セルペンス軍の侵攻
青天の霹靂。
俺がピガース王国から帰還して数日後、インディナローク領は衝撃に包まれた。
センタウル国王暗殺
主犯はインディナローク家
何が起こったのかわからない。
突然、隣のセルペンス領から軍が侵攻してきたのだ。
声高く、国王がインディナローク家に暗殺された、と叫んで。
アルガス陛下とアルベルト殿下の護衛をしていたデュラン隊長達に何かあったのか?
事情がわからず、父さんたちは情報収集に追われた。しかし、セルペンス軍は数日でシタラの街に到着してしまう。時間がない。
「父上、急ぎ妻や子供達を連れてルシタニアまで避難を。」
「あそこは海上戦力はあるが、陸上戦力は心もとない。籠城をするのであればシタラの方がよいじゃろう。」
「海からの脱出は?」
「海からの脱出なぞ想定しておろう。海上で大群に囲まれては陸上よりも逃げるのは難しい。」
「各地の部隊の招集が間に合うか……。」
「父さん、領民をピガース王国へ逃がすというのはダメなの?」
父さんとおじいちゃんの会話に割り込む。ピガース王国へ救援を求めていないのが気になった。
「リオン。先日ピガース王国で何があったか思い出せ。もしもここでピガース王国が動いてしまっては最悪国同士の戦争にまで発達する可能性がある。」
先日……精霊の愛し子か。ピガース王国が精霊の愛し子を手放したくなくてアルガス陛下の暗殺を企てた、とでも思われたら大事になるのか。
こういうのは噂が流れた時点で疑惑を晴らすのは難しい。
「それに、セルペンス領の進軍予測経路を見てみろ。」
「……。主力はピガース王国への道を塞ぐように進軍。ルシタニアへ進軍している方は、シグナス領への道を塞いでいる、か。」
シグナス領の領主であるシグナス卿とは父もよく交流をして仲は良かったはずだ。少なくとも俺にはそう見えた。
父さんが出したシグナス卿への救援依頼も届いたのか。届いたとしても間に合うのかわからない。
「シグナス領方面はそこまで多くの兵数ではないみたいだから……いや、住民を連れては無理か。でも住民にまで襲いかかるかな?同じセンタウル国民だよ?」
「ない、とは言い切れん。軍は力を持つもの達の集まりだ。場の勢いというものもある。ちょっとした刺激で事が大きくなることもあるのだ。」
白旗を持って、というのは難しいのか。俺は戦争に参加したことはない。平和な日本で過ごしてきた身だ。こういうときの状況の推移がわからない。
「……陛下達と別れてからの時間からすると、前もって進軍の準備はしていたとみるべきか。つまり、この進軍は決まっていたこと?」
この規模で進軍するのに一日二日程度の準備ではできないだろうことは俺でもわかる。
俺の問いに誰も回答はくれなかった。そういうことなのだろう。
「わかった。とりあえず領都であるシタラは危険だということだね?それ以外の街への避難誘導を。」
「そうだな。他の街への避難をする住人を集め、第一部隊から人を出して護衛をさせる。」
「おじいちゃん、ルシタニアは大丈夫?」
「囲まれたらすぐ降伏するように言っておる。ルシタニアは信頼のできるものを残して居るから大丈夫じゃろ。」
「リオン、お前も母さん達と避難だ。」
「……。わかった。準備を」
「私はここに残るわ。」
避難準備をすると言いかけたところで、おばあちゃんに支えられた母さんが部屋に入ってきた。
「インディナローク家の者が他の街へ避難すると、その街にも矛先が向くかもしれない。」
「母さん。でも、」
「それに、もう大分この子が大きくなってきたの。長距離の移動はキツイわ。」
母さんは愛おしそうにお腹を撫でる。母さんのお腹はだいぶ大きくなってきた。確かに長距離の移動は厳しいか……。
母さんになんとか避難をしてもらおうと思ったが、母さんの意思も堅そうだ。
せめて教会へ避難をしてほしいのだが、きっと同じ理由の断るのだろうなと思う。
