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10話 「不穏の兆候」

 昔から、ルナは自分の力をよく理解しないまま利用していた。

 見えない圧力のようなもので人一人を吹き飛ばし、物体を押しつぶす。それほど分かりやすく強力な力は理解せずとも十分に有用だった


 ただ、ルナにも分かっていることは一つだけあった。それは、「この力は、スキルではない」ということだ。

 何故そう思うのかは分からないし、何か根拠があってのことでもない。本能的に、直感的に、あえて言葉を噛み砕くのなら、なんとなくルナはそれを知っていた。


 だから、彼女は今朝自身が師と崇める少年――ファルベに「魔力」の説明を受けた時、それを納得と共に受け入れた。


 ルナには、自分が力を行使した際に体内から何かが抜け落ちるかのような感覚に覚えがあるし、何か意図があって圧力のような力を発生させているわけではないからだ。


『スキルは魔力に指向性を与えて世界に干渉させる現象』


 これはファルベから説明されたことだ。だが、ルナは圧力をイメージして力を放ったことはないので、彼の言葉に当てはまらない。


 故に――


「スキルなんて使いませんし、使えません」


 彼女はスキルの使い方などわからない。ファルベや他の人間がどういう思考をしてスキルを使用しているのか、一度たりとも理解できた試しがない。


「ですからルナが使うのは――」


 使うことができるのは、スキルなどという超能力的な現象ではなく、


「――ただの魔力ですよ」


 自分の中にある、いや彼女の中以外にも確かに存在する、そのエネルギーだけだ。


 目の前の男が、何かに押されたように吹き飛ぶ。そして力の余波によって生じた真空波によって服のあちこちが破けて、中の肉体までもを切り裂く。

 地面もその圧力に耐えきれず、広い範囲を削り取られていく。


 しばらく空を飛んでいると錯覚するほど宙に浮いた男は、しかし重力には逆らいきれずにその高度を徐々に落としていき、ドゴッという鈍い音と共に全身で着地する。

 だが、悲しいかな彼の悲劇はそれだけで終わらなかった。着地と言えないほど醜く落下した彼は直後に再び浮遊する。


 綺麗な弧を描いてバウンドする。しかし今度はしっかり足から着地できたようだ。それが彼の執念の結実なのか、意地の結果なのか。

 それでもそのダメージに耐えきれず膝から崩れ落ちる。


「ハァ……ハッ……ゲホッ」


 口を開いて荒い息を吐く。それと同時に出た咳で口内の血液が地面にどす黒い斑点模様を刻む。

 痛みに喘ぐ彼は情にすがるように、弱々しい視線をルナに向ける。


 それを向けられた当の本人はというと、


「あー……。どうしましょう、これ。またししょーに怒られるかなぁ…」


 まさにアウトオブ眼中。ちらりとも視線を向けないルナにとって、彼にかける情など欠片もなかった。先ほどの言動からして至極真っ当な対応なのではあるが。


 ルナは周囲に視線を走らせて、現場の状況を確認する。

 いくつか家屋だったらしい建造物の成れの果てが散見される。道路だったものはむしろ美しいほどに綺麗に抉られて巨大な人工のクレーターを発生させている。それから、辺りに瓦礫や煉瓦の破片といった散乱し、崩れた地表の装飾と化していた。


「軽くやったつもりなんですけどねぇ……やっぱり加減が難しい。この辺りの制御はししょーから学ばないと」


 前向きな姿勢で、自分の力を自在に扱えるような意思を見せるが、それでこの場の大惨事がマシになるわけではない。


「っと、現実逃避してても駄目ですね。取り敢えず――」


 ルナは見ないようにしていた現実にもう一度向き合おうとし、まずは怪我人の確認をする、というよりルナの巻き添えを食らった人間がいないかを確かめる。


 目の前で膝を突く男は自業自得なので論外として、その他に人がいないか。確実なのは、ルナが男――アソルブと会話をしていた時は少なくとも周りに人はいなかった。いなかったからこそ彼もあれほど堂々とルナにその変態性を暴露していたわけだ。


