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妖子の剣士  作者: ゆゆ
25/27

人魔教会⑤

〜志乃sid〜


「追いかける…追いかける…!」


追川の剛肩から放たれた杭は凄まじい速度で志乃へと迫る。


(動かなきゃ…、次あの爆発を受けたらもう動けないかもしれない…。)


志乃は痛む体を無理やり動かすと、纏いを発動させながら杭から逃げるように走り出す。


しかし、追川の追尾の能力によって動かされている杭は、志乃のいた場所まで辿り着くと、志乃を追うように方向変えていつまでも追ってくる。


(くっ!!やっぱりあれを止めるには本体を叩くしかない…。どうする?どうすれば…!?)


「纏い」で走る速度と防御を上げている志乃からすれば、杭から逃げ続けているこの状態でも刻一刻と体力を削られ続けている。


この状況が続けば続くほど追い詰められていくのは志乃の方なのである。


「まだなの…?まだ逃げ続ける気なの!?いい加減大人しくやられなさいよ!!!」


ドガッン!!ドガッン!!


「ひゃぁ!!」


痺れを切らした追川がヒステリックに叫ぶと、今度は志乃の周辺で小規模な爆発がいくつも巻き起こった。


「いい加減にして欲しいのはこっちだよ!もう!」


追川が苛立ちを見せ始めてからというもの、杭以外にも空中の至るところで小規模な爆発がいくつも起きている。


おおかた、追川がつけている気味の悪い面が関係しているのだろうが、この爆発もかなり厄介だ。


今までは、追川の周辺や的外れな所で起こるだけだったが、先程から爆発する場所が志乃の周辺へと近づいてきている。


追川の様子を見るにコントロール出来ている様には見えないが、今の志乃には1発でもこの爆発を受けるわけには行かないのだ。


(もうこうなったら一か八か!どれだけ逃げ続けても刀が届かない位置で戦ってちゃ意味がない!)


志乃はくるりと方向転換をすると、もう一度追川へと向かって一直線に走った。


「来る…、また来るのね!?!潰してやる…、潰してやるから!!!」


追川は興奮した様子で、懐から杭を取り出すと志乃を睨みつけながら構えをとる。


(大丈夫…、冷静に。)


志乃がチラリと後方を確認すると、案の定杭が志乃を追って迫ってきていた。


(距離は十分にある!)


「はぁあ!」


ガギッ!!


志乃が振るった刀を追川が杭で受け止め、激しい火花が散る。


「潰す!潰す!潰す!潰すッ!!!」


追川は叫びながら志乃の刀を力で押し返すと、杭を突き刺すように志乃に振りかざす。


「斬ッ!」


しかし、志乃はそれを刀で弾き飛ばし、すぐさま追川を切るべく刀に力を込めた。

 

「嫌ッ!!!」


それは志乃が刀に力を込めた直後、刀が追川に到達するよりも前に、追川が放った前蹴りが志乃の腹部を捉え、志乃の体を後方に1メートルほど後ずらせた。


「うッ!!」


そして、その背後には迫り来る杭。


「当たれッ!!!」


追川はそう叫んだと同時に、奇妙なものを見た。


(何なのその表情は…!?)


絶対絶命のピンチに瀕している筈の志乃が、微笑んでいたのである。


目には闘志を燃やしたまま、口元だけがニヤリと笑っていたのだ。まるで勝利を確信したかのように。


次の瞬間、志乃は片足だけで立ち、もう片方の足は体と水平になるようにピンッと伸ばし、軸足でバランスを取りながら体を低い体勢に留めるような格好になった。


その姿はまるでバレエダンサーの様だ。


(まさかあの体勢で杭を避けて、杭を私に誤爆させようっていうの…!?)


