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目覚める少女

 次に目を覚ました時、私はふかふかのベッドの上にいた。

 あったかい……。

 ぼんやりと視線を漂わせる。

 ここはどこ? もしかして、死後の世界? 

 そんなことを思って身体を起こすと枕元に私のマッチが入ったかごが置かれているのが目に入った。

 お前もいっしょに来てしまったの?

 もう使えない魔法のマッチを持ち上げて見つめる。すると、どこからかおいしそうな匂いが漂ってきた。

 ひどくお腹が空いていた。私はその匂いに引き寄せられるようにマッチのかごを持ってベッドから抜け出した。


 部屋から出ると赤い絨毯がひかれた廊下があって、まっすぐに進んでいくと両開きのまっ白な扉の部屋に辿り着いた。

 これは誰のための料理だろう。私にも分けてもらえるんだろうか。期待を込めておそるおそる中を覗く。そこには――

 広がる光景。雪のように白いテーブルクロス。その上にたくさんの料理が並べられていた。何より驚いたのはそこにいる人々だった。

 歌を愛する女性。子どもを亡くした夫婦の奥さん。ゆりかごの靴の少年。

 私がひと時の夢を叶えた人々が楽しそうに笑いながら料理を運んでいた。

「なあ、もう食べてもいいだろ? おれ、我慢できないよ」

 ねだるようにそう言う少年を奥さんがたしなめる。

「何言ってるの。さっきから運びながらつまみぐいしていたの、私はちゃんと見ていたよ」

 女性がおかしそうにくすくす笑う。

「少し様子を見てきましょうか。もしかしたら、もう目が覚めたかもしれないわ」

 そうして、扉に向かって歩き始めた女性と目が合う。女性の表情がほっとしたようにやわらいだ。

「良かった、起きたのね」

 奥さんと少年も安心した様に私を見る。何が起きているか分からず私は戸惑う。

「あの、これはどういうことなんでしょうか」

 女性は部屋の中に私を引寄せると、目線を合わすように身体を屈めて、優しく微笑みかけた。

「目覚めたら知らない場所で驚いたでしょう? ここは私の家よ。あの男の子がね、雪の中で倒れているあなたを見つけてくれたのよ」

「あの子が?」

 ちらりと少年を見る。少年は奥さんの後ろに慌てて隠れてしまう。

「こら、なに照れてるの、この子は。一生懸命、私たちにあの子を助けてって言ってきたのは誰だった?」

 ひやかすように言う奥さんに少年はぶっきらぼうに言う。

「おれはあいつにちゃんとお礼を言いたかっただけだよ。死んじゃったらちゃんと伝えられないだろう?」

 その言葉に私は首を傾げる。

「お礼?」

 どういうこと?

 少年を微笑ましく見ていた女性は頷いて答えてくれた。

「みんな、あなたにきちんとお礼が言いたくて探していたのよ。ひと時の夢を叶えてくれたあなたに「ありがとう」を伝えたくて」

 私は理解した。私が叶えた人々の願いはしっかりとその人の心に届いていた。永遠ではなく、たったひと時。それでもその時間をよろこんで、この人たちは私を探してくれていた。

 広がる嬉しさ。じんわりと視界がにじむ。

 女性が両手を広げて部屋の中を示す。

「それでね。ささやかではあるけれど、お返しがしたいの。勢いよく燃えるストーブ。おいしそうなごちそう。たくさんのろうそくが輝くクリスマスツリー。眠っているあなたが口にした言葉たちを形にしてみたのだけれど、願い事は叶うかしら?」