 怪我人がいないと同時に死者もいないのは確認できた。そのあとは、当初のルナの目的を果たすのみだ。


「あなたの処遇なんですけど……どうしよう。もう一発いっときますか?」


「ヒッ…!」


 この惨状を生み出した力を再びくらわせる発言は、彼にとって恐怖でしかなかったようで、声にならない声を上げる。


 追撃のように魔力攻撃を行おうとするルナを見るに、よほど彼の存在に嫌悪感を感じていたのが窺える。


「捕まえる用の縄とかも持ってないし、騎士団に送ってもらおうにも連絡手段がないし、ししょーも来るかわからないし…」


 唐突な出会いだったため仕方がないが、ルナの手持ちにあるのはファルベに持たされた硬貨と空になった水の容器だけだ。

 そして連絡手段がないので援軍も呼べない。しかし彼を放置してこの場を離れるのも得策とは言えない。


 どうしたものかと頭を抱えていると、


「本当に、お前は目を離すとすぐやらかすな。だから戦うなってしつこく言ってたってのに」


「え…」


 聞き慣れた声が聞こえた。何度も何度も聞いた、いつもの声が。


「ししょー!?何でもうここまで?ししょーが向かってた場所から結構離れていたはずなんですけど。馬車でこんなに早く到着できるなんて…」


「最初こそ馬車を使おうとしたけどな、それじゃ遅いし、そもそも馬車は公的な交通手段で最も安全性が高いから使ってるだけで、ちょっと危ない橋を渡ればあれより速い移動手段なんていくらでもあるよ」


 当然のようにそう言う。その手段の詳細は話す気がないのか、具体的に言及することなく依頼対象の男性に向かって歩く。


「さて、俺がわざわざ馬車を諦めてここに急ぎで来た理由なんだけどな…あんたの家の地下室、見てきたよ」


 ファルベの言葉に何か心当たりがあるのか、アソルブは顔を蒼白に変える。


「こっちに向かう前にな。……四人。それが何の数かあんたはよく知ってるだろ?」


「ししょー……それって……」


「ああ。こいつが監禁してた女の子の人数だ。衰弱が酷かったよ。……本当に気味が悪かった」


 いつものようにフードを目深に被っているため、見えないはずのファルベの顔が、この時だけははっきりと見えた気がした。

 睨むように、静かに感情を昂らせる、その顔が。


「その子たちは……」


「大丈夫だ。命に別状はないし、騎士団の方で保護して貰っといた。――心の方は、まだまだ時間がかかりそうだけどな」


 被害者の女の子たちがどれほどの期間、監禁されていたのかは不明だが、年端もいかない子供にその経験は、一生残る心の傷になるには十分すぎるだろう。


「本来なら、あんたの所業は首を落とされても文句言えないぐらいのもんだが、王城所属の犯罪対策本部に送られることになった」


「そ、そこで俺は何されるんだ……?」


「さあな。あの変態の考えなんざ知らねえし、知ろうとも思わねえよ。ただまあ、ここで俺に首切られる方がマシだった思う可能性が高いんじゃねぇの?」


 彼の扱いなど心底どうでも良いと言いたげに適当な返事をするファルベ。その言葉に怖気を感じた様子だったが、同情する気はない。


「てなわけで今からあんたを拘束するから、抵抗するなよ。ルナのやつが容赦なくやったみたいだから、その心配はなさそうだが」


「だいぶ手加減したんですよー。信じてくださいよー」


 ルナの言い訳は無視して彼の両手足を縛る。そうして動けなくなったのを確認してから、その場に転がし騎士団の迎えが来るまで待機する。


 きちんと受け渡しが完了してから、ファルベとルナは帰路に着く。



 *



「いやー今日は大変でしたね。ねぇ、ししょー?」


「ああ。大変だったし、これからも大変だよ。お前が派手に壊した土地と家の修繕費とか、被害者への事情説明とか、色々と」


「す、すみませんでした……」


 ルナが今回したことの全てが悪かったわけではない。実際、ファルベがいないあの状況で次善の策をとれたと言ってもいい。ただ、素直に褒められるほど被害も軽くないので、ファルベも小言を言ってしまう。


 監禁された少女たちも、家を破壊されたあの街の住人たちも、ボロボロになった道路も、完全に元に戻るまで長い時間が必要だ。

 それに、形だけ戻ったとしても、少女たちは心に深い傷を残すことになるのだろう。


 それのサポートをするのは対策本部がメインとなるが、ファルベ達だって当事者だ。無関係でなどいられない。


「だけど、死者が出ずに済んだのは良かったよ。それだけは不幸中の幸いって言えるかもな」


 ファルベの言う通り、あれだけ甚大な被害をもたらして尚、怪我人及び死傷者を出さなかったのは奇跡と言える。


 早朝から始まったこの依頼は、日の沈みとともに一旦の終わりを迎える。


 決して、後味の良いすっきりとした終わりではないが、それを誰もが納得できる終わりにするにはこれからの行動次第、と言ったところだ。


「――それにしても」


「なんだよ、ルナ」


 不意に話し出したルナに怪訝な目を向ける。


「今日の依頼の原因、アソルブさんはししょーに狙われてることを知ってたんですよ。それって結局どうしてだったんでしょう。そもそも『冒険者狩り』の正体がししょーだっていうのも公にはほとんど知られていないはずなのに」


 ――どうやら、問題はまだまだ残っているようだった。



拙作を少しでも面白いと思っていただけた方は是非ともブックマークと評価のほど、よろしくお願い致します。

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