少女と少年
どこがいいだろう。そう思いながら歩いていると路地で家の壁に寄り掛かりながらしゃがんでいる少年の姿が見えた。
こんな風に凍えそうになっているのは私だけではないんだ。
そう思いながら少年を見て私はびっくりした。その手に私の大きすぎるお母さんの木靴がひとつ握られていたからだ。
私だって最初から裸足だった訳じゃない。少し前に二台の馬車が目の前を走り抜けた時によけようとしてなくしてしまった靴。ひとつはどんなに探しても見つからず、ひとつはぼろぼろの服を着た男の子が持って行ってしまった。
少年は木靴を胸に抱き、ぼろぼろの服で大切にそれを磨いていた。寄り掛かる家の向こうから聞こえてくる幸せな家族の声を聞きながら、何かを思い描くように微笑んでいた。
私の心にふつふつと怒りが湧いてきた。大事な大事なたった一つしかないお母さんの靴。それをこの子は奪ったんだ。
「返して!」
詰め寄ると少年はびくりと大きく身体を揺らした。私を見上げて慌てて靴を後ろに隠す。
「なんだい、これはおれのものだよ!」
目をきょろきょろとさせながら明らかに嘘をついている様子。私は必死になって取り返そうとする。
「違う、それは私の靴よ。私のお母さんの靴よ。大事な大事なものなの。お願いだから、返して」
少年も必死になって抵抗する。
「いやだね。これはおれの子どものゆりかごになるんだ。おれの未来の幸せな子どものゆりかごになるんだよ」
「ゆりかご?」
この子は何を言っているのだろうと思った。いくら私には大き過ぎる靴だと言っても、ゆりかごになんて出来るわけがないのに。
少年は私の靴をぎゅっと抱きかかえて続ける。
「そうさ。温かな家で毎日お腹いっぱいに食べることが出来る幸せな子どものゆりかごだよ。おれとおれの大好きな奥さんに大切に育てられる幸せな子どものゆりかごなんだ」
私は理解した。この子はこの靴に夢を託しているのだと。家もなく空腹で寒さに震えるこの子はゆりかごにするには小さすぎるこの靴に自分とは正反対の幸せな子どもの父親になる夢を託しているんだ。
この少年に幸せな未来を見せてやりたい。私はかごの中のマッチを見た。このマッチがあれば――。そうして、少年を思い、マッチを一本、壁に擦りつけた。
すると、炎の中にひとつの家族が現れた。
可愛らしく優しそうな奥さんが温かなストーブが燃える家の中で愛しそうに誰かをあやしている。大きく目を見開きその様子を見つめる少年。奥さんはひとつ微笑んで手の中のものを差し出す。
それは幸せな赤ん坊だった。
ふっくらとした頬。無邪気な笑い声。少年に向かってねだるように手をのばしてくる。
少年は応えるように手をのばし、赤ん坊を抱こうとする。
しかし、途端に炎は消え、赤ん坊も消えてしまう。
消えてしまった空間を見つめ、少年は手の中の靴を見た。きつくきつく抱き締めた。
「絶対に、あの子をこの手で抱き締めてやるんだ」
涙声で力強くそう言いながら。
私は自分の靴をそのままに静かに少年の傍を去って行った。