助太刀
ある日の昼下がり、朝から任務を終えた焔達四人は本部への帰路についていた。
「今日も楽勝だったなぁ!あんなんじゃ負ける気しないぜ!」
「人が襲われる前に祓えて良かったね!」
「だんだん調子上がってんなぁ。ほとんど焔と薫ちゃんで倒ししちまうんだもんなぁ。こっちは楽で良いけどさー。」
「あら、志乃だって良い動きしてるわよ?ここ最近じゃ、志乃が一番成長してるわ。誰かさんと違ってね?」
薫はそう言いながら、大地をチラリと見る。
「ねぇ、薫ちゃん!それって俺のこと!?俺のことじゃないよね?ねぇ?」
「さあ?」
「薫ちゃーん!!」
大地が涙目で詰め寄るが、薫は相手にしない。
最近では、少しずつだが妖怪・妖魔退治の依頼も回ってくるようになり、4人での連携も様になってきていた。
そんなこんなでいつも通りワイワイと話しながら、大きな湖に面した小道を歩いていると…、
「ギャギャギャギャ!!」
奇妙な鳴き声と共に、湖から大きな影が二つ焔達の前に飛び出してきた。
「なんだ!?」
焔達はいきなりの事に驚くと同時に、現れたものの奇妙さに言葉を失っていた。
「なんなんだ…、コイツら…。」
一言で言えばサメ男だろうか。筋肉隆々の大男の体に恐ろしいサメの頭がついている。よく見れば、背中には尾ひれが、お尻の辺りにはサメの尻尾が出ているのがわかる。2体とも同じ見た目をしているのだが、片方は片目が潰れていて、片方は尾ひれが不自然な方向に曲がっている。
「人間…じゃあねぇ…よな?」
大地が思わず呟くが、答える者はいない。
誰も現れたものが何なのか理解が追いついていないのである。
「兄ぢゃん…、ゴイヅらも…いげにえ?食べで…いいの…?」
なんと驚いた事に、尾ひれが曲がっている方がところどころ詰まりながらも言葉を話し始めた。
どうやら拙いながらも言葉を話せるようである。
「喋ってんぞ、コイツら…。」
「ええ、とりあえず警戒しながら距離をとりましょう。」
ようやく我に返った薫が相手を刺激しないよう注意を払いながら、3人に指示を出す。
指示を聞いた3人は静かに頷くと、刀に手を添えながらゆっくりと後ずさった。
「いいぞ…弟よ…。教会…の…ヤヅラが…ごごに来たヤヅラ…全部…食べでいい…言っでだ…。」
何やら怖いことを言っているが、どうやら片目の方が兄で尾ひれの方が弟という関係性らしい。
「か…薫ちゃん?コイツら今、もしかしなくても俺らの事食べるとか言わなかった…?」
「厄介ね…。形はかなり人間に近くなっているし、言葉まで習得し始めてる。一体何人の魂を…?」
「こんな妖怪知らないし、人の魂を取り込んだ妖魔ってことだよね…?それに教会ってなんのことだろう?」
「はは〜ん、分かったぞ!オッサン、ウケ狙いだろ!オッサン達天才だぞ!ははははっ!」
「「「は?」」」
それぞれが思い思いの言葉を口にする。
状況を理解していないのが約1名いそうではあるが。
「お前バカなの!?どう見ても妖魔だろうが。ヒレ生えてんでしょうが!シッポ生えてんでしょうが!頭サメでしょうが!!」
「はー、しっかりしてよ、も〜。」
「きっと脳が機能してないのね…、可哀想に…」
「え…、コレ妖魔なの?てっきりふざけてるオッサンかと…。」
確かに体は完全に人間なので分からなくもないが、目の前の2体にはそれを補ってあまりある異質さがある。それが分からない程度にはトンチンカンなのが焔なのだが…。
「兄ぢゃん…、ゴイヅら…俺だぢのごど…バカにじやがっだ…。殺ず!」
「弟よ…、なまいぎな…人間…殺す!これ…絶対!」
どうやら、焔の発言は鮫の頭と書いて鮫頭兄弟を怒らせてしまったようだ。
「おいおい、怒らせてどうすんだよ〜。」
「どっちにしろ、こんなの放っておけないよね!」
「ええ。それに教会っていうものも気になる。3人とも気を引き締めなさい、妖魔にとって取り込んだ人間の魂の数は強さに直結する。おそらく、この2体は今まで私たちが出会ったなかで一番手ごわいわよ。」
「おっしゃ!燃えてきた!」
焔の言葉を皮切りに4人は一斉に刀を抜いた。
そして、その刹那4人の抜刀に反応した鮫頭弟が4人に襲いかかった。
「シャー!!」
鮫頭弟の剛腕が振り抜かれ、地面が粉々に叩き割られる。地面を叩き割る程のパワーだ、4人が素早くかわしていなければ無事では済まなかっただろう。
「なんちゅーパワーだ!?食らったらひとたまりもねェぞ!」
4人は更なる追撃に備えて構えを取るが、予想と反して、鮫頭弟は片足で地面を力強く蹴ると、湖の側に飛び退いていた薫一人目掛けてその剛腕を振るった。
「薫!!」
ガギッッッ!!
