女神様との出会い
目を覚ますとそこは、薄暗くて周りはあてもない不思議な空間に座っていた。
目の前には白いきれいな椅子がある。
誰かが座るためのものだろうか?
僕は確か外にいて、工場に帰ろうとしていたが……
しばらく考えたが何も思い出せなかった。まずは、この変な空間から抜け出さないとな。そのためには人探しからだ。
落ち着いてそう考えた。
「誰かーーー、誰かいませんかーーー?」
「……」
大きな声で叫んだが返事がなかった。
「すいませーーーん、誰かいませんかーー?」
「……」
やっぱり反応がなかった。叫んでも意味がないと思い、しばらく待ってみることにした。
すると、
「ぉ―――――――――ぃ」
小さな声だったが、女性のような声が聞こえた。だが周り見渡しても誰もいない。
「おーーーい、ここ、ここだよ!」
少し声が大きくなったので、もう一度周りを見たが、誰もいない。
「下だよ、下!」
そういわれたので下を向くと30センチくらいのウサギの人形が手を振って喋っていた。
「フーー、やっと気づきおったか、ほんま手間とらせんなや」
「……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
僕は顔が青くなって、自然に足が動いて逃げていた。まさに反射だ。
怖い怖い怖い……
昔からこういうのは苦手だったので全力でそのウサギから逃げた。
しかもなんで関西弁!?
だが意外にもウサギは素早くて、逃げ切ったと思っていると、いつもまにか目の前に立っていた。
「まあまあ、まずは落ち着いて話し合おうやないか」
「ワァァァァァ!?」
また全力で走ったがどこの方向に逃げても、余裕の表情でおいついて、「フー」や、「待たんかい」などと言って、僕の目の前に立つ。
結局、体力がなくなり椅子で休憩した。
「よっこらしょっと」
ウサギは頑張って椅子によじ登っていた。身長と椅子の大きさが合っていない。
どうしてこんなに椅子が大きいのだろう?
「やっと話を聞いてくれるんか。それにしても君、若いなぁ。まっ、わいにはまだまだ勝てへんけどな! ハッハハハハハ!」
「なんでそんなに素早いんですか!?」
ウサギは内緒、と笑った。
また僕が逃げ出すのを防ぐためか、呼吸が整わないうちに話始めた。
「あんたは、不幸なことに雷に打たれて死んでしまったんや」
「えっ……」
まるで挨拶のように、唐突に言われた。始めはいきなりだったので驚いたが、今さっきまでウサギとずっと追いかけっこをしていたせいで悲しむという感情があまりなかった。
「まぁ、悲しい気持ちはあるかもしれへんけど、そんなあなたを導く女神がこのわいや!」
「えっ、あなたみたいな人でも女神なんですか!?」
「あなたでもって、ちょっと失礼やなあ……」
そりゃ僕のイメージの女神はとても美人な人で、優しい口調で、死んでしまったことを心から悲しんでくれる。そんなんだと思っていたのに、これはなんだ……
関西弁だし、ウサギの人形だし、全然理想と違うじゃないか。
僕は本物か不審に思ったのでもう一度聞き返した。
「本当に女神様なんですか?」
「当たり前や!」
手を胸に当てて自信満々に言っていた。
めちゃくちゃ落ち込んだ。
これには自分が死んだこと以上に落ち込んだ。
亡くなった時の一番の楽しみにしていたことなのにぃぃぃぃぃ!?