追川は志乃の思考をほぼ正確(・・)に理解し、それをこの土壇場でやってのける志乃の機転と身体の柔軟性に驚愕した。


そして、それと同時に自分の勝利を確信したのだ。


「勝った…、勝ったわ!!!私の闘気は追尾よ、私に誤爆なんてする訳ないでしょう!!そんな格好で止まってちゃ、私の闘気の恰好の的よ!!」


追川は血走った目と不敵な笑みを浮かべながら、自ら自滅していく志乃を見下す。


しかし、


「まだだよ!!」


志乃はそんな声と共に、地面と水平になっていた体勢を、軸足をそのままに、炎を纏った刀を振るいながら、身体に縦の回転を加える。いわゆる、イリュージョンというやつだ。


「炎の舞・(かい) 流星火(りゅうせいか)ッ!」


志乃の体の回転の勢いのままに振われた刀は、纏った炎と共に宙に浮かぶ杭を巻き取り、炎に巻き取られた杭は炎に包まれたまま、追川の顔面へと一直線に投げ飛ばされた。


「う、嘘でしょ…。い、いやッ!来ないで!!!」


ドッガンッ!!!!


勝ちを確信し完全に油断しきっていた追川に、目前で進路を変え、高速で投げ飛ばされた杭を避けることなど出来るはずもなく、命中した杭は神成りの面を破壊すると共に追川の意識を刈り取っていった。


「がはッ…、」


追川はプスプスと頭から煙を上げながら、白目を剥いて後方に倒れる。


「か、勝った〜…!」


追川の意識が無いのを確認した志乃は、へにゃりとその場に座り込んだ。初めて、人との戦闘を経験してかなり緊張してしまっていたらしい、ここにきてどっと疲れが出てきてしまった。


「そうだ、ちゃんと逃げれないように拘束しとかなきゃ。」


今回の任務は人魔教会の人間を拘束すること、そしてその後には身柄を警察に引き渡さなければならない。


志乃は式札を使って式神を召喚すると、追川を拘束するように命令を下す。


(こま)ちゃん(志乃が名付けた名前)、この人を拘束してくれる?」


「ワンッ!!」


小さな子犬の姿で現れた志乃の式神、狛ちゃんに頭を撫でながらそう言うと、たちまち狛ちゃんは縄に姿を変えると、追川をぐるぐる巻に拘束した。


「ありがと!」


志乃が笑顔で礼を言うと、「ワンッ!」と狛ちゃんが返事をする。どうやら、縄に姿を変えても返事はできるようである。


(さて、これからどうしようか…。)


とりあえずは、目の前の問題を解決することができたので、これからどのように行動をするかを考える。


焔達と合流するのが先か、それとも一度追川を捕らえたまま、この建物をでるか…。


しかし、自分がどこに飛ばされたのかも分からないし、外から見ていた建物の外観と飛ばされたこの建物の中の広さが一致しないことから、別の場所に飛ばされた可能性もある。


それに、焔達が自分と同じようにこの建物内に飛ばされているのかも怪しいものだ。


「でも、現実的に私達を距離の離れた別々の場所に飛ばすことなんて出来るのかな…?」


そんなことをぐるぐると考えていたその時、突然地震でも起きたかのように建物全体がゴゴゴゴッという音と共に大きく揺れ始めた。


「な、何!?何が起こってるの!?」


揺れはどんどんと大きくなっていき、振動で視界も定かでは無くなっていく。


「きゃぁぁ!!!」


あまりの揺れの大きさに、志乃が悲鳴を上げた数秒後、先程までの揺れが嘘だったかのようにピタリと振動が止んだ…。









〜薫sid〜


「一体、ここはどこなの…?」


時は少し遡る。焔達がそれぞれ各々の場所へ飛ばされ、混乱し、戸惑っていた頃、この氷河薫もまた一人で建物内らしきどこかへ飛ばされ、自分に何が起きたのかを理解できずにいた。


周りを見渡してみるものの、薄暗く長い廊下が永遠と続いて見えるだけで、先程まで近くにいた筈の焔達5人の姿も見当たらない。


(まさか、別々に飛ばされてしまったのかしら…。だとしたら、かなりまずいわね。)