間一髪、刀で拳を受けた薫だったが凄まじいパワーを前に湖の方へ吹き飛ばされてしまった。
そして、そのまま鮫頭弟は残りの3人に見向きもせずに薫を追って湖に飛び込んでいった。
「くそ!薫、待ってろ!」
予想外の動きに遅れをとった3人だが、焔がいち早く反応し、薫を助けるべく湖に走った。
しかし、
「シャーッ!!」
今度は鮫頭兄が湖に走る焔めがけて襲いかかった。
「やべっ!」
どう薫の元へと駆けつけるかに頭を砕いていた焔は、一瞬鮫頭兄への警戒を欠いてしまっていたのだ。
「やらせるか!土壁ッ!」
すんでのところで大地が二人の間に割って入り、地面を変形させ分厚い壁を創るが、こちらも凄まじいパワーのため壁をぶち破った挙句、大地を焔もろとも後方へ吹き飛ばしてしまった。
「まずい、止めなきゃ!」
焔が薫救出に動き出したとき、ただ一人鮫頭兄の動きを見逃さなかった志乃は、焔達への攻撃には間に合わなかったものの、鮫頭兄の真横から確実に仕留められる間合いまで距離を詰めることに成功していた。
その上、鮫頭兄も志乃の接近に反応出来ていなかった。
(いける!ここで兄の方は確実に仕留めて、すぐに薫ちゃんの援護に行かなきゃ。いくら、薫ちゃんでも鮫の妖魔相手に水中に引き込まれたら勝ち目は薄い。)
そこまで頭の中で冷静に分析しながら、刀に必殺の闘気を纏わせる。
しかし、またもやここで予想外のことが起こる。鮫頭兄に届きうるかと思われた志乃の刀は、突然地面から飛び出してきた何者かによって防がれたのである。
「一体なんな…、ひっ!」
刀を防がれて咄嗟に後方に飛び退いた志乃は、再び攻撃に移ろうとするが、飛び出してきたモノを見て思わず足を止めてしまった。
そこには、全長10メートルは超えようかという巨大なムカデがいたのである。妖怪 大百足、龍をも喰らうと恐れられる獰猛な妖怪である。
思わず、志乃が足を止めてしまったのは大百足が出現した驚きもあるが、何よりも志乃は虫が大の苦手だからである。それはもう、虫が目の前を通っただけで刀を抜き、闘気を発動させてしまう程に…。
そうこうしているうちに、鮫頭兄は焔達を吹き飛ばした方へかけて行ってしまった。
(仕留められなかった…、でもなんでこの子は助けに入ってきたんだろう。別の妖怪・妖魔同士で助け合うなんて聞いたことない…。徒党を組んでたのかな?それほどの知性が鮫の妖魔と大百足にあるとは思えないけど…。)
「ギギギギッ」
大百足はどこからか気味の悪い音を立てて、志乃に威嚇をしている。戦わざるを得ないようである。
「急ぎたいけど、油断も出来そうにないな…。」
志乃は大百足を無視して援護に向かうことは不可能だろうと判断して、戦闘体勢入る。
(それにしても、なんでよりによって私の相手が大百足なのよ!!あ〜、足の感じとかほんとムリ!戦いとか関係なく倒れそう…)
かくして、それぞれの戦いは始まったのである。
〜薫sid〜
「くっ!!」
刀で受け止めはしたものの、凄まじいパワーに踏ん張りが効かず、湖の中央あたりまで吹き飛ばされてしまった。
