I let time accelerate : 3
宇月をどう日暮に説明したら良いのだろうか。まず天木の家の説明からするのが妥当か。天木家は大財閥だ。現在の世界の約四割は天木財閥によって支えられていると揶揄されるほど手広く様々な分野に進出し、身近なものではシャンプーから果ては人工衛星まで天木財閥は関わっているという。そんな大財閥だなのだからこそ、色々とトラブルにも巻き込まれやすい。裏社会の存在を一介の高校生である僕が知っている訳無いから暗殺などが起こるとは信じられないが、それでも身代金目的の誘拐や強盗事件なら起こっても何の不思議でもない。だからこそ天木家の関係者はそれぞれSPのような人物によって身を守られている。特に天木淡雪のような天木家本家の人間には部隊と呼ばれる集団体制でその身辺を徹底的に防衛されているという。その部隊のリーダーがこの全身灰色、宇月である。
これで説明として成立するだろうか。
「ああ、淡雪の言ってた人か」
どうやら成立したらしい。日暮は納得したように肩を撫で下ろす。
しかし、天木のことをニックネームで呼ぶなんて、日暮も随分天木と打ち解けたものだ。
「淡雪から話は聞いてます。いつも良くしてくれて感謝してる、って」
「…淡雪様はお優しいですからね…。…私はそんな感謝されるようなことはしていません…」
もしかして、日暮は天木から宇月たち部隊の説明をされていたのではないだろうか。そう考えると僕の説明は不必要だったのではないだろうか。そこはかとなく悲しいな。
「確か宇月さんって零位っていうリーダーの地位なんですよね? そんな人がどうしてこんなところに? 」
落ち込む僕を放って置いて話はどんどん進む。寧ろ僕がいない方が進行がスムーズに行くんじゃないだろうか。
いや、そんなことを認めるわけにはいかない。それを認めると僕の立場が無くなってしまう。
「宇月は僕がちゃんと日暮に話を着けられるか確認しに来たみたいなんだ」
「話? 」
せめて、日暮に伝えなければいけない話は僕自身の口からすることにしよう。
「日暮も知ってるとは思うけど、僕は芸術作品を持ってる。 実は芸術作品を天木は、正確に言うと天木の家は収集してるんだ。天木の家には『リィベルテ』っていう自動人形の芸術作品までいて、そいつから情報を得たり、大財閥の情報力なんかを駆使して世界中から芸術作品を集めてる」
「もしかして、あたしの《理想像》も淡雪に渡さなきゃいけないってこと? 」
「ああ、違う違う。そうなった方が僕として安全で良いとは思うけど、まだ日暮には厳しいだろう。だから、僕と同じように芸術作品の所有者として他の芸術作品を集める手伝いをして欲しいんだ」
僕の言葉が終わると同時に、それまで黙っていた宇月が口を開く。
「…手伝う、と簡単に言いましたが、実際に芸術作品を集めることになると大怪我を負う事など珍しくないです…。…下手をすると命を落とす可能性もあります…。
…だから、時月様はずっと言い出せなかったのかもしれません…」
現在僕は左腕を骨折している。この怪我だって芸術作品に関わったことによるものだ。それにこんな怪我はまだマシな部類でさえある。僕が天木の手伝いをするようになって一ヶ月も経たないが、それでももっと酷い怪我を負ったことだってある。
だから出来たら日暮には天木に《理想像》を渡して、平和でいて欲しい。
けど―
「手伝います」
それは僕としてある程度予想していた言葉だった。《理想像》を手放したくないっていうこともあるだろうが、何より第一に日暮が考えるであろうことは『友達の役に立ちたい』だろう。前の学校でのことを考えると、現在の友達がいるという状態は幸福なものだろう。だからこそ、日暮は盲目的に《友達》というものを大事にする。友達の役に立とうとする。たとえそれがどんなに危険なものであっても関係ないのだろう。
「…分かりました…。…時月様も宜しいですね…? 」
僕に日暮を止める権利なんて元々ない。僕は小さく首を縦に振らざるを得ない。
「…では続いて、日暮様に改めて芸術作品についての説明をさせて頂きます…」
