリギリで持ちこたえる。
「あれ、そんなに強くやったわけじゃないんだけどなあ」
「冒険者狩りなんて大層な呼び名を持ってるってだけで実際大したことないやつなのかもな」
好き勝手言ってくれるものだ。だけど、舐めてくる分には構わない。その油断に乗じて片方を倒せばだいぶ楽になる。
片膝を立てながら、ファルベはひそかに狙いを澄ます。そして、
「うわ、なんだよこれ!」
スキルを発動し、アクトの両目を黒く塗りつぶす。今度は分身じゃなかったようで、霧散していかない。
「冒険者狩りのスキルか……」
その隣に立っていた女が、そう結論付けるが、恐らくファルベのスキルの正体にまでは到達していない。完全に初見殺しの戦術しかないから、まだバレていないのは僥倖だ。
動揺する敵の隙を付いて接近する。目を抑えてファルベを捉えられないアクトはあまりに隙だらけだ。まずは片足の健を分断し、動きを止める。その後で女の方も攻撃し、同様に動けなくしてから捕まえようという作戦だった。
だが、その作戦は遂げられなかった。アクトを攻撃しようと剣を振りあげた直後、女のいる方向から大岩が飛んできたからだ。
「くそ……ッ!」
攻撃を中断し、回避に専念する。しかし、避けきれるような大きさじゃない。かといって、防御するにも長剣では防ぎきれない。
回避も防御も中途半端な状態のファルベに岩がぶつかる。咄嗟に腕で防御したのと、直撃を避けたので致命傷にはなっていないが、防御した左腕の感覚がなくなっている。
「へぇ、それ避けるんだ。意外とできるんだね」
「お褒めの言葉どうも……嬉しくねえよ」
突然岩を飛ばしてきた女に毒づく。確かに、ファルベの反応速度でなければあの至近距離からの投石が直撃していただろう。
「岩を飛ばす……厄介だな」
「飛ばすだけじゃないよ。あたしは実在する岩を自在に操ることもできる。そんな芸のないことしかできないわけないでしょ」
「ってことは、俺たちを分断したのもお前の仕業かよ」
ファルベやシャルロット、シエロを大岩で分散した光景が頭に浮かぶ。あの不自然な岩も、この女の仕業と考えれば辻褄が合う。
「分断……? なんのこと?」
「いや、そんなはずは……は?」
予想外の反応にファルベは間抜けな声をあげてしまう。この女がやってないなら、どうして岩が降ってくるなんて不自然な現象が起きるのか。しかもファルベたちのいる場所にピンポイントで。
かといって、女が嘘を吐いているようにも見えないし、そもそもそんなところで嘘を吐くメリットがない。
「適当なこと言って、あたしを惑わそうって腹? そんな小細工通用するわけないでしょ」
ファルベの言葉も作戦の一つだと思って苛立ちをあらわにする女。その反応で、やはり嘘を吐いていないのだと確信する。
そして、ファルベはつい数分前の言葉を思い出していた。
『あれぇ? どこのバカがこんなバカでかい大岩ぶん投げたのかと思ってたら、ちょうどこいつら分断されてんじゃん。ラッキー』
アクトがファルベたちを発見した時発していたセリフだ。彼にとっても今の状況はイレギュラーなのだ。つまり、この岩は仕組まれたものじゃない可能性が高い。もしくは――
「もう一つ勢力がある……のか……?」
小声で呟く。考えたくないことだが、敵組織とファルベたちを俯瞰して見ている勢力がいる可能性もある。
「いや、そんなの考えてたって仕方ねえ……」
仮にそんな勢力があったとして、正体を掴むどころか存在すら認識できていない現状、考える必要はない。
それより大切なのは、今この状況をどう切り抜けるか、だ。
現在、アクトは視界を塞がれ身動きが取れない。もう一人の女の方は万全。
優先して倒すべきは女の方だ。呪いの痛みに苛まれながらも、ファルベは深く息を吐き、スキルを発動させる。
「――ッ!? 消えた!?」
女が驚愕の表情を浮かべる。ファルベの十八番、擬似透明化だ。タイマンでならその効果は絶大である。
本当なら使いたくはなかった。アクトの眼球につけた色を消さず、自分の体に色をつけるなんて複雑な技術を「呪い」の渦中で行うのは危険すぎるからだ。
どこかで集中力が途切れれば、アクトの視界も元に戻るし、ファルベの擬似透明化も切れる。だからなるべく負荷はかけたくなかったが、これ以上の選択肢はない。
背水の覚悟で挑んだ作戦だったが、うまくいった。相変わらず、頭痛がひどいけれど、スキルが途切れていないならよし。
足音を殺しながら走って近づき、死角に入る。これで仮にスキルが切れても的にすぐバレる心配はなくなった。
保険をかけた上で長剣を振り、足か腕の腱を切ろうとした瞬間。
「ああもう、めんどくさい!」
女がそう言ったかと思うと、空から複数の岩が降ってくる。
「あっぶねえ!」
咄嗟に後ろに飛ぶファルベ。回避に集中力を割いたせいで自分の疑似透明化が切れてしまった。
仮に透明化が解けていなくても、敵の周囲に岩の防御壁が作られた時点でファルベに打つ手はない。ファルベの持っている剣は岩を斬れるほどの切れ味ではないからだ。
「そこにいたんだ。巻き込まれてても良かったんだけど」
「そんな岩に当たるかよ」
「さっき食らってたくせに」
「不意打ちはノーカンだからな」
流石に視界の外からの攻撃は防げない。ラウラであれば気配を感じ取って余裕で回避しただろうが、ファルベにそんな技術はない。
女が周囲に落とした岩をこちらに向けて投げつけてくる。いや、正確には岩が勝手に飛んでくる。
不思議な軌道で上下左右から迫ってくる岩。ファルベの身長より大きいそれが、視界を埋め尽くす。
数発避けるが、全てをかわしきることなどできない。出来るだけ致命傷を避けようと考えている最中――
ファルベの後ろから轟音が響く。それはファルベの背後にあった大岩が壊れた音だった。一番最初にファルベたちを分断したそれが、今は綺麗に砕け散っている。
「やっと壊せた〜そっち側から岩みたいなの投げつけてくれなかったら壊せないところだったよ。ありがたい……って、戦闘中? ボク、いいタイミングで来ちゃった感じ?」
岩の向こう側から現れたのは、シエロだった。女もシエロの方に気を取られて、岩の軌道が明後日の方角に向く。
「二人か……ボクたちをよっぽど危険視してるのか……それとも他の人たちがやられちゃったか。どちらにせよ、君たちを倒した後で考えればいいよね」
現状を把握した上で余裕しゃくしゃくな表情のシエロ。
「さて、じゃあ始めようか。違うな――終わらせようか」




