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1話 「冒険者狩り」

 様々な種類の建物が並ぶ大きな街の路地裏で男は、理解のできない事態に畏怖していた。服の上からでも分かるほどの筋肉質な両足は、今や生まれたての小鹿のように震えており、そこに威厳や貫禄といった様子は窺えない。

 彼は、自分が社会のはみ出しものであるという自覚はあった。今までに窃盗や強盗、暴行といった幾つもの犯罪を重ねてきたからだ。けれど今日に至るまで捕まることはなかった。その理由は彼自身の「スキル」が故だ。


「スキル」というのはこの世界の一部の者が生まれた時から持っている、特殊な力のことである。

 男は自分の足の速さを飛躍的に向上させるスキルを持っていたため、今まで誰にも気づかれることなく、察せられることなく、逃げ延びてこれた。


 だからこそ今の状況が理解できない。今日はいつもの如く持ち前の速さで、商店街に溢れる人達の中から獲物を絞り金銭を盗み逃げ去ろうとした、直前。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 周囲から奇異の視線に晒されながら、自慢の足を満足に動かせないままなんとか路地裏まで逃げ出してきた。


 何故だ、何が起こっているのだ、どうなっているのだ。理解のできない不快感と、焦燥感と、緊迫感が胸の中で渦巻き顔を伝う冷や汗として表出する。

 近くにいた人達は金銭を盗られたことにすら気づいていなかった筈だ。当然、見られることもなかった。…その筈だ。


「く、そッ! 一体、何が起こって……」


 右足に感じる痛みを乱雑な言葉を吐き捨てることによって誤魔化す。――直後、


「ああ、やっと追いついた。あんたハイスさんって名前だったか。足が速いとは聞いていたけど、想像以上だったな」


 どこからともなく、声が聞こえた。若々しく、恐らくは二十歳にも至っていないであろう少年の声。しかし、今の彼にはそれすらも恐怖の対象でしかなかった。恐る恐る振り返って、煉瓦造りの壁に背中を任せて大通りの入り口に視線をやるが、誰もいない。一瞬、息をついて安堵しかけるが、気を緩めることは許されない。というのも、「スキル」は決して彼だけに与えられるものではないからだ。今のどこから出たのかもわかない声も遠くから声を届ける能力があるのかもしれない。若しくは――


「透明化……なのか?」


 ――若しくは、「誰か」はこの場に存在していて、声をかけているのに()()()()()()()()()、だ。ただの推測だったが、その言葉の成否は、


「……正解、とは言えないな。俺のはそんなに便利なもんじゃないし。あくまで疑似的なものだよ」


 直後に少年の声で証明された。相変わらずどこにいるのかもわからないが、その声の調子から男の答えは愉快なものではなかったらしい。ともあれ、先ほどの少年の言葉だ。その内容から、少年の能力は透明になるものではないようだ。しかし、実際に姿かたちは見えていない。つまりは本来の用途とは違う応用で視界から消えているのか。だが、そんな真似ができる能力など聞いたことが無い。 

 そうして、男が少年の能力に対して思考の海に潜っていると、


「そういえば、俺の姿はみえてないんだった。話すんならお互い、見えていないとな」


 再び、声が聞こえた。次に、誰もいなかった筈の空間から一人の人物が現れた。何の前兆もなく、前触れもなく突如として。

 ボロボロに使い古されたこげ茶の外套に身を包み、顔はそれの陰になって見えない。背丈は百六十前半といったところか、特筆して高いとは言えない。その他は外套が頭から膝のあたりまですっぽりと覆いつくしているため、外見の特徴がつかみにくい。


「で、単刀直入に言うけど。あんたは自首するつもりはあるか?」


「……。さぁ? なんのことだ?」


 苦し紛れの誤魔化しだ。相手がどうして自首を求めるのかは自分が一番よく知っている。今までの行いが、悪行が、生き様が、或いはその全てが社会が見逃せる範囲を超えたのだろう。


 分かっていたことだった。自分が誰にも捕まらないほどの大それた人間ではないことは。そもそもそこまでできる人間ならばまっとうに生きることができるのだから。


「もしかして、人違いなんじゃないのか? ああ、足が痛ぇな、何にもしていないのになんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだろうなあ」