宇月は淡々と話を進める。いつの間にかまた話を進める役割が奪われていた。どこまで僕は立場がないんだ。
「日暮様はどの程度まで芸術作品に対する知識をお持ちでしょうか? 」
「えっと、ほとんど知らないです。《理想像(この子)》を拾った時に図書館で調べて、制作者がイデア=メイザースという天才と呼ばれた芸術家だってことくらいしか」
「けど、日暮は《導きの箱》の分類知ってたんじゃ? 」
「あれはその芸術家の作品集みたいなのに書いてあったから。分類っていうのは実際にはどういうことかまではちょっと…」
困ったように日暮は苦笑いを浮かべる。
成程。その作品集で正しい道へと導いてくれる《導きの箱》を見て、それを欲して分類まで覚えたという訳か。
「…イデアという天才芸術家については文献も資料も限られているので、情報としては日暮様の仰られたこと以上のことは分かっていませんが、イデアはその生涯のうちに随分と数多くの芸術作品を生み出しました…」
因みにリィベルテにイデアについて訊こうとすると明らかに話を逸らそうとする。僕だけでなく誰であっても誤魔化すのだから、恐らく触れられたくないことなのだろう。
「…日暮様もご承知の通り、イデアの生み出した芸術作品は皆何らかの不思議な力を持っています…。…その不思議な力の種類に応じて、【火】、【水】、【土】、【風】、【光】、【闇】、【雷】、【氷】、【木】、【石】、【音】、【時】、【空間】の十三個に識別されるのです…。…《理想像》の場合、所有者の望む姿に変化させていますが、その上限を人間の性能ぎりぎりまで上げ、所有者の意図しないことまで引き起こすということから、【闇】になる、とリィベルテ様は仰っていました…」
「【闇】、ですか…。じゃあ、《導きの箱》の【時】と【空間】って? 」
「…【時】は時間に関して、【空間】は場所に関して…。…未来にその場所で何が起こるのか知ることが出来る、という訳です…。…そう言えば、これも【時】のものです…」
灰色のスーツの懐からくすんだ銀色をしたものを取り出す。丸い手のひらに乗るほどの大きさ。一定の速度で音を刻む。端には長い金属のチェーンが取り付けられている。
「懐中時計ですか? 」
懐中時計、《流れに棹をさす》。
天才芸術家が日本語でそう名付けた訳では決してなく、あくまで訳すとそうなるだけである。意味としても『大勢のままに進む』ということだから、時流に逆らう要素はほとんどない。ハンターケースと呼ばれる時計を保護するための上蓋が付いた懐中時計で、毎日リューズ部分を回しぜんまいを巻かなければならない機械式で動作するそれも識別は【時】である。
「持って来てくれたんですね」
「…淡雪様から仰せつかってましたから…」
流石、天木だ。そつが無いというか完璧だ。元々は天木家本家で管理されていたはずだが、僕が骨折したことにより持ってきてくれたのだろう。
「どうするの? 」
日暮が興味津々と言った感じで、懐中時計を覗き込む。近い近い、顔が近いですよ。
「…こうするんです…」
チェ−ンを折れた僕の左腕へと巻き付ける。一通りで事は足りるが念の為に宇月は何重にも巻きつけてくれた。けど、少しきついかも。血が止まってるよ、これ。
「…それから…」
リューズ部分をきりきりと回す。回す。回す。
「…こんなもの、ですかね…」
巻き終わり、暫くするとそれまで一定の速度で時を刻んでいたのに、そのリズムが次第に早くなっていく。
「…《流れに棹をさす(クロック・ロック)》は『チェーンを巻き付けた対象の時間を進める』という力があります…」
やがて懐中時計が刻む音が元の一定のリズムを取り戻す。少しうるさいような無機質な機械音。けれど、聞いているどこか懐かしいような気持ちにさせるそんな不思議な音。
宇月はリズムが完全に元に戻ったことを確認し、僕の左腕からチェーンをゆっくりと外してくれる。
僕の左腕には予想通りというかくっきりと不気味な紋章のようなものが刻み付けられていた。だが、その代わりというか、僕の左腕はすっかり完治している。最早骨は完全に修復されている。
「…この通りです…」
