I change you into an ideal figure : 2
日暮との対面を果たしてから一時間も経っていない、午前八時四十五分。僕は自分のクラスの席にて朝のホームルームを受けていた。二階の一番東側の教室、その前から三番目窓際の席が僕、時月瞬の席になる。窓際なので夏は直射日光に晒され暑く、冬は窓から入り込む隙間風で寒い。そんな場所で僕は現在色めき立っているクラスメイトたちを眺める。理由は僕のクラスに転校生がやってきたことに他ならない。クラス中が滅多にないイベントにテンションを上げているが、お約束の展開を考えると僕のテンションは下がるばかりだった。
「時月君はあまり嬉しくないのかな?」
後ろの席から天木の優しい声が掛けられたが、今の僕では天木に言葉を掛けられてもテンションは回復しない。僕は、何でもない、と言葉を濁し、教師に連れられ入ってきた転校生を眺める。学校指定のコートを小脇に抱え、服装は女子と同じデザインの制服。髪は少し長めで、左右二つに束ねている。背は女子高生の平均より少し低めくらい。トーストを咥えていなければ極普通の女子高生だった。
「はじめまして、日暮春音です。春の足音で『はるおと』です。皆さんよろしくお願いしま す」
転校生は深々とお辞儀をして、教師の指定した席へと向う。その席は僕の隣といったお約束ではなかったのが不幸中の幸いだろうか。兎に角、日暮は僕とは離れた席で近くの生徒に愛嬌を振りまき、無事転校を果したわけだった。
「あれが噂の少女マンガのヒロインさんかな?」
後ろから再び声が聞こえる。
「時月君は日暮さんがヒロインっぽいと思うかな?」
「さぁ。僕は興味ないから」
トーストを銜えた姿は正しく漫画のヒロインのようだったが、これ以上あの子に関わるのは厄介そうだったので、僕は言葉を濁す。
「それより僕はクラス中の男子から告白された女生徒の噂の真相が知りたいのだけど」
「あたしのこと、かな?」
天木淡雪。僕のクラスメイトで、現在の僕の後ろの席に座る女生徒。この地方一帯で大きな勢力を持つ天木家本家のご令嬢。博識にして秀才。武芸は大抵そつなくこなしてしまう素晴らしく完璧な存在。背中まで伸びた髪は手入れが行き届き黒く光沢を放っているかのように美しく、肌も透き通るように白い。そんな容姿のため周りからは大和撫子だと呼ばれているが、一歩引いて男を立てるような慎ましい行動を取るだけではなく、寧ろ隣に並んで男と共に自らも輝こうとするような、かなり行動力に溢れた女子なのだった。
そんな存在がもてないはずもなく、当然ながら男子は勿論、女子すらも彼女の魅力にイチコロで密かにファンクラブが存在しているとか。先日もファンクラブ内で部長座を巡り下克上が起こり、三年の織田君に代わり一年の明智君が部長になったとか。まぁ、あくまで根拠の無い噂なので、真意の程は不明である。
「あれはデマだって、時月君も知っているんじゃないかな? あたしは確かに大勢の男子から呼び出されたけど、それでも十人くらいだよ。大体時月君は呼び出してないだからデマだって分かるでしょ」
そりゃ、僕が天木の恋愛対象になる訳ではないから、告白などしていない。しかし、確か僕のクラスの男子の人数が僕を入れて十九人だったはずだから半数から告白されたわけだ。恐るべし、天木淡雪。
「ところで時月君。大切な話があるんだけど」
突如として真剣みを帯びた表情で天木が口を開く。人懐っこく笑顔で話している時も好感を抱くが、真剣な表情で話す時も凛々しく、大和撫子に相応しく素晴らしい。
「また、デートのお誘い? 今度はリィベルテ抜きで、二人で出かけたいんだけど」
「本当にごめんね。今回は県外まで出てもらうことになりそう」
僕の皮肉に天木は申し訳なさそうに告げる。
「別に天木が謝る必要もないよ。それに、十二以外が出たら行かないから」
僕は徐に懐から白と黒、二つの六面体を取り出し、机の上で転がす。
出た目は六と六。合計十二。
「ほら、僕は天木を手伝わなきゃいけない。これは寧ろ行った方が良いってことだよ」
「ありがとう、時月君。詳しいことは後で宇月から電話で話してくれる手筈になっているから」
そう言い残し、天木は席を立ち何処かに行ってしまった。
「何処行ったんだろう」
何気ない僕の呟きだったが、六面体は勝手に転がった。
出た目は、五と五。片方のサイコロが机から落ちて一。もう一つも落ちて零。
「……」
別に知ったからどうって問題でもないが、気まずかった。僕はその気持ちを誤魔化すように宇月に電話することにした。
床に落ちた六面体を拾い、僕は教室を後にする。
拾った時の六面体の目は一。九。七と転がっていた。
なのに僕は六面体の導きに気づかずに選択を誤ってしまった。