12話 「強力≠万能」
「時間」――それは身分も、国も、世界すらも関係なく、ひたすらに動き続ける概念だ。
いつだって、人には格差がある。例えば、立場。例えば、資産。例えば、生まれ。例えば、環境。
どんな人間にだって格差はある。聖人だって、犯罪者だって、青年だって、少年だって、少女だって、女性であっても。
誰が悪いわけでもなく、世界というモノはそういう作りになっているのだと思う。
ならば、その中で格差のないモノは何なのか。誰もが例外なく持っていて、誰が求めなくても手に入って、誰しも平等に与えられるものとは。
それが「時間」だ。世界中の人間が平等に所有し、同じ量を使用する権利を持つ。誰にも侵害されることはなく、奪われることのない、絶対的な所有物。
――の、筈だが今現在、目の前に座り、上品な仕草でコップを口につける女性は何と言った?「時間停止」、ルナは確かにその単語を聞いた。
時間は不変で、人という種が手を出せるような概念ではない。まして、時間を止めるなどと。
それは本当に人の手におえる力なのか。ルナがそんなことを考えるのも変に思われるかもしれないが、ルナはあくまで物理的な力に過ぎない。
彼女――シャルロットと言ったか。その力の紹介が本当であれば、世界のどこかに物質として存在するものに干渉するのではなく、概念的存在に干渉するものだ。
「時間……停止……?」
いまいち想像のできないルナは、その単語をもう一度口の中で咀嚼する。
時間を停止させる。言うだけならば簡単だし、シンプルなようにも思える。ただ、実際に具体的な様子を想像できるかと言われれば厳しい。
ルナの思い詰めたような表情で考えていることを察したのか、
「実際に見てみないと分からないよな。シャルロット、一回適当にスキル使ってみてくれないか」
「はは、そうだね。言葉にするより、そちらの方が良さそうだ。それはそうと、ファルベ君。そろそろフルネームで呼ぶのはやめてくれないかな。気安く、シャルと呼んでくれても構わないんだよ?」
「そんな関係でもないだろ。あくまで仕事仲間だよ」
「むぅ……キミとは長い付き合いだと言うのに、つれないなぁ。――っと、これでいいかな」
その時、ルナは彼女のスキルの異常さを目の当たりにする。
シャーロットはつい先ほどまでファルベと談笑していた。一度も立ち上がっていなかったし、手を一度も動かしていない。視線すらも動かした様子は見えなかった。
しかし、彼女は本来あるべきでないものを片手に持っている。
人差し指と親指で優しく摘んでいるそれは一輪の赤い花だ。この部屋の四つ角に据えられた花瓶に生けてある。
この机は部屋の中心のやや奥よりといった配置になっている。今彼らが座っている位置からするとそう遠くないため、立ち上がって数歩でそこまで到達し花をとってこれる。
だが、何度も言うが、彼女は一度も立ち上がってなどいないのだ。指一本すら動かさず、部屋の隅にある花を取ってくるのはどう考えても不可能だ。
「うん。やっぱり、いい花を生けてあるね。こういったのを見てしまうと、私も自宅に花を置こうかと思えてくるね」
「まあシャルロットの部屋は質素を通り越して何もないからな」
「直球で言ってくるね。私だってちゃんと女の子なんだから、お洒落にだって興味はあるんだよ?ただ、人より物欲が比較的少ないから興味のままで終わってしまっているわけだけれど」
女の子、と自分を表現した直後に、特に買う予定がないと暴露することで説得力を自ら失わせる高等テクニックを披露する。
そんな彼女は、手に持った花をひとしきり眺めてから、
「よし。満足した」
一言呟いて、直後。彼女の指先から花が一瞬にして消える。
ルナが瞬きをする間に、花瓶に戻してから座り直していたのだろう。
今までの一連の流れは彼女のスキルのほんの一片に過ぎないのだろうが、どれほど埒外な力なのか、それは痛感できた。
「シャルロットさん。本当に時間を止めているんですね。すごい力じゃないですか」
「ルナちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな。あと、シャルでいいよ」
ファルベのみならず、ルナにまで愛称を要求する。しかし、ファルベと違ってその態度をルナは好印象だと受け取ったのか、
「では、シャルさんで。シャルさんはさっき、中級冒険者って言ってましたけど、それほどの力があっても中級止まりになってしまうなんて、冒険者の道は険しいんですね」
「いや、私のスキルは多分ルナちゃんが思っているほど万能ではないんだ。そこまで制限らしい制限もないし、時間なんて形のないものに干渉できるのが強力なのは間違じゃないんだけどね」
美しい顔に少しだけ影が覗き、自嘲気味な微笑みを浮かべる。
彼女の言葉に、ある疑問を浮かべたルナは、
「ルナには分からないですけど、仮に万能でなかったとしても、そんなスキルを持っててどうして調査員をやっているんですか?ししょーと同じような、『冒険者狩り』の仕事を手伝っても……」
「いや、スキルの強さだけでは彼の職業は務まらないよ。いかに自分の力を理解して、相手がどう動きたいかを予測する。そう言った知識も絶対に必要なんだ。それのある無しでは全然違う。その証拠に――」
言い、会話に混ざらず、窓の外を眺めていたファルベに指を向けると、
「――その証拠に、私はこの職に就いてから何度かファルベ君と手合わせしてきたけど、今まで一度だって勝てたことはないんだ」
こんな力を持っていながら、恥ずかしいことにね。という言葉で彼女は言葉を締めくくった。




