第1話 転生
「うーん…ここは?」
目覚めると俺は見知らぬ部屋にいた。部屋はそこそこ広く、黒を基調に天盤付きのダブルベッドやクローゼット、さらに竜の顔やらの剥製が壁に飾られていた。他にも壁際には様々な形をした片手剣や両手剣、槍といったどう見ても高そうで鋭そうな武器が立て掛けられていた。
「何処だここ?」
ベッドから起き上がる。なぜかさっきまでと視線の高さが違う。「もしや…!」と思い立て鏡へと急ぐ。そしてその予想は現実となる。
「なんじゃこりゃーーー!」
俺の叫びが部屋中に響き渡る。
そこに立っていたのは身長180cm程(俺は170cmあるかないかぐらい)の肩甲骨まで伸びた髪を持つイケメンだった。その男は、黒をメインに所々金色の線が入っている服を着ていた。
「まさか…こ、この姿が俺…なのか…」
膝から崩れ落ちる。そして俺の中の何かが切れた。
「フフフ…アハハハハ!」
笑いしか出てこなかった。それもそうだろう。さっきまで商店街でぶらついていたのがいきなり通り魔に襲われ気が付いたら知らない部屋で知らない姿になっているのだ。これで壊れないほうがおかしいというものだ。
「…ふぅ。どうしたんだろう俺。夢でも見てるのかな?だったらさっさと覚めてほしいんだが」
などと独り言を言っていると1人の女性が扉を壊さんばかりの勢いで飛び込んできた。
「陛下ーーー!やっと目を覚まされましたか!?」
「はぁ?お前なに言ってだ?あとだ……」
「誰だよ」と言おうとして気が付いた。女性の背中から黒い翼が生えていたことに。
「うわぁぁぁぁぁーー!」
咄嗟にバックステップをして女性と距離をとる。女性はきょとんとしている。震える足を抑え、脳をフル稼働させて叫ぶ。
「お、お前だれだよ!」
「陛下?何をおっしゃられて……はっ!まさか!?」
女性は何かに気が付いたように何かを探るような目でこちらを見ている。
「な、なんだよ?」
「陛下は記憶を失われているのでは?」
「はぁー!?」
いきなりの記憶喪失判定に呆然とするしかなかった。しかしこの女性に敵意がなさそうだと分かると少しづつ落ち着いてきた。余裕が出来てきたので状況を整理する。
えっと…まず俺はさっきまで商店街でぶらついてて、そして誰かに刺されたのか?それで死んだ…のかな?ということは新しく転生したのか?でも転生したなら体は大人になってるし前世?の記憶も持ったまま出てくるのはおかしいんじゃないか?あぁ!なんかややこしいぞ。
とりあえず中学3年生だった俺は死んだってことでいいのかな。そして前世の記憶を持った俺はこの世界で新しい人生を歩めと……まるでラノベのような話だな。まぁそれは置いておくとして彼女についてだよなー。さっきから俺のこと陛下って呼んでるってことは家臣的なポジションなのか?で、俺は王様みたいな。
とりあえず敵意はないみたいだし真実を伝えても今は信じてもらえないだろうから、これからの行動の優先順位でも決めとくか。
①この世界の情報収集 これが現段階の最重要事項。でもそこの女性に聞けばすぐ終わりそう。
②自分の力を確かめる 俺がこの世界でどれぐらい力を持ってるかでこれからの生活に大きな支障が出る。
③旅にでる これはさっきのによる。死なないようにしたい。
今のところこんな感じか。さて、まず①の情報収集をしますか。えっと記憶喪失だっけ。
「すいません。ここってどこなんでしょうか」
彼女の背中に翼が生えているところがまだ怖いので恐る恐る質問する。すると女性はなにやら悲しそうな表情で答えた。
「やはり…陛下は記憶を失っていたんですね…」
「…おそらく」
「わかりました。ここについて色々教えましょう。なにか記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれません」
あっさりと教えてもらえることになりすこし安心したが記憶喪失者としてふるまわなければいけないため気が抜けない。すると女性が緊張していると感じたのかどこからか椅子を持ってきて座るように勧めてくれた。気が利くなぁ。
「さて、まずこの世界について話しましょう」
「はい」
「この世界は3つの大陸に分かれています。1つ目は“聖大陸”です。そこは比較的安全でかつほとんどの土地を聖王国が治めているので戦争もあまりおきません。一部を除き魔物も弱く迷宮も少ないため楽に過ごせる大陸でしょう。さらに四季がはっきりしており草原なども多いため農作業も盛んです」
