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I change you into an ideal figure : 7

 もうすぐ六間目の授業が終わる。うちの学校の時間割は四限まで午前の授業を行い、昼食を挟んで五限目と六限目を行うので、もうすぐ放課後になる。漸く日暮との追いかけっこも終わるのか。長かった…。追いかけっこの最中なので落ち着いて昼食を取ることも出来ず、僕のお腹は空腹を訴えている。

 残り時間、15分。最後まで気を抜くつもりはないが、それでも空腹で頭が働かない。取敢えず、六面体を振る。出た目は一と一。僕は二階へと上がる。階段を上るだけでも辛い。早く時間経ってくれないかな。時計を見てもついさっき見た時間と変わっていない。秒針の動きが遅く感じられる。


 カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。


 秒針を見ていると、次第に頭がボーとしてくる。空腹と追われているという緊張感は僕にかなりの精神的なダメージを与えていたのだろう。頭が働かず、ただただ頭の中に秒針の音が響く。


 カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カチ。カツ。カチ。カチ。カチ。カチ。カツ。カチ。カチ。カチ。カチ。カツ。カチ。カツ。カチ。カツ。カチ。カツ。カチ。カツ。カチ。カツ。カツ。カツ。カツ。カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツカツカツカツカツカツカツ。


 あれ、何か秒針早くない?


 いつの間にか目を閉じていたらしい。目を開けると時計が見える。けど秒針は一定のリズムで刻んでいる。音もさっきと違う。よく聞くと機械的な音じゃない。授業中で静まっている廊下に響く音。

 「まさか…」

 僕のいる階段とは反対の方にある階段。そこから誰かが姿を現した。この場合、もしかしたら先生かもと思ったのだが、生憎予想通りというか相手はやっぱり日暮だった。


 「あ――――――!!」


 嬉しそうな声を出し、笑顔で僕を指差す。うん、僕は君にまだ会いたくなかったよ。こうなると空腹とか言っている場合ではない。僕は階段を飛び降りるかの速度で駆け下りて、一階の廊下をひた走る。日暮の走る音が後ろから響いてきて凄く怖かった。

 「これはミスった」

 見つかったら、圧倒的に日暮有利じゃないか。時計を見ると残り13分。朝ならそれぐらい平気だったが、今は疲労がピークに達している。それに日暮だってこれだけ校舎を走り回れば構造を理解している。だから僕の走る方向からどこに逃げようとしているかも分かるのだろう。何回か姿が消えたかと思うと、違うルートを駆使して僕との距離を縮めてきた。

 「時月君。もう諦めたら? 」

 二メートル近く後ろから日暮が明るい声で訊ねる。

 「まだ、決着は、ついてないだろ…」

 「うん。だけどもう追いつくよ? 」

 残り時間はまだ7分ある。

 「諦めたら、そこ、で、終わりなんだよ…」

 「何か格好良いけど、息切れしてるのはマイナスかな」

 くそ、もう体力が限界だ。六面体を転がしても日暮との距離が開かない。けど何故か負ける気がしない。何故だろう。とても大きな意思で僕は守られている気がするのだ。もしかしたらこの後奇跡が起きて日暮に勝てるかもしれない。最後の力を出せば何とかなるかも―

 「はい、タッチ」

 背中に優しく日暮の手が触れた。残り時間はまだ五分余っている。

 あれー? こんなはずじゃなかったのに。

 「時月君、大丈夫? 」

 「…ん? ああ、ちょっと予想外の展開で驚いただけだから」

 余程、信じられない顔をしていたのだろう。日暮が心配そうに訊ねる。僕はもう何も信じるべきではないのかもしれない。

 「あたしの勝ちで良いのかな」

 「まぁ、勝負は勝負だからな」

 勝負は勝負なので、僕は《導きの箱》を渡さなければならない。

 汗だくの僕を気遣ってか日暮はハンカチを手渡し、屋上まで連れてきてくれた。冬なので汗だくの体には涼しいを通り越して寒いのだが、そこは日暮の思いやりを受け取って我慢することにしよう。

 「それじゃ、これ」

 「…ありがとう…」

 僕は日暮に《導きの箱》を手渡す。短い付き合いだったな、二人とも。

 「じゃあ、僕はこれで」

 足早に立ち去ろうとするが、別に悔しがっている訳ではない。やはり屋上は寒すぎるのだ。さっさと帰って風呂に入って着替えたい。それからリィベルテと天木に謝らないと。今から凄く気が重い。


 「ちょっと待って! 」


 日暮に呼び止められた。えー、帰りたいんですけど、寒いんですけど、着替えたいんですけど、などとは一瞬思ってしまったが、それでも日暮の思いつめた表情に僕は姿勢を正す。

 「ここまでわたしの為に頑張ってくれたのに、ただで受け取るのはやっぱり悪いよね」

 ローデッドとシェイブドを抱えた両手を握り締めて、日暮は懸命に口を開く。

 「あたしがこれを欲しかった理由、話すよ」

 それがどれだけ辛いことだったのか、僕には分からない。けれど必死になって話してくれようとする日暮の様子に僕は思わず声を掛けてしまう。

 「別に、ゲームなんだから無理しなくても―」

 「大丈夫! あたしは大丈夫だから…」

 まるで自分に言い聞かせるように告げて、一度大きく息を吸い込んだ。









 「あたしは昔、引きこもりだったの」









 引きこもり。明るい日暮に引きこもりという単語があまりに意外過ぎて僕は次の言葉が出てこなかった。

 「本当なの。あたしは昔、クラス中から苛められてて、それで学校が怖くなってずっと家から出てこられなかった」

 日暮の言葉を聞いても信じられない話だった。朝礼の時しか見ていないが、それでも日暮はクラスの奴らと馴染もうとしていたし、僕と出会った時だって人懐っこそうに話しかけてくれた。そんな日暮が苛められていた?