薫はこの状況に陥る直前、入り口で出会った奇妙な面の男の目が怪しく光ったのに一人気が付いていた。


(あの男の闘気だという可能性が高いけど、どうしてもあの面が気になるのよね…。)


そんなことを考えていると、薫はこの長く薄暗い廊下の先で、微かな話し声といくつかの足音がしているのに気が付いた。


(焔くん達かしら、そうだと良いんだけど…。)


足音から察するに、この何者達かは薫から遠ざかるように歩いているようだ。


ここでウジウジ考えていても仕方がないと考えた薫は、この何者達かに気づかれないようこっそりとついていくことにした。


(この声…、成人した男性が5人ね…。残念だけど、焔くん達じゃないみたい…。)


薫は忍び足で男達について行き、ようやくどのような人物が何人で歩いているのかが分かる距離にまで近づくことに成功した。


「ちぇっ!ま〜た、侵入者かよ。神成りの面が発動しちまってるよ…。」


「そうだよなぁ、何も見回り中に発動しなくてもさぁ。廊下が長くて牢屋に着かねぇよ。」


男達はそんな愚痴を言い合いながら、ふらふらと長い廊下を歩いている。


その男達の格好を見るに、どうやら人魔教徒の下位に位置する者達のようだ。


(神成りの面…?やっぱり、あの面が何らかの形でこの状況に関係していることは確かなようね…。)


薫はそんなことを考えながら、前を歩く5人組に気づかられないように、尾行を続けた。


何分くらいたっただろうか、薫が尾行をするのに少し疲れを見せ始めた頃、男達は目的地に着いたのか、一つの部屋の前で立ち止まった。


その部屋には、廃墟には似つかわしくない比較的新しい鉄製のドアが付いており、きちんと鍵もつけられているようだった。


(この部屋だけ、新しくドアを付け直したのかしら。すごく不自然…。でも、拉致した人達を捕らえているのだとしたら説明はつくわね…。)


薫は5人の男達全員が部屋に入って行ったのを確認すると、物音を立てないようにゆっくりとドアに近づくと、そっとドアを開いて中を確認した。


すると、中には縄で手足を拘束されて寝そべっている警察官らしき人影が3人と陽滅隊の隊員らしき人影がこれまた3人確認することができた。


どうやら、全員意識はあるようで魂が取られているような様子の人物は見当たらなかった。


(良かった…、どうやら皆とりあえずは無事のようね。)


薫はホッと胸を撫で下ろすと、今度はどのように捕まっている人達を救出するのか思考を巡らせ始める。


(相手は5人…、闘気を使う人間がいるかもしれないと考えると真正面から勝負を挑むのは得策じゃないわね…。)


