I cut all the things which you hate : 0
人生で一度や二度怒りや憎しみを抱くことは人間であるならば誰にだってあるだろう。
例えば、自分に友達が出来ないのは友達が自分のことを分かってくれないからだと思い込み、一人で寂しく少女漫画を読むことしか出来なかった少女。例えば、過去に一度選択肢を誤り、それから誰も何も信じることが出来なくなった少年。例えば、たまたま生まれてきてしまった家が大財閥だったというだけで、小中高と同年代の子供達が当然のように享受出来た筈の楽しい思い出を奪われ続けてきた少女。
人間が人生を生きていこうとするならば、それらの感情に出会わずにはいられない。自らのことを誰も理解してくれないと万人を怒り、もう誰も信用できないと世界を憎み、自由を許してくれないと己の境遇を恨み、それでも尚、人は人生を生きていかなければならない。もしかしたら、それを少しでも好転させる為人は毎日を生きているのかもしれない。
けれど、そういう意味からすると十二月二十六日、クリスマスから一夜経ったその日に出会った少女は異質だと言えるのかもしれない。
路城月耶。
彼女はたとえ誰からも理解されなくても怒らない。彼女はたとえ誰も信用できなくても憎まない。彼女はたとえ自由を許してくれなくても恨まない。
そういう風に彼女はまるで聖人のように優しく―
異質で
異状で、
異端だった。
彼女と僕が出会ったのはクリスマスから一夜過ぎた十二月二十六日のことだった。
毎年僕は十二月二十六日という日が好きではなかった。昨日まであれほどクリスマスに浮かれていたというのに、一夜過ぎてしまえばクリスマスのことなどすっかり忘れて、今度は目先に迫った元日に向けて街は慌しくなる。その唐突過ぎる変化に僕は毎年馴染めなかったのだ。つい昨日は赤い服に白い髭を付けて店頭でケーキを売っていたバイトの学生が、今日には暇そうに店の中でつっ立っていたし、つい昨日は子供の為にプレゼントを抱えて急いで家に帰っていた男性は、今日には疲れた顔をして会社へと出勤して行っていたし、つい昨日彼氏とデートだと騒いでいたクラスメイトは、今日には彼氏に対する不満を滔々(とうとう)と愚痴っていた。そんな唐突過ぎる変化を目の当たりにさせられては僕だって今日という日を好きになれないのも分かってもらえるだろう。
好きでもない日だからといって避けることは当たり前だが出来ない。一日一日を過ごしていれば、三百六十五日に周期でその日はやってくる。
今年の僕はその日、家で大掃除をしていた。先日ある理由で折れた左腕も今ではすっかり完治している。そんな訳で右手に掃除機、左手にはたきと両手を使用し、自室の掃除をしていた。我が家の掃除機は随分と年季の入ったものなので音が非常にうるさく、その為に随分と長い時間電話が掛かっていることに気付かなかった。掃除機を掛け終わり、電源を切ると机の上で僕の携帯電話が曲を奏でていた。因みに僕は着歌を採用している。曲は二番を奏でていた。どうやら留守電に切り替わらなかったらしい。僕は随分長い時間掛かっていた携帯を取り、発信者の名前を確認する。画面には『リィベルテ様(ハート)』と出ていた。勿論僕はこんなふざけた名前で登録しない。恐らく可愛げのない自動人形の仕業だろう。僕は文句の一つでも言ってやろうと通話ボタンを押した。しかし、電話を掛けてきたのはリィベルテではなく、そいつと一緒に住んでいる僕のクラスメイト、天木淡雪からのものだった。何でも冬休み前に言っていた県外で発見された芸術作品の回収を急ぎたいとの事だった。その為急ではあるが今からすぐに一緒に出かけて欲しい。荷物は別に必要ないから兎に角急いで来て欲しいとのこと。どうやらかなり切羽詰まっている様子で天木の声は随分と上ずっていた。
電話を切り、念の為《導きの箱》を転がしてみるが、どうやらこのイベントは避けることが出来ないらしい。僕は念の為幾らかのお金と携帯電話、それに《導きの箱》だけをポケットに入れてほとんど手ぶらで家を飛び出した。
そして天木に指定された場所に向かう、その途中で僕は彼女とまるで必然のように出会ってしまった。異質で異状で異端な彼女との出会いは、当然のように異質で異状で異端なものだった。
それが始まり。
今回の芸術作品もまた事件を引き起こす。僕は負傷し、僕の周りの人々も傷ついた。そんな事件がその瞬間から始まっていた。
やはり僕はどうしても十二月二十六日という日が好きになれそうも無かった。