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ちくちくおじ様








連れてこられたのは、白が基調の素敵なお部屋。ここも天井が高い。


そんなに広くは無いけど、狭さを感じさせない開放感がある。


王族や貴族の静養地にあるお屋敷だろうか。

水浴びの時に外から目にした様子でも、かなり大きそうな屋敷に見えた。


内装はあんまりごちゃごちゃしていない。

落ち着いた雰囲気で、主人の趣味の良さがうかがい知れる。


大きな窓は開け放たれて、白い紗のカーテンが、柔らかくゆらゆら風に揺られていた。

その隙間からは、どうだ美しいだろうと大声を張り上げている庭が、陽光にきらめいて見えている。


私はふわりと柔らかな場所に、座る格好で下された。


おっおー。

寝台だーこれ。天蓋も付いてらー。

良い予感がしねーなーおいー。

この布の下まっぱだもんなー。


本気か、とできる限り表情に出して、おじさんを見上げる。


おじさんは少し困った顔で笑って、なにごとか呟きながら私の左耳を撫でた。


呪文を詠唱してる?

喋るのとは違って、感情の籠らない平坦な声だ。


針に刺されたような痛みに身を引いて、顔を歪めた。

触られた部分に手を当てる。

耳は……付いてる。ちゃんと感覚もある。

確かめてみても血は出ていない。

千切られたような痛みだったのに、何をされたんだか分からない。


何すんだよぅ。

おじさん、良い人だと思ってたのによぅ。




静かに部屋に入って来た、穏やかな身のこなしの人が、銀のお盆を両手で運んでいる。


侍女っぽいな……やっぱりここは、どっかのお屋敷かな。


おじさんがお盆から器を取り上げて、私に持ちやすいように取っ手を向けて渡そうとしている。


茶器か。

飲めってか……まぁ、いいさ。飲んでやるよ。毒とか薬とか入ってようが、そんな類は私には効かないからな。

……この世界のことは知らないけどな。

大丈夫だろ……多分。


ていうか、殺す気ならそもそもこんなお素敵な部屋には連れてこない。


もてなそうとしているんだろうから、素直にいただくとするよ。


熱いとぬるいの中間、ちょうど飲みやすい温度の、やっぱり中身はお茶だった。


美味しいな。

優秀か、この侍女さんめ。


うちの国王んとこの侍従は、がんがんに煮えたぎったお茶を出してたなぁ。


なんて大昔のことをしみじみと思い出していたら、おじさんがまた話しかけてきた。


やっぱり穏やかな話ぶりなので、悪い気はしない。


でも内容はさっぱりなので、首を傾げる。


おじさんは身振りで、お茶を飲むように示した。


っえーーー……?

なに? やっぱりなんか入ってんのーーー?

やだなーもー。

飲むけどさ。





「……どうだ? 言っている事が分かるか?」


んん? はい。

頷いて見せると、おじさんはやっとにっこりと笑った。


「済まないが、言葉が通じていないと思って、術を施させてもらった。貴女の耳に」


おう。さっきのめっちゃ痛かったやつか。


「この世界のものを身体の内に入れたので、話も聞きやすくなったと思う。……さっきは痛かっただろう、申し訳ない」


小さな手鏡を渡されて、確認してみる。

左の耳にはおじさんの頭にあるような紋様が刻まれていた。

黒く這う蔦草のような。

静かに燃える炎にも見える。


うん、いや謝罪は無用。お洒落な意匠なので気に入りました。


にっこりして見上げると、おじさんもにっこり。


うふふ。

和むなぁ。






「……衣装なぞ構うか、どうでも良い」


扉が開く音と同時に聞こえた声に、気分が台無しになった。


この声。

あの偉そうな貴人様だろ。


優美な彫刻の木枠に、繊細な刺繍がされた布の張られた几帳。がたりと大きな音をさせて無造作に避けられる。


現れたのは、案の定の貴人様だった。

私を寝台の上に見つけて、偉そうにふんと息を吐き出す。


「……小綺麗になったな」


ははは。

横柄な奴だな。

言葉が通じようが通じまいが、こいつとは分かり合えない気しかしない。


「……お前らは下がれ」

「陛下、しかし」

「構わん、下がれ」


ちょっと待てーーーーい。

今なんつった、おじさん。

陛下っつった?!


