誘拐
「ん?あれは……。」
まだ幼さを残しつつも精悍な顔立ちを持つ少年が、窓の外を見て何かに気が付いたように声を上げた。
「クレス、どうしたの?」
少年の呟きに隣を歩いていた女性が反応する。
ふわふわとした優しい雰囲気に、ついつい甘えたくなるような声をしている。
「いえ、あれはティーではないか、と。」
「あらあら、そうね。いろんなところに出歩くようになったと聞いているわ。本当によかった。」
少年の名はクレス。女性の名はフローラ。
クレスはピガース国王ロムルスと第二王妃フローラとの間に生まれた。
クレスはセレスティアよりも四歳年上で今年十一歳。来年からは学園へ通うことになっている。
「あら?あちらに向かっているということは、街へ?」
フローラは、あらあら?と首を傾げる。
「お付きにはエミーリアちゃん一人?少し危険じゃないかしら?……バートン?」
「はっ。二~三人後をつけさせましょう。」
「よろしくね。せっかく外に出れるようになったのよ。また怖い目にあってほしくないわ。」
「かしこまりました。」
フローラはに話かけられた執事の名前はバートン・オシリス。エミーリアの父親だ。普段はロムルスのお付きをしている。
セレスティアとエミーリアの後を追うため、バートンはその場を離れる。
「私ではセレナ様の代わりにティーを癒すことはできなかった。セレナ様に後を託されたのに情けないわね。」
「お母様、それは私とて同じです。」
フローラとセレナは学園時代からの親友同士であり、クレスもまたセレナに懐いていた。
セレナの子、セレスティアのことは実の娘のように、実の妹のように気にかけてきたのだ。
「セレナ様の妹のご子息。ふふ、どんな子か楽しみね。」
フローラは何かを期待するように微笑んでいる。クレスもまた、そうですね、と相づちをうち、空を見上げた。
「今日は赤い月の日、か。」
赤い月の日。青い月が赤い月の後ろに完全に隠れ、赤い月が満月となる日だ。
クレスは何事もなければよいのだが、呟いた。
◇◇◇◇◇
エミーリアは少し焦っていた。
セレスティアの行動力に驚かされている。長年引きこもりだったのに、いざ部屋の外へ出るようになったかと思ったら、街へ出る、とまで言うのだ。
セレスティアはずっと部屋にいるため護衛となる人材を配置されていなかった。専属侍女であるエミーリアが唯一の護衛といえるだろう。
エミーリアは護衛としての教育も受けてはいるが、今週は十月祭があるのだ。街は人が普段よりも多く活気に満ちている。さすがに一人では戦力的に心もとない。
誰か助っ人をと思っていたのだが、セレスティアが待ってはくれず、一人でずんずん進んでいくのだ。
門番は行かせていいのか?と判断に迷っているが、セレスティアはそれを気にせず街に出る。
門番に、父であるバートンへ護衛を回してほしいと言伝をお願いし、エミーリアはセレスティアを追う。
「……。(キョロキョロ)」
セレスティアはもの珍しいようで辺りを見回しながら歩いている。大変危なっかしい。
エミーリアは、セレスティアはそういえば元々は好奇心旺盛であちこち歩きまわる子だったな、と思い出す。
長年の引き籠り生活で体力はあまりないセレスティアは、既に息を荒げ汗が滴っていた。
「!!」
何か目に入ったのだろうか。セレスティアが露店へ一直線に走り出す。
エミーリアは内心愚痴る。セレスティアに振り回されてばかりだ。
なお、セレスティアが突然街へ出かける理由をエミーリアは理解できていない。
リオンに渡す、プレゼント。っとセレスティアが言ったが、誕生日パーティーの主役はセレスティアだ。プレゼントはもらう側なのではないか?と首を傾げている。
ドン!
エミーリアはセレスティアに集中しすぎてたせいで人とぶつかってしまった。
すぐにぶつかった人に謝罪をする。ぶつかった人は、大丈夫だよ、そちらこそ大丈夫かい?っとこちらを気にしてくれる優しい人だった。
頭を下げ、セレスティアの方へ意識を戻すと……セレスティアがいない。
(しまった!)
エミーリアは辺りを見回す。
目を離したのは十秒程度。そんな遠くには行っていないはず、と思っていると、路地裏に進む大男が目にはいる。
大男は脇には少女を抱えているように見える。エミーリアは急いでその大男の後を追った。
確証はないが、セレスティアが来ていた服のように見えたのだ。
ピガース国は治安がいい。しかし、今月は十月祭で従来よりも人が多く集まっている。
人が多く集まるということは、それを狙って何かよからぬことを考える人も現れる可能性はある。
「そこの方、お待ちくださいませ。」
エミーリアは大男に追い付き、声をかける。
路地裏で周囲に人は……いた。大男の他に三人いる。
「ん?へぇ、これはまた上玉だな。今日はいい日だ。」
大男は振り返る。脇に抱えられたのは、セレスティアだった。
「……。私はその方の関係者です。離していただけないでしょうか?」
「あん?いやぁ、この子がいきなり倒れたからな。介護しようと思ってよ。」
「ありがとうございます。後は私が対応いたします。」
エミーリアは自分を囲うように動く他の三人にも目を配りながら、どうやってセレスティアを奪還するかを考える。
セレスティアは大男に抱えられたままだ。迂闊に動けばどうなるかわからない。
男たちはニヤニヤしている。
「とりあえずお嬢さんにも一緒に来てもらおうか。なに、悪いようにはしないぜ。」
エミーリアは自分だけでもいったん離脱し、救援を求めるか?と考える。が、一足遅かった。
「動くなよ。動いたら、この子の可愛い顔に傷がつくぜ?」
大男はセレスティアの顔にナイフが当てる。セレスティアは反応がない。どうやら眠らされているようだ。
エミーリアは大人しく男たちの言いなりになるしかなかった。




