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11話 「中級冒険者」

 木造の壁囲まれた質素な部屋の中で、定期的ににぶい音が響く。それは規則的で、一度音がなると一定の感覚を空けてからまた同じ音が鳴る。


 その音がしばらく続いてから、痺れを切らしたように少年の声がする。


「ルナ、手持ち無沙汰なのは分かるが布団の上で足をバタバタ動かすな」


「えー、だって暇じゃないですか。それにせっかくの休みなんですし、そう気を張らずにしましょうよ」


 言って、少女――ルナは布団に寝そべったまま足をばたつかせるのを止めない。


 ルナの言葉の通りなら、今日は休みのようだ。

 前回ファルベが休みを取ったのはいつだったか。それほど最近というわけでもなく、普段は当然のように毎日仕事を行なっているため、半年前に一日あったのが最後だ。


 そんな貴重な日だと認識しているからこそルナもこうして浮かれているのだが、


「どうしてししょーは休日によく分からない書類なんて書いているんですか?」


「俺だって、書きたくて書いてるわけじゃない」


 そして、心底嫌そうな表情になりながら、


「こいつは再発防止措置の一環でな。昨日の依頼みたく調査の結果と実際の仕事で大きく相違があったときに書かなくちゃいけない紙なんだよ。また同じような状況にならないとも限らないからな。想定外の出来事が起これば改善策と対策をして想定内の出来事にする。そうしなきゃ二度三度と同じミスをすることになるからな」


 書面に書き記す手の動きを止めないまま淡々と説明を続ける。

 ファルベの言った通り、この紙には昨日の事件における原因の詳細が記されており、それを作ることで、今後この紙を見れば同じ事件が発生した場合でも迅速に対応できる。


 ただ、普段からこの紙を書くようなことはない。小さなイレギュラーにも対策やら反省点やら記述すれば、書類の枚数は膨大なものとなり、事件の一例を引き出すのに労力がかかってしまう。


