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I cut all the things which you hate : 4

 「あたしが此処に残るって言わなければ、瞬君は巻き込まれる事は無かったの」

 「別に気にしないで下さい」


 黒い影に奇襲を仕掛ける為、僕と路城さんは西館二階のトイレ付近に身を隠して黒い影が下りてくるのを待っている。三階からは未だ黒い影が激しく暴れ回る音が聞こえてくる。その音が近付いてくるまでは一先ず安心だ。二人揃って壁にもたれ掛かる形で気を休める。

 その間の僕と路城さんの会話。


 「それに此処に残ったのは、くまで僕の意思ですから」


 そう、これは僕の意思だ。もしかしたらあの時に六面体を転がしていたら正しい選択は『避難』だったのかもしれない。振っていないから六面体がどんな導きをしてくれたのかは不明だが、今現在路城さんと一緒にこの場所にいるのは紛れも無く僕の確固たる意思、いや確固たる意志の下でだ。


 「だから、路城さんは気にしないで下さい」


 僕の言葉に路城さんは大きく頷いて僕に笑顔を向ける。


 「分かったの。あの子と相手をする前に如何してもちゃんと瞬君に謝っておきたかったの」


 気のせいだろうか。その笑顔が僕には路城さんが『覚悟を決めた』為に浮かべた、そんな表情だと感じてしまう。

 何だ、この不安感。何だ、この違和感。


 「路し――」


 声を掛けようとして、突然に僕の手の中で六面体が激しく揺れだした。


 「来たの!! 」


 暴れ回る音は未だ上から聞こえている。階段から下りてくる気配は全く無い。けれど天井に目を向けると、音を立ててひびが入っているのが見て取れる。どうやら相当好き放題暴れ回ったようだ。皹はどんどん大きくなっていき、やがて天井は大きな穴を開けて崩壊した。大量のコンクリートやガラスの破片、展示されていた商品に鉄筋が僕たちの隠れているトイレの傍に降り注ぐ。壁が無かったら降って来たガラスなんかで大怪我をしていただろう。そこらへんは流石《導きの箱》と言ったところか。そして降り注いできた様々なものの中心には大きな黒い塊が鎮座していた。

 目標である、黒い影だ。

 そいつは僕たちに気付いていない。それどころか自身に何が起きたのかも理解出来ていないのか、きょろきょろと辺りを見渡している。

 奇襲するには絶好のチャンスかもしれない。それを裏付けるかのように僕の手の中の六面体が二つ揃って転げ落ちた。『零』と『零』。行け、ということだ。


 「路城さん」


 言われるまでも無く、路城さんは黒い影に斬りかかる。降って来たコンクリートを足場にして跳躍、黒い影の右肩目掛けて日本刀を振り下ろす。

 それに対し、黒い影は斬られる寸前に路城さんの存在に気が付き、咄嗟に回避行動を取る。右肩からとはいかなかったが、それでも右手の肘を両断し、黒い影は片腕を失った。

 太く逞しい腕にも関わらず、たったの一振りで難無く両断されてしまった。

 これがイデアの生み出した芸術作品、『ありとあらゆる物を斬る事が出来る』《艮》の力なのだろうか。


 「 ――――――! 」

 「っ! 」


 しかし、片腕を失ったというのに黒い影は何の躊躇も、何の驚愕も、何の動揺も無く、着地し立てできちんと防御も取れない路城さんに向かい左手で弾き飛ばした。

 向かってくる左手に《艮》で防ごうとした為、黒い影の左手が多少斬れたものの華奢な路城さんの体は吹っ飛び、文房具が備えられている棚へと激突した。

 それでも恐らくマシな方。距離もそんな遠くないし、ガラスに突っ込み破片が突き刺さるのよりはマシなはず。《艮》により多少斬る事が出来た為に威力が軽減したのだろう。路城さんは痛む体を抱えるように立ち上がり、再び日本刀を構え直す。


 「 ―――――― 」


 黒い影は相変わらず斬られた事に怯む様子も無く、今度は左手を握り拳を構えて路城さんへと向かっていく。

 先に路城さんが斬りかかる。けれど、路城さんは極普通の女性だ。かすみや宇月とは違い、戦闘には慣れていない事が素人である僕にも動きから分かる。奇襲の時とは違い、黒い影はあっさりと剣筋をかわし、拳を路城さんに振り下ろす。横に大きく飛び込む形で何とか避ける路城さん。それでも黒い影の攻撃は続く。肘までしかない右腕が路城さんに襲い掛かる。


