柊木班
〜焔・大地Sid〜
鮫頭兄は混乱していた。
一体、何が起こったのか?人間達はどこに行ってしまったのか?何よりもここは一体どこなのか?…
原因はなんとなく分かっている。あの女だ。
いつの間にか現れたあの女、あの女が刀を振るったと思ったらいつの間にかここにいたのだ。
ここは辺り一面の花畑。色とりどりの綺麗な花が心地よい風に揺られている。一度呼吸をすれば甘くて芳しい匂いが鼻をくすぐっていく。
思わず花畑に足を踏み出した時、鮫頭兄はすでに先程まで頭を巡っていた疑問のことなどは全て忘れ去っていた。
もともと、この妖魔には疑問の答えに辿り着くほどの知能など備わっていなかったのだが…。
少し、歩いて行くと一際目を引く一輪の花を見つけた。何に目を引いたのかと言われれば、分からないがその花だけが特別輝いて見えたのだ。
鮫頭兄は導かれるようにその花へ向かってゆっくりと歩いていく。
そして、ついにその花に辿り着き花に向かって手を伸ばす。すると、突然視界がグラグラとおぼつかなくなった。体は動いていない筈なのに視界だけが下へ下へと落ちていき、目の前にあったはずの花がはるか上へと遠ざかってみえた時、プツンと意識が途絶えた。
〜薫Sid〜
「はぁ!」
この状況に陥ってから何度目かの攻撃を受け流す。
泳ぐ速度を利用して凄まじいパワーとスピードで弾丸のように突っ込んでくる。シンプルで単調な攻撃だが、だからこそ何よりも厄介だった。
氷で拘束しようにも、あのスピードとパワーでは拘束する前に氷を壊されて、終いである。
実はこの攻防の最中、いくつか攻撃を当てることには成功していた。氷で生成した鋭い氷柱を狙いを定めて発射したのである。
しかし、何故かこの妖魔にはひるんだ様子も見られなかった。元々この妖魔が頑丈なのか、はたまた別の理由なのか。
相手の攻撃を防ぎながら自分の足場まで確保しなければならないこの状況では確かめることも出来ずにいた。
(このままでは、確実に負ける…。何か策は…)
こんな時、あの人ならどう切り抜けるだろうか…。一瞬その無愛想な顔を浮かべてすぐに振り払う。
こんなことを考えるだけ無駄だろう。何故なら、あの人ならばこのような状況に陥るようなヘマはしないからだ。
何故、私は出来ないのだろう。私もあの人と同じか…、いや違う。全く同じではなかった。私は違う。
あの人と私は赤の他人なのだから…。
「シャー!」
そんなことを考えているうちにまた鮫の妖魔が襲ってきていた。
「こんなこと考えてる暇じゃなかったわ…。」
薫は外れかけた意識を再び妖魔との戦いに向けた。
(とにかく、この状況を抜け出すことからね。)
薫は、今いる湖の上から一番近くにある岸をチラリと一目で確認する。
それからこの状況から脱するための作戦を行動に移した。
「氷結・凝。」
薫は、自らと妖魔の間を遮るように大きな氷の塊を創り出した。
「氷…潰すだげ…意味…ない…。」
鮫頭弟は宣言通りにパワーとスピードを維持したまま、氷の塊を粉々に粉砕した。
「あで…いなぐなっだ…。」
鮫頭弟は、氷の塊が視界を塞ぐ前は確かにそこにいたはずの薫の姿がなくなっていることに気付く。
そしてその瞬間、鮫頭弟は死角から近づいていたいくつもの氷柱に気づくことが出来なかった。
「ギャウッ!」
見事に命中した氷柱は鮫頭弟の体勢を崩し、そのまま湖へ叩き落とした。
鮫肌のお陰で大したダメージはないが、いくつもの氷柱を一度にくらったため、体勢を崩してしまったのだ。
(上手くいったわね。後は妖魔が来る前に岸に…。)
薫は氷結・凝を発動した直後、一直線に一番近い岸へと走っていた。
いや、正確に言えば滑っていただろうか。
岸へと続く氷の道を創りながら、足袋の足裏にこれまた氷で創ったスケート靴についているようなブレードをつけて、高速で氷上を滑りながら岸へと向かっていたのだ。
(岸にさえ上がってしまえば、あの妖魔も上がらざるをえないでしょうし、こちらもやりようはある。)
今、なによりも重要なことは捕まらないことだ。
捕まってしまえば、なすすべなく水中に引きずり込まれてしまうだろう。闘気はかなり消耗してしまっているし、周りに足場も創っていない。
かなりリスクは高いが、あのまま闘気を消耗し続けるよりはマシだと思ったのだ。
どんどんと岸が近くなり、あと5回ほど足を交差させれば岸に辿り着く距離になったとき、何かに足を引っ張られる感覚がして、それ以上先に進めなくなってしまった。
「ほんとに速いのね…、あなた…。」
動かなくなった右足を見下ろすと、湖から突き出た太い腕が薫の右足をがっしりと掴んでいた。
「しょぜん…人間…、こざがじい…真似…むだ…。」
鮫頭弟は勝ち誇った気味の悪い笑みを浮かべると、ゆっくりと薫を引っ張り、水中に引きずり込もうとする。
当然、薫が鮫頭弟の力に抗えるはずもなく少しずつ引きずられていく。
(ここから脱するのほぼ不可能…。水中でこの妖魔より優位に立てるものは…?)