コンコン


薫はドアを2回ノックすると、ドアが空いた時に影になる場所に息を潜める。


「ん?なんか今音がしなかったか?」


「ああ、おいお前ちょっと見てこい。」


「おう。」


そんな会話が部屋の中から聞こえてきて、一人分の足音がドアへと近づいてくる。


「まさか、侵入者じゃないだろうなぁ…。」


男はゆっくりとドアを開け、顔だけを覗かせて廊下の様子を確認している。


「なんだよ、誰もいないじゃ…。」


「はぁあ!」


薫は男が顔を出したのを確認すると、外側からドアを思いっきり蹴り飛ばした。


「ぐぁあ!!」


男はドアに挟まれた衝撃で意識を飛ばし、その場に倒れ込んだ。


「ど、どうした!?」


「誰がいやがんだ!!!」


男がいきなり倒れたことに驚いた残り4人の内の2人が、慌ててドアを蹴破って出てきた。


「氷結・凝。」


部屋から2人が出てきた瞬間、薫は闘気を発動すると瞬く間に2人を氷漬けにした。


「い、一体何が起こってんだ!?」


目の前で仲間が氷漬けにされ、いよいよパニックに陥った残りの男達は、咄嗟に腰の刀を引き抜く。


するとそこに、氷漬けにした男達を蹴りとばし、刀を持った薫が入って来た。


「こ、こいつ、陽滅隊の奴だ!」


「くそ!なんでここに!?」


「武器をその場に置いて投降なさい、そうすればああならなくて済む。」


薫はチラリと、氷漬けにさせた男達を見やる。


「ふ、ふざけるなぁ!」


「我らが神の為に!」


男達は耳を貸さず、刀を振り上げて薫に襲いかかる。


「そう、残念…。」


薫はそう呟くと、素早く峰打ちで男2人の意識を刈り取った。


「ふぅ…。」


「あ、あの…、君は…。」


薫が刀を納めて一息つくと、陽滅隊の隊員らしき人物が一人声をかけてきた。


「私は、白虎棟清水班の氷河です。皆さんの救出に来ました。」


「は、班!?ダメだ!君たちじゃ奴らには勝てない、奴らは闘気を使うんだ。せめて班を卒業した隊員でないと…。」


「安心を…、先輩方も同行されています。」(今頃どうなってるかは知らないけど…。)


「そ、そうなのか、良かった。」


「では、今から縄を解きますので一緒に来て頂けますか?」


「あ、そうだ!それよりも彼を先に助けてやってくれないか?」


隊員が視線を向けた方を見ると、部屋のちょうど死角になっていた場所にもう一人陽滅隊の隊員らしき人物が捕らわれていた。


「こ、これは…。」


見ると、その隊員は顔にあの奇妙な面、神成りの面をつけられており、その仮面の瞳が怪しく光っていた。


「彼は奴らに無理矢理その面をつけられ、何らかの能力を発動させ続けられているんだ…。早く助けてやらなきゃ、日に日に衰弱してきてる。」


「これが神成りの面ね、何か怪しいとは思ってたけど…。発動させられてるのは彼の能力ですか?」


「いや、多分違うと思う。奴らがこの面で建物の構造を変えるだとかなんとか…。詳しくは分からないけど、彼がそんな能力じゃないことは確かだ。」


「なるほど、それで外観と内装が一致しなかったのね。とにかく、こんなもの強制的につけられて平気な訳ないわよね…。」


薫は一連の謎に納得するように頷くと、腰の刀を引き抜いた。


「ちょ、ちょっと君!何をする気だい?」


「仮面を破壊します。どれだけ危険なものか分かりませんので。」


薫はそう言うと、仮面をつけられた隊員に刀を振るった。


「ひぃいッ!!」


周りがそんな声を上げた直後、仮面は綺麗に真っ二つに切れ、音を立てて地面に落下し、瞳に宿っていた怪しい光は何事もなかったかのように消え失せた。


そしてそれと同時に、建物全体が音を立てて大きく揺れ始めた。


「仮面を破壊すると、能力は解除されるようね…。」


「な、なんだ!?何が起きてるんだ?」


「良いですか?今から縄を解きますから、他の皆さんの拘束を解いて連れてきて貰えますか?」


「あ、ああ、分かった!」


「他にも捕まってる方は?」


「俺たちで全員だよ。」


「ここは何階か分かりますか?」


「ここは地下の筈だ。」


「十分です。行きましょう!」


数分後、地震が起きたのかと錯覚するほどに揺れていた建物全体が、まるで何も無かったかのようにピタリとその動きを止めた。








〜焔sid〜


「チッ、地下の仮面が破壊されたか。まさか、見失ったもう一人が地下に飛ばされていたとはな…。」


廃墟全体が揺れ始めた瞬間、咄嗟に状況を理解した軌道は、すぐさま司祭を安全な教壇の下に押し込むとそう毒づいた。


侵入者達と交戦していた筈の副助際達が敗北するとは思えないが、最悪の場合を考えると自分が複数人同時に相手をしなければならないことも考えられる。


「面倒な…。」


念のため、あのしぶとい焔とか言う陽滅隊隊員の様子も確認する。


(ふん、意識も無しか。まぁ、あれだけ光弾を食らって立っていたのが不思議なくらいだがな…。)