(水中戦で確実に仕留めようって魂胆ね。水中に引きずり込まれたら勝ち目はない。)
「氷結。」
薫は空中で上手く反転すると、着水と同時に闘気を発動し、自分を中心に氷で直径10メートル程の足場を創った。
(さて、どうやって戦うべきかしら。今の、私の闘気では湖全体を凍らせることはできない。例え、出来たとして表面を凍らせる程度…。やはり、現実的なのはこの足場の上で戦うことだけど、戦局が不利なのは否めないわね…。)
そう思案を巡らしている間に、水面から特徴的な曲がった尾ひれが現れ、ものすごいスピードでこちらに迫ってきている。
「近づかれる前に動きを止めるのが一番ね。湖全体は無理だけど、この距離なら…。」
薫はどんどんと近づいてくる鮫頭弟に狙いをすまし、刀を地面に這わすように撫でるとそのまま鮫頭弟が泳いで来る方向に刀を振り上げた。
「氷結・凝。」
スゥーと冷気が通り過ぎたかと思うと、凄まじい勢いで水や空気までも凍らしていく。
薫の闘気の練度は、他の新入隊員と比べるとトップクラスのもので、正確性、範囲、共に秀でたものだった。現に、入隊試験ではトップの成績で入隊しており、実力も一人前と呼ばれる隊員達と遜色のないものだった。
一つ違いがあると言うならば、経験の差くらいのものである。
(ダメ…、思っていたより速度が速い。)
鮫頭弟はスピードを落とす事なく薫の氷を避けると、どんどんと迫ってくる。
その後、何度か闘気で捕らえようとするが難なく避けられてしまった。
(ダメね…、これじゃあこちらが消耗する一方だわ…。)
そして、遂に鮫頭弟は薫の足場までたどり着くと、泳いで来た勢いそのままに薫めがけて突っ込んで来た。
まさに弾丸さながらのパワーとスピードである。
「くっ!!」
薫はなんとか刀でいなして防ぐが、その代わりに足場をどんどん破壊して行ってしまう。
攻撃を防ぐだけでも困難な上に、自分の足場まで確保しながら戦わなければならず、どんどん消耗させられていく。
この後も鮫頭弟の猛攻は続き、薫は困難な戦いを強いられるのだった。
〜焔・大地sid〜
「ぐっ、痛ってぇー!大地、平気か?」
「うう…、なんとか、な。それより、結構やばいぞ。俺たち完全に分断されちまった。志乃ちゃんもなんかデケェのに捕まってるし…。」
「いつの間にあんなデケェのが!?志乃ならやれると思うけど、あいつ虫苦手なんだよな…。」
「それに志乃ちゃんも心配だけど、薫ちゃんが一番やばいぜ。」
チラリと薫が飛ばされた方を見ると、なんとか水中戦は避けられた様子だが、それもいつまで続くかわからない。
「焔、どうする!」
「ん〜…。」
そんな会話をしている内に、鮫頭兄が迫ってきていた。
「げっ!あの鮫野郎来やがったぞ!」
「仲間を信じることも大事か…。」
「え?」
「そうだよな…。うし、アイツらなら大丈夫だ。俺たちの仲間はそんなやわじゃねぇ。まずはコイツをぶっ倒して、その後で二手に分かれて助けに行こう!」
「そうだよな!こんなヤツさっさとやっちまおう。」
「おう!」
焔達はそう決めると、鮫頭兄を迎え撃った。
「火炎・斬ッ!」
ガギッ!!
