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I change you into an ideal figure : 1

 「寒い」


 学校へと繋がる道を歩きながら僕は一人呟いた。そんな文章を書くと大きく僕の文才のなさが窺えるというものだ。大体道は必ずどこにでも繋がっているのだ。自宅へと繋がる道は隣町に繋がっているし、学校にも繋がっている。或いは北海道にも繋がっているし、四国にだって繋がっている。それに一人で呟いたところでそれに返答するものもいないのだ。会話も成り立つわけが無い。

 閑話休題。

 日もまだ出切っていない朝の寒さによっておかしくなった頭でそんなことを思考しながら、十二月十七日の寒い冬の早朝を僕はただ通学の為だけに浪費していた。学校指定の紺色のコートは非常に薄くほとんど防寒の機能を果たさない。デザインとしてはシンプルで僕としては気に入っているのだが、やはり本来の義務を果たさないのでは意味を成さない。僕は出来る限り、首筋が外気に晒されないようにコートを集め、右手で鞄を提げるようにすることで両手をコートのポケットに入れて僅かな熱も逃さないように試みる。けれどやはりそんな抵抗は徒労に終わり、僕は寒い思いをしてただ只管に学校を目指して歩いていた。


 そして衝撃の現実を直視してしまった。


 「まさか、デフォルトでトーストを口に咥えて走る女生徒を目にするとは…」


 三叉路に近づくにつれ、それははっきりと僕の目に入ってきた。いつからここは二次元になったのだ。こんな光景はアニメやゲームの中だけの世界だけだと思っていた。人間の想像できることは現実に起り得ることである、と言ったのは一体誰だったのだろう。あの人形(リィベルテ)だっただろうか。

 あまりのことに呆気に取られ、思考が完全に停止していた。だから二次元では最早お約束となっていることに対する対処を忘れていた。

 「ちょっ、ちょっとそこの人退いて!!!」

 見事に僕はトースト少女と激突を果たし、二人揃って地面へと倒れる形となってしまった。これは完全に僕のミスだ。こういった事態は予測出来過ぎるほどに出来たというのに、『トーストを咥えた女生徒』という『お魚銜えたドラ猫』並みにレアな現状を目の当たりにし、思考を停止した僕のミスだ。

 「ごめん、大丈夫?」

 せめてものお詫びに慌てて僕はトースト少女に謝る。こう言うのは女生徒が怒って、男子生徒が何かとてつもなく小っ恥ずかしい台詞を残し立ち去るのが通例かもしれないが、僕にはそんな台詞をいう勇気がない。大体そんな奴は常識がないにも程があると思う。

 「痛たた。まぁ、何とか平気」

 当たり前だ。人間と人間同士の衝突事故で平気じゃない状態になるのは打ち所が悪かった時ぐらいで、滅多に起るものじゃないだろう。トースト少女は地面に尻餅をついた形で僕に視線を向ける。

 「あたしの方もごめん。寝坊して遅刻しそうだったから慌てて」

 どこまでシナリオに忠実なのだ、この少女は。

 「あ、あたしの朝ごはん」

 見ると地面にわざわざバターとジャムの塗られた方が下になって落ちていた。何故だかトーストは落ちたとき必ずといって良いほど塗られた面を下にして落ちてしまう。これはある意味宇宙の摂理か何かなのだろうか。

 それにしても台詞の四言目に食べ物のことを残念がるのは如何なものか。せめて立ち上がってからとか、僕の心配をしてからとかにして欲しかった。それにトーストが落ちたのは少女が僕に向って叫んだからだと思う。叫ばないで咥えていれば落ちなかったのではないだろうか。

 「あたしの朝ごはんがー」

 膝をつき、泣き崩れるかのように叫ぶトースト少女。流石にここまでの落ち込み具合を見せられると申し訳ないと思う気持ちより、ドン引きの方が先に立つ。

 「えっと、ごめん」

 「ごはんがー」

 「ごめん」

 「ごはんー」

 「ごめんー」

 「ごはんー」

 「ごはんー」

 「ごめんー。あれ?」

 いつの間にか入れ替わっていた。どうやら僕はまだ混乱していたらしい、初対面の相手に悪ふざけをしてしまった。

 「そ、そんなことしている場合じゃなかった。あたしは早く学校に行かなきゃいけないんだった」

 突如思い出したように、トースト少女は大慌てで鞄を拾い立ち上がる。こうやって正面にしてみると、トースト少女は女子の平均より少しばかり小さい印象を受ける。先ほどの朝ごはんの件と併せて小動物っぽいと思ってしまう。

 「えっと、あたし、急いでいるからこれで失礼するね」

 「ああ、こっちこそ朝ごはん台無しにしたお詫びも出来なくて申し訳無い」

 「それは別に良いよ」

 良いのかよ。ならさっきの落ち込みは何だったのだ。

 「多分また会えるだろうから、その時にでもお詫びしてくれたら良いよ」

 僕を下から覗き込む形で告げるトースト少女の言葉に、僕はその真意を掴むことが出来なかった。

 「どういうこと?」

 「コート」

 僕の着ているコートを指差し、それから自分の着ているコートを指差す。そこで漸く、遅すぎるが漸く僕はその事実に気付く。

 「コート同じだね。あたしも虹ヶ崎高校なんだ」

 それは僕が今から向う学校の名称だった。そこまで分かれば彼女の名前も訊かずとも分かる。

 トーストを咥えて登校するという途轍もないインパクトを持った少女を僕が今までに観て記憶していない訳が無い。なら彼女と僕は初対面だ。こんな真冬の時期に新入生なんて有り得ない。なら彼女はあれしか有り得ない。

 「と言ってもあたし、転校してきて今日から虹ヶ崎生なんだけどね」

 転校生。現実でここまで偶然が重なることなんて有り得るのだろうか。世界はそんな単純に出来ていて良いのか。

 僕は僅かばかりの期待を込めて、彼女に名を訊ねる。本当に予想を外してくれることを期待していた。しかし期待は予想通りに外れた。


 「あたしの名前は、日暮春音。日が暮れる春の足音と書いて、日暮春音」


 それが僕と日暮の最初の出会いだった。

 その時僕は知らずに選択肢を選んでしまっていた。六面体(ダイス)を振ることもなかった。

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