軌道が倒れた焔を見下ろし、そんなことを考えていると、仮の聖堂として使っていたこのホールの入り口の方から何人かの足音が近づいて来ることに気がついた。


(これだけ奉仕をしてるんだ。神は俺達に味方してくれるんだろうな…?)


軌道は数秒後には開かれるであろう扉を見やり、眼光を鋭くする。


ガチャリ


このホールへと続く扉がゆっくりと開く。


「焔!無事か!!」


現れたのは響に肩を担がれた状態の大地、それぞれに傷を負った志乃、桜、陽太、そして薫の姿だった。


また、その背後には縄で縛られ無力化された副助際4人の姿もあった。


「お前たち…。」


「すまねぇ、大信(たいしん)…。やられちまった。」


軌道が思わずこぼした声に、唯一意識を保っていた源藤が応える。


大地達6人がこうも早く合流を果たし、ここにたどり着いたのには理由がある。


元の構造に戻った廃墟はいくら大きな建物とは言え、いくつかの部屋と廊下の続く単純な構造だった為、比較的簡単に合流することが出来たのだ。


ちなみに捕まっていた警察官と陽滅隊員、戦闘不能になった先輩隊員達は一足先にこの廃墟を出てもらった。


「お、お前は入り口で会った仮面野郎だな!それに、後ろに知らないおっさん!?」


大地は鋭い眼光でこちらを睨みながら立ちすくんでいる軌道を見つけるとそう啖呵を切った。


「そうだが?」(チッ、最悪のシナリオが現実になったか…。)


「お前、焔を一体どこに飛ば…!」


「ほ、焔ッ!?」


大地がそこまで言いかけた時、志乃の悲鳴がそれを遮った。


志乃はその瞬間、軌道の足下で横たわる焔の姿を見つけたのだ。


そして、その志乃の悲鳴はその場にいる清水班と柊木班の全員にピクリとも動かない焔の姿を気づかせた。


「う、嘘…!?ホムくんッ!!!!」


「ダメだ!雛形さん!」


思わず駆け寄ろうとする桜を陽太が咄嗟に引き止める。


「蠱毒さん、離して!!」


「焔くんをあんなに風にしたのは間違いなくアイツだ!不用意に近づくべきじゃない!」


尚も焔に駆け寄ろうとする桜を陽太が必死で引き留める。


「いい判断だ、紫の。少しでも近づけば俺の光弾で貫いてやるところだった。」


軌道は表情を崩さないまま、挑発する様にそう告げる。


「ごめんなさい…、蠱毒さん。ちょっと、冷静さを欠いていたみたいです。もう大丈夫ですから、あの人とは私にやらせてください。」


桜は引き止める陽太の手をそっと降ろすと、軌道を睨みつけながらそう言った。


「そ、それなら私も…。」


今度は志乃が痛む体を庇いながら桜と同じく前に出る。


「ダメです、志乃さん…。傷だらけの志乃さんを一緒に戦わせる訳には行きません。何も私は怒りだけであの人と戦うんじゃありません。皆さんの怪我の状態も見た上で私が適任だと思ったから名乗りを上げたんです。」


「で、でも…。」


「雛形さんの言う通りよ、志乃。そんな傷で無理しちゃダメ。志乃はそこでゆっくり体を休めておきなさい。」


「か、薫ちゃんまで…。」


流石に薫にまでそう言われてしまっては、志乃も引き下がるほか無くなってしまう。


「でも、その代わり…。私も一緒に戦うわ、雛形さん。私は、上位の人魔教徒と遭遇していないから傷なんて無いし、闘気もほとんど消費していない。それならいいでしょう?それに、あの人1番厄介そうだし…。」


