I cut all the things which you hate : 11
「…日暮…路城さん…」
次第に腕に力が入らなくなってきて、言葉を出す事も辛い。けれど僕は必死に言葉を吐き出す。皆が幸せになれる優しい結末。過程は悲しく、過程は切なく、現実の厳しさを混ぜ込んだそんな選択を僕は二人に語る。罪を犯してしまった勾玉の覚悟の上に成り立つその選択を僕は語る。
「そんな…」
僕の言葉に日暮は難色を示す。確かにこの策が上手くいけばハッピーエンドになるだろう。だがその為には乗り越えなければならない課題が多数ある。失敗する可能性も十二分に孕んでいるのだ。日暮が納得しないのも分からなくない。
けれど。
「やりましょう」
と、路城さんは大きく縦に頷いた。まるで信じていると言わんばかりの熱い視線を僕に送り、必要となる物を集めていく。《艮》で刳り抜いた外壁の欠片だったり、押し潰れて拉げた商品だったり、崩壊によって突き出した鉄筋だったり、物は様々だった。それら全てを一箇所に集めていく。日暮も、路城さんの姿を見て納得したのか、路城さんと共に必要な材料集めを行う。
「瞬君。これくらいで良いの?」
「大、丈夫…だと思います。じゃあ…先、に、逃げて下さい…」
そろそろ僕の体も限界らしい。腕が振るえ、足が諤々(がくがく)と笑うようになってきた。
「無事に出てきて欲しいの」「時月君、気をつけてね」
二人がそれぞれの言葉で僕の身を案じ、階下へと去っていく。
「…ローデッド…シェイブド。カウントを…」
僕の言葉に二つの六面体はポケットから転げ落ちて、床でカウントを取り始める。十秒から始まり、次第に数を減らしていく。
必ず見つけるから、と僕は最後に言って。
『見つけてくれないと困るんだよ』と声は返した。
二つの六面体が『零』を表し、跳ね上がると同時、僕は《牙を剥く魂》の力で一気に天井を上へと跳ね上げる。
一瞬天井は止まり、それから崩落を開始する。その一瞬で僕は二つの勾玉を、集められた様々な物の方へと投げ付けて、階段へと駆け出す。走る僕に向かってローデッドとシェイブドが跳びつくようにぶつかり、僕はそれを両手でズボンのポケットに押し込み、階段の一歩を踏み出す。
後ろで声になっていない声で「 ―――! 」と聞こえたが、僕はそれを振り返ったりしなかった。声を聞けば《牙を剥く魂》の覚悟が一つ目の難題を成功させたのだと分かる。今そいつは在り合わせの素材で人型を造り、必死に天井を支えてくれていることだろう。自身の暴虐によって壊されてしまった商品や建物の抱く憤りや《牙を剥く魂》自身が犯してしまった罪への憤りを力に変えて、そいつは何とか僕たちの為に時間を稼いでくれているのだ。
変則的な力の発現。それが二度可能となるかは分からなかった。けれど《牙を剥く魂》はやれると断言した。自身の犯してしまった罪を『憤り』として力を揮えないのなら何の為の《牙を剥く魂》なのかと。だから僕は心配などしない。
信じて前だけを見ているだけで良い。
僕は一気に階段を駆け下りる。後ろから苦しそうな呻き声が聞こえても振り返らずに只管に足を前へと踏み出し続ける。
二つ目の難題は《牙を剥く魂》が自身を制御出来るかというものだった。先程のように物の抱く感情に流されて自分を見失う可能性も充分にあった。先程のように暴れ回ることになれば、僕も《牙を剥く魂》も瓦礫の下敷きになっていたことだろう。けれど、それもそいつは出来ると断言した。自分を信じてくれる路城さんの為に、路城さんが信じてくれる自分を見失わず、耐えて見せると。だから僕は杞憂などしない。
信じて前へと足を踏み出すだけで良い。
階段が終わると、紅く染まった光が僕に道を教えてくれた。僕はその光に向かって最後の力を振り絞って走った。
上から凄まじい轟音と共に崩れてくる重圧が襲ってきて、僕は咄嗟に前へと飛び込んだ。
あいつの覚悟を無駄にして堪るかと、両足を強く強く踏み締めて皆が幸せになれる結末を掴み取るかのように両手を前へと伸ばし飛び込む。
「っ!」