なるほど、平和で農業が盛んか。いい大陸だな。だが一部はちがうのか?すごく魔物が強いとかか。
「次は今私たちがいる“魔大陸”です。魔大陸は聖大陸の東にあり、聖大陸よりすこし大きいです。季節や環境は聖大陸とあまり変わりませんが、魔物はそこそこ強く迷宮もたくさんあるため冒険者がたくさんいます。さらに魔大陸には国がなく各都市がそれぞれ自由に治めています」
俺はどうやら魔大陸に転生したみたいだな。それにしても冒険者か。面白そうだな。俺がこの世界でどれくらい通用するか分からないが探検とかしてみたいな。
「最後は両大陸の北にある“天大陸”ですが…。ここのことは実はよくわかっていないんです。というのもこの天大陸は上空に浮遊していて誰も近づくことさえできないんです。いままで〈飛行〉の魔法で近づいた者が書いた本によるとなにやらたくさんの竜が守っていると書いてありましたので、竜の住処になっていると思われます」
未開の地ってか?でもしばらくは関わる必要のない大陸だな。天空の城とかあるかな?もしかして大陸全部でっかい飛○石で浮いてたりして。
「とりあえず大陸の説明でしたが、何かご質問はありますか?」
「今のところは特に無いです」
「分かりました。では、次に人種についての説明に移ります。この世界には大きく分けて4つの人種がおり「人間」「亜人族」「獣人族」「魔族」の4種族に分類されます。見分け方については「獣人族」は動物の毛や、尻尾、耳がついた者ですが、残念なことに人間に奴隷として飼われている者がたくさんいます。我々魔族は魔物とこれといった違いが無い者もおり判別が難しいです。ですが亜人族にも共通しますが見た目とは裏腹に温厚な者が多いので自分から攻撃してくることは滅多にありませんし、会話もできます」
かぁーー!やっぱいつの時代どこの世界にも人種差別はあるのか。しかも獣人族とか。どの世界でもけもみみは人気なのか。うさみみとかねこみみ少女っているのかな?だから奴隷が多いのか。物好きめ。俺も人のこと言えないけどね。でも奴隷にはしないよ。人を物のように扱うやつは絶対に許さん!
どうやら彼女のような人間に近いが何か特徴を持っている感じの種族を魔族、ドワーフとかエルフのような種族を亜人族と呼ぶらしい。
「次に人口分布です。聖大陸はほとんどが人間で、1割程が獣人族、そして残りは亜人族でしょう。人間はいたるところに住んでいますが、獣人族は大部分が樹海に住んでおり後はほとんど奴隷として街で働かされています。亜人族も大陸中に散らばって小さな集落を作って生活していると聞いたことがあります。
次は魔大陸ですが魔大陸はもともと人の数が少なかったというのもありますが本来いなかった人間が冒険目的で移住してきて数百年程経ちますがその間に魔族1割、人間9割ほどまでになってしまいました。
天大陸に関してはだれも探索できたものはいないのでわかりません。推測ですが新しい種族がすんでいるという可能性もあります」
うん、どこの世界でも人間の人口爆発は起きるのか…そういえば獣人族ってほとんど樹海にしかいないんだな。けもみみ少女に会いたい。でも奴隷を勝手に奪うのは犯罪だろうし、暇ができたら樹海に旅に出るのもいいかもな。歓迎してくれるだろうか。
「さて、次は適正はあると思いますが、イメージしやすくするために魔法について説明したいと思います。
この世界には空気のように“魔素”というものが存在します。そしてその魔素と私たちの体を流れる“魔力”を上手く合わせて魔法を使います。魔素には濃度があり濃度が高いと魔法の威力や効果が大きくなりますが魔素濃度の高い場所に長時間い続けると魔素汚染して体調が悪くなったり病気になったりします。さらに魔素が濃い場所ほど強力な魔物が出現しやすくなります。そういう場所のことを“魔素溜まり”といいます。ですが魔素溜まりは、魔大陸の一部にしかないのでそれほど心配ありませんし、魔素濃度も魔素溜まり以外それほど変わらないので一生のうちに魔素汚染する人は本当に稀です。