焔の刀と鮫頭兄の拳がぶつかり合い、激しく火花が散る。
始めは勢いをつけた分、焔が押していたが力の差が出たのか、鮫頭兄にそのまま押し切られてしまった。
「大地!頼む!」
「おう!」
押し切られた勢いそのままに後方に飛び退いた焔を、追撃しようとする鮫頭兄を遮るように分厚い土壁がせり出した。
「シャー!!」
しかし、鮫頭兄の剛腕を防ぐことは出来ず、あえなくぶち壊される。
「土壁じゃあ、防ぎきれないのはさっきので分かってんだよ!!」
土壁を破った先に待ち構えていたのは、地面から飛び出た柱状の何本もの地層の槍だった。
「地変・突 岩砕きッ!」
大地の声と同時に、何本もの槍が生き物のように鮫頭兄に襲いかかった。
完全に鮫頭兄の虚をついた攻撃だったのだが、鮫頭兄は間一髪両腕で受け止めることに成功していた。
「シャー!!」
地層の槍の連撃を耐え切った鮫頭兄は、咆哮と共に腕を振り抜き、槍を破壊してしまう。
「チッ、ダメか!」
鮫頭兄はそのまま止まることなく、大地に拳を振り上げる。
「殺…ず…!」
「くっ、ここまでか…。なんてな?」
「・・・?」
大地の余裕に首を傾げた鮫頭兄に頭上から影が覆いかぶさる。なんと、大地が岩砕きを発動したと同時に、焔は上空に飛び上がり岩砕きが破られた時の布石を打っていたのである。
「火炎・斬ッ!」
ザシュッ
〜志乃sid〜
「はーはー、この子ほんとに戦いにくい…。」
大百足と対峙していた、志乃もまた苦戦を強いられていた。虫特有のトリッキーな動きに、その巨体、何よりも体の異常なまでの頑丈さが志乃が攻めあぐねている理由であった。
実際にこれまでにいくらか決定打がヒットしているのだが、刀が大百足の体を通らないのである。
それに何よりも、巨大な虫と戦っていると言うストレスが志乃の精神を消耗させていた。
「ギギギギ」
相変わらず大百足は、大量の足と長くグネグネと曲がる体で執拗に追い回してくる。
「炎の舞・蝶」
志乃は炎を纏いながら蝶のような優雅な舞で大百足の攻撃を避けていく。
捉え所がなく、一瞬視界から消えたと思ったら、またいつの間にか現れる。誰もが小さな羽虫を目で追いかけた時、そんな経験をしたことがあるはずだ。
虫嫌いの志乃だからこそより虫の動きに注意を払うようになり、その不規則な動きを自らの舞へと昇華させたのだ。それに、綺麗な蝶だけは苦手ではなかった。
(これならまず捕まることはない。あとは、どうやってこの子を仕留めるかなんだよね…。)
「ギギギギッ」
大百足はそれでもなお志乃を追い回すが、一向に捕らえることが出来ない。それに、大百足にはこの志乃の動きを見きれるほどの知能が備わっていなかった。
(そっか、一度でダメなら何度でも…。同じ所に集中して攻撃を当て続ければ、あの体にも通るかも!)
その考えに至った志乃は、すぐに攻撃に移った。
「まずは私をこの子の視界から外させる。」
志乃は炎の舞・蝶の独特なステップで大百足の視界から外れるように動いた。
案の定、大百足は目標を見失ない辺りをキョロキョロと見回している。大百足から見れば、志乃が忽然と姿を消したように見えただろう。
(上手くいった!)
志乃は大百足が自分を見失っている間に、刀に闘気を纏わすと大百足の背後をついた。
「炎の舞・連突。」
志乃は炎を纏った鋭い突きを同じ所に連続でたたき込んだ。
「ギギャー!!」
頑丈な体にヒビが入り、大百足は悲痛な悲鳴をあげながら、後ろに退けぞった。
「よし!このまま!」
この戦いにおいて初めての手応えを前に、志乃は内心ホッと胸を撫でおろした。
ようやく、ゴールの見えなかった戦いに光が見えたのだ。もうこの巨大な虫を見なくて良いというか安心感もあったのかもしれない、このまま一点集中で攻撃を続ければ、勝てる。
そのような思いが、志乃の体を少し前のめりにさせた。そして、その油断が大百足の動きへの反応を一瞬遅らせた。
ガブッ
「痛っ!!」
なんと大百足は攻撃を受けて退けぞった勢いのそままに、イナバウワーのような形で志乃の方に噛み付いたのである。
志乃の肩に大百足の鋭い牙が食い込む。
「くっ!!」
志乃は鈍い痛みに耐えながら、咄嗟に刀を振り抜いて大百足の牙を切り落とし、なんとか大百足から距離を取った。
「油断しちゃった…。」
志乃は血の滲む肩を押さえながら、悔しげに呟く。
志乃の肩には、未だに切り落とした牙の先端が刺さったままだ。
「ああっ!」
そのままにしておく訳にもいかず、痛みに耐えながら牙を引き抜き、地面に投げ捨てる。
肩はズキズキと痛むが、弱音を吐いている暇はない。
幸い油断して傷は負ったものの、戦闘に影響するほどのケガではなく、薬でも塗っておけば傷口もすぐに塞がる程度の傷だった。
(大丈夫、大した傷じゃない…。また舞で撹乱して同じ場所に攻撃を当てられれば、この子を倒せる!)
薫や焔達の援護にだって向かわなければ行けないのだ、こんなところでグズグズしている暇はない。
そうして、再び大百足に立ち向かうために、一歩を踏み出そうとした時…
「あ…れ…?」
何故か、踏み出そうとした足が動かない。
いや、正確には動かせないのである。
「何で?体が…。」
なんと、足どころか体全体が動かすことができなくなっていた。動かそうとすると全身が痺れて動かないのである。
(まさか…。)
そして、今更ながら志乃はその理由にたどり着く。
毒だ。そう、百足は強力な毒を持つ生き物だ。
当然、妖怪である大百足はさらに強力な毒を持っている。一度流し込まれれば、体が痺れて動かなくなり、時間が経つにつれて激痛の症状もあらわれる。
気づけば、志乃は膝をついてそのまま地面に倒れ込んだ。毒の効き目が早く、ついに立つことも出来なくなってしまったのだ。
志乃が倒れ込み、ついに指先一つも動かせなくなった時、大百足がその巨体を持ち上げ、自分を追い詰めた小さな天敵に留めを刺すべく、自慢の牙を妖しく光らせたのだった。
〜焔・大地sid〜
「うそ…だろ?」
大地は今の状況に驚きを隠さないでいた。
焔の機転によって完全に鮫頭兄の虚をついたはずだったのだが、焔の刀は鮫頭兄を祓うまでに至らず、鮫頭兄の拳をまともに受けた焔は、地面を転がりながら吹き飛ばされた。
「どんだけ固いんだアイツ!?」
鮫頭兄の胸板には刀傷は付いているものの、よほど頑丈なのかダメージを負った様子はない。
「おい、焔無事か?」
大地は倒れ込んでいる焔に駆け寄って声をかける。
「ああ、めっちゃ痛ぇけどなんとか…」
焔は咄嗟に纏いを強化したおかげで、致命傷にはならなかったようだが、かなり疲弊している様子だ。
「にしても、何でアイツ効いてないんだ?」
「アイツ、俺が切る瞬間に人間の皮膚からなんか固ぇヤツに変わったんだよ。石切ったみてぇだった。」
「なんだそれ?鮫肌ってやつ?」
「分かんねぇけど…、そんな感じだ。」
大地の予想はおおかた正解だった。鮫頭兄は焔に斬られる瞬間に人間の肌から鮫の肌へと変えたのである。
とは言っても、妖魔なので普通の鮫肌とは違いかなりの強度を誇っている。
「どうするんだ、焔?」
「大丈夫だ。今度は鮫肌ごと切ってやんよ。」
「だよな、言うと思った。」
「しゃ!行くぞ!」
そう言って立ち上がった焔は、焔の刀を耐え切ったことで自慢げにふんぞり返っている鮫頭兄に向かっていった。
「お前だぢ…弱い…、何度やっでも…無駄…。」
「調子乗ってられんのも今のうちだかんなあ!」
焔はかなりのスピードで走りつつ、刀に先程よりも火力をあげた炎を纏わせる。
「火は…ずぐに消ず…ごれ…絶対…。」
鮫頭兄は大きな口開けると、ものすごい勢いで水の塊を焔の刀めがけて吐き出した。
それはまさしく水の弾丸とも言うべき代物だった。
ジュウッ
「ありゃ?」
刀に命中した水の弾丸は、焔の火炎を完全に消火してしまった。
「シャァ!」
思い通りにいったことで気を良くした鮫頭兄は、水の弾丸をマシンガンのように撃ち放った。
「やべ!?」
「おいおい、マジか!」
一つ一つの威力はそこまででは無さそうだが、数が数である。当たれば無事では済まないだろう。
大地は咄嗟に大きな土壁を焔の前に創り出すと、自身も土壁の後ろに転がり込んだ。
「人間…隠れる…卑怯。出でごないど…殺ず…。出でぎでも…殺ず…。」
鮫頭兄は不満げに鼻を鳴らしながらイラつきを表現する。
「どっちにしろ殺すんじゃねぇか!くっそー、舐めやがって。焔の火炎とアイツの水じゃ相性悪いか…。」
「む〜、当てれさえすれば今度こそ切れんのに!!」
「やばい…。こうしている間にも薫ちゃんと志乃ちゃんが〜〜!!」
傷つき、服がところどころ破れ白い肌が露出してしまっている薫と志乃を想像する。
「いや、これはこれで…。じゃねぇ!?」
「どうした?鼻血でてんぞ?」
鮫頭兄の予想外の強さに、土壁の裏でしゃがみ込みながら、二人して頭を抱えていると。
「お困りのようですね?」
頭上から鈴の音のように綺麗な声で誰かが焔達に声をかけた。
「「ん?」」
聞き慣れない声に、二人は思わず顔をあげる。
そこに立っていたのは、綺麗な桜色の髪をいわゆるハーフアップにして、これまた桜色の羽織を羽織った綺麗な女の子が立っていた。
「こんにちは、私、陽滅隊白虎棟柊木班の雛形桜です。」
「お、おう?」
「何という美人だ!?」
柊木といえば、清水隊長の幼馴染だと言うあの女性の隊長だろう。
確か、清水隊長と柊木隊長は今年から初めて新入隊員を受けもったという話だったので同期だろうか。
「ごめんなさい。あの妖魔は私達の班の依頼対象なんです。だから、後は私が引き受けますね?」
どうやら、柊木班の依頼対象だった妖魔に焔達が運悪く出会ってしまったということらしい。
彼女はそう言って優しく微笑むと、土壁の裏から出ていこうと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待て!体も硬ぇし結構強いぞ!」
ようやく我にかえった焔は、桜を引き止めるように声をかけた。
「いえ、ご心配なさらず。何かする前に片付けますから。」
桜は焔の注意を気にも留めず、そのまま鮫頭兄の前に出て行ってしまった。
「ちょっと待てって。」
「おいおい、あの子やばいんじゃないか!?」
初めて会ったとは言え同じ陽滅隊の同期だ、放っておくわけにもいかず、桜に続いて二人も土壁の裏から出て行った。
「あれ…増えでる…。なんで…?」
鮫頭兄はいつの間にか増えた焔達を見て、不思議そうに首を傾げている。
「安心してください。すぐに楽にして差し上げますから。」
桜は真っ直ぐに鮫頭兄を見据えると、ゆっくりと腰の刀を抜いて、サッと刀を一振りした。
「華栄・姫金魚草」
読んで頂きありがとうございました。
新たな新キャラ登場が登場しましたね!彼女の実力は如何に!?
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