絶体絶命の状況に流石の薫にも冷や汗が流れ、どう切り抜けるべきか、頭をフル回転していた時、対岸からピカッと何かが光るのを目の端で捉えた。
(今何か光った…?)
ゴロゴロッ!!
そしてその直後雷のような音が鳴り響き、何かがこちらへ一直線に飛んで来た。
「おっ、おったおった!見つけたで、鮫頭!」
現れたのは、黄色に黒のインナーカラーが入った髪に、黄色い羽織を羽織った青年だった。
関西弁と耳元でキラリと光るの雷型の耳飾りが印象的な青年だ。
「人間…どごがら…来だ…?」
いきなり現れた青年に驚いたのか、鮫頭弟も思わず水面から顔を出す。
青年はチラリと薫を見ると、状況を察したのか飛んで来た勢いのまま、上手く薫を掴んでいた鮫頭弟の腕だけを切り落とした。
「ギャァ!!」
薫が対岸の光を見てから青年が腕を切り落とすまで、この間僅か5秒ほどである。
鮫頭弟も鮫肌に変えている暇がなかったのだろう、見事に腕を切り落とされてしまった。
青年はそのまま岸まで飛んでいくと、岸のへりに足をつけて体勢を入れ替えると、へりを蹴り飛ばして返ってきた。
「そこの人!危ないから岸戻っとき!」
青年が薫に向かって声をかけてくる。
一瞬の出来事に、何が起こったのかよく分からなかったがこの青年が助けてくれたのは確かなようである。
薫はとりあえず青年の指示に従うことにした。
青年は薫が岸に着いたのを横目で確認すると、刀に闘気を纏わせ、鮫頭弟に振り下ろした。
「鳴雷・斬 流電ッ!」
「シャー!!」
鮫頭弟は残った片方の腕で青年の刀を防ぎ、激しく火花を散らす。
「なんや、思ったより硬いな。でも、水に浸かってる時点で勝ち目はないで!」
青年はさっさっと力比べに引くと、刀の切先を湖につけた。
バリバリバリッ
その瞬間湖に電流が一気に流れこみ、当然湖に浸かっていた鮫頭弟は感電してしまう。
「ギギャー!!!」
鮫頭弟は断末魔の叫びをあげると、まる焦げの体に白目を浮かべてゆっくりと湖に沈んでいく。
鮫頭弟自慢の鮫肌でも流れる電流には意味を成さなかったようである。
「任務完了!って、あれ…?」
バシャッン!!
