リオン・フォン・インディナローク
四年ほどの月日が流れ、俺は五歳になった。
意識がはっきりしているせいで、かなり恥ずかしい記憶が量産されたが……それはさておき。
ここでは、一年は三百六十五日のようで、前世と同じであることが分かっている。
もしかしたら、うるう年のように、三百六十六日になったりするかもしれない。
四季もあり、前世とその辺ほぼ同じなのは非常に助かる。
夏は前世の日本とは違い、湿度が高いことによる不愉快な暑さではなかったのが何気に嬉しい。
やっぱり前世の日本の夏は過酷な環境だったなと再認識したわ。
自由に立って歩きまわれるようになり、言語もそれなりに習得できた。
目を覚ました時に目の前にいた女性やメイドにはだいぶ負担を強いてしまったものの、おかげでいろんなことが分かった。
ここはセンタウル王国の辺境伯地、インディナローク領という。
東はセルペンス領、オフィウクス領、シグナス領の三つの領が隣接している。
北にはセンタウル王国の同盟国であるピガース王国。北北西と南は海となっており、西には十年ほど前までセンタウル王国と戦争をしていたレーヴェ王国がある。
レーヴェ王国は地上での移動する場合、インディナローク領を経由しないとピガース王国やセンタウル王国の他の領へは行けない。
もともとはかなり大きな国だったそうだが、現在は分裂し、センタウル王国、ピガース王国、レーヴェ王国といったようにいくつかの国に分かれている。
元は一つの国だったということで、文化的なものはある程度共通のようだ。
分裂してからその国独自のものになっているものもあるので、注意は必要らしいが。
文明レベルは結構高い。
インフラ整備がしっかりされていて、水周りが特にすばらしい。
それに、前世の世界であったものと同じようなものも多々ある。トランプやリバーシ、チェスといった娯楽用具などもある。
更になんといっても、魔法を利用した、魔法科学と呼ばれる技術があるのだ。
そう、ここは魔法がある世界なのである。
鏡の前に立つ。
鏡には、白い髪に赤い眼をした子供が映っている。
リオン・フォン・インディナローク
俺の名前だ。
ミドルネームがファムの場合は王族を示し、フィアが宮廷貴族の出身者、フォンが領主貴族の出身であるを指している。
これもどうやら、センタウル王国だけではなく近隣王国も同様のようだ。
元が一つの王国であった名残だろう。
「リオン、また本を読んでいたの?」
目を覚ました時に目の前にいた女性が話しかけてくる。
「母さん。」
この世界で最初に目にした女性は母親だった。
母さんの名前は、イリーナ。
なんと今年で二十四歳。若い!前世の年齢を含めると、俺よりも年下なのだ。
年下の母親。言葉にすると、なんとなく危険な香りがするな……。
「リオン、本ばかりではなく、剣もどうだ?」
「あなた、さすがにまだ刃物はやめてください。」
母さんの次に出会った男性の名前はクラース。俺の父親だ。
今年で二十七歳。そして、このインディナローク領を治める、辺境伯である。
インディナローク家はセンタウル王国の建国からずっと続く家で、数々の武勲を立てている。
昔の戦争でも、終戦までこのインディナローク領で敵軍をせき止め続けた。
度々父さんは俺に剣をすすめるが、いつも母さんに止められていた。
三歳の頃に言われたときは俺も早くね?っと思ったが、その頃から魔法を母さんから習い始めていたので、父さんも教えたいのだろう。
「もう五歳になったのだ。それに、リオンは利発に育った。というか、最初から利発だった。赤ん坊とは何か?と考えさせられるぐらいに。」
「確かにそうですが。魔法の才能があるようですし、ここは宮廷魔術師でも目指す方が……。」
「いや、リオンはこの辺境伯の跡取りだ。剣も扱えんでどうする。そもそも男だったら剣を、女だったら魔法をという話ではなかったか?」
俺の教育方針で口論を始めた。
これはわりと最近よく見る光景で、執事達も苦笑いしている。
魔法の才能。
この世界の住人は、魔法を扱える人はそこまで多くはない。
魔法を扱えるものは王族や貴族に集中しているが、これはもともと魔法を使えていた者たちがそこに収まったのだろう。
魔法が使えるもの同士との間に生まれた子供も魔法が使える可能性が高いため、王族と貴族は魔法が使えるというのが一般的だ。
もちろん、例外も存在する。
貴族なのに魔法が使えない。村人なのに魔法が使えるという例もある。
俺の場合は両親ともに魔法が使えるため、俺も魔法が使える遺伝子が受け継がれたのだろう。
なお、異世界転生のフィクションよろしく、ステータス!といったことを叫んでも、ステータス画面はでてこない。
プロパティ!とかそれっぽいのをいくつか試したが、何も起こらない。この場面を誰かに見られていたら恥ずかしさで引き籠っていただろう。
魔力はどうやらこの年代の子としては多めのようだが、常識はずれというわけではないようだ。何か特殊能力があるようにも思えない。
前世の記憶はあるが、普通の大学生だった俺の知識なんぞ、この世界の文明レベルでは活きることもほとんどないだろう。
なぜ前世の記憶があるままなのか。これは何か意味があるのかは今のところはわからないな……。