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I cut all the things which you hate : 9

 僕たちに残された時間は最早三分も無かった。

 残り三分で黒い影から勾玉の芸術作品を無傷で回収するのはかなり難しいと思う。今回の事件の元凶である芸術作品は変則的イレギュラーな力の発現をしている。路城さんの話から察するに、勾玉自体も自らの力を制御出来ていない節もあるように思える。その為、芸術作品自ら出て来て貰うといった楽観的な展開は期待出来そうもない。つまり《艮》の力で《牙を剥く魂》を傷付けないよう慎重に回収する必要があると言うわけだが。

 「…ごめんなさいなの…」

 床にしゃがみ込んだ体勢で路城さんがポツリと呟くように言った。

 「けど、私も同罪だから! この子だけが罰を受けさしたりは絶対しないの!」

  自身の体を包み込むようにくっ付いた黒い影の残骸を庇うように抱きしめて、路城さんは慣れていないのだろう、不細工な敵意を僕たちに向けてきた。本人にしてみれば睨んでいるつもりなのだろうが、口を尖らして目を細めるその姿はひょっとこのようで面白い。

 「ま、まぁ、そういう話は後回しにして早く回収して貰えますか?」

 僕は何とか堪えながら路城さんにそう提案したが、日暮は僕の後ろに隠れて肩を揺らして笑っていた。お腹を抱え目尻には涙まで浮かんでいる始末だ。

 「分かったの。けど、《牙を剥く魂》は誰にも渡さないの」

 「ぷっ」

 路城さんの口がさらに尖るのを見て、思わず僕も噴出してしまった。けれど平静を装い何とか続ける。日暮は最早よがり過ぎて虫の息だった。

 どうにも緊張感に欠ける。かなり切迫した状況にあるというのにその場にいる誰も焦ってはいなかった。

 選択肢を間違えればどうなるか分かっているはずなのに。今のこの状況は《導きの箱》の最良の選択肢を拒んで得た状況だと言うのに。最良を蹴った筋書ストーリーには路城さんの命を脅かす場面もあったと言うのに。それでも僕は焦っていなかった。

 それが路城さんの潜在的に持つ一つの才能ならば大切にして欲しい。優しい路城月耶と少女の持つ、ただそこにいるだけで人を和ませたり穏やかな気持ちにさせるなんて才能、そうそう簡単に手に入れられるものではない。僕には決して持てない才能だから。

 だから僕としても路城さんを無事に此処から送り出す必要がある。路城さんだけじゃなく日暮も、もしかしたら外で僕たちの無事を祈ってくれている天木や、口やかましいリィベルテにも制限時間を過ぎれば影響があるのかもしれない。皆を無事に家へと帰す為にも僕は少し焦ろう。心地良い穏やか気持ちを捨て去り、不安と緊張で心を圧迫してでも制限時間内に全てを終わらせよう。

 「分かりました。それで良いです。僕も日暮も《牙を剥く魂》には触れません。天木やリィベルテには僕も一緒に説明します」

 僕の言葉に漸く路城さんは納得してくれたのか、《艮》を構えて立ち上がる。斬る対象が自分にくっ付いている状態なので斬り辛そうだが、日本刀を逆手に持つことで、それも少しは軽減出来た様子だ。

 床に転がる二つの六面体を拾う。六面体が示す数字を目にし、押し寄せる制限時間の重圧に僕の心臓の鼓動が早くなる。それでも無理矢理に不安を押さえ付け僕は《導きの箱》に言葉を掛ける。

 「僕が黒い影に触れていくから、《牙を剥く魂》があったら反応して」

 そっと僕は黒い影の残骸に触れる。粘り付くような嫌な感触を一瞬感じ、それから冷たく硬い感触に行き着く。恐らく素材となっていた鉄材などだろう。

 ゆっくりと手を横へと移動させていく。早く終わらせないと、という意思と、決して《牙を剥く魂》を傷つけないように慎重に回収しよう、という相反する二つの意思が僕の中で入り乱れる。

 「此処か!」

 路城さんの右の脇腹辺りの残骸に手をやった時、六面体が震えた。直ぐにそことは少しずらした場所に《艮》を走らせる。そして転がり落ちた掌ほどの大きさの鉄片の塊を拾い上げ、僕はすぐ傍で僕と路城さんの様子を見ていた日暮へと投げ渡す。

 「日暮、悪いが《理想像》の力で取り出してくれないか?」

 「うん。やってみるよ」

 出来るかどうかは分からないが、日暮の筋力で取り出すことが出来るか試して貰う。残り時間はもう一刻も無い。形振り構っていられないのだ。僕は再びもう一つの《牙を剥く魂》を探すため手を這わしていく。時折形成ミスか、ガラスや螺子が飛び出していて掌を深く切る事になってしまったが、そんな事も最早構ってなどいられない。

 「大、丈夫なの?」

 路城さんが敵意の篭った例の面白表情のまま、それでも僕の事が心配なのか声を掛けてくれる。やっぱり路城さんはどうしたって心優しい性分なのだろう。

 けれど僕はその言葉にも返答しない。手が切れるのも十数回になろうという時、漸く六面体が震えた。

 路城さんの左の脇腹と背中の間、中間よりちょっと背中寄りにもう一つの《牙を剥く魂》があるらしい。場所が場所の為、路城さんはかなり窮屈そうに、それでも自身を傷つけてしまわぬように慎重に《艮》を走らせる。もう一つを残骸から斬り離すと、路城さんの体にくっついていた残骸はまるで糸の切れた人形のようにバラバラと路城さんの周りに散らばり落ちた。