こいつ国王かよ。


そんで、お前、みんなに下がれとか言った?

……おいおい、身の危険しか感じねぇよ。

惜しむような貞操なんて、とうの昔から持ってないけど。


「この娘がどういった者かも、まだ分かっておりません」

「なんだ。こんなか弱そうな女に何が出来る。いいから下がれ」


あら。舐められてるなぁ……私。

ん? ……いや、そうか。

そう思われているなら好都合。

か弱そうな乙女を装ってやろうじゃないか。


そもそもそうする予定だった。


しかもこういう偉そうな男は好きだもんな、従順でおとなしい娘さんが。


よしよし……いいぜ、来な。

受けて立とうじゃないか。




ふたりきりになると、陛下様は、ご尊顔を厳しくさせて、寝台に乗り上がってきた。

襟元をゆるめる。


おい、やっぱりか。

いきなりやる気満々じゃないか。

いくらなんでも、いきなりは無い。

無いわー。


怖がったふりして、少しずつ下がっていくと、険しい顔のままふと息を吐く。


「……見目は良いな。好みでは無いが」


こいつ、馬鹿なんだろうか。

言葉が通じてるって聞いてないのか?

友好的な関係を築きたいの? そうじゃないの? どっちなの。


呆れが過ぎて面白くなってきたぞ。


笑顔になりそうなのをぐっと引き締めて、じりじりと後ろに下がる。


体に巻いていた布を引っ剥がされそうになったけど、握って離さない。


嗜虐心を煽ったのか、陛下様の口の端がぐいと持ち上がる。


「……金の髪か……珍しいな。……その目の色も見たことがない。深い紫だな……銀にも見える」


そうだろうとも。綺麗だろうよ。

真珠の肌も、果実のごときな唇も大したもんさ。


傾国の美姫なんて言われた時代もあったんだかんね。


おしおし、いいぞ。

美醜も似通ってるのか、なるほど。

それなら尚やり易いってなもんさ。




陛下様は私の髪に指を差し入れると、そのまま梳いていった。


んん? なんか指がめちゃ温かくね?

てか、ちょっと熱いくらいだ。


「動くな。当たると火傷をするぞ」


私の前に手を持ってくると、人差し指にはまった指輪を見せた。


「熱を発しているのは、これだ。……髪を乾かしてやるから大人しくしていろ」


魔術が施された指輪で熱を発してるのね、はいはい、成る程。

……優しさ、なのか?

風邪をひかないように、って?


