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I cut all the things which you hate : 5

 「貴方は相変わらず無茶をするのね」


 宇月に連れられてやって来たリィベルテが僕の顔を見るなり口を開いた。

 それに対して僕も何か反論してやろうかと思ったが、実際に無茶をして、全身埃や煤まみれでその上服の彼方此方が破けて肌を露出し、さらに肋骨を折ってしまっている僕には返す言葉も無かった。それにもし返す言葉があったとしても現在治療の為全身チェーンによりぐるぐる巻きになっている今の状況ではどちらにしろ口を開く事すら叶わなかっただろうが。


 「春音はそれを『貴方の優しさ』と称したけど、私からすれば貴方の行動は『無茶』の一言に尽きるわよ」


 人が何も言えないのを良い事にこの自動人形は言いたい放題言ってくれる。


 「良い? 貴方は確かに芸術作品の所持者だわ。否定しようも無い芸術作品《導きの箱プリシージョン》の所持者。だからこの場所に残って他の怪我人の救助の時間を稼いだ。それは私も評価するわ。かすみが時間稼ぎの役に回ったら怪我の処置も遅れて、もしかしたら手遅れになる人もいたかもしれないでしょうからね。

 けど、忘れてはいけないのが貴方の持っている芸術作品アンソロジーの能力が《正しい選択肢へと所持者を導く》ってこと。決して春音の芸術作品アンソロジーのように《所有者を所有者の望む姿にする、望む力を与え》たり、巫女服姿の彼女の芸術作品《オーガーゲイト》のように《ありとあらゆる物を両断する》ものではないわ。貴方の芸術作品アンソロジーは戦闘に於いて前線に出て良い能力ではないのよ。

 それなのに、貴方は彼女があいつに傷つけられたというだけで我を忘れて前線に立つなんて無茶を通り越して無謀だわ。死にに行くようなものよ」


 リィベルテは僕の顔をじっと見つめたまま諭すように言葉を告げていく。きついような言葉だけど、けど全て事実だ。《導きの箱》の力を遣い、予知をする為にはどうしても二つの六面体を転がす事が条件となる。そんなタイムラグは常に命を危険に晒しているような前線では落致命的なまでの短所だ。そんな分かりきった事を気付けなかったなんて、その時の僕は相当頭に血が上っていたのだろう。


 「それから、他人が傷付いたとしても貴方が怒る必要なんて無いわよ。いえ、貴方は寧ろ・・・・・怒ってはいけない・・・・・・・・

 彼女は傷付く事も覚悟の上で、あれ・・に挑んで行ったのでしょう? 

 だったら貴方は怒ってはいけない。唖然に取られてはいけない。取り乱してはいけない。

 ただただ冷静に戦況を見つめ、《導きの箱プリシージョン》が導く指示を的確に伝える。それが貴方に出来るたった一つの事よ」

 「……」


 怒るな、か。こいつは随分と無茶を言ってくれる。路城さんは命を懸けてあいつと戦っているんだ。死ぬ事さえも覚悟して。そんな人を目の前にして冷静にいられる訳が無い。


 「リィ――」

 「冷静でいられる訳が無い、って言いたいんでしょう? 分かってるわよ、そんな事。けど、貴方が取り乱したら被害は大きくなるのよ。

 貴方に言わせると彼女は『命を懸けて』あれと戦っているんだっけ? 優しいから、他人の為に自らを犠牲にして? だったら、貴方が前に出たら、彼女は貴方を庇って戦わなきゃいけなくなるじゃない!? 『足を引っ張った』っていうなら正に貴方が前に出る事が最も大きな妨害行為なのよ!?