キメ顔で言ってはみたものの、自分が湖の上にいたことを完全に忘れていたようである。
この決めきれないところも、彼のチャーミングポイントでもある。
「ふー、失敗した失敗した!結構濡れてもうたな。」
「さっきはありがとう。助かったわ。」
湖から上がってきたその青年に薫が声をかける。
「ああ、気にせんとって!アレ、元々俺らの依頼対象やったから。」
「そうだったのね。君も陽滅隊の隊員よね?私は、白虎棟清水班の氷河薫。」
「俺は白虎棟柊木班の稲葉響や。よろしく!」
「ええ。それはそれとして、少し動かないでいてもらえる?」
薫は急に真剣な表情をに戻り、刀に手をかける。
「え!?ちょ、ちょちょ、どないした!?」
「動かないで。」
戸惑う響にも取り合わず、薫は居合のように刀を引き抜いた。
「氷結・斬。」
「ひっ!」
底冷えするような冷気が響の横をすり抜けていく。
その直後、ドサッという音が背後から聞こえ振り向くと、さっき倒したはずの鮫頭弟が凍らされた上に真っ二つになって倒れていた。
「あっははは…、びっくりした…。」
「まだ祓えていなかったみたいね。」
「もしかして、俺の助けいらんかったんじゃ…。」
「まさか、来てくれて助かったわ。」
そう言って、焔達の元へと戻る薫の背中を見つめながら、苦笑いをする響だった…。
〜志乃sid〜
(体が…動かない…。)
志乃はこの戦い最大のピンチを迎えていた。
肩に大百足の毒牙を受けた志乃は、体に毒が回り麻痺をしたお陰で指一つ動かすことも出来ずに倒れてしまっていた。
その上、大百足は倒れる志乃の目前まで迫っており、いつとどめを刺してやろうかと待ち構えているのだ。
(なん…とか、動かさない…と…。)
志乃は一生懸命に体を動かそうとするが、大百足の強力な毒をまえにどうすることも出来ない。
「ギギギギ」という大百足から出る気味の悪い音が頭上から聞こえ、いつとどめを刺しに来るか分からない状況のため、防御の纏いを最大にしているとはいえ、それもいつまで持つものか。
そして、遂に大百足が志乃にとどめを刺そうと自慢の毒牙をさらけ出す。片方は志乃に切り落とされてしまったものの、もう片方の牙は今も健在であった。
「ギギギッ!」
大百足は口についた大きな毒牙を志乃に向かって突き立てた。
大百足の牙は志乃の肉体を貫き、大量の血が辺りに飛び散り、志乃は絶命する…、はずだった。
「間に合ってよかった…。」
しかし、大百足の牙が捉えたのは志乃の肉体ではなく、飛び込んで来た何者かの刀だった。
「ギ…ギギ…」
大百足は牙を何者かの刀に止められると、瞬時に身を翻して飛び退き、その何者かから距離をとった。
この刀は危ないと大百足の本能が大きく警鐘を鳴らしたのだ。
また、この大百足の判断は正しかったと言えるだろう。何故なら、あと数秒大百足の反応が遅れていたならば、絶命していたのは大百足の方だったからだ。
「大丈夫…ですか?」
志乃の顔を覗き込むようにそう声をかけてきたのは、
童顔で青白い顔に紫色の髪で、紫色の羽織を羽織っている気の弱そうな青年だった。
「あなた…は?」
「ああ…、えっと…。陽滅隊、白虎棟柊木班の蠱毒陽太…です。」
陽太はそう自己紹介すると、何かを懐から取りだすと志乃に差し出した。
「えと、これ飲んでください。大百足の毒ならこれで解毒できますから。」
「ありがとう…、助かる。」
「じゃあ、僕は大百足を祓ってくるんで安静にしててください。」
「ちょっと、待って…。申し訳ないんだけど…、私動けないから飲ませてくれないかな…?」
「え…。」
ちょうど、立ち上がろうとしていた陽太は志乃の言葉を聞いてピキッと固まると、みるみる顔を青ざめさせた。
「それ、僕に言ってます…?」
「うん…、今陽太くんしかいないし…。」
「いやいやいや、僕にそれはハードルが高いっていうか…、畏れ多いっていうか…、僕女性に触ったことないし…、その…。」
うつ伏せの状態で倒れている志乃に解毒薬を飲ませるには、どうしても志乃を抱き抱える必要がある。
若干、人見知りも入っている陽太にはハードルの高いものだった。