「……濡れ髪が肌に貼り付くのは気持ち悪いからな」


お前の都合かよ。

知るか。




まぁ、丁寧に指で梳られて、髪は真っ直ぐさらさらになった。


んでも、指に熱を纏わせるのはなかなか良いな。

いつもは洗いざらしか、風を当てるだけだもんな。引っ張って伸ばすのも新発想。

指なら自在に動くしな。

巻き毛も簡単に作れそうだ。


他のことにも応用できるかもな。

さっきの石鹸といい、なかなかに便利。


家に帰ったら、早速試してみよう。

家に帰れたら、だけど。

魔力が戻れば、だけど。


「お前、名は何というんだ?」


髪を乾かし終えると、早速といった風情で、陛下様は詰め寄ってきた。

巻きついた布を剥こうとしながら、質問してくる。


今以上は剥かれないように手に力を入れて、首を振る。


「……何だ、問いに答えろ」


苛ついた様子でさらに剥きに掛かってくるので、もっと手に力をこめて、また大きく首を振った。


諦めたのか、手を離した陛下様は、眉を寄せて少しだけ離れた。


「話すのも嫌か?」


喉を手で押さえて、首を振る。


「……声が出ないのか?」


目を見て頷いた。


陛下様は後ろを振り返って、出入り口の扉に向かって大声を出す。


「ディナート! そこに居るんだろ、中に入れ!」


現れたのは、おじさん。

おじさん、ディナートって名前なのね。


真っ直ぐに立つと、はとかしこまって僅かに頭を下げる。


「どういう事だ、この娘、声が出ないらしいぞ」

「……そのような気がしていましたが。そうですか」

「お前、何かしたか?」

「いえ、何も」

「召喚の際に、手違いをしたのか?」

「いえ、術式は間違いなく。手筈も滞りありませんでした」




やっぱりかー。

召喚されたかー。

地下室(あそこ)やっぱりそういう場所だったんだねぇ。

怪しげな陣があったもんねぇ。

そうだろうなとは思ってた。やっぱり、別の世界に来たんだねぇ。


「では何故 声が出ない」

「……元からそうだという可能性もあります」


ああ、ごめんごめん。

そうそう、そうなのよ。

閑寂の魔女って通り名の由来ね。


うんうんとふたりに向かって頷くと、陛下様は脱力したように、はぁと息を吐き出した。


おい、溜息か。

何を勝手に期待して、何を勝手に落胆してるんだ、とに、失敬な奴だな。


「……病で声を失ったのか?」


おっと。

いいぞ、いい解釈だ。

便乗しよう。


深刻そうな顔を貼り付けて頷いた。


どうよ。

か弱さが一層増した?


ふうとまた溜息を吐き出すと、陛下様はディナートおじさんに顔を傾けて合図を送る。


寝台を離れて出入り口に向かう。


「……服を着せてやれ……」


おっしゃ、勝ったー。

なんか気の毒がられたー。

萎えた? 萎えた?

やったねー。


横柄でも、馬鹿でも、一応は上に立つ者か。弱き者に対する親切心は持ってるみたいだ。


部屋を出て行く陛下様を見送ると、おじさんはこっちを見て困ったように笑った。


「衣装を用意しよう……待っていなさい」


見た目は厳ついけど、ディナートおじさんは良いおじさん。

ディナートおじ様と呼ぼう。

心の中でだけだけど。


しばらく待っていたら、侍女さんが衣装を持ってきて着せてくれた。


さらさらですけすけの薄布が、幾重にも重なった、ずるずるに長い衣装だ。


胸元と裾にある刺繍が繊細でいらっしゃる。

なんだろ。

この国は刺繍が特産なのか。 それとも特権階級の証なのか。


白い薄布の下に、濃い青の布が挟まれて、透けて見えているのが、お上品。


そういや陛下様も、濃い青に銀糸の刺繍のお召し物だったな。


ディナートおじ様は逆に、濃い灰色のローブの下は、白が基調で濃い青の刺繍の衣装。


白と青は国の色なのか……まぁ、そんなこたぁどうでも良いか。


あーあぁ……嫌だなぁ。

こんなずるずるに長い衣装。


脱ぎ捨てた服、洗濯して乾かしてくれないかなぁ。

下着を着せてくれなかったから、なんかすーすーして落ち着かないし。


「よくお似合いですよ。お綺麗です」


髪の毛を持ち上げて、結おうとすると、やんわり止められた。


「……どうかこのまま。結い上げずに下ろしたままでお願いします。……横の辺りだけ少しまとめましょうか? 」


あいつの趣味か。

邪魔なだけなのによぅ。


応と頷くと、侍女さんは両側の髪をゆるりと編んでくれた。


ふーむ。

しゃきっとしないけど、まぁいい。


この後は探索だな。

とりあえずおんもに出たいと外を指差した。


侍女さんはにこりと微笑んで頷く。


「お待ち下さい、護衛を呼んで参ります」


ええー。

やだなぁ。侍女さんが良いよぅ。

さらに知らない人の登場とか面倒だもの。

首を横に振ると、侍女さんは困ったように笑う。


「……それでは……神官長に来て頂きましょうか?」


神官長? 誰じゃそれ。

首を傾げる。


「ディナート様です……先ほど姫様をこちらにお連れになった」


おじ様か!

ならいいや! そうしておくれ。


全力で頷くと、侍女さんはお待ち下さいねと部屋を出ていった。


っていうか、さっき侍女さん、私のこと姫様って言ったね!


あ痛たたー。

やっぱりそういう立場か私ー。

あはー。

ますます良い予感がしねーな。

参るわー。




しばらく待っていると現れたのは陛下様だった。


おい。

おじ様どうした。

お前じゃねーぞ。

おじ様召喚しろ。


「……どうした。外に出たいのだろう。付いて来い」


えー。

やだー。

すげえ嫌なんですけどー。


と、顔に出さないように後ろをついて行く。

外の様子を見られるのなら、我慢するしかない。




ていうか、萎え萎えで部屋を出たんじゃなかったか。

なんで戻って来て、私を相手にしてんの、こいつ。









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