 「後、もう少し」

 「 ――― 」

 路城さんが今斬り落とした物を拾い上げた時だった。《牙を剥く魂》が何か言ったと同時。フロアが何の前触れも無く傾いた。傾きはほんの僅かなものだったが、僕は転げて床で頭を強か打ちつける結果になったし、路城さんは尻餅をつき日暮は仮面の力か、何とかバランスを取っていた。

 「まさか、崩れるのかな?」

 「この子が相当暴れていたから、在り得なくはないと思うの」

 日暮が天井を見上げて呟く。天井には所々皹が入っていたり、投げ付けられた棚が刺さっていたりしていた。黒い影が落ちてきた大きな穴だってある。崩れても何処もおかしくない。寧ろ今まで崩れなかったのがおかしいくらいだ。

 「今から脱出は無理そうだね」

 虹ヶ崎ショッピングモールは広過ぎる為、今から逃げても間に合わないだろう。日暮だけならば飛び降りるという選択肢も無くもないが、この場には僕も路城さんもいるし、日暮は足を負傷している為、上手く着地出来るか不安が残る。

 「兎に角、《牙を剥く魂》の回収を急ぐべきみたいだ」

 残り一分を切った事を僕に示しながら、二つの六面体は仕切りに勾玉の包まれた塊にぶつかる。全ての鍵は白と黒の二つの勾玉に懸かっているらしい。

 「路城さん」

 「分かったの」

 僕は鉄片によって出来た塊を路城さんへと投げる。路城さんはそれを受け取り、自身の芸術作品である五十センチは裕にある日本刀を、まるで包丁で林檎を剥くかのように巧みに操り斬り出していく。

 その間にも二つの六面体は数字を減らしていく。


 …五十六…五十五…五十四………。


 日暮は両手で鉄片を引き剥がしていた。


 …四十四…四十三…四十二………。


 最早僕には二人を信じて待つことしか出来ない。不甲斐無い。何の役にも立たないじゃないか。


 …三十二…三十一………。


 「終わったの!」「終わったよ!」

 二人の声はほぼ同時。二人の手には小さいまるで胎児が母親の胎内で眠っているかのような形をした白と黒二つの勾玉が載せられていた。

 「「 ――― 」」

 二つの勾玉は呼応するかのように共に輝き出し、それぞれ載っている手から浮き上がる。二つは空を切り、僕の頭上で静止する。二つはくるくると僕の頭上を駆け、お互いの欠けた部分を補うかのようにくっ付き合い、一つの丸い円形になる。

 『 ――― 』

 声が聞こえたような気がした。先程までとは違い、意味のある言葉が聞こえた。

 『力を貸してくれるかい?』と。

 『彼女達を救う為に、君の力を貸してくれるかい?』と。

 答えなんて考えるまでも無く決まっている。

 僕は頭上に浮かぶ白と黒の混ざり合う円を取る。暖かい、いや火傷しそうなほど熱い温度が僕の手に伝わってくる。黒い影であった時のような暗い『憎しみ』の感情ではない。熱い、それは体が燃え上がるような『怒り』の感情だった。制止を掛けなければ体が勝手に飛び掛っていってしまいそうになるほど溢れ出す熱い思い。『憎しみ』のようにじっと只管ひたすらに怒る訳ではない。体が動くように動けば良いんだと、その感情は今しか抱くことの出来ない掛替えの無いものだと、そう教えてくれるような、そんな想いまで込められているかのような熱さだった。

 リィベルテは『憤り』によって《牙を剥く魂》は力を振るうと言った。

 僕が『憤る』ことは、二つの勾玉の込めた想いに応えられるような『憤り』は、たった一つしかない。

 それは僕が天木海生に抱くような後ろ向きなものでは断じて無い。ただ女々しくいつまでの恨み続けるような、そんな感情を『憤り』なんて言わない。

 僕が抱く『憤り』。それは自分自身の弱さだ。何にも出来なかった僕。誰かを護る事が出来なかった僕。誰かを救う事が出来なかった僕。日暮を此処に巻き込んだ僕。路城さんが落ちる手を掴めなかった僕。それもこれも全ては僕に力が無いから。だから僕は自身に『憤る』。

 リィベルテは決して怒るなと言ったかもしれない。冷静になって《導きの箱》の示すことを伝えれば被害は最小になると言ったかもしれない。けれど、僕は誰かを犠牲にしてでも冷静に他の皆を救うような、そんな結末なら願い下げだ。

 だから僕は自身に『憤る』。せめて落ちる路城さんの手を掴める力を。せめて日暮を巻き込まないで済む力を。せめて誰も犠牲にならないように救える力を。せめて誰も傷付かないように護れる力を。せめて誰かの為に力になれるほどの力を。。

 僕は強くならなければならない。

 この『憤り』はいつしか冷めていくだろう。冷めないにしろ今抱いている程の熱は無いだろう。だからその熱が冷めない内に、拳が殴る物を分かっている内に、足が進む道を覚えている内に、僕は強くなって今現在胸に抱いた『憤り』が確かに此処にあったことを残して置きたい。

 その為の第一歩として僕は二つの勾玉をしっかりと握り締める。


 六面体が訴えかけるように大きく揺れ、僕たちに向かって天井が瓦礫となって降り注いできた。


 路城さんは《艮》を構え、日暮は拳を握り締めた。が、それより早く瓦礫は全て二人のいる場所とは見当違いの方向に弾き飛ばされた。


 「路城さん、日暮。早く逃げるよ」


 僕は袖口と拳についた砂埃を軽くはたきながら二人に言った。

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