「お願い…、目閉じとくから…ね?」
「いや、そう言う問題じゃ…。」
結局、陽太はより顔を青くさせながら志乃に解毒薬を飲ませた。
志乃が目を閉じていたせいで、より背徳感が増してしまったと感じたのはここだけの話である。
志乃を楽な体勢で寝かせてあげると、陽太は大百足を祓うべく、未だに陽太を警戒し威嚇している大百足のもとへ歩いていった。
「結構硬そうだな…、でも、一箇所だけ砕けてる部分がある、あの娘がやったのか…」
あの細っこい体で大百足の体を破ったとは驚きだ。
「あそこからなら、僕の闘気も使いやすい…。」
陽太は狙いを定めると、真っ向から大百足に戦いを挑んだ。
「ギギギギッ」
志乃からのダメージが残っているとはいえ、大百足のトリッキーな動きは健在で、なかなか隙を見せてはくれないようである。
「この動き厄介だな…。」
何度か攻撃を仕掛けてはみるものの、グネグネと曲がる体で避けられてしまい、逆にこちらの予想外のところから攻撃を仕掛けてくる。
しかし、陽太はこの攻防の中で大百足のクセを見抜いていた。大百足は異常なほどに陽太の刀を警戒して動いているのだ。
これは陽太の闘気に関係するもので、警戒して然るべきなのだが、その警戒こそが大百足の隙に繋がると陽太は考えたのだ。
「最初に垂れ流してたのが効いたかな…。」
大百足のクセに気付いた陽太はわざと刀を大振りに振ることによって警戒を促し、そこに出来た大百足の隙をつくと、未だ痛々しく残る傷に向かって闘気を纏った刀を突き立てた。
「紫毒・突。」
陽太の闘気は簡単に言うと、毒を生成する能力だ。陽太の闘気から生成される紫毒は陽太が闘気で調合した固有の毒であり、世界には存在しない代物だ。
ちなみに、志乃に先程渡していた解毒薬も陽太の能力で調合したものだ。
刀の切先から紫毒を流し込まれた大百足は、まもなく生き絶え黒い霧となって消えた。
「ふー、なんとかなった。」
大百足が消えるのを見届けると、陽太は肩の力を抜くと一呼吸ついた。
倒れていた娘が一矢報いていたお陰で大したことない自分でも大百足を倒すことが出来たと胸を撫で下ろしたのだ。
そう陽太は見た目通り気弱…、と言うよりは全く自分に自信のない自己肯定感皆無男子なのだ。
「陽太くん!すごい、大百足倒したんだね。」
「いや、たまたまだよ。」
「そんなことないと思うけどなぁ〜。あ、薬もありがとう!すぐ動くようになっちゃった。」
「君の回復力がすごいんじゃないかな?」
「そんな謙遜しなくていいのに。でも、本当にありがとう!すっごく助かった。」
「ど、どういたしまして。」
陽太は少し照れ臭そうに頭をぽりぽりとかいた。
「あ、薫ちゃん達を助けに行かないと!」
志乃は思い出したように声を上げると、湖の方へ走り出して、また立ち止まり振り返った。
「私、白虎棟清水班の千景志乃!さっきはありがとう。じゃ!」
志乃は最後にニコリと笑うと、陽太に背を向けて走り出した。
「眩し…。あ、そういや稲葉くん達が援護に向かったって言うの忘れたな…。」
こうして、二人の大百足との戦いは終わりを迎えた。
〜焔・大地sid〜
「華栄・姫金魚草」
焔と大地は不思議な光景を見ていた。
桜と名乗った少女が刀を振るい、甘い香りが辺りを包んだかと思うと、それまでドヤ顔でふんぞり返っていた鮫頭兄が突然糸が切れたように動かなくなった。
目の色は消え、腕を垂らしながら、立ってはいるものの指一つ動かさなくなったのだ。
「何が起こってるんだ?」
「アイツなんもしてねぇよな?」
一体何が起こっているのか、当の桜はと言えば刀を振るって以降、特に何かしているような様子はない。
すると、それまで微動だにしなかった鮫頭兄がゆっくりと桜に向かって歩き始めた。
相変わらず目に光はともっておらず腕も垂れたままだが、何かに導かれるように真っ直ぐに歩いてくる。
「おいおい、こっちに歩いてくるぞ!」
「なあなあ、アイツこっちきてっけど大丈夫か?」
「はい、もう終わってますから。ご心配ならさらず。」
「終わってる?」
桜は表情一つ変えずに鮫頭兄を見据えている。