 「後ろに飛んで! 」


 ローデッドとシェイブドの導く事を僕が路城さんに伝える事で、何とか攻撃をかわす。紙一重だった。路城さんが弾き飛ばされた瞬間、あまりのショックに指示を出す役割を忘れた僕のミスだ。何が『路城さんが傷付くのも随分軽減出来ると思いますよ』だ。僕は馬鹿か。

 僕は未だに床に落ちたままだった二つの六面体を拾い上げ、手のひらの上に置く。

 路城さんに謝罪するのも、自分自身を責めるのも、今は後回しだ。今は兎に角六面体が示す未来を路城さんに伝えなければならない。

 僕の手のひらの上で六面体が転がる。僕に近い方に黒のシェイブド、近い方に白のローデッドが転がり、どの面を出す訳でも無くその位置でくるくると角を中心に回り続ける。

 ちょうどその位置関係は黒い影と路城さんのいる位置に相当する。

 と、黒のシェイブドが僕の方に向かって転がってきた。顔を上げるとゆっくりと黒い影が僕の元へとゆっくりと歩いてきていた。

 僕が声を出したから、標的を路城さんから僕に代えたと言うところか。望むところだ。こっちはお前に色々と不満を抱えているんだ。だから相手になってやるよ。

 僕は左右両方の手にそれぞれ六面体を握り、どちら側から黒い影の攻撃が飛んでくるのか導いて貰えるようにし、両手を顔の前で構える。けれど。


 「ちょっと…待つの…。貴方の…相手は私なの」


 路城さんの言葉に黒い影の動きが止まった。ゆっくり振り向き、路城さんの姿を視界に収める。


 「ちゃんと私が相手を…するの。他の人…を巻き込んじゃ…いけないの」

 「 ―――――― 」


 再び路城さんに向かっていく黒い影。左の拳と肘までの右腕を振り上げ路城さんを威嚇する。

 路城さんの足元はふらついている。先程弾き飛ばされたダメージが残っているのだろう。

 明らかに路城さんは黒い影が僕に向かっていくのを防いだ。自分に黒い影が向かってくるよう挑発するように声を出して僕を庇った。

 唐突に僕の頭の中に十数分前の路城さんの言葉が思い出される。



 『瞬君の安全は私がしっかり確保するのです』



 それに先程の僕に向けて浮かべた笑顔。覚悟を決めたように感じられたあの表情は路城さんの『僕の身を守る為に自ら傷付く』事を決意した為に出た表情なのではないだろうか。

 否定出来ない。寧ろ優しい路城さんの事だ。この想像は大いに在り得ると思う。


 気付くと僕は路城さんと黒い影との間に立ち塞がっていた。両手には六面体を握り潰しかねない程きつく握り締め、僕は両手を構える。


 「来ちゃ…駄目なの…」


 泣きそうな声で路城さんは言うけれど、黙って見ている事など僕には出来そうに無い。僕は振り下ろされる左の拳をかわし、右のストレートを繰り出す。戦いの素人である僕。その繰り出すストレートも随分ぞんざいなものではあるが、確かな手応えと共に黒い影の体にぶち当たる。が。


 「いっ…! 」


 まるで鋼鉄を殴りつけたかのような激痛が僕の全身を駆け巡り、視界を白くぼやかせる。手を見ると青紫に滲み幾分形を変えて大きく腫れ上がっている。どうやら今の一撃だけで右手が使い物にならなくなったらしい。

 そう理解した瞬間、さっき全身を駆け巡った激痛が今度は腹部から起こり、それと同時に足場の感覚が消えた。

 浮遊感。

 衝撃。

 絶息。

 気付くと僕は路城さんよりもずっと後ろの床に倒れ伏していた。立ち上がろうと右手で体を支えようとしたら痛みが走り、顔面から再び床へと倒れこむ事になった。そして込み上げてくる嘔吐感。僕はその場に自らの腹にあった物を盛大に吐き出す。吐き出す度に横腹が激痛を訴える。もしかしたら肋骨をいったかもしれない。

 嘔吐感が治まると僕は左手で痛む体を何とか支えて起き上がった。立ち上がり滲む視界で捉えたのは路城さんが必死で黒い影に向かっている姿だった。《艮》を振るい、いや振り回し、何度も黒い影の一撃を喰らいそうになりながら《艮》で如何にか防ぐ路城さん。力の差は歴然だった。それでも路城さんは決して引こうとはしなかった。本来の僕たちが此処に残った理由は時間稼ぎだったはずだ。その意味では充分に時間を稼げたと思う。もう路城さんは役目を充分に果たしたと言える。