「わ、分かりました。それじゃあ、薫さんよろしくお願いします。」


桜は一人でやりたかったのか、若干不服そうではあるが今はそんな事を言っている場合ではないので薫の提案を承諾した。


「おっ!ちょっと待ってや。そういう事なら俺も参加させてもらうわ。」


「えっ、稲葉さんまで!?」


「なんや、雛形!その不服そうな顔は!俺も鍵垢に遅れをとったとは言え、初見殺しで一気に無力化されたからなぁ。体力は有り余ってんねん。な?氷河さんもそれやったらええやろ?それに2人より3人の方がいいに決まってる!やろ?」


「ええ、私は構わないけど。」


「むむむ、氷河さんがそうおっしゃるなら…。」


「よっし!二人ともありがとうな。」


こうして、響も大地を陽太に預けると桜と薫に並び立った。


「ようやく話がついたか?来い、まとめて相手をしてやる。」


軌道が刀を引き抜き構えを取ると、3人もそれに合わせて刀を構える。


ホール全体にピリピリとした空気が流れ、十字架の前で跪いてブツブツと祈りを捧げる司祭の声だけが響いている。


場の緊張感が最高潮に達し、今まさに戦いの火蓋が切られようとしたその瞬間…、


ボォウ!!


突然、意識を失っていたはずの焔の体から大きな炎が燃え上がった。


「ホムくん!?」


桜が驚いた様子で声をあげると、それに応えるように焔がゆっくりと立ち上がった。


「待ってくれ、みんな…。軌道は俺にやらせてくれ!」


「こいつ…、まだ立ってくるのか…!?」


軌道はあれだけ痛めつけたはずの焔が立ち上がったのを見て、目を見開いている。


「ダメ!ホムくん!!そんな傷で戦わせられない!」


「頼む、桜。俺、軌道と決着を付けたいんだ。」


「で、でも!」


「頼む。」


焔はいつになく真剣な表情で真っ直ぐに桜を見つめる。


「う、うぅ…。そ、そこまで言うなら…、仕方ないなぁ…。」


桜は焔に真っ直ぐに見つめられ、少し顔を赤らめながら承諾してしまう。


「ありがとう、桜…。って事で、響と薫もいいか?」


「俺はまぁ、ええけど…。」


「私もいいわ。どうせ焔くん、何言ったって諦めなさそうだし…。」


「あはは…、バレてたか。まぁ、でもサンキューな!」


焔は困ったように笑いながら、薫と響にお礼を言う。


「志乃!」


そして、焔はそのまま桜達の後ろで座りながら休息している志乃に声をかける。


焔は志乃と目が合うと、うんとひとつ頷いて、そのまま軌道に向き直る。


「焔…、アイツまさか…。」


「ん?志乃ちゃん、どうかした?」


志乃が思わず呟いたのを聞き、陽太の肩から下ろされ志乃の横に同じように座っていた大地が志乃に尋ねる。


焔の表情から焔の考えを正確に読み取っていた志乃は、薫に目で合図を送って近くに呼ぶと薫と大地にしか聞こえない声で自分の推測を話した。


「焔、多分九尾の力を使う気だと思う。」


「「!?」」


薫と大地が驚きの表情で、焔の背中を見やる。


「軌道。こっからの俺は本気の本気でやるからな。」


「ほぉう、今までは本気じゃなかったとでも言うつもりか?」


「まぁ、見てろ。」


焔は刀をダラリと降ろしたまま、目を瞑って集中し始める。


一尾(いちび)妖化(ようか)。」


焔はゆっくりと息を吐き出しながら、より集中を高めていく。


すると、数秒もかからぬ内に焔が纏っている赤い闘気がみるみる大きくなりその形を変えていく。


「焔くんは一体何を…。纏いの大きさがどんどん大きく…、いやあれは()そのものか?」


陽太が混乱するのも無理はない、通常陽滅隊員は氣(纏い・闘気)をここまで大きく膨らませることはない、なぜならそんな事をするメリットがないからだ。


纏いは体を薄く覆うのが良しとされているし、闘気は刀には纏えど自分自身に纏うことはほとんどない。それに、もし焔が闘気を纏わせているのだとすれば炎が上がっていなければおかしい。