 ファルベとて、この紙を書くのはそうそうなかった。では何故今回は書く羽目になったかというと、


「昨日は想定外に想定外が重なったみたいなもんだからな……対策本部も結構重要視してるみたいだ」


「ししょーが何書いてるのかはわかったんですけど、それわざわざ休日にする必要あります?」


 書く原因となったのはルナの広範囲における破壊行為も一つであるのだが、その自覚がないのか可愛らしく小首を傾げて質問する。


「普段は仕事やってんだから書く暇ないって。あと、ルナ。お前なんか勘違いしてるけどな。今日は別に休みでもないぞ」


「え!?」


 そもそも休みと言っていたのは昼近くになっても一向に仕事に行かないファルベを見て勘違いしていたルナだけで、ファルベ自身が休みと明言していない。


「そ…そんな……。全てはルナの勘違いだった……ということですか…」


「そうだよ……ってか何でそんなショックを受けてんだよ」


「せっかくの……休みが……」


「休みって、そもそもルナはほとんど依頼に参加しないから仕事も休みもそう変わらないだろ?」


 別段含みを持たせたわけでも、嫌味や皮肉といった意味でもなく確固たる事実を突きつける。

 それを受けたルナは、


「それは、ししょーが参加させてくれないから……」


「当たり前だよ。誰が力使ったら辺り一帯更地にするやつを戦わせるんだ」


「ルナだって頑張って制御しようとしてるんですよー。昨日だってルナは小突くぐらいのつもりで……」


「は? うっそだろお前……」


 驚きの事実発覚。彼女にとって地形を変えるほどに大きい力は、しかしそれでも軽く扱えるものだったようだ。

 彼女の力が強力なのも、体験済みの身からすると分かっていたつもりだったが、いつのまにかそんなファルベの理解をゆうに超えていた。


「……ともかく、今日は休みじゃない。て言っても、本来の俺のやるべき仕事でもないだけどな。他の奴の手伝いって感じだ」


「手伝いって…誰の?」


 ルナの知っているファルベの交友関係はそれほど幅広くない。というよりほとんど知らない。


「じきにわかるさ。この家で待ち合わせしてるからな。多分そろそろ着く頃だと思うんだが…」


 言って、ペンを動かしていた手を止める。椅子から立ち上がって軽く伸びをすると窓にかかるカーテンを開ける。


 頂点にまで登った太陽の光が部屋を明るい色で染め上げる。

 それから窓を開けて、空気の循環が訪れなかった部屋に新鮮な風が流れ込む。


 窓の桟から顔を出して、目当ての人影を探す。けれど、そこにファルベの望む姿は見当たらず、


「あれ…あいつ何でこないんだよ。待ち合わせは昼って言ってあるはずなんだけどな……」


 不信感をあらわにする。


「えー……ししょー本当に約束したんですかぁ?もしかして……ししょーの思い込みだったりして」


「そんな可愛そうな人間を見る目を向けんなよ!約束したって!約束したよ……多分」


 後半になるにつれ、尻すぼみになっていくファルベの声に応じてどんどん哀れみの目を向けるルナ。


「ちょっと、外見てくるか。いや、絶対大丈夫だけどな……大丈夫のはずだけど、一応な」


 待てども人は来ず、ルナの視線の気まずさもあって、不安がかき立てられたファルベは、家の近くを見て回ろうと、玄関に向かう。


 木造の建物に合わせるように、茶色で塗られた扉の取手をつかんで開け放とうとし、


「その心配は不要だよ……フフッ、ファ……ファルベ君」


 次の瞬間、どこからか笑いを堪えるような声が聞こえた。

 声の発生源はファルベの背後にあって、


「やあ、久しぶりだね。キミに会えるのを楽しみにしてたよ」


 それは確かに、聞き覚えのある女性の声がしていた。



 *



「居るなら居るで、もうちょっと早く出てきてくれよ……」


 長机を挟んで、客人の女性と向かい合うように座ったファルベが、ガックリとうなだれて言う。


「ごめんごめん。慌てるキミなんて随分見なかったから、興味深くて見入ってしまっていたよ」


 可愛らしいより、美しいと表現した方が適切な微笑みで、彼女はファルベに対し謝意を示す。


 濁りのない、透き通った白い髪を背中まで伸ばしており、凛とした黒の双眸は真っ直ぐにファルベを見つめている。

 歌うような、澄んだ声質が心地よく鼓膜を叩く。それは健康的な桜色の唇が開閉するたびに発せられる。

 彼女が来ている服はその髪色とあわせたのか、白色を基調としている。上半身は薄手の上着を羽織って、下半身は膝下まであるスカートを履いている。


 控えめな主張の胸を張って、背筋をピンと伸ばし、用意された紅茶を上品に口に運ぶ。

 その細かな動作すらも一枚の絵になりそうなほど美しく、この場が衆目に晒されていようものなら羨望の眼差しを向けられたことだろう。


「それで、この方がししょーの待ってた人なんですよね」


「そうだとも。キミとは初まして、になるのかな?」


「そうなりますね。はじめまして、ルナと言います」


 ファルベの隣でちょこんと座るルナが、挨拶をする。


「ルナちゃんか。こんなに可愛らしい子を侍らせるだなんて、ファルベ君も隅におけないな」


「そんなんじゃねえよ。ルナが俺に着いてきてるのは…そんな理由じゃない」


「冗談だよ。流石の私でもルナちゃんの眼差しの色がどういったものなのかぐらいは分かるさ」


 澄ました顔でファルベの言葉を流す。

 そして、


「ファルベ君」


「なんだよ」


「私の紹介がまだのようだけれど」


「自分で勝手にやればいいだろ」


「とは言ってもね。私は自分から力の詳細ををひけらかして悦に浸りたいなどとは思わないから、事前に説明をしていてくれたらありがたかったのだけれど」


 自らに自信があるからなのか、それともないからなのか。つらつらと意見を並べ立てて、ファルベに紹介をさせようと仕向ける。


 彼女の能力を知っているファルベだからこそ、その理由に納得いくものがあり、


「そうだな。多分自分で言ったらどう取り繕ったところで自慢に聞こえるかもしれないからな」


 素直に説明係を受け入れる。


「こいつの名前は、シャルロット。俺がいつもギルドから受け取ってる依頼書の元になってる調査を生業にしてる調査員で――」


 依頼書は調査書という書類をもとに作成されている。その書類を作るために、捕えるべき犯罪者の居所を突き止めたり、スキルを調べたりする。


 スキルを悪用して、もしくは冒険者としての立場を利用して、犯罪を犯すものはどこにでも存在する。それ全てに対応するため、調査員も各地に存在する。


 その中でも彼女は特に優秀な評価を受けているのだが、それには彼女のスキルが関係している。


 その正体は――



「――『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


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