魔力については「火」「土」「風」「水」「雷」の他に「光」と「闇」を含めた7つの元素の適性があります。すべての適性を持っている者はほとんどおらず、だいたい1~3つの適性が一般的で、私でも火、土、水、雷、光、の5つの適性を持っています。それぞれの適性で使える魔法はその名前の通りですが、光魔法は主に回復や幽霊などの非物質化している魔物の攻撃に使います。ちなみに適性を調べるためにはそれぞれの属性の魔法を唱えるだけで良いです。あと魔力がなくなると枯渇状態になって動けなくなるので注意が必要です」
来ましたー!異世界においてのテンプレになりつつある魔法です。男のロマンですねぇ。俺も魔法使えるのかな?前の人が適性持ってても中身が変わったことで異世界から来たから適性無しなんてことになってたらどうしよう。どうか俺にも素敵な魔法が使えますように。それに魔素汚染か。放射能みたいな感じなのかな。あと水魔法と風魔法でアクアカッター!みたいな合成魔法とかもあるのかな?聞いてみよ。
「はい!先生。質問よろしいでしょうか?」
手をぴん!と伸ばして質問する。すると女性はメガネがあるならカチャと上げるような雰囲気で答える。
「せんせい、というのは分かりませんがなんでしょうか?」
「例えばですが水魔法で作った水を圧縮して風魔法で高速で飛ばすみたいな魔法を作ることって可能なんでしょうか」
「そうですね、出来ないことは無いんでしょうが別の魔法を組み合わせたりすると魔力の消費が大きいんですよ。ですのでできてもあまり実用的ではないですね」
そうなのか。確かに強いのかもわからない魔法のために枯渇状態になる必要はないもんな。
「そうだったんですね。くだらないことを聞いてすいませんでした」
「いえ。気にしないでください。それより記憶がないのに話だけでそこまで考えれるなんてすごいですね」
うっ!そういえば記憶喪失っていう設定だったっけ。失敗したな。やっぱ演じるって難しいな。うわ!怪しげな目でこっち見てる気がする。気が抜けないなぁ。
「これでとりあえずおおまかなこの世界についての説明でしたが何か思い出されましたか?」
「うーん」
俺の素性を言うべきかどうするかな。今までの話を聞く限りだと中世とかその辺の時代だよな。剣はあるけど銃はない感じだろ。それと最初俺のこと陛下って呼んでたけど俺の前の人ってなにしてたんだろうな。
「会ったとき俺のこと陛下って呼んでたけど前になんか王様でもやってたの?結構この部屋豪華だしね」
彼女は、なにやら申し訳なさそうな表情をしていた。なにか謝らせなきゃいけないこと言ったかな?
「こんなことを突然言うと驚かれるかもしれませんが、陛下はここ魔王城を治める魔王をしておりました」
「ふぁ!?ま、魔王だと?俺が?」
「…はい」
正直予想外だった。どこかの王だとは思っていたけどまさか魔の王だったとは。呆然としていると、彼女はまだ申し訳なさそうな表情をしているがどこか驚いた表情に見えなくもない。「何言ってんだこいつ」みたいな目で見られるとでも思ったんだろうか。失礼な!
それにしても魔王か。こっちの世界でも勇者がいるかしらんけど「フハハハハ!よく来たな!私のもとにつけば世界の半分をやろう」みたいな事を言うんだろうか。するとこの人は魔王の側近か?これは魔王について聞いてみないと何とも言えないな。でもさっきみたいに振る舞うのだけはごめんだな。
「えっと魔王だっけ?のしてた事とか教えてもらえると助かるな」
「分かりました」
「まず先ほども申し上げたとおり陛下は魔王であり、ここ魔王城を治められる方です」
あぁ、陛下ってかしこまった呼び方あんまり好きじゃないな…。しかも絶対俺より年上だろうし…どうしよう。………あ!今こそ俺の素性を明かすときじゃないのか?うん。やってみる価値はあるな。
真剣な顔をして話している彼女としっかり目を合わせる。そして若干緊張しながらも話をきりだす。
「そのー…話の腰を折るようで申し訳ないがとりあえず俺の話を聞いてもらいたい」
「はい、なんでしょう?」
「うまく言えないし、信じてもらえないかもしれないけど……」
深呼吸をして落ち着く。よし行ける!俺なら言える!行くぞ!
「…俺はたぶん、異世界から来た」
彼女はそれこそ「こいつ何言ってんだ。」といいたげな表情をしている。俺は予想していたがさすがに実際にされるとは思っていなかったのでかなり心が傷ついた。