しかしながら、このセオリーは焔には当てはまらない。なぜなら、焔は今、氣ではなく妖気を扱っているのだから。


「ふぅー。」


いよいよ、焔の体を包み込んだ九尾の妖気は今度はゆっくりと収縮していき、まるで「纏い」のように薄く焔の体を覆っていく。


一つ「纏い」と違う点があると言うならば、頭上には二つの獣の耳のような形に、お尻のあたりからは一本の尻尾のような形に赤い妖気が形を留めていることだ。


「うし!」


焔の体を巡っている氣を少しずつ妖気へと切り替える作業が終わり、今の焔の全身には妖気が巡っている。


「纏いの形を変えただけに見えるが?」


「まぁまぁ、見てろって!」


焔は訝しむ軌道に笑いかける。


二尾(にび)狐火(きつねび)。」


焔がそう呟くと、纏っていた赤い妖気がフッと消失し次の瞬間、今度は蒼色(あおいろ)の妖気が焔の体を覆う。


形作られた獣の耳はそのままに、尻尾が2本に増えていた。


そして、蒼色に変わった妖気に反応するように赤く染まっていた焔の羽織が同じ蒼色に変わる。


「これは…!?」


「焔くんは一体何をしたんだ?」


「大地、焔は何をしたんや?」


軌道はもちろんのこと、事情を知らない柊木班の3人も驚きの声を上げる。


「え…、えと、あれは…だな。」(志乃ちゃん!どうしよう!これなんて言えばいいんだ!?)


響に尋ねられた大地は、焔の体質を言う訳にもいかず、冷や汗をかきながら目で志乃に助けを求める。


(そんな目で見られても…。私だってなんて言えばいいか分かんないよ〜!)


志乃も困った顔で薫に目線を送る。


「焔くんは「色持(カラーホルダー)ち」の中でも特に珍しい「二色持ち」なのよ。」


「二色持ち!?それって稀にいる異なる二つの闘気を併せ持つ奴のことやろ!?」


「本当に居るんだ、二色持ちって…。」


「嘘でしょ…、ホムくんがそんな…。」


薫の説明を受け、柊木班の面々はまたもや驚きの声を上げる。


氣を操る術者には氣に色が付いている者とそうでない者の2択しかいない。


そして、氣を操る者達の中では前者を「色持(カラーホルダー)ち」と呼ぶ。また、術者の中に稀に現れる異なる二つの氣を併せ持つ者を氣を色に例えて「二色持ち」と呼ぶのだ。


「二色持ち…?今まで温存してたって言うのか。舐めすぎだ。」


「ま、まぁ、そんなとこだ…。」(なんかよく分かんねぇけどナイス!薫!)


薫の機転により、なんとか焔の体質を誤魔化すことができた清水班の面々は内心ホッと胸を撫で下ろす。


羽織りが妖気に反応して色が変わったのが、「2色持ち」の特徴と一致し、嬉しい誤算になったようだ。


「まぁいい、お前が2色持ちであろうがなんだろうが俺に勝つ理由にはならん。こちらにも負けられん理由があるんでな。」


軌道はチラリと後方の司祭に目をやると、再び神成りの面を装着する。


「へへ、そうこなくっちゃ!お前らがやってきた事全部引っくるめてその仮面ごとぶっ潰すッ!!」



人魔教会編、今回で終わるつもりがまだ終われませんでした、すいません!


焔の九尾モード楽しみ!!と思った方は評価・コメント等お待ちしております!!!

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