「わかった。おばあちゃんは?」
「イリーナが残るのであれば私も残るわ。」
「リオン、お前一人であれば、どこにでも逃げれるだろう。お前一人でも逃げなさい。」
おじいちゃん、悪いけど断らせてもらう。家族を残して一人で逃げれるものか。
「住民の避難誘導の手助けをしてくる。その後は万が一に備えて待機しているよ。」
そう言って屋敷を飛び出し、第二部隊のみんなに合流して誘導の手伝いをする。既に避難勧告は出されているようだ。
住民はパニックになったりはしておらず、落ち着いて行動してくれている。他の街へ避難する人は思ったよりは少ないようだ。
インディナローク家が国王暗殺などしていないと信じてくれているのだろう。俺に対しても、すぐに誤解が解けるよ、と励ましてくれる人もいた。
「お兄ちゃん!」
「アイちゃん!外は危ない。教会にでも避難を……。」
「お父さんが、お兄ちゃんの元に行けって。お父さんも調べものをしたら向かうって。」
「マルスさんが?」
なぜこの状況でうちへ?理由はわからないが、第二部隊のみんなに後を任せて一旦戻ろう。
「リオンか?避難誘導はどうなっている?」
「住民は大人しく指示に従ってくれているよ。ほとんどはこの街に残るみたい。女性や子供を中心に教会への移動をしている最中だけど、あと二時間程度でほぼ完了すると思う。一通り終わったら第二部隊はそのまま防衛に加わるって。」
「そうか。」
父さんは難しそうな顔をしたままだ。
どうやら、セルペンス軍へ出した使者はまだ戻っていないようだな。
「リオンのお父さん。お父さんが、カラスがいるかもって。」
「そうか、カラスか。やっかいだな。」
父さんはアイちゃんの伝言で何かを察したようだ。
カラス?どういう意味だ?
「リオン。この娘を連れて母さんのところへ。」
「わかった。」
アイちゃんの手を引いて二階にある母さんの部屋へ移動する。
母さんは大分お腹が大きくなってきた。名前ももう考えてあると言っていたが、俺には内緒だと言って教えてくれない。
おばあちゃんは子供に着せる服を作っていた。おばあちゃんは裁縫が得意で趣味でいろいろ編んでいる。俺が小さい頃に来ていた服も、いくつかはおばあちゃんが作ってくれたものだ。
おばあちゃんからは不安な様子は見られない。きっと、母さんの不安が大きくならないようにしてくれているのだろう。
「とりあえずここで大人しく状況を見守ろう。大丈夫。根も名もないデマだとわかってくれるさ。」
「お兄ちゃん……。」
アイちゃんが不安そうに見上げてくる。どうにか不安を紛らさせたいところだが……。あぁ、そうだ。
セレスティア殿下からもらったハーモニカを取り出し、一曲奏でる。
アイちゃんだけではなく、母さんとおばあちゃんも耳を傾けてくれる。曲が終わると、アイちゃんが我先に声を上げてくれた。
「お兄ちゃんすごい!私もやりたい!」
「いいよ。ほら、吹き方はわかるかな?」
草笛のときのようにやり方を教える。どうやら気を紛らさせることに成功したようだ。
嬉しそうにハーモニカを吹いている。
「母さん。ちょっと下の様子を見てくるよ。」
「えぇ、危ないことはしないのよ?」
「わかっているよ。」
メイドに後を託し、俺は父さん達のところへ戻る。
あれこれと指示を出したりと忙しそうだ。こういうとき、自分が何をできるのかわからない。居ても邪魔になるだけだと思い、庭へと足を進める。
腰に差した剣を抜く。子供が持つ剣だ。長さも、重さも大人が持つ剣に比べると心もとない。コボルト相手に戦えても、兵士相手となるとどうだろうか?
訓練ではそれなりに戦えたように思えるが、手加減されているようにも感じている。そもそも、俺はまだあの時のトラウマを解消できていない。
(あの時の力があれば……。)
空を見上げる。赤い月と青い月が仲良く並んでいるように見えた。