 だから、早く逃げて欲しい。路城さんの制止も聞かず、返り討ちに遭うような男の事なんて放って置いて、此処から早く。

 路城さんは逃げない。何度もひやりとする場面を味わっているというのに、それでも尚彼女は日本刀を掲げ、化け物へと向かう。逃げない事は分かっていた事だろう。優しい路城さんは怪我をした僕を庇っているのだ。今もし路城さんが逃げれば、黒い影は僕に襲い掛かってくるだろう。こんな状態の僕ではいくら《導きの箱》があるとは言え、逃げ延びる事など出来ないだろう。だからこそ路城さんはあんなにも必死に。


 「…僕はどれだけ人の足を引っ張れば気が済むんだ…」


 思い出すのは傷を負ったあいつ・・・の姿。僕の痛手。

 自然と自嘲的なものの言い方になってしまった。

 またあいつ・・・のように僕の所為で路城さんを傷を負わせてしまうのか。


 「けど、それは時月君の想いから生じるものだよ」


 声。

 優しく、明るい声が聞こえた。それと同時に僕の体を支えてくれるように、そっと背中に手が添えられた。

 僕より幾分小さな体躯。あどけなさの抜けない顔立ちに大きな瞳。二つに束ねたツインテール。


 「…日暮…? 」

 「うん。お待たせ、時月君」


 日暮ひぐれ 春音はるおと

 僕や天木の友達、クラスメイト。そして芸術作品《理想像》の所持者である少女がそこにいた。


 「どうして此処に…? 」

 「淡雪ゆきから電話貰ってね。淡雪も随分あたしを巻き込む事に悩んだみたいだったけど、被害を最小限に抑えたかったんだろうね」


 明るい声で日暮は語る。そんな日暮に接していると落ち込んでいた気持ちが次第に和らいでいく。


 「時月君。一つ言っておくけど、時月君がしてくれる事で、誰かの足を引っ張っている事なんて一つも無いんだよ」


 そこだけ、叱るような戒めるようなそんな口調で日暮は言葉を紡ぐ。


 「今回、時月君があの人を庇ってあいつに挑んでいた事だって時月君の優しい想いがそうさせた事だよ。結果としてはあいつに負けっちゃったけど、あの人だって時月君の想いを分かってくれているし、足を引っ張ったなんて絶対思ってないよ」

 「けど…」

 「けどじゃない! 『頑張って行動しろ』って叱ってくれたのは時月君だよ。あたしは時月君がいてくれたから救われたし、感謝もしてる。絶対時月君が足を引っ張ってるなんて思わない」


 だからさ、と日暮は続け、


 「時月君は自分の思う通りに行動してくれて良いんだよ。君の優しさは皆を救うんだから」


 そう言って、軽く僕の背中を押してくれる日暮。

 落ち込んでいた気持ちはもう跡形も無く消え去っていた。


 「行動してくれる前に傷を癒して貰おうか。宇月さんももうすぐ来てくれるだろうから」


 日暮はそれから着ていたコートを脱ぎ動きやすい格好、虹ヶ崎高校指定のジャージ姿になる。蒼い上着に、蒼いズボン。上着の前には大きくゼッケンが張り付いている。


 「日暮、何する気だよ? 」

 「何って、あいつと戦うんだよ」


 当然のように日暮は口にし、足の屈伸運動を始める。

 確かに日暮は《理想像》の所持者で身体能力は神懸かったものではあるが、それは厭くまで神懸かったものであり、実際には人の身体能力限界まで出せると言うだけだ。


 「危ないだろ」

 「時月君に言われたくないよ」


 そりゃ、これだけ大怪我した僕が言えた義理ではないな。

 けど危ない事は危ないのだ。僕としては何が何でも止めなければならない。


 「日――」

 「約束したよね? 」


 言葉を遮られてしまった。

 まぁ、遮られる事には慣れている。悲鳴に遮られ、黒い影の出現に遮られた僕には最早慣れっこだ。


 「時月君は『あたしが危なくなったら駆けつけてくれる』。その代わり、あたしも『時月君が危なくなったら絶対に助ける』。そう約束したよね? 」


 それは僕と日暮がクリスマスの日に約束した事。

 ちょうどこの上の喫茶店からの帰り道で約束した事。


 「だから時月君は、まず傷を治す事だけを考えて」


 そして、日暮は全力で黒い影の下へと駆けていく。脱兎の如く、電光石火で、黒い影に不意打ち気味に強烈な蹴りを喰らわせていた。

 今更、日暮を止める事なんて出来そうも無い。兎に角今は宇月が来てくれるのを待つしかなかった。

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