宇月の言葉に合わせて、僕も左腕が治ったことを日暮にアピールする。それは手品とかでタネがないことを見せ付けているかのような動作だったが、この場合はタネは本当に無い。芸術作品だけが成せる魔法だった。
「…続いて、『感情』の説明を…。…『感情』の分類は全部で七つ…。…【喜び】、【怒り】、【哀しみ】、【懼れ】、【愛しみ】、【悪しみ】、【欲望】のうち、イデアがどういった思いを込めて作品を創ったかで分けられます…。…《流れに棹をさす》は戦争により傷つく人々を目の当たりし、少しでも早く戦争が終わるようにと願い生み出したから…。…《理想像》は弱かった自分を嘆き、強くなりたいと生み出したから、《導きの箱》はどのような行動を取れば誤らずに生きていけるかという不安から生み出されたと言われています…」
「だから、『感情』ですか」
「…そうです…。…最後に作品は…これは別に説明するまでも無く、その芸術作品がどのような形状をしているかです…。…以上で説明を終わらせていただきます…。
では、時月様、日暮様、私はこれにて失礼させていただきます…。…これからも淡雪様の手助けの方、宜しくお願いいたします…」
本題が終わると宇月は深々と頭を下げて、さっさと喫茶店から出て行ってしまった。相変わらず、愛想のない人だ。
「けど、日暮。本当に良かったの? 芸術作品の収集は本当に危険なんだぞ」
「うん、別に平気だよ。あたしは肉体強化出来るし、寧ろ戦力としては大幅アップするでしょ? 」
それは確かに《理想像》の力があれば、収集活動で問題が生じても随分スムーズに出来そうな気がする。
けど、やっぱり女子を戦場に巻き込むというのは―
「それにいざとなったら、時月君が助けてくれるよね? 」
それは完全な不意打ちだった。
僕と友達になって一週間足らずだというのに、日暮は僕を信頼しきったかのように穏やかな表情で僕に語り掛ける。そんな信頼を、《友達》というだけで僕に向けることが出来るのか。
「時月君はあたしが危なくなったら駆けつけてくれるよね? 」
「そりゃ、まぁ…」
「なら安心だ。あたしも時月君が危なくなったら絶対に助けるからね」
《友達》だから助けてもらうし、《友達》だから助けるか…。
芸術作品が巻き起こす戦場で、そんな考え方しか出来ない日暮は甘過ぎるのかもしれない。 平和ボケしていて、無知で、甘ちゃん。
そんな奴が戦場で生き残れる可能性は極めて低いと思わざるを得ない。
けど。
それでも。
僕のことを心から信頼してくれて、何の恥ずかしげも無く《友達》と思ってくれる日暮のその純粋さを否定することは僕にはとても出来なかった。
「日暮」
「ん、何? 」
二人で喫茶店を後にして、ゲームセンターへと向かう途中。夕刻へと近付くにつれ街にはさらに大勢の男女が溢れ返っている。そんな人の大勢いる中気付くと僕は口を開いていた。
「Merry-Christmas」
素直に礼が言いたいのに、照れくさくてそんな言葉しか言えない。
メリー・クリスマスは『おめでとう』としか伝わらないだろう。けど、クリスマスが本来キリストの誕生を祝う日であるなら、生まれてきてくれたことを感謝する日なら、こんな使い方をしても間違っていないはずだ。そう自分に言い聞かせ、僕は日暮に感謝の言葉を伝える。
「うん、メリークリスマス! 」
僕の言葉に日暮も明るく返してくれる。それから―
「あたしと《友達》になってくれてありがとう! 」
日暮もまた僕に感謝の言葉を伝えてくれた。
今回の『Merry-Christmas』という台詞。ルビとして『ありだとう』と振りたかったのですが、上手く振ることが出来ず携帯で読んでくださった方々にはとんでもないことになっていると思います。どなたか自分にルビの振り方を教えてください。
何とか前作での約束を守れたことに肩を撫で下ろしつつ、間章(一応)終了を喜びたいと思います。
もしかしたら間章にもっとエピソードを書き加えるかもしれません。その際の修正は前書きに書いておきたいと思います。
読んでくださった方々に感謝と、ルビを指導してくださる方々にお願いを。
【11/2 追記】カテゴリーに『友情』と『青春』を追加しました。