「もう終わっている」とまで言うくらいだ、余程の自信があると見える。
その間も鮫頭兄はゆっくりと近づいてきており、遂に桜の目の前でピタッと止まった。
「本当に大丈夫なのか…?」
大地は思わず刀に手を添えてしまう。
それもそのはず、先程まで大暴れしていた鮫頭兄が目前まで迫っているのだ警戒するなと言う方が異常なのである。
そして、鮫頭兄は桜へとゆっくりと腕を伸ばす。桜を見ているようで違う何かを見ているような、そんな印象を焔と大地は鮫頭兄に感じていた。
「斬。」
シュッ//
鮫頭兄の手が桜に届くかと思われた時、遂に桜は刀を振るい鮫頭兄の首を綺麗に切り落とした。
そしてそのまま、鮫頭兄は黒い霧となって消えた。
「ね?」
刀をしまって、ニコリと微笑みながら振り返る桜を焔と大地は呆然と見つめるばかりだった。
「お前すごいな!!さっきの何したんだ!?全然分かんなかったぞ。」
「美しくて強い…、ああ好きだ…」(空をあおいで)
「ああ、ありがとうございます。私の闘気はちょっと特殊で…、一言で言うと花の闘気なんですけど。」
「へ〜、そんなのがあるのか。なんかいい匂いしたもんな!」
「ああ、闘気すらも華やかだ…。」(虚空を見つめて)
「ああ、コイツのことは気にしなくていいぞ。」
「は、はあ…。」
鮫頭兄がなんの抵抗もすることなくやられてしまうという衝撃的な光景を見せられた焔と大地は興奮気味だった。
「あ!?そういや薫と志乃は?」
焔は思い出したとばかりに仲間の元へ走り出そうとする。
「ちょっと待ってください。お仲間のところにも私の班の者が向かってますので、大丈夫ですよ。」
「そうなのか!?良かった、助かるよ!ありがとな、えっと…。」
「桜。雛形桜です。」
「そうそう、桜!ほんと助かった、ありがとう。ってそういや俺たち名前言ってなかったな。」
焔は今更ながら自分達が名乗っていないことに気がついた。
「俺たちは二人とも白虎棟清水班で…。」
「私達と同じ白虎棟で同期なんですね。」
「おう!そんでこっちの惚けた奴が寺門大地。こんなだけど、結構頼りになる。」
焔は未だにどこか上の空の大地の背中をバシバシ叩きながら言う。
「で、俺は千景焔。よろしくな!」
焔は笑顔で自己紹介すると桜に右手を差し出す。
「え!?今、なん…て?」
しかし、何かに驚いた様子の桜は握手に応じず、戸惑ったような様子で焔を見ている。
実はいま桜は、名前を聞いて初めて焔の顔をしっかりと見ていた。
普段、極力人と深く関わらないようにしている桜は、話はするものの目を合わすことはほとんどなく、話したことはあるが顔を覚えていないことなどは常だった。
それも、男性となると特に顕著だった。見た目だけですり寄ってくるような男が大半だったからだ。
同じ班の稲葉と蠱毒でさえ、最近になってようやく顔を覚えたところだ。
そんな桜がなぜ名前を聞いただけでこのような反応をしたかといえば、その名前がとても聴き馴染みのある名前だったからだ。
「うん?どうした?」
「か、顔をよく見せて!」
桜は焔に顔を近づけ食い入るように焔の顔を見つめる。余程、興奮しているのか先ほどまでの丁寧な敬語も鳴りを潜めてしまっている。
一つ一つの動きが優雅で、お淑やかな印象だったのだが、違ったのだろうか。
「俺の顔なんかついてる?」
そこまでして桜は確信した。
ああ、この人だ…。
「…くん。」
「え?」
桜がボソッと言った言葉を焔は聞きとることが出来ず、聞き返す。
「ホムくん!!会いたかった!!」
「ぐえっ!」
今度ははっきりと聞こえる声でそういうと、桜は思いっきり焔に抱きついた。
「ちょ!え!?」
戸惑う焔にもお構いなしに、桜は胸に顔を押し付ける。
「会いたかった、会いたかったよ〜!」
桜は少し涙目になりながらそう連呼する。
それもそのはず、長年会えていなかった想い人にようやく会うことができたのだ。興奮しない方がおかしい。
幼い頃の記憶だが、しっかりと憶えている。この懐かしい匂いと僅かに残る面影。間違いない、この青年こそが長年待ち続けた、桜のただ一人の幼馴染、千景焔その人である。
「お、落ち着けって!」