 空虚で薄っぺらな言葉を並べて時間を稼ぐ。次第に恐怖の感情で狭まっていた視界がクリアになり、回らなかった頭が思考を始める。

 少年の持つ能力は厄介ではあるが、幸いにもここは道幅の狭い路地裏だ。透明になったところで動ける範囲は限られている。そして、相手には対話の意思がある。つまりは、臨戦態勢ではないわけだ。であるならば、付け入る隙がある。こちらの敵意に気づかれる前に、先手を取る――


「……!」


 眼を見開いて驚いたのは、対話を無視して攻撃しようとした男のほうだった。服の下に隠していたナイフを背中に回した手でこっそりと取り出し、最速で振り上げた瞬間、甲高い金属音と共にそれが弾かれたのだ。だが、何が当たったのかは分からない。見えない何かに弾かれたのだ。


「うん。そう来るとは思っていたけど、本当に何のひねりもなく来るのは驚いたな」


 少年は何かを投げたように手を振り切った体勢から姿勢を正しつつ言った。

 何が起きたのか分からなかった。少年は何かを投げたはずだ。だというのに、投げたそれを見ることができないなどあり得るはずがない。視認できないほどの速度だったわけでもないはずだ。そんな速さで物を投げれば男の持つ得物以外にも影響が出るはずだ。


「な、なんで……なんだ……」


 訳が分からない。どういう理屈で何が起こっているのか。現実を受け止められないという風に首を横に小さく降る。


「残念ながら、企業秘密」


 追い詰められて、何一つ疑問を飲み下すことも出来なくて――


「何のために、あんたの足を奪ったと思ってるんだ」


 最後に残った、唯一の選択肢であるスキルを駆使した逃亡すらあっさりと阻止された。男と少年の間には明確な体格差があるが、先の少年の言にあるように最初に斬り付けられた右足が足を引っ張っていたためだ。


「クソ……手前は一体何なんだ!?」


 全ての手段を潰された男にできたのは、相手の情報を一つでも得ようとそう問いかけることだけだった。


「『冒険者狩り』って言葉に聞き覚えはあるか?」


「……何?」


 その言葉に、呆けたように口を開く。今、この少年は一体何を言ったのだろうか。「冒険者狩り」と、そう言ったのか。

「冒険者狩り」とは、文字通りの意味だ。

 冒険者というのは魔物という人類にあだなす悪意ある獣に対する人類の対抗手段である。しかし、その冒険者が守るべき人類に対し悪辣なる態度を見せたときにはある存在が取り締まりに来る。それが、「冒険者狩り」という存在だ。


 それは魔物に対して戦いを行わない。ただただ道を踏み外した冒険者のみを相手取る、この世界における異端者でつまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 その存在については様々な噂があり、中には「全身筋肉の大男」だったり、「一族郎党皆殺しを笑顔で実行する猟奇的殺人者」だとかの、証言も証拠もないものもあった。

 そんな人物の通り名を突然に出して一体何が…


「いや、そんな馬鹿な……」


 一瞬、自身の頭に浮かんだ考えを否定する。まさか、目の前の少年が「冒険者狩り」であると。そんなことはあり得――


「あり得ない、って思っているんだろうな。あんたからすると」


 ポリポリと軽く頭を掻きながら、呆れたような声色で言う。男から視線を外して、何かに思いをはせるかのように空を仰ぐ。


「まあ正体を知ったら大体皆がおんなじ反応をするから、慣れたもんだけどさ」


 相変わらず表情はうかがい知れないが、過去にも男と同じ反応を経験していたようだ。ここまで世間に流れる噂の印象と乖離しているのであれば、それも仕方がないものではあるが。


「なら、おまえが、本当に」


「ああ。俺が本物の『冒険者狩り』――名はファルベだ。覚えてもらわなくても構わない」


 男が聞いたのはその言葉が最後だった。少年の言葉が終わるとともに、頭頂部に強い衝撃が加わり、男の意識は途切れ、視界が暗転した。



初投稿になります。


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