「どうや、本物はやっぱりちゃうやろ! ハッハハハハハハ」
「……あ……はい……」
ショックで全然言葉に力がはいらなかった。
「まぁ、本来の姿は別のところにあるんやけどな」
その言葉を聞いて、僕はすぐに元気を取り戻した。もっ、もしかしたら美しい女神様に会えるかもしれない。というかすかな希望をもった。
「ぜひ、ぜひ本来の姿を見してください!」
僕は興奮していて、いつの間にかウサギの目の前まで行って大声そう言っていた。ウサギもこの行動にビックリしたのか、少し怖がっているように見えた。
「しょうがないな、そんな見して欲しんやったら見してやるは。今回は特別やからな」
そう言うと行儀よく椅子の上に正座をした。
「せや、姿を見せる前に話しとかなあかんことがあったわ。こっちにもいろいろ事情があってな……
なんでこのウサギの人形を使っとるんや、って話なんやけどさ、始めはちゃんと女神としてやってたんだな。
でもいきなり『あなたは亡くなってしまいました』って言ったら暴れる人や、すんごい大泣きすんごいして悲しまれたりするんだな……
それを何回も繰り返していたら、だんだん人間が怖くなってきてな。せやからこうやって人形を使って亡くなった方々を導いとんや。あと関西弁はみんなが和んでくれるからな。
どや、こっちも大変やろ?」
僕は押し黙っていた。まさかここまで重い理由があるとは思わず、反省していた。
「わい、標準語の方がいいか?」
今さっきの会話で、空気が悪くなってしまったが、場を和ますために優しく冗談を言ってくれた。その対応は少し女神っぽく見えた。
「どっちでもいいですよ」
僕は笑顔でそう言った。
すると「そうか」と普通のトーンで返ってきた。
「さて、頼みたいこともあるし、そろそろ君が見たいという私の姿を見せるよ。じゃあ、いくよー!」
パチン!
ウサギが指を擦って音を鳴らした。しばらく何も起きなかったが、いきなり大きな一筋の光が現れた。
そこから出てきた女性を見て、本物の女神様だと思った。
とても美しい。
青髪でショートカット、服はロングスカートのワンピースを着ていた。
透き通るような白い肌に端正な顔立ち。
また青い瞳はとても柔らかく、僕の心を落ち着かせてくれた。
あまりの美しさに顔が熱くなる。
女神様はゆっくりと現れた。
現れた……のだが、すぐに椅子の後ろに隠れてしまった。
「えっ……?」
目が点になる。
椅子を盾のようにしてちらちらとこちらを見ている。
いきなり会ってこれはぼくでも困惑してしまう。
確か人間が怖くなったと言っていたが、ここまで怖がっているの?
だけど怖がっている姿……非情に、可愛い!
「ああ、えっと、怖がらないでください……」
「私を、私を怒ったり、恨んだりしませんか?」
「大丈夫、大丈夫なので安心してください」
「はい……」
どうにか怖がらせないように手を差し伸べて落ち着かせた。まるで小さい子供みたいだった。
落ち着くと椅子に座り普通に話してくれた。
「では、改めて、私も名はセクアナ、水の女神です。川上智也さん、あなたは不幸なことに、雷に打たれて死んでしまいました」
聞こうとしていた。僕はちゃんと聞こうとしていたが、しっかりとした女神様を見ていると、僕の顔は赤くなっていた。
まだ緊張したままだが、ひとつだけずっと聞きたかったことがあり、女神様に尋ねた。
「あのっ、会社の人たちはっ、僕が亡くなったあとはっ、どうなったのかっ、わか、わかりますか?」
これは本当に僕がしゃべっているのだろうか。今までにない美しさに挙動不審になってる。
「あれれ、顔が赤いですよ。もしかして、照れてますか? ウフフ」
「うう、確かに照れてます。でも笑わないでくださいよ」
「すいません、調子に乗りました」
緊張してたくさん噛んでしまった。でも、からかわないでほしかった。今、すごく恥ずかしい。
「あの、その会社のことなんですが、世界が別なので、どんなことになったかは確認できません。申し訳ありません」
「あっ、そうですか……」
みんなが、あの後どうなったのか知れないのは残念だ。最後、何も言えず一瞬で死んでしまったから悲しい。また生まれ変わった時に出会えたらうれしい。
こほん、と女神様が咳ばらいをしたあと、始めのような真面目な顔になっていた。
「あなたに言いたいことがあります」
ああ、そろそろ天国に行く前の言葉をかけられるのか……
天国に行くのかな、それともすぐに生まれ変わるのかな。
この人生いろいろあったし、最期に女神様にも会えてよかった、と人生を振り返っているとまさかの言葉をかけられた。
「私と異世界へ転生してくれませんか?」