焔はどうにか桜を引き剥がそうとするが、全く離れようとしない。
大地は大地で焔に抱きつく桜を血の涙を流しながら、恨めしそうに見つめるだけで助けてくれる気配はない。
「焔くん達無事だったのね。」
「焔ー!大地くん!無事?」
また、運の悪いことにちょうど響を連れた薫と、陽太を連れた志乃が戦いを終えて戻って来てしまった。
「まぁ。」
「ちょ、ちょっと、焔なにしてんの!?」
「雛形さんってこんなことするキャラだっけ…?」
「いやいや、こんな雛形見たことないで!?ましてや、自分から抱きついとるみたいやし!」
戻って来た4人も謎の状況に驚きを隠せないでいる。
「い、いったん離れよう!な?」
「ぶー。」
焔はなんとか桜を引き剥がすことに成功したが、桜は不満らしくプクっと頬を膨らませている。
まさしくカオスでよく分からない状況だったが、清水班の4人と柊木班の3人が一堂に会して、初対面の者もいるため、改めて全員が自己紹介をしあった。
「なるほど。柊木班の依頼対象だったあの妖魔達に私たちが運悪く出会ってしまったというわけね?」
「おう、それで間違ってない。俺らも急いで来てみたら先に誰かが戦っててびっくりしたで。」
簡単に状況のすり合わせが済むと、すぐに話題は焔と桜に矛先が向いた。
「で?二人の関係は?」
「そうやで!しっかり聴かせてもらわんと。」
薫が話を切り出すと、皆の視線が二人に向く。
「いや、そう言われてもな…。俺たち初めて会ったと思うんだけど?」
「私のこと覚えて無いんですか?まぁ、私もさっきまで気づきませんでしたけど…、でも焔くんのことは忘れたことありません!」
桜は少し寂しそうに言う。
「彼女はこう言ってるけど?」
「ぬぬぬ…、俺じっちゃんの家の村からほとんど出た事ないはずなんだけどな…。」
どうやら、焔は本当に思いあたる節がないようである。
「まぁ、覚えてないのも無理ないと思います。私達が一緒にいたのは10年も前のことですから…。」
「10年前って言ったら、5歳くらいの時かしら。」
「私もまだ焔と会ってない時だ…。」
桜の言葉に志乃も驚いたように言葉を発する。
「おいおい、志乃ちゃんよりも前ってことは…。」
「はい、私と焔くんは物心つく前からの幼馴染なんです!」
桜は嬉しそうにそう話す。
「私より前…。」
「あら、強敵ね?」
思わず呟いた志乃に、薫は志乃にしか聞こえないように耳打ちする。
「そんなんじゃないから!」志乃は恥ずかしそうに薫に言い返す。
「ぬぬぬぬぬぬ…。」
そんな中、焔は未だに自身の記憶と格闘を続けていた。
「まだ、思い出せないんですか?じゃあ、これなら…。」
桜はまた不満げな表情をすると、何かを思い出したように焔の耳に顔を近づけ耳打ちしようとする。
片手で口元を隠すようにして、少し背の高い焔の耳に少し背伸びをしながら耳打ちをするその姿は、とても可愛らしく、その場にいる者をドキッとさせた。
「ホムくん、ほんとに僕のこと覚えてないの?」
「!?」
桜は皆に聞こえないように小声でそう耳打ちした。
その直後…、
「あ!?思い出した!!」
焔はポンッと手を叩いて、スッキリした顔になる。
「お前あの泣き虫桜か!」
「そう!やっと思い出してくれた?」
今から15年前、焔を育てると決めた十蔵だったが陽滅隊の仕事も辞める訳にはいかず、自分の家も持っていなかった十蔵は、今の家を持つまでの間の5年間は焔と一緒に古くからの友人、桜の祖父にあたる人物の家に居候していたのである。
そして、その間焔と桜が同い年だったと言うこともあり、兄妹のように一緒に過ごしていたのだ。
「でも、ちょっと待て。俺、桜は男だと思ってたんだが…。」
「む、やっぱり私のこと男だと思ってたんですね!昔からなんか変だと思ってたんですよね。今だって全然思い出してくれないし…。」
「いや、髪も短かったし、一人称も僕だったから…。」
「それはそうだけど…。じゃあ、今は?」
「え?」
「だから、今の私はどうですか?焔くんが女の子らしい子が良いって言ったから、私髪も伸ばして、口調だって頑張って直したんですよ?」
当時から焔に好意を持っていた桜は、ある日焔にどんな女の子が好きなのかと聞いたことがあった。
そして、桜が女の子だと知らなかった焔は無神経にも女の子らしい子だと幼いながらに答えたのである。
「今の私、女の子らしくなってますか?私、可愛いですか?」
「え、まぁ。いいと思うぞ?」
桜に迫られた焔は、少し照れ臭そうにそう答えた。
「ほんとに!?ありがとう…ホムくん//」
桜も焔の返答に顔を赤くしている。
「だぁー!!イチャイチャすんじゃねえ!周りの空気考えろよ!!くそ、なんで焔ばっかり…ブツブツ」
大地の言う通り、余りの甘い空気に周りも少し恥ずかしいくらいになっている。
「まぁ、久しぶりの再会みたいだし…。ていうか、雛形さんのあんな表情初めてみたな。」
「ホンマや、でも雛形が気許せる相手が陽滅隊におって良かったやん。」
響からすれば、同じ班の自分達にでさえ壁を張っている桜を心配していたのだが、焔に接する態度を見て少し安心したのが正直なところだった。
「それにしても、焔お前志乃ちゃんの他にもこんな綺麗な幼馴染がいたなんてな!」
「えっ。」
大地の発言に桜が驚いたように聞き返す。
「んん?なにそれどういうこと?なんや、おもろそうな話やな!」
「それ、僕も聞きたいです…。」
響と陽太が興味深々といった感じで聞き返す。
「ああ、羨ましいことにこの志乃ちゃんも焔と一緒に育ってきた幼馴染みたいなもんなんだよ。師匠さんが一緒でな。」
「だから、名字が…。」
「なるほどな。雛形がおらんかった10年間を一緒に過ごしてきた訳やな?」
「稲葉くん、嫌な言い方するな…。」
響は楽しそうにニヤニヤと笑っている。遠回しにからかって楽しんでいるようだ。
「志乃さんとホムくんが一緒に…。」
「う、うん…。師匠に育てて貰ったから。」
二人の間に微妙な空気が流れる。
「志乃さんってとても綺麗な方ですね?」
「え、ああ…。」
桜は笑顔なのだが、何故か焔は無言の圧を感じた。
「でも…、私負けません。」
「え、はい!」
今度は志乃に向かって桜が宣言する。
「ヒュー、その意気やで雛形!」
「君、ほんとに楽しそうだね?」
それを響もはやしたてる。
「ライバル登場ね。」
「もう、薫ちゃん!」
薫も志乃の耳元でそう囁く。案外、薫もこういう話題が好きなのかもしれない。
そんなこんなで、いくらか交流を深めた後解散する流れになった。
そんな時、急に響が声を上げた。
「あ、そう言えば教会のヤツどこいった?」
「「あ….。」」
その言葉に、桜と陽太も反応する。
「教会のヤツってなんだよ?」
「そう言えば、あの妖魔もそんなこと言ってたね。」
確かに、鮫頭兄弟がそのようなことを口走っていた。
「ああ、どうやら人魔教会とか言う怪しいヤツらがあの妖魔に協力しとったかも知れんいう情報があったんや。」
「表向きは、妖怪・妖魔と人間が手を取り合う世界を作りましょうって言う触書きなんですけど、どうにも怪しいんです。その教会の教徒だって言う人物に共感してついて行った人達が行方不明になっているらしくて…」
「それでここに辿り着いたんだけど、ここに来る途中で怪しい白フード男を捕まえたんだけど、いつのまにか…。」
「逃げられたのね…。」
柊木班の3人は同時に頷く。
「あ〜、こうしちゃおられへん!あの白フードまだこの辺におるかも知れん。行くで、雛形、陽太!」
「はい!」「うん。」
どうやら、柊木班はその白フード男を追うようである。
「じゃあ、俺達はこれで!」
「おう、頑張れよ!じゃあな!」
こうして、焔達は柊木班の面々と別れた。
桜は姿が見えなくなる直前まで、何度も振り返っては焔に手を振っていた。余程名残惜しかったのだろうか。
「ふーん、人魔教会ね…。」
間もなく、焔達はこの人魔教会と一悶着あるのだがそれはまた別のお話…。
読んでいただきありがとうございました!
焔に二人も幼馴染がいたとは...、かわいい幼馴染がほしい人生だった。。
柊木班かっこよかった! かわいい幼馴染ほしい!と思った方はぜひ評価・ブックマーク等よろしくお願いします!!




