I change you into an ideal figure : 8
それから、僕と日暮は夕礼が終わるまで時間を潰し、頃合をみて教室に戻った。僕たちの教室にはほとんど誰もいなかったが、唯一僕の後ろの席の人物だけが残っていた。どうやら待っていてくれたらしい。僕は天木に結末を説明し、《導きの箱》を失ったことを詫びた。それから日暮を改めて天木に紹介してやった。日暮は天木に対して少したどたどしいまでも挨拶をし、友達になって欲しいと告げた。日暮の言葉に天木は嬉しそうに微笑みながら、こちらこそと一言告げた。
それから僕は天木と少し話すと、日暮に告げて先に帰って貰った。
「無くなっちゃたね、《導きの箱》。悔しいんじゃないかな? 」
「特に残念じゃないね。日暮が持っているんだし、それに今の状態の方が人として当然の状態なんだよ。時には間違ったりして人は強く生きていくんだ」
「悔しがっていないならあたしは良いけど」
明るく微笑みかける天木。正直その笑顔は反則だと思いますよ。
「それじゃ、後日リィベルテに報告よろしく」
それから天木はおどけた仕草で敬礼をして教室を後にする。そんな彼女を見送り、僕はリィベルテへの謝罪のことを考えて気分が沈んだ。
靴箱に着くと、僕の靴の上に白い封筒が入っていた。哀しいことにそれを見た瞬間誰と間違っているのだろうと思ってしまった。一度もそんな経験がないから仕方ないことだ。宛先を見ると『時月 瞬君へ』となっている。どうやら入れる場所を間違っていなかったらしい。差出人は『日暮 春音』。まぁ、今時日暮くらいしかこんなベタなことする奴もいないだろう。
僕は指定された体育館裏の伝説の木と呼ばれる、冬なのですっかり葉の落ち切った枝だけの木の下へと向かう。案の定そこにはコートに身を包んだ日暮が立っていた。
「わざわざ来てくれてありがとう」
開口一番感謝の言葉を述べる日暮。律儀な奴だ。
「何か用? 人に触れ合うにしても明日で良いと思うけど」
「うん、実はこれを返そうと思って」
そう言って懐から何かを差し出す。黒と白の二つの六面体。それは《導きの箱》だった。
「良いの? 欲しがっていたのに」
「うん。だって自分でも努力しないと。まだ《理想像》がないと不安だけどね」
折角返してくれるというのだ、僕はありがたく日暮から《導きの箱》を受け取る。
おかえり、二人とも。
これでリィベルテのお怒りも少ないはずだ。
「あと一つ、大事なことを言い忘れてたから」
返却だけかと思っていたら日暮にはまだ僕に用事があったらしい。
「何? 」
「えっと、凄く恥ずかしいんだけど…」
顔を少し赤らめて、もじもじと言いよどむ日暮。
そして、意を決して一気に言葉を告げる。
「あたしとお友達になって下さい! 」
頭を下げて、右手を差し出す日暮。僕は呆気に取られて暫くリアクションを取ることも出来ず、ただただ日暮の差し出された右手を眺めることしか出来なかった。
「あれ? 漫画ではこうしてたのに」
それは告白の場面だと思うし、実際の告白でここまでするだろうか。思わず僕も笑ってしまうほど、日暮は面白かった。
実際、日暮にとっては男子に友達になって欲しいというのは告白みたいなものなのだろう。
「良いよ。友達からで良かったらね」
僕は少女漫画ではこういう時、格好良い台詞を言って返すのが適切なのだろうが、生憎僕の技術では可笑しなことになりそうなので、優柔不断な男の台詞みたくそう返し、日暮の手を握る。
「それに、僕の中では屋上から友達だと思っていたしね」
僕の言葉に日暮は泣きそうな、はたまた嬉しそうな、何とも表現できない表情を浮かべて僕の顔をじっと見る。
「ありがとう…。時月君」
今の日暮の顔には仮面はついていない。日暮 春音という少女のありのままの素顔だった。
その表情もまた天木同様反則気味だったけど、恐らく日暮に悪気はない。元々、純粋で素直な、漫画だけが心の拠り所だった、人と触れ合うのが苦手だった優しい少女から自然に溢れ出たものだろう。
僕は日暮が落ち着くまで右手を握っていた。
それから日暮が落ち着いたのを見計らい、友達としてお互いのことを知るために色々なことを話しながらそれぞれの帰路へとついた。
そんな十二月十七日の出来事だった。
これにて第一章は終わりになります。
さて、プロローグで言っていた『告白された』の件、こんな感じになりましたが如何だったでしょうか? (プロローグを覚えている方がどれ程いるのか不安ですが)
甘い感じが出ていれば幸いなのですが、自分の技量ではこれが限界です。
最近、多くの人にこの作品を読んでいただいているようです。この場を借りて改めて感謝を。
今回の話で一旦の区切りなのですが、話はまだ続きます。
宜しければこれからもお付き合いの方を宜しくお願いします。
読んで下さった方々に感謝を。