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I change you into an ideal figure : 5

 屋上の扉はノブをローデッドとシェイブドで叩き壊して開けた。芸術作品を傷つけるなと怒られそうだが、この六面体はこれぐらいで傷付くような繊細なものでは決してない。それこそ至高と呼ばれる程、何者にもその価値を下げることは出来ない。無傷で六面体はドアノブをへし折ってくれた。

 屋上に出ると突き刺すような冬の風が容赦なく僕を襲う。そして後ろからジュースの缶が本当に襲ってきた。

 僕はそれに叫び声を洩らしながらも間一髪避けた。

 「捕まえた」

 唐突に誰かに抱きしめられた。誰かと言えば当然の事ながら日暮だったわけだけど、それでも女子に抱きしめられるというのは決して悪い気がしない。これが日暮じゃなかったら僕は振り解かなかっただろう。

日暮は僕の正面に立ち、満面の笑みで僕に告げる。

 「あたしの勝ちだよね。もう逃げ場はないよ。そろそろ《導きの箱》を渡してくれるかな?」

 「いや、その前に何でそこまでしてこれが欲しいか教えてくれないか?」

 僕の言葉に日暮は一瞬呆気に取られたように固まった。

 「えっと、これの価値って分かるよね?」

 「そりゃ、そこまで疎くはないから」

 《導きの箱》、ローデッドとシェイブド、二つセットで零が五つ六つ付く位の値段になるとか。それに未来へと導いてくれるという特典までついている。

 「なら、欲しがるのは当然でしょう?」

 「それなら、ここまで手荒な真似をする必要もないだろう。適当に煽てたり褒めたりすれば男みたいな低俗なものは簡単に操れる。それなのに問答無用で、僕が六面体の所持者だと分かったら、すぐに奪おうとした。その理由が知りたい」

 方法なら幾らだってあったはずだ。時間を掛けて僕の信頼を得てから六面体を見せて欲しいと言って偽物と交換するとか、体育の授業中とかにこっそり盗み出すとか、もっとリスクの低い方法ならあったはずだ。それなのに日暮は僕の前で奪うということを告げている。真正面から堂々と。自分は罪を犯してでも六面体が欲しいと、そう断言した。

 「お前は一体何がしたい。お前は何の為に欲しがる。お前は何故罪を公言する」

 日暮を振り払い、僕は彼女を正面から見つめる。

 「時月君には関係ない。あたしはどうしてもそれが欲しい。《理想像》だけじゃ足りないから」

 泣きそうな表情で日暮は僕に掴みかかる。女子には有り得ないほど強い力だった。振り解くのも難しい。僕たちはもみくちゃになりながら言葉を交わす。

 「関係…ないことない。これは、《導きの箱》は…僕を選んだ。だったら、僕には選ばれた義務がある。簡単に…渡すわけにはいかない」

 「それでも…あたしにはそれが…必要なの」

 「何で…そこまで欲しがる…。罪を犯してまでこんな…ものに、執着する?」

 「こんなもの…? 時月君には…これがどれ程素晴らしいものか分かってない。これは…、みんなを正しく導いてくれる」

 「これはそんな良いものじゃ…決してない! …それに、正しく導いて貰いたい日暮がそれを得る為に罪を犯してどうする? 」

 「……あたしは…、どうしたら良いか分か…らない。だから、だからそれが必要なの! もう間違える訳にはいかないの!」

 僕と日暮は永遠に続くのではないかと思える程、平行線の意見をぶつけ合った。自分の思いをぶつけ、自分の信念を翳し、自分の理屈を並べ、自分の満足のためだけに言葉を放っていた。

永遠に続く平行線。それ故に決して二人の言葉は交わらない。

しかしそれも、ばきっ、という音で鈍い音で一旦の終わりを迎える。

鈍い音。

日暮の掴んでいた僕の左腕が、日暮の握力に耐えられず折れた音だった。僕は動かなくなった左手に触れる。鈍い痛みがゆっくりと迫ってくる。日暮は僕から距離を取り、自分の両手をじっと見つめて自分のしてしまったことに呆然とする。

 「…時月君…」

 弱くか細い声。

 痛みは次第に強くなる。けれど御蔭で冷静さを取り戻すことが出来た。言葉は交わすものであって、ただ口にするだけでは意味は無い。理屈は諭すものであって、ただ並べたところで価値は無い。信念は心に刻んでおくべきものであって、翳したところで見っとも無い。思想は自分だけのものであって、ぶつけ合うものでは決して無い。


 『―思いは不可能さえも可能にする。けれど思いが全て正当だと限らない―

   ―思いは時に正義を生み、時に悪を蒔く―

    ―思いは時に正気へと導き、時に狂気へと駆り立てる―』

 

