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山中貧民街

作者: Teufel der Erde

自分が自分だと認識した時、俺は山の中にあるお世辞にも綺麗とは言えない場所、いやむしろ汚すぎる。そんな場所にいた。臭いはしないが卵が腐ったような臭い、吐き気がしそうなほどの臭いが目で見た景色でわかった。自分がそんな場所にいるということ自体に何故か疑問はわかなかった。とりあえず目的もなく歩く。歩く、歩く。どこを見渡しても変わらない同じような景色、ほとんど取れている窓枠、蹴破られた扉、肉と水分がほとんどない体をした子供。永遠に、ひたすらそんな景色を何も感じず、考えずに見ていた。目には死んだ魚に失礼とでも言えるほど、気力がなかった。変わらない景色の中で一つだけ、一つだけ綺麗に残っている扉があった。と言っても他の扉と同じ素材で出来た扉だと思う。綺麗に整理された本が一つだけ抜けているような感じ。もちろん開ける。見た目とは裏腹に、扉は重かった。ゆっくりと開ける扉の先には目が焼けるかと思うほどの照明と、外にいた人間と違って普通の見た目の人間たち。普通とは言ったが、格好は普通ではない、体にはタトゥーが入っていて、ファンキーなファッション。それもそんな人間が50人はいるだろうか、すごく騒がしい。音は聞こえないが。

少々の躊躇いはあったものの、中に足を運ぶ。

ここはなんなのだろうか、外とは違った汚さ。床や壁は黒ずんで、飲み終わったコーラの缶やほとんどからだを残していない新聞紙。そんな物が散らかっている。つまりなんだ、ここはクラブかなにかか?ここで初めての疑問が浮かぶ。外で見た建物は精々平屋建て小屋といった程度のもの。しかし中はどうだ、外見から予測される広さの5倍はあるだろうか。しかしそんな疑問はすぐに消え去った。なぜならふと目をやった位置に立っていたのは俺の知り合い、いや友人の1人であった。目があったにもかかわらず、友人は何も言わない。こちらも何も言わない。数瞬見つめあったが何事も無かったようにお互い反対の方向へ歩いていく。そんな時に、尿意はないがトイレを体が探している。とりあえず端から歩いてトイレを探そう。その間何も考えず歩いていった。トイレは何故か室内の真ん中にあった、驚きはない。扉を開け、ズボンを下ろし便座に座ろうとした時、鍵をかけた覚えはないが、いやそもそも鍵がなかった、扉が開けられた。羞恥はないが、開けた男の見た目を見てなぜか、なぜだか。何故かわからないが、殺意とも違うなにか憎悪のようなものを抱いた。扉をあけられたからではない、なにか別のところから怒りとも言えない感情が込み上げてくる。そんな感情をぶつける相手はぶよぶよと太っていて、着ている白いタンクトップがめくれて汚らしい腹がとへそが飛び出ている。顔を見ればどこが首かわからないほど贅肉が付いている。気づけばそいつの腹に前蹴りを食らわせていた。果たしていつからこんな風に人に暴力を振るう人間になったのだろうか。渾身の前蹴りを食らわされた男は蚊ににでも刺されたような顔、疑問を浮かべている。なぜ自分が蹴られたかと言うより、ここにいるはずのない人間を見たような顔。そんな考えても分かりようのないことを頭に浮かべていると、俺の首にボンレスハムのような見た目をした腕が伸びてきて、締め付けた。苦しさはないが、恐怖がじわじわと染み出してきた。男のどこかも分からない肘の間接に自分の肘を打ち込む。必然と男の体は下に沈む。その瞬間を狙って俺は走り出した。目指すは最初に入ってきた時の扉、ぶつかりそうになる人間を横に突き飛ばして、まっすぐ扉に向かう。振り返る勇気はない。扉を開けるとき、扉とは別にほとんど感じない重みがあった。その正体は最初に見たやせ細った子供であった。別に子供と関係があった訳じゃない。しかし俺はその子の手を掴み走り出していた。変わらない景色を走る。走る、走る。景色を抜けると丘があった。周りは山だが、走る道だけは少し開けていて、ハイキングコースにあるような細い丸太の階段が芝生に半分程埋もれていた。階段を上って下る。曲がりくねった道の先に駅が見えた。それは持久走でゴールしたような達成感とも言えない安心感。やっと終わると。

思わず足を緩めそうになったが、俺の足は一層と回転を早めた。理由は先程まで後ろに誰もいなかったはずなのに、男が並走してきていたからだ。染み出して、消えかかっていた恐怖が込み上げてくる。1度こぼした水は戻らない。そう、恐怖も染み付いてしまっては取れないのだ。走れ。走れ、走れ!走れ!!!そう自分に言い聞かせて。全力を超えた全力で走る。電車の扉が開いている、閉まる合図を意味するランプが点滅している。間に合えっ!

ぶつり、と視界が落ちた。





下半身に暖かい感触が広がった。ゆっくりと視界を広げると、いつもの見なれた天井。そう夢だった、これは夢だった。そう体と脳が認識した瞬間に深いため息をこぼした。怖かった。本当に怖かった。夢であったことの安心感とともに、この夢が何を暗示していたのか考えるのであった。


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