軟らかい衝撃と共に轟音と砂埃が僕を襲い、暫く僕の感覚全てが使用不能となった。
「痛た…」
漸く感覚が回復し、後ろを振り向くと見るも無残に虹ヶ崎ショッピングモールは崩壊していた。僕もどうやら間一髪無事に逃げ出すことが出来たようだ。
「これもあいつのお陰か」
天才芸術家の芸術作品は壊れないから、と自ら天井を支える役を担いショッピングモールの下敷きになることを選んだ、白と黒二つの勾玉を思い僕はそっと感謝の言葉を呟やこうとした。
壊れないとは言え、膨大な量の瓦礫の下に埋もれるのだ。瓦礫に押し潰されて白と黒それぞれの勾玉が離れ離れになるかもしれない。そうなると力を遣えず回収されるまでの長い時間をじっと暗闇の中で過ごさなければならなくなる。それでも良いのかと訊ねても、勾玉はやはり構わないと断言した。一片の迷いも無く、微弱な不安も無く、少量も恐れも無く、まるで結末は幸福なものしか無いのだと信じ切っているかのようにそいつは言い切った。必ず僕が見つけ出して再び路城さんと会える事が出来るのだと信じて全く靡かなかった。
「っと。礼はあいつに直接言うか」
あいつは再会した時に自らの口で路城さんに伝えたい言葉を伝えるのだと言った。だったら僕もあいつが帰って来た時に感謝の言葉を伝えてやる。それから僕に怪我を負わせた事と、日暮を傷つけた事の恨み言も言ってやろう。その為にもあいつには早く戻って来て貰わないと困る。お前に対する僕の『憤り』が薄れてしまわぬ内に見つけ出さないといけない。
僕がそんな事を考えている時だった。
「時月君。怪我は無いかな?」
ふと、僕の下側から声が聞こえた。聞き慣れた、路城さんと同じく優しい穏やかな声で、日暮と同じくらい僕の体を労るような声。
誰よりも他人の事が心配であるにも関わらず、自分には力が無くて足を引っ張ってしまうからと泣く泣く避難しなければならなかった少女。僕の身を案じ、日暮を呼んで力になってくれるよう頼んだ少女。自動人形と宇月に情報と治療を僕に届けてくれるよう願った少女。
そんな天木が何故か僕の下敷きになっていた。
「何で、天木が此処に?」
混乱する頭で考えるものの答えは幾ら考えても出ない。
「心配だったからだよ」
そんな僕が幾ら考えても出ない答えを、天木はたったの一言で答えた。明瞭過ぎるくらい明瞭に、単純過ぎるほど単純に、天木は飛び切りの笑顔と共に僕に向かって言い切った。
「そうじゃなくて、何で僕の下にいるのかって事」
「えっと、時月君が飛び出して来たのを目にしたら体が勝手に、かな?」
僕の言葉に打って変わって暗忽、複雑な言葉を返す天木。
お嬢様なんだからこんな危険場所に近付くな、とか、危ないだろう怪我してたかもしれないんだぞ、と様々な言葉が次から次へと僕の頭の中に浮かんだが、どれもこれも口には出なかった。
「けど、良かったよ。時月君が無事で」
そう言って僕に向けて微笑んでくれる天木を見たら、全てがどうでも良くなってしまったから。
見渡すと日暮が宇月によって怪我の治療を受けていた。路城さんはかすみに付き添われてリィベルテと何か話していた。序列第二位の水晶はトランシーバーらしきものに向かって指示を出していたし、桃花・梨花・杏花・李花は怪我人の運搬や被害の報告、救急車の経路の確保など忙しそうに働き回っていた。
見渡せる限り誰にも大した怪我は無い。あいつの覚悟によって被害は最小に抑えられたのかもしれない。まぁ、被害の元凶はあいつなのだし、そんなことであいつの罪が消える訳でも無いのだが、それでも良かったと思う。今はまだ幸せな結末の途中だけど、必ず見つけ出して皆が幸せで終わらせられるようにしてやる。
あまり好きでは無い十二月二十六日だったが、それにしてはまだマシな終わり方だったのではないだろうか。
それでもやっぱり僕は十二月二十六日が好きになれそうにないけれど。
これにて第二章終了です。
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読んで頂いた方々に感謝を。