 彼女だけじゃないわ。貴方が前に出て戦おうとしたら、春音だって、宇月だって、かすみだって、淡雪だって、それに私だって・・・・貴方を守ろうとしてしまう。その事をしっかりと胸に刻んでおきなさい」


 本当に言いたい放題じゃないか。だから僕はお前が嫌いなんだ。何さらりと柄にも無い事を口走っているんだ。聴いてるこっちが恥ずかしくなるだろ。

 けど、やっぱりチェーンによってそんな軽口すら口にする事は出来なかった。

 僕がもごもごと口を開こうとしていると、リィベルテは自分が口走ってしまった事を恥じる様子も無く、行き成り話題を転換した。


 「あと、感動的な所申し訳無いけど彼女の性格、貴方は『優しい』と称したけれど、彼女は決して『優しい』性格じゃ無いと思うわよ」

 「は? 」


 何の脈絡も無い言葉に僕の口からたった一文字の間の抜けた言葉が漏れた。


 「彼女の性格は私から言わせれば『甘い』としか言いようが無いと思うのだけど。大体彼女、《オーガーゲイト》の所持者でありながら、あんな《エンブリオ》がたまたま生じさせたような化け物を一瞬で倒せない訳ないじゃない」


 エンブリオ? 何の事だっけ。確か少し前にそんなタイトルの小説が出た事を聞いた事がある。確か『胎児』の事だっけ?


 「芸術作品アンソロジー牙を剥く魂エンブリオ》。貴方の持つ《導きの箱プリシージョン》と同じく、二つで一つの芸術作品(アンソロジー)よ。識別が【光】と【闇】、感情【いかり】。【勾玉】の形をした作品よ。本来の能力は《所持者の抱く憤りを正す》。

 厭くまで、本来の能力は、よ。そもそも『憤り』っていうものはそれ程悪い感情じゃないわ。不条理な体制に憤りを感じたり、不正に憤りを覚えたり、そういう風に『怒』の感情はある程度必要な感情でもあるの。しくも先程の貴方が彼女が傷付いたことに怒り我を忘れて挑んでいったように『怒』の感情は人間が抱く感情の中でも群を抜いて力を発揮出来るものなの。そんな人間誰しも抱く『怒』の感情を元に所持者に何らかの力を与えるのが《牙を剥く魂エンブリオ》。何でも子供の頃は素直に自分の憤る事を素直に言えたのに大人になると言えなくなってしまうから、そう名付けたらしいわ」


 だから『胎児エンブリオ』ですか。

 成程。あの黒い影が何かも大体分かった。つまりその《牙を剥く魂》を壊せばあいつは倒せる訳だ。だったら早く僕の六面体でその場所を探して路城さんと日暮に伝えなければならない。


 「で、あれの事なんだけど」

 「何だ? 」


 漸く僕の傷も癒え、慌ててチェーンを外す。全身にチェーンが巻きついているので外すのも一苦労だ。

 痛たた、肉に食い込んだ。


 「あれはどうやら所持者いないわね」

 「所持者もいないのに動いてるのか?」


 時たま所持者無しに事件を起こす芸術作品もいるらしいが、今回の《牙を剥く魂》のような『所持者の【怒】の感情を元にしている』芸術作品が所持者も無しに動くものなのだろうか。


 「あれの体が何が出来てるか、貴方は見た?」

 「いや。けどかなり硬かったから肉ではないのは分かるけど」

 「あれの体を構成しているのはテレビや車のドア、エアコン、それにビニール傘に金属片。御菓子の空き袋にジュースの缶ってところね」

 「ゴミみたいな物ばかりだな」

 「と言うか、全てゴミで構成されているのよ。

 彼女の住んでいる夜行村っていう場所について以前宇月たちが調べてくれたけど、随分人並外れた山間の村らしいの。近年は不法投棄も問題視されてニュースでも取り上げられたみたい」


 不法投棄。確かにさっきリィベルテが挙げた物は全て不法投棄されていそうな物ばかりだ。って事は不法投棄に憤りを覚えた村の誰かが黒い影を生み出してしまったのか。


 「いえ、黒い影を生み出したのは、不法投棄された物そのものよ」


 物が自分達の意思で? そんな事可能なのだろうか。

 まぁ、今僕の目の前で語っているリィベルテだってよくよく考えれば自動人形という『物』だ。リィベルテに限らず僕の持つ六面体だってまるで感情を持っているかのように僕をからかって遊ぶこともある。けれど、それは天才芸術家が生み出した作品であるが故で、大量生産によって生み出された物に意思が宿るとは俄かに信じられなかった。