 僕はそっと、リィベルテから言われた言葉を呟く。あいつが僕と出会い最初に言った言葉を噛み締め、僕は日暮へと視線を向ける。

 「日暮、お前が理由を話したくないならもう訊かない。けど、理由も分からないままこれを渡すわけにはいかない。」

 日暮は六面体を欲する。けれどその理由を話さない。だから僕は絶対に六面体を渡すわけにはいかない。

 けれど、そんなものは僕だけの都合に過ぎない。

 僕から奪い取ると宣言してまでも欲する理由。罪を犯してまでも求める理由。けれど日暮からすれば、その理由は絶対に語るわけにはいかないことなのかもしれない。

 だから僕たちは平行線を辿ったのだ。奪い合うことでしか、傷付くことでしか、答えは出ないと思っていた。だから僕のこの左腕もその結果なのだ。

 争いでは何も得るものではない。ただ大切なものを失うだけだ。だから―

 「お前も芸術作品持っているんだろ? だったらゲームをしよう。それこそ《導きの箱》である六面体が本来娯楽のために使われるように、楽しんで勝敗を決めよう」

 平和的に恨みっこなしで結果を出そう。

 「ルールは簡単。さっきまでやっていたように追いかけっこにしよう。それなら両者互角。 日暮がどんな芸術作品を持っているか知らないけど、さっきまでのを見ると何ら不利にはならないだろう。僕には《導きの箱》があるから、どうすれば良いか判断することが出来る。

 範囲は学校の敷地内。時間は放課後になるまで。どうかな、このゲーム?」

 僕の提案に日暮は目に涙を浮かべたまま呆気に取られたように固まるが、すぐに大きく頷いた。

 「それで、あたしが勝ったときには時月君は理由を訊かないでそれを渡してくれるんだよね?」

 「ああ。けど、僕が勝った時には理由を訊かせて貰い六面体(ダイス)は諦めて貰うが良いか?」

 良いよ、と日暮は笑顔で答えた。さっきまで泣きそうだったので、その表情を笑顔と言うにはあまりに不細工だった。けれど晴れやかな日暮の表情に思わず僕は微笑んでしまう。

 「じゃあ、始めようか」

 「おっけー。何秒くらい待てば良い?」

 自信満々といった感じで日暮は体の屈伸を始める。本当に日暮は楽しそうだった。そんな日暮の姿を眺めながら僕は屋上の端に立つ。

 「別に今から始めてくれて大丈夫だよ」

 屋上からは色々なものが見える。遠くの山の頂上付近は既に白く染まっている。校庭には遅刻してしまったのだろう、一人の生徒が走って校内に入っていった。

 「けど、それじゃすぐ捕まえちゃうよ?」

 校庭に立ち並ぶ木々はすっかり葉を散らし、落ち葉や雑草を清掃業者がトラックに積んでいく。

 「日暮、一言言っておくけど、《導きの箱》と、その所持者の僕を舐めない方が良い」

 僕はポケットから六面体を取り出し、屋上へと無造作に落とす。六面体は屋上の端ぎりぎりを転がる。

 「大体、僕が本来何故ここに来たのか考えたら何をしようとしているか分かるよね」

 六面体は転がる。山の上には大きな雲が見える。

 「時月君?」

 六面体はまだ転がる。先ほどの生徒は無事教室に着いただろうか。

 「『導きの箱』。所持者を正しい道へと導く芸術作品。だから、その所持者は絶対的な信頼を持って『導きの箱』のいうことに従わなければならない」

 僕の言いたいことが理解出来ないのだろうか、日暮が再び声を掛けてきたが構っている暇は無い。こっちは正しく命を掛けて選択しなくちゃならないのだから。

 恐らく『導きの箱』がこの屋上に僕を導いたのは、日暮と話し合いをさせる為だろう。平和的に話し合い。けれど僕と日暮は選択肢を間違い決裂。僕は左腕を負傷した。けれど、まだ挽回出来る。たった一度の失敗で人生が終わるなんてないのだから。僕は六面体の所持者として日暮に示さなければならない。六面体を持つことに対する覚悟を。

 「日暮、僕は絶対捕まらないからな」

 六面体は転がり続ける。清掃業者は仕事が終わったのか、トラックに乗り込む。

 転がる六面体。走り出すトラック。

 屋上の端を転がる六面体。校舎に沿って走るトラック。

 僕は振り返り日暮に告げる。


 「じゃあね。放課後に会おう」


 六面体二つが同時に落ちた。僕も導かれるまま飛び降りる。

 そして図ったかのようなタイミングでトラックが走り抜ける。荷台の落ち葉や雑草の上に落ちながら、僕は屋上で唖然としている日暮に手を振る。


 さて、これで暫く時間を稼げる。僕はゆっくりとこれからの行動に思考を巡らせる。

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