 改めて見る部屋の中。

 勢いよくストーブが燃える温かな部屋。テーブルクロスの上に並んだごちそう。その向こうにあるたくさんのろうそくが立てられた大きなクリスマスツリー。

 全部全部、私のために用意されたもの。

 決して消えない私の願い事。

 次から次へと涙があふれてくる。それは冷たい雪の上ではなく温かな部屋の中にぽろりぽろりと染み込んで、心の中を幸せな気持ちでいっぱいにした。

「ありがとう……」

 そう言うのが精一杯だった。


 それから、クリスマスパーティーが始まった。

 おしゃべりと笑い声と共に次々となくなっていくテーブルの上の料理。歌を愛する女性と奥さんが作ってくれた料理は初めて食べるものばかりだった。

 りんごと干しプラムが詰められたガチョウの丸焼き。皮がパリパリになるまで焼かれた皮付きの豚肉。紫キャベツの蒸し煮。たっぷりのバターと砂糖と一緒にカラメル状に煮たじゃがいも。全部全部、信じられないほどおいしかった。

 全てのお皿がからっぽになるとデザートが配られた。刻んだアーモンドと生クリームが入ったミルクがゆ。熱々のチェリーソースをかけて食べるそれは1つだけアーモンドが丸ごと入っている「あたり」があって、引き当てたのは少年だった。奥さんから赤い毛糸の帽子をもらって嬉しそうにはにかんでいた。

 楽しくて楽しくて仕方がない時間。ずっとずっとこの時間が続いてほしい。そう思っていたら歌を愛する女性が言った。

「じゃあ、そろそろツリーのろうそくに火を灯しましょうか」

「本当に火をつけるんですか?」

 綺麗に飾られたツリーにたくさん立てられたろうそく。その全てに火をつけるのか。女性はにっこり笑う。

「ええ、そうよ。それでね。ぜひ、あなたのマッチを使って火をつけたいのだけれど。一束おいくらかしら」

 私のかごを指差しながら。

 懸命に話しかけても誰1人立ち止まってくれなかった私のマッチ。そんなマッチを買ってくれると言う。初めてのお客さん。ただお金をもらうより嬉しいことだ。でも、このマッチはもう……。

 もう灯らないマッチを思い俯いていると遠慮していると思ったのだろうか。女性が私のかごからマッチを一束とった。

「使わせてもらうわね」

「あ」

 止める隙もなく女性はマッチを一本擦った。

 すると、マッチは火を――灯した。

 炎の中から生まれたのは1人の大人の女性。首の周りに美しくカールしている長く金色の髪。愛らしく楽し気に笑っている。

 金色の髪の美しい人。だけど、これは歌を愛する女性ではない。これは。これは。

「あなたね……」

 歌を愛する女性がそっと呟いた。炎の中を見つめながら。

「綺麗ね。将来、こんなに素敵な女性になるのね」

 同じように炎の中を見つめながら奥さんが目を細める。

 少年はじっと考えるように炎の中を見つめていた。

 私はこらえるようにぎゅっと唇をかんだ。

 何度読んでも変わらない結末。大好きな絵本の主人公はいつもいつも死んでしまう。

 大人になることなく少女のままで。

 今、炎の中に浮かぶ彼女はこの物語では有り得ない。

 歌を愛する女性がマッチの火をろうそくに灯す。

 ひとつ。ひとつ。大人の私の火が灯り、クリスマスツリーを照らしていく。

 幻は中々消えない。

 ああ、もう駄目だ。

 私はこらえていたものをあふれさせる。

「大人に……なりたい……」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、しゃくりあげながら願い事を口にする。

「私…大人に…なりたいよ……」

 物語がそう簡単に変わらないことはとっくの昔に知っている。それでも、私は未来が欲しい。死にたくなんてない。生きていたいよ。

 その時、扉が開いた。

 振り返る。

 そこには夫婦の旦那さんにつれられた私の父親の姿があった。

「遅くなって悪かったね」

 微笑む旦那さん。

 無精ひげのはえたまっ赤な顔。お酒のにおい。覚束ない足取りで父が近付いてくる。

 全てのろうそくに火が灯ったクリスマスツリー。そこに浮かぶ大人の私を見ながらぽつりと言う。

「何だお前、母さんそっくりじゃねえか……」

 そうして、くしゃりくしゃりと私の頭を撫でた。

 傷つけるのではなく、愛おしそうに。

「俺もお前の大人になった姿、見てみてえな……」

 そう言いながら。

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