 「日本だと八百万の神って言って、何にでも神様が宿るって考えだっけ? 恐らくその精神が存在する日本という場所と、物が激しい憤りで意思を持つほど長年の間放置されていた事で生み出されたのでしょうね」


 リィベルテはそこで大きくため息をつき、視線を僕から逸らす。リィベルテの視線の先。そこには黒く大きな巨体が路城さんと日暮の二人を相手にしていた。


 「所持者ひとなら怒りの感情の発散の仕方も簡単だったけど、元々が物だとそれも難しいわね」


 『自分達を平気で山に捨てた人間に対する怒り』。

 それは恐らく数えられる人数ではないだろう。無数の人々によるちょっとした行為の積み重ねによって起こってしまった感情。だから怒りの捌け口を何処に向けて良いのかも分からない。黒い影は行き場の無い怒りをただただ破壊衝動に変えて手当たり次第に暴れている。そういう事だろうか。


 「だから、あれは自分を止めて貰おうと彼女の前に現れたんでしょうね。《オーガーゲイト》の所持者である彼女の前に。止められない自分の感情をその肉体諸共両断して貰う為に。

 けど、彼女にはそんな事が出来ない。あれの正体を知り、生まれた原因を想像出来ても《うしとら》で致命傷を与える事が出来ない。その甘さ故にね」


 呆れるような笑みを浮かべてリィベルテはじっと路城さんを眺める。路城さんは先程からずっと黒い影と戦い続けている。ふらふらになりながらそれでも日本刀を振るう。リィベルテの言葉の為かもしれないが、こうやって遠目から路城さんの姿を見るとある一つの事に気付く。

 先程から路城さんは黒い影を両断出来る隙が出来ても《艮》を振るっていない。よくよく考えれば最初の僕と二人で黒い影に奇襲した時だって、腕を一本斬る事だけにとどめた。黒い影は三階から落ちて事態を把握出来ずに隙だらけだった。もし頭を狙っていれば両断する事も出来たと言うのに。


 「甘さでしょ? 」


 リィベルテが同意を得るかのように訊ねてくるが、僕は首を縦に振らない。確かに路城さんの取った行動は命を危険に晒すような戦場で取るべき行動としては異質で考えられないし、異状で信じられないし、異端で許されないものだったかもしれない。

 けど路城さんは、路城さんだけじゃなく僕も、日暮も、天木も戦場に身を置く兵士ではない。ただの一介の市民だ。戦場のセオリーなんか知らない。ただ自分が正しいと思った事をするだけだ。

 だから路城さんの取った行動は決して甘さではない。それは――


 「優しさだよ」


 僕の言葉にリィベルテは半ば予測していたのか、もう一度呆れたように大きくため息をつく。それから僕の手当てをしてくれた宇月を促して立ち上がる。


 「言うと思ったわよ。彼女の行動を『甘さ』と認めてしまったら、貴方の行動もまた『甘さ』と認めてしまうようなものだものね」


 宇月に抱え上げられながら、リィベルテはにやにやと嫌らしく笑う。

 って言うか五月蝿いよ。余計なお世話だ。


 「じゃあ、あれを壊すかどうか知らないけれど、後の事は任したわよ。

 私と宇月は貴方達の邪魔にならないように先に帰ってるわ」


 そう言い残し、宇月に抱えられて本当に去っていくリィベルテ。僕の傷を癒す事と情報を与える為だけにやって来たみたいだ。援軍もまだ集まっていないのか、やって来る気配も無い。

 けど、リィベルテの情報が事実なら僕と路城さん、日暮の三人でも充分に役目は果たせる。


 「さて…」


 黒い影を睨み付けて僕は考える。

 お前のやり場の無い怒りも知ったけど、それでも何の関係も無い人を巻き込んだ事は許される訳ではない。お前が自分でもどうしようもなくて止めて欲しいと言うのならば僕がお前を止めてやる。必ず完膚なきまでに破壊してやる。


 「行くよ、《導きの箱》」


 そして僕は戦場へと戻る。自らの芸術作品を構えて。

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