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I let time accelerate : 1

 十二月二十四日。

 世間的に言うとクリスマス・イヴと呼ばれる日、僕は冷え込む街中で人を待っていた。クリスマス・イヴに待ち合わせと聞くと、恋人を待っているかのように思われるかもしれないが、生憎ながらそんな大そうなものは僕は持っていない。相手に会える日を訊ねたところ、今日しか都合が合わなかった、ただそれだけの理由だった。

 僕は先日、とある理由で左腕を骨折し、現在それをギプスで固定し駅弁を売るかの如く肩から布で下げている。そんな格好でクリスマスに浮かれる街中で待ち合わせというのは想像していた以上に恥ずかしい。街中に流れるクリスマスソングに思わず悪態をついてしまいそうになるほどだ。

 「寒…」

 呟く声も白く染まる。そう言えば出かけ掛けに見たニュースでは今日は今年最も冷え込むと予報していたような…。そんな今期一番の寒さにも関わらず街中には寄り添って歩く男女の姿が見受けられるのだから、クリスマスの存在とは凄まじいものであるのだろう。

 ふと腕時計を見ると約束の時間を五分ほど過ぎていた。ちなみに僕がこの場所に来たのは約束の時間の十分前。つまり十五分ばかりこの寒空で耐えているわけだ。そろそろ本当にきつい。次第に眠気が出てくる。本当に寒いと眠りたくなるものだとぼやけていく頭で他人事のように考えていると―


 「ごめーん、遅れたー」


 漸く待ち人の声。間一髪命拾いをしたのだった。

 「うわ、大丈夫!? 何だか顔が青白いよ。こういうのはやっぱり女子としては遅れて来るものだと思ってたから、そこの喫茶店で時間潰してたんだけど、こんなことなら真っ直ぐ来るべきだったね」

 おい、お前の所為で僕は死に掛けたのか。

 文句を言ってやろうと、待ち人に視線を向ける。その僕の前に、はい、と何かが差し出された。

 「はい、懐炉だよ。待たせちゃったお詫び」

 「…ありがとう…」

 怒ろうとしたのに、出鼻を挫かれた。僕は無言で懐炉を受け取り、両手で挟み込む。懐炉は凄く暖かかった。

 「因みに、今のも少女漫画から? 」

 「うーん、今のはオリジナルかな。プレゼントっていうのは参考にしたけど」

 女子高生の平均より少し低めの身長に、二つに束ねたツインテール。未だあどけなさの残る顔に大きい目の瞳。そう言って日暮春音は照れくさそうに笑った。

 前の学校で人間関係が下手だった日暮は少女漫画の知識を平気で三次元でも使ってくる。だから今回日暮と待ち合わせするにあたって、日暮が制服姿でやってくるのではないかと一抹の不安を抱いていたのだが、どうやらそれは僕の杞憂だったらしい。まぁ、最近の少女漫画で学校だけを描いたものもないだろう。そんな訳で今日の日暮は、赤と黒のチェックの上着と、それとお揃いの膝下の長さのスカート。頭には耳当てつきの帽子まで被っている。

 「似合う? 」

 スカートの裾を摘み、上流階級のお嬢様よろしく尋ねてくる日暮。正直そういうお洒落には疎い僕にとって尋ねられても返答に困るのだが。

 「まぁ、似合うんじゃない? 」

 「うん、ありがとう」

 僕の曖昧な返答にも日暮は嬉しそうに笑う。本当に同い年かどうか疑いそうになる程、純粋な奴だ。

 「けどまさか、時月君からデートのお誘いがあるとはね」

 嬉しそうに笑いながら、しみじみといった感じで日暮が呟く。

 待て待て。どこをどう見ればこれがデートに見えるんだ?

 「大体、僕と日暮は《友達》だろう? つい一週間前に日暮が『友達になって』って言って友達になったはずだろう」

 「時月君。デートっていうのは、日時や場所を定めて異性と会うこと、を言うんだよ? だからこれは間違いなくデートだよ」

 「そんな広辞苑のデートの説明みたいなことを言われても困るんだが…」

 「辞書にマーカーでチェック入れてるから説明に間違いないよ。因みに『キス』っていうのは接吻、口づけのことで、『告白』は心の中に思っていたことや隠していたことをうちあけること、またその言葉のことなんだよ」

 「お前は思春期の男子中学生か! 」

 それじゃあ、エッチワードにチェックを入れて喜んでいる男子と変わらないじゃないか。日暮、もしかして欲求不満なのか。

 「酷いな、その言い方は。あたしは前の学校であんなん・・・・だったから、そんなことをするくらいしかなかったんだよ」

 むくれた様に、けど悲しそうに日暮は言う。日暮春音。一見すればごく普通の明るい女子高生に見えるが、彼女にだって暗い過去はある。時々忘れそうになるが、その過去は未だに日暮の中にあるのだ。

 「…ごめん…」

 「……………」

 日暮は黙ったまま何も言わない。本当に僕は何を言ってしまったんだ。

 「…日暮…」







 「えい! 」






 唐突に日暮が僕の腕にしがみついてきた。

 「全く。時月君が謝るようなことじゃないよ。あんなことになったのはあたしが弱かっただけだもん。

 けど、時月君がどうしても謝りたいって言うんなら、今日一日あたしと《デート》しよう」

 僕の右腕としっかり腕を組んだ形で、日暮はからかうような笑顔を浮かべていた。

 その顔は本当に楽しそうで、嬉しそうで、僕は本題・・を切り出すことも出来ずに、日暮に引き摺られるまま、クリスマスソングの流れる街中へと消えていくのだった。

間章です。三話で終わる予定です。

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