 「昔は勉強も運動も何も出来なくて、性格も暗かった。家に引きこもってる時は少女漫画を見て、その漫画の主人公みたいになりたいなっていつも思ってた。そんな時だよ。この子を拾ったのは」

 日暮はそっと、顔に手を添える。何をするのかと僕が窺うと、日暮は力を込めて顔を引き剥がす。あまりの衝撃映像に声を上げるところだった、どうにか抑えられた。

 日暮は引き剥がした顔を僕に見せる。引き剥がした顔は、ただの白塗りの仮面だった。

 「これが《理想像》? 」

 「知ってたの? だったら話は早いかな。この子はあたしの描く『なりたい自分』にあたしをしてくれた。勉強も運動も出来る明るいあたし。それからのあたしは学校に行けるようになった。クラスの皆とも馴染んで、苛められることもなくなった。

 けどね、そんな日々も長くは続かなかったの。ある日あたしは友達と些細なことで喧嘩したの。本当に些細なこと、友達が好きだった子をあたしも好きになってしまったっていう些細なこと。あたしは少女漫画に描いてあったみたいに自分に正直になって告白してみたの。結果はオッケー。彼とは付き合うことになった、けど漫画とは違い友達は認めてくれなかったみたい。それでね、あたしと友達は取っ組み合いになるまで熱くなった。

 その時にね、あたし、友達の腕を折っちゃったの」

 努めて明るい声で日暮は話す。 

 恐らく僕の左腕と同じように、いとも簡単に友達の腕を折ってしまったのだろう。

 「それからのあたしはまた苛められていた頃に逆戻り、皆があたしを怖がって誰もあたしに近寄らなくなっちゃった。またあたしは少女漫画を見て過ごす日々を送ることになった。この学校に転校することになったのはそんな事件を起こしちゃったから逃げてきたんだよ」

 笑顔で話す日暮だったが、僕にはとても日暮を直視出来なかった。痛々しくて見ていられない。それでも日暮は言葉を続ける。

 「だからね、あたしはもう間違えたくないの。もう二度とあんな生活に戻りたくない。だからどうしても《導きの箱》が欲しかった」

 だから、日暮は《導きの箱》が欲しかったのか。そっかそっか。って―


 「それがどうした!」


 僕の声に日暮が驚いた表情を浮かべる。

 ああ、駄目だ。また声を荒げてしまう。けど、あの時の様にただ口論をするつもりなんかない。ちゃんと日暮と言葉を交わすよ。

 きちんと日暮の言葉を聴いて日暮を諭す。信念は曲げない。思想は靡かない。安心しろよ、《導きの箱》。お前たちの新しい所有者を元所有者の僕がちゃんと導いてやるよ。


 「何が、どうしても《導きの箱》が欲しかった、だ。ふざけるな。お前は結局他人(げいじゅつさくひん)任せで、自分では何も変わろうとしていないじゃないか。《導きの箱》は確かに『未来を予測する、正しい道へと導く』ことが出来る。けどな、自分で変わろうとしない奴に選べる道なんかないんだよ」

 残酷な言葉を僕は日暮を吐き捨てる。当然ながら日暮も負けずに言い返す。

 「時月君にはあたしの気持ちなんか分からないよ」

 「ふん、どうせ自分では頑張っているつもりだけど、それを分かってくれない皆が悪いみたいに思っているんだろう?」

 「何で時月君にそんなこと言われなきゃいけないの!?」

 「僕が昔そうだったからだよ。自分を含め、全てを憎んでいた僕がそうだったんだ」


 あの時の僕は酷かった。世界の全てが虚構と偽言でのみ創られていると思い、過去を憎嫉し、現在いまを憎悪をし、未来を嫌悪したあの頃の僕。信じられるものもなく、孤独の中でいつ崩れてもおかしくない不安定な足場で、僕はぎりぎりのバランスを取りながら一日一日を過ごしていた。

 今考えてもぞっとする日々だ。もし天木や六面体、あの自動人形に会わなかったら今の僕はどうなっていたか分からない。

 僕の言葉に瞬間面食らったようだった日暮も、負けずに言い返す。

 「っ、そうだよ! あたしは頑張って皆の中に入ろうとした。けどね、誰もそんなこと分かってくれなかった」

 「当たり前だ。お前は漫画を見て頑張っている気になっていただけだ。人間と仲良くなりたかったら、まず人間に触れろよ。人の輪の中に入れよ。たまには引きこもっても良いけど、それまでは前に出ろよ。

 一人で無理なら、僕も一緒についていくから、頑張ってみろよ」

 僕は手を差し出す。左腕は折れているので、当然右腕。





 「二人で頑張ってみよう」





 日暮は突然の僕の言葉に言葉を失うが、けれど、しっかりと手を取ってくれた。


 「…宜しく、お願いします…」


 しっかりと握られた手を見つめながら僕は思った。

 天木の言う通り、日暮は優しい良い子だな、と。


 放課後を告げるチャイムが鳴った。僕と日暮